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「外へ出掛けたい、だと?」
自分の言葉にムッとなりながらベルセルクは眉を顰める。
それは、王女の警護が始まって以来、初めて王女が申し出たものだった。
ベルセルクの言葉に王女は不安げな瞳を向けた。
「ダメ、でしょうか……?」
声音もこれまた弱々しいものだった。当然だ。何せ、相手はベルセルクである。
流石の王女様でもこれは恐いと思ってしまうのだろう。
ベルセルクは不機嫌な調子で声を出す。
「命狙われてるのに、外に出かけるとは度胸あんだな、アンタ」
と嫌味の一言を言った瞬間。
ゴツンッ、とベルセルクの脛に衝撃が走る。
普通なら、ここで大声を上げて叫ぶのが当たり前というかそうなる状況なのだが、常識外れのベルセルクの耐久力はそれをいとも簡単にねじ伏せる。
逆に目に涙を浮かべたのは、蹴りを放ったシナンの方であった。
「~~~ッ!?」
「……何やってんだ、お前」
多少は痛いと思うベルセルクだが、涙を流すほどか?
呆れたベルセルクに対して、シナンは未だに涙目になりながらも反論する。
「何で師匠はそんな言い方しかできないんですか! いいじゃないですか、たまには外に出るのも!」
「別に俺は外に出る事には反対してねぇだろうが。ただ、命狙われてる奴が外をうろうろするのはどうかと言っただけだ」
「それにしても! それにしてもですよ! 師匠の言い方は、何と言うか、失礼を通り越して相手をイライラさせるようなものを感じます!」
「当たり前だろ。そういう風に言ってんだから」
「自覚アリっていうか意識してやってる!? それはそれとしてダメでしょう!! 開き直らないで下さい!!」
相変わらずのシナンの言葉は、ベルセルクにとって馬に念仏モノだった。
それよりもこのやり取りが毎度おなじみになってきていることに、少々不安を感じている。
と、それは置いといて。
「どちらにしろ、王女様が外に出ることに賛成ということで、いいですね」
いいですね、とシナンは聞いてはいるものの、その形相はかなり怒っていた。恐らく拒否するという選択肢はないのだろう。
やれやれと言った具合でベルセルクは賛同する。
それに対してシナンはよろしい、と言わんばかりな顔つきになりながら頷く。
「で、どこに出掛けるんですか?」
「城の近くにある森に行きたいんです」
「森?」
「正確には、森にある湖です」
話を聞くと、そこは王女のお気に入りの場所だという。
王女は少し前まで、その森に住んでいたらしい。何故、一国の王女がそんな場所に、という無粋な質問をベルセルクとシナンはしなかった。大体は理解できる。
そして、森に住んでいた頃、よくその湖へと出かけていたそうだ。
しかし、この城に来てからは、湖へ行くどころか城の外にすら出ることができなかったらしい。それもそのはず。王女が外に出掛けることは異常な事態である。ましてや、その王女が国民から嫌われているともなると、バレた時にパニックになりかねない。
では、どうして今になって城の外へ出掛けることができるようになったのか。
その質問に対する王女の答えは。
「レンがいろいろと手を回してくれたんです」
とのことだった。
何だか抽象的な言い方に、しかしベルセルクは何も言わなかった。
少し妙だと思ったシナンであったが、彼が何も言わないのならそれでいいかと楽観な考えをしていた。
ベルセルクが何をしようとしているのか、知らぬままに。
*
森へ行くにはまず城下の街を通らなければならなかった。
正直、街を通るとなるとバレるのではとベルセルクは思っていたが、すぐにその不安は取り除かれることとなった。
今、王女とベルセルクは街を歩いている。それも堂々と。
しかし、誰一人としてこちらを注目するどころか、気付くことすらできていないかもしれない。
ベルセルクはともかくとして、どうして王女がこんなにも堂々と出歩いているのに誰も気づかないのか。
それには二つの理由がある。
一つは、国民が王女の姿を知らないからだ。
王女は今まで国民の前に姿を現したことがない。そうすることができなかったためである。何らかの行事で王族が国民の前に出ることがあるのだが、王女に関しては毎回理由を付けて、休ませていたのだ。何ともおかしな話である。一国の王女をどうしてそこまで蹴落とすことに誰も不思議がらないのか、そちらのほうが不思議でならない。
