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革命は、着実にそして確実に行われた。
最初はどこかからか、狼煙があがった。何事だ、と思った何も知らない兵士達は、それが革命の合図だとは思いもよらなかっただろう。
そして事情を知っている兵士達は、その合図とともに行動を起こした。
城内での暴動だ。
革命軍に味方する兵士は全体の四割。流石に騎士団長が革命軍にいるからと言っても、その全てが革命軍に手を貸そうということにはならなかった。それもそのはず、兵士の半分近くは、貴族出身の者が多い。それも、上級貴族と呼ばれるものが、だ。今、私腹を肥やしている貴族出身の者が、わざわざそれを壊そうとは考えなかったらしい。そのほかにも、兵士の誇りとして、裏切り行為を働きたくない、というものもいたはずだ。正直な話、後者の者はとてつもなく厄介だったらしい。
城内での暴動は、最初は拮抗していた。数からして、革命軍側の騎士には不利な状況だったのだが、騎士団長の的確な指示や判断により、数の不利を難なくカバーした。
そして、数時間後には革命軍には城外の仲間が、正門をこじ開けて、中の革命軍側の兵士と合流し、戦況をあっという間に変えた。
唯一の有利な点であった数を覆されてしまった王宮の兵士達は、混乱に陥った。中には逃げ出す者も多く、実際に戦っていたのは、貴族出身以外の兵士達だけだった。
もはや、王宮内を革命軍が制圧するのも時間の問題だった。
しかし、それでも残った兵士達は戦った。勝ち目がないと分かっていても、剣を最後まで振るい、命尽き果てるまで勇敢に戦った。その姿は、革命軍に加わった者たち全員の心に深く刻まれることとなった。
次に革命軍は、貴族達を捕えることとした。この日は、国中の悪政を働いていた貴族達が事情も知らずに呼び集められていたのだ。どうしてそんなことができたのかは、カイン・アルベールの尽力のおかげ、としか分かっていない。
貴族たちは慌てふためきながら、自分の身を守ることが精一杯で、他人のことなど構っていられなかったのだろう。もはや、革命軍が貴族達のところへ到着した時には、言葉にならないほど、呆れた状態だったらしい。
革命軍が来た直後、我先にと逃げ出していく、貴族達。そのほとんどが捕えられたらしいが、中には自殺した者や革命軍に捕まることを最後まで拒みあげくは暴れだしたせいで革命軍の者に殺されてしまった者もいたようだ。結局、腐った貴族は最後まで腐っていたというわけだ。
それに比べて、王女は何の抵抗もなく、毅然とした振る舞いで、革命軍に連行された。その場で首を切り落とさなかったのも、後の公開処刑のためだ、と多くの兵士が言ったが、実際は王女の迫力あるオーラに負けてしまい、手が出せなかったのが本音だ。
その後、城中の人間に革命軍の勝利を伝えさせ、戦闘は終了となった。
そして、シファール王国の革命は、たった一日で行われたのだった。
*
バンッ!! と木製の机が叩きつけられる。
「これは一体、どういうことですかっ!!」
いつにもまして怒りを露わにしているシナン。いや、その表情から窺うに、これはそんなレベルの問題ではないようだ。
ここはベルセルク達が泊まっている宿だった。あの後、すぐにでもこの国を出ようと思ったのだが、リッドウェイが帰ってこなかったのだ。そのため、国を出るわけにもいなかくなり、仕方なくベルセルクとシナンはリッドウェイが帰ってくるまで宿に泊まるハメになったのだ。
そのせいで、ベルセルク達が国を出る前に、革命が起こってしまったのだ。
革命からは、すでに一日経っている。にも拘わらず、リッドウェイは一向に帰ってくる気配が全くと言っていいほどない。
しかし、今はそんなことはどうでもいい。
まずは、目の前にいる獰猛な小動物を何とかしなければならない。
「何のことだ」
ベルセルクはいつものような調子で答える。
それが返って彼女の神経を逆なでするともしらずに。
「とぼけないでください!! 師匠は知っていたんでしょう、革命の事を!!」
相変わらずの勘の鋭さにベルセルクは呆れながらも、感心した。
こういう時だけは良く頭が働く。
「知ってたら、どうだっていうんだ?」
もはや隠し通すなど、ほぼ無理だと理解したベルセルクはあっさりとその事実を認めた。
それに対して、シナンの怒りはますます激しい物へと変化する。
「どうしたじゃないでしょう!? 何で止めなかったんですか!?」
「俺に革命を止める理由なんてないと思うが?」
「……っ!? 貴方という人は……!!」
シナンはベルセルクに鬼のような形相の顔を近づける。
「どうしてそこまで、心を鬼のようにするんですか!! 師匠だって知ってたでしょう? あの王女様がどれだけ優しくて、国の人々の事を思っているのかを!!」
「……、」
「呪いの王女だの、不幸の象徴だの、言われないのない言葉を掛けられても、それでもあの人は誰も怨もうとはしてませんでした。そんな人を、貴方は見殺しにするんですか!?」
「その王女様自身がこの革命の首謀者だったとしてもか?」
その言葉を聞いた瞬間、シナンは「えっ?」と呟いた。
これ以上隠していても、仕方がない。
言い訳を言うつもりはないが、ここで事実を話すとしよう。
「この革命は元々、王女自身が起こしたことだ」
「そ、そんな……一体、どうして」
「理由はいろいろあるんだろう。腐った貴族たちを、王宮内から一掃すること。今一度、国民に一致団結の強大さを分からせること。それから、自分自身をこの世から消すこと」