二つ目は、今の王女の姿だ。
今の彼女は庶民の平服を着ていた。白いシャツの上に丈の短くなっている黒いベスト。足元には黒い編み上げのブーツを履いており、膝下には灰色のスカートはかなり地味である。
この姿で見ても、王女はどこか気品があるように見えた。しかしながら、これが王女ですと言われても大半の人間は嘘だと思うはずだ。
はっきり言ってそこにいるのはどう見てもただのどこにでもいる街娘だ。そうにしか見えない。もしベルセルクが王女の存在を知らなければ、確実にそう思い込んでいたはずである。こうしている今でも疑ってしまうのだから。現に王女の存在を知っている兵士達も彼女を見て、誰だ? と言いたげな表情を浮かべていた。
「あの、ベルセルクさん」
「ん? 何だ」
「シナンさん、本当において来て良かったのでしょうか?」
ベルセルクはシナンに城に残るように命令していた。理由は簡単、邪魔だからである。
そんなに自分の腕が信用ならないのか、というシナンの言葉に対してベルセルクは普通にああ、と答えた。実際には心強い戦力にはなるが、そこは敢えて別の答えを言ったのだ。
そのことに対してシナンは怒り、またベルセルクの脛を蹴り飛ばしたが、痛みで涙を浮かべたのはまたまたシナンであった。
王女は不安げな表情を浮かべている。
しかし、その不安というのは自分を守る者が少ないという意味ではない。シナンが行きたがっていたのに置いて来てしまったことに対して不安を感じているのだ。
「別にいいだろ。あいつがいてもうるさいだけだろうし、護衛が二人以上いればあんたの正体がバレるかもしれねぇぞ」
「それはそうかもしれませんが……」
「何だ? そんなにあいつのことが気に入ったのか?」
「い、いえ! そういうわけではありませんが……ただ、シナンさんはわたくしの話相手になって下さったり、気を使って下さったりしてくれるので、申し訳ないかと……」
確かにシナンは王女をかなり気にしている。
これは、ベルセルクの勝手な考えだが、恐らくは境遇が同じ人間だからだろう。
シナンも元いた国では厄介者扱いされていた。自分がなりたくてなったわけでもないのに、他人からは勝手に期待され、そして勝手に失望された。そのせいで彼女は男の格好をしなければならなかった。彼女自身はそのことに何も気にしていないと言うが、今でも尚そのことを気にしているのは目に見ている。
そんなシナンと王女の状況はとても似ているのだ。だから似た者同士、何か感じる事でもあるのだろう。
まぁ、ベルセルクには関係のないことだが。
「あのベルセルクさん。もう一つ質問していいですか?」
「何だ。今日はやけに質問が多いな」
「その……シナンさんが勇者様だというのは本当なんですか?」
その言葉を聞いた瞬間、ベルセルクは頭を痛めた。
この街でシナンが勇者だと知っているのはベルセルク、リッドウェイ、そしてシナン自身だ。ベルセルクはシナンは勇者だとは一言も言っていない。リッドウェイもベルセルクのことは言いふらしているものの、シナンが勇者だということは言っていない。何故かというと、ややこしいことになるのは面倒だから、というベルセルクのお達しがあったからだ。
だとするならば、考えられる可能性は一つ。
「シナンの奴、わざわざ自分から名乗りやがったのか」
何とも呆れた話である。
自分から「僕は勇者です!」などと言うわけがないと思っていたのだが、いやはや随分と予想を裏切ってくれる弟子である。悪い意味で。
「あ、あの、違うんですよ? シナンさんが自分から言ったのではなく、わたくしがそうではないかと訊いたんです」
「それであいつは『はいそうです』とでも答えたんだろう? その時点であいつは馬鹿だよ」
「うう、確かにその通りの答えでしたけど……」
いや、本当にあっさりと認めたかのか、あの馬鹿弟子は。
つくづく自分の弟子がどれだけ頭が悪いのか、思い知らされたベルセルクであった。
「っというか、よくあいつが勇者だと思ったな」
「それはあの方が北を指さないコンパスを持っていましたから」
コンパスという言葉を聞いて、ベルセルクはすぐに魔王の居場所を示すあのコンパスのことを思い出した。
話を聞くと、シナンが警護中、うっかり落としたコンパスを見て、不思議に思った王女が質問したのが原因らしい。
あんな大事なものをうっかり落とすとは、やはり馬鹿だと改めて思うベルセルクだった。
「だが、よくそんなもので分かったな」
「昔からの言い伝えですよ。北を指さないコンパスの持ち主は勇者である、と」
そんな言い伝えがあるのか。
ベルセルクは少々疑ってしまったが、それ以上追及するのはやめた。そんなことをしても無意味だと理解したからだ。
などと考えていると、ふいに王女は近くの店に立ち寄った。果物屋である。王女は店先に並んでいるリンゴを二つ手に取った。どうやら買おうとしているらしい。
「すみません、これ下さい」
「あいよ……ん? お前さん、見ない顔だね。旅人かい?」
「え……ええ、そうです。つい先日この街にやってきまして」
「そうかいそうかい。なら、悪いことは言わない。さっさとこんな国出ていっちまった方がいいよ」
「……どうしてですか?」
王女は問いかける。
その答えが何かを知っていながら。
「どうしても何も、この国はもう終わりさ。王宮にいる貴族と王女のせいでな」
「貴族と……王女のせい、ですか」
「ああ。あいつらは俺達がこんなに苦しんでるのに、平気で金を使って権力を振るってるのさ。ちゃんとした政治も何もしないで、ただ遊び呆けてるんだ。国が廃れるのも無理ないことだよ。それに何より、やっぱり王女が何もかも悪いんだ」
その言葉を聞いて、王女が一瞬身を震わせたのが、ベルセルクにははっきり見えた。
しかし、王女は何事もなかったようにふるまう。
そして、何事もなかったと思い込んでいる店主は続ける
「あいつのせいでこの国は荒れた。あいつが生まれるまではそれはもう金の採掘で潤っていたってのに、生まれた途端、金は出なくなるわ、作物が育たなくなるわ、災害があちこちで連続的に起こるわ、もう呪いとしか思えないよ。全く“あんな奴生まれてこなきゃ良かったんだ”」
その言葉は、王女……いや、リリアにとってどれだけ痛い言葉だったのだろうか。ベルセルクには想像できなかった。
やはりシナンを連れてこなくて正解だった。今の言葉を聞けば、シナンはすぐさま飛び掛かり、殴る蹴るをしたに違いない。
生まれてこなければ良かった……知らないとはいえ、目の前にいる人間にそんな言葉を言われてしまったら、正直ベルセルクならムカッと来る。
しかしリリアの場合、恐らくは……。
リリアはニッコリと笑顔のまま、言う。
「そうですか……それは不運でしたね。早くこの国が良くなるといいですね」
まるで他人事のようだった。いや、実際にはそうでもしない限り、彼女の心が保たないのだろうとベルセルクは思った。
「ああ。心配してくれて、ありがとよ」
ほれ、と店主はリンゴが入った袋を渡す。
「一つサービスしといたよ」
「え、でも……」
「いいんだよ。人の愚痴を聞いてもらったお返しさ」
「そう、ですか……じゃあ、遠慮なく貰っていきます」
リリアはリンゴの入った袋を受け取った。
そして、店主に挨拶し、店から離れる途中。
「本当に……早く良くなるといいですね……」
ボソリと呟いた彼女の言葉を、ベルセルクは聞き逃さなかった。
*
森の中に魔物はいなかった。
普通、こういった森の中は魔物が住みやすい所なのだが、どうやらここには通常の動物以外は生息していないようだ。
しかし、考えてみれば当たり前の話だ。ここは以前王女が住んでいた場所だ。魔物が住んでいたのなら、住み着き始めたその時から襲われているに違いない。
森を歩き始めて十分。
それは見えてきた。
「あっ、見えてきました!」
声を上げたのは王女であった。
ベルセルクはそれを見て、一瞬だけだが目を丸くした。
そこにあったのは、大きな湖だった。それも今までベルセルクが見てきた中で、一番澄んでいる。覗けば底にいる魚が見えそうだ。
まさに、美しいという言葉がお似合いな場所である。美意識に疎いベルセルクでもそう感じてしまうのだから。
「……ここが、あんたの来たかった場所なのか?」
ベルセルクは質問する。
「ええ。一度でいいので、この景色をもう一回見たかったんです」
「ふ~ん……」
興味なさげに言うベルセルクであるが、その気持ちが全く分からないでもない。
確かに、これだけの見晴らしの良さ、そして美しい光景をまた見たいを思うのは、当然と言えば当然だ。