「自分自身を消すって……自分が死ぬってことですか? でも、どうしてそんな馬鹿げたことを……」
「あいつが消えれば、この国の奴らは不幸の原因が消えたと思い、新しい国を迎えることができる。そのためにも、あいつの死は重要なものなんだろう。……だが、お前の言う通り、確かに馬鹿げている。俺も気付いた時には、同じように考えた。自分の命をわざわざ犠牲にするなど、愚の骨頂だ。いくら俺が愚か者でも、そこまでの真似はしねぇな」
しかし、そんなことを王女はしようとしている。
ベルセルクでさえできない愚かな行為を、あの王女は国民のためにやろうとしているのだ。
どこまでお人好しなのか。いや、もはやこれはお人好しの度を超えている。
シナンは、信じられないと言わんばかりな表情を浮かべている。
「正直な話、俺もいろいろな奴に会ってきたが、あれほど国を思う馬鹿はそうそういない。あれこそが、王たる素質を持っているんだろうな」
ベルセルクが他人を評価することは滅多にないことだ。それだけ、あの王女には王たる素質があるのだということだろう。
しかし、だ。
「そんな奴をこの国の連中は殺したがっている。全く、呆れた話だな」
自分の事よりも国民のことを考えてきた王女。そんな王女の優しさを一切受け取ろうとしなかった国民は、王女こそが悪だと信じきっている。そして、この革命において、ようやく王女がこの世からいなくなることに感激していることだろう。
何とも愚か、馬鹿げていて、阿呆らしいことか。
ベルセルクとて愚か者だが、彼らはそんなベルセルクすらも超える愚か者である。自分たちの幸せをわざわざ取り除こうしているようなものなのだから。
ベルセルクはふと、シナンの方を見る。
唇をかみしめ、拳を作っている。恐らく、今の話を聞いて余計に王女のことが不憫でならないと思ったのだろう。その気持ちは、ベルセルクも分からなくはない。
「……何で、なんでしょうか。何で、この国の人たちは、ここまで王女様に対してありもしない感情をぶつけんでしょうか」
「さぁな……ただ」
「ただ?」
「人間っていうのは、窮地になると不安を他人のせいにしたがるからな。お前のせいでこうなったんだ。だから自分は悪くないってな。そうやっていかないと、自分を保てなくなるらしいからな」
「そんなのおかしいです!! 不安を取り除くためだけに、誰かのせいにするなんて、そんなの何の解決にもなっていないじゃないですか!!」
「確かにな。だが、それをこの国の連中は分かってない。ただそれだけだ」
そう。たったそれだけのことなのだ。
金の採掘が上手くいかないことも、作物が採れなくなっていることも、災害が次々と起こっていることも、この国の連中は王女のせいだと思っている。しかし、それがおかしいと誰もが思えば、こんなことにはならなかったはずだ。
それは、貴族が腐っていたせいか、はたまたこの国の連中が元々責任を他人に押し付けるような者たちだったのかは分からない。
けれど、これだけははっきり言えることがある。
今のこの国の連中は、たった一人の少女に全ての責任を押し付けるようなクズだということを。
確かに、過酷な状況を送ってきたのかもしれない。人に言えないほど辛い思いをしてきたのかもしれない。だが、それを何の罪もない少女一人のせいにするというのは、甚だしいにも限度があるというものだろう。
中には、カイン・アルベールのように真実を知っている者やこれの状況がおかしいと思える者もいるかもしれない。だが大半の人間が、そうではない今の状況では、それは何の意味もなさない。
そしてまた、ベルセルクもそれをどうこう言うつもりもないし、何か行動を起こそうとも思っていない。
ベルセルクは、シナンが「王女様を助けに行きましょう!」と言おうとしているのは予測できていた。彼女の性格はこの短い期間でも十分理解できるものだった。しかし、ベルセルクは断固それに反対するつもりでいる。自分から面倒なことに首を突っ込むなど、馬鹿馬鹿しくてやっていられない。
だが、運命の女神というのは、どうも物好きらしい。
次の瞬間、部屋のドアがバタンッ!! と突然と開いた。
この状況でやってくる人間は一人しかない。
「おい、リッドウェイ。お前、いつまで待たせ……」
と、そこでベルセルクの言葉は止まった。
ベルセルク達は、リッドウェイを待ってこの宿屋に留まっていたのだ。故に、ドアが開いた瞬間、リッドウェイがようやく帰ってきたのだと思ったのだ。
しかし、現実は違う。
そこにいたのは、ボロボロのマントを羽織った青年ではなく、短い金髪の見覚えのある小柄な人物だった。
その人物は走ってきたのか、息を切らしている。
「レン、さん……?」
シナンは、その人物をレンと言った。なるほど、確かにその人物が着ている服は男ものであり、そう推理するのは当然と言えば当然だ。
だがしかし、雰囲気というかその立ち方がベルセルクには少々違和感を覚えさせる。足は内股状態になっており、手で押さえているその胸にも少しばかり膨らみがある。
ベルセルクは理解した。
そこにいるのは、レンではない。
そこにいるのは……。
「……けて、……さい」
その人物は、息を切らせながらも懸命に何かを言おうとしている。
地面をみると、そこにはポタポタと水滴が次々と落ちている。
それが涙だと気づくのにはそれほど時間はかからなかった。
そうして、『彼女』は顔を上げて、叫ぶ。
「お願いですから……彼を、レンを助けてくださいっ!!」
ベルセルクはこの時思った。
運命の女神というのが本当にいるのだとすれば、それは本当に迷惑この上ない存在なのだと。