広大なる湖を見つめる王女。その顔には笑みが浮かんでいる。久しぶりの光景を見れたことが嬉しいのか。そう思ったベルセルクだが、何故だか妙なものを感じた。
確かに顔は笑っている。だが、その姿はどこか儚げで、切なくて……何故か哀しんでいるように思えた。
まるで、これが最後の見納めとも言わんばかりに。
などとベルセルクが感じていたその時。
唐突に、王女目掛けて弓矢が飛んできた。
「ッ!?」
ベルセルクは咄嗟に王女の前に立ち、剣を抜きながら弓矢を落とす。
驚く王女に対してベルセルクは何も言わない。ただ、弓矢が飛んできた草陰の方に目をやった。
見るとそこには三人の男がいた。
「ようやく外に出てきたな、王女様よぉ」
中央にいる年配の男は、剣を持ちながら怒りを露わにして言う。
その左右にいる二人の男もまた、言葉に表せれないほどの怒りを持っているとベルセルクは感じ取った。
「……いきなり飛び道具とはやってくれるじゃねぇか」
ベルセルクがいつもの調子で言うと、年配の男は怒鳴る。
「うるせぇ!! せっかくのチャンスを台無しにしやがって……もう少しで王女を殺せたところを……!!」
「おいおい。護衛が付いているってのにチャンスもクソもないだろ。それに何だ、その人数は。王女を殺しにくるのなら、もう少し数がいるんじゃねぇか?」
「はん。どいつもこいつも根性がなくてな。俺が折角誘ってやったのに、来たのはこの二人だけだ」
「ほう。その誘いを断った連中ってのは、賢い判断をしたな」
「……何だと?」
年配の男は剣の柄を握る力を強くする。
「何、と訊かれてもな。そいつらはわざわざ自分の寿命を縮めずに済んだんだ。自分から殺されに来たお前らよりよっぽど頭が良いとは思わないか?」
「このっ、言わせておけば……!!」
右にいた弓を持つ男が激怒する。
男は弓を思いっきり引き、そのまま放つ。
ピュンッと風を切りながら、矢は確実にベルセルクの腹部目掛けて飛んでいく。
しかし、矢はベルセルクを貫くことはなかった。
ベルセルクは空いている左手で、矢を軽々と掴み取ったのだ。
「なっ!?」
弓を放った男は何が起こったのか分からないと言いたげな表情を浮かべる。
「……最初に言っておく。殺されても文句いうなよ」
静かに、しかしてとても心の芯に響く声だった。
襲ってきている男三人はもちろんのこと、護られているはずの王女ですら、その言葉に寒気と恐怖を感じた。
男三人は動かない状況が続く。いや、正確には動けない状況か。
だが、それでも男達は王女を殺したかったのだろう。
「お、ぉぉぉおおおっ!!」
声を張り上げながら、剣と斧を持つ男二人がベルセルクに突っ込んできた。
やれやれと言った反応を見せながら、ベルセルクは冷静に対処していく。
まずは一番近い剣を振るってくる男から。剣を上に振りかざし、今にもそれを下してベルセルクに叩きつけようとしている。
ベルセルクはその一撃をひらりと避け、その足元を蹴り飛ばす。すると男は見事に体制を崩し、すっころんでいった。
まずは一人。
ベルセルクは次の相手を見る。
「てりゃあああっ!!」
今度は斧を持った男だ。
三人の中で一番体格がでかく、そして筋力が強そうだった。しかし、それはあくまで三人の中ではの話であり、ベルセルクからしてみれば下の下である。
ドンッ!! と斧が振り下ろされる大きな音が響く。
しかし、そこにはベルセルクはいない。
ベルセルクがいたのは、斧を持つ男の真後ろだった。
「何っ!?」
斧を持つ男は驚いていた。が、そんなものはベルセルクには関係ない。
ベルセルクは男の服を掴み、片手で放り投げる。
投げた方向には、今まさにこちらに矢を放とうとしていた男がいた。
「しまっ……!?」
男が言い終わる前に、二人は激突する。クリーンヒットと言うやつだ。
どうやら二人はそのまま気絶してしまったらしい。
そういうわけで、戦闘は終了。
かかった時間は五分も満たない。
はっきり言って、手ごたえがなさすぎる。
「この程度の実力で王女の命狙うとは……お前らの方がよっぽど命知らずだな」
呆れるベルセルク。もしかするとあのシナンよりも馬鹿なのでは、とも思えてくる。
しかし、ふと見ると剣を持った年配の男が立ち上がってきた。
気絶してしまった二人に比べて、彼は転んだだけなので立ち上がれるはずだが、立ち上がろうと思えるとは、予想以上にタフな心の持ち主だったらしい。
「まだ、やるか?」
「当たり前だ……俺達は、王女を殺して、この国を救うんだ……!」
言っていることは無茶苦茶である。
しかしながら、その眼は本気だった。
ここまでくると、もはや執念のように感じる。
こうなってしまえば、何をどうしてもこの男は止まることはない。
ならば、ベルセルクのやるべきことは一つだけだ。
ベルセルクは自らの武器に力を入れる。そうして、相手を殺すことだけを考えるようにしたその時。
「お止めなさいっ!!」
王女の怒声が飛んできた。
王女の叫びに、ベルセルクは気を取られてしまい殺気がなくなってしまう。
ふと王女の方を見ると、そこにはお淑やかなどという甘ったるいものはなかった。体中から出ている殺気と同等の威圧感。真剣でありながら、どこか見据えたようや目つき。堂々とした態度。
こういうものを王者の風格というのだろうか。
「二人とも剣を下しなさい。こんなところで戦っても何の意味もありません。命を粗末にしないでください」
そう言うと、王女は男に向かって言う。
「私の命が欲しいようですが、私はこの国の王女。どんなに無意味な存在でも一王女なのです。今はまだこの国の主として、死ぬわけにはいきません。どうかお引き取りを」
淡々とした物言いは、まさに堂々としたものだった。
しかし、その態度は男の怒りをさらに上げるものとなる。
「お引き取りを……だと?」
男の形相が鬼のようになる。
「ふざけるなよ。誰のせいでみんな困ってると思ってやがる!!」
男の怒声に、王女は何も言わない。
「お前が生まれた時から、この国は何もかもがおかしくなった!! 金は採れなくなるわ、作物が育たなくなるわ、挙句災害に見舞われるわ、とんだとばっちりだ!! 貴族達だって、お前が生まれてくるまではそこまで悪くなかった。ああそうさ、全部お前のせいなんだよ!!」
「……、」
王女は、何も、言い返さない。
「お前さえ、お前さえ生まれてこなければ!! この国は平和でいられたんだ!! お前は俺達にとって迷惑な存在。邪魔者なんだよ!! お前なんてこの世から消えてしまえばいい!! そうすれば、何もかも元通りになるんだよ!! この……」
男は一呼吸おいてから、叫ぶ。
「疫病神が!!」
瞬間だった。
ドンッ!! と物凄い音と共に、男の剣が叩き折られ、その地面には不気味な亀裂が入っていた。
誰がやったのか、そんなものは明白だ。
ベルセルクである。
「……おい、そこの腰抜け」
「ひぃっ!?」
あまりに大きな威圧と気迫に押されてしまい、男は何も言えない状態に陥っていた。
それでいい。反論など、聞くつもりはないのだから。
「そこの王女様は俺の護衛対象ではあるが、それだけの存在だ。別にどうこう言っても文句は言わねぇ。俺には関係ないしな。ただ……」
ベルセルクは男に向かって剣を向ける。
そして、殺気と同様に怒りに満ちたその瞳で男を睨んだ。
「俺は今、機嫌が悪い。死にたくなかったらとっとと帰れ」
もはやその言葉だけで十分だった。
男の顔は恐怖に満ち、これ以上この場所にいたくないと思ったのか、後の二人を放って逃げ去った。何とも薄情な男だろうか。よくもそれで国を救うとか言えたものだな、とベルセルクは再び呆れ果てる。
後の二人も直に目を覚ますだろう。その前にここから立ち去るのが、今一番ベストな判断だ。
ベルセルクは剣を納める。と同時に王女の方を向く。
「おい。もう景色は十分楽しんだか?」
「え……ええ」
「なら、さっさとここから離れるぞ。あいつらが起きたら面倒なことに……」
なるからな、とベルセルクが言おうとした瞬間。
ポツリ、と冷たい感触がベルセルクの頬を伝った。
「雨か……」
小粒の水が次々と天から降り注いでくる。
小雨ならこのまま城に戻れば大丈夫だろう、と思っていたベルセルクだが、雨の勢いは数秒足らずでどんどんと強くなってきた。
どうやらこれは小雨ではないらしい。
「通り雨、だな。このまま城に帰るよりは、どこかで雨宿りした方がいいな」
「あ……なら、良いところを知ってるので、案内します」
その言葉に、ベルセルクは賛同した。
そしてそのまま、王女の案内の元、ベルセルクは雨宿りの場所へと向かった。