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勇者の師匠  作者: 新嶋紀陽
第二章
22/74

「こんにちは、ベルセルクさん、シナンさん」


 王女に謁見して、言われた第一声がそれだった。

 彼女の姿は相変わらず、質素な格好である。


「ああ。昨日ぶりだな王女様」

「あっ、また師匠はそんな口の利き方を……」

「だから、気にするなっつってんだろ」

「いいえ。例え王女様が許しても、僕は許しません」

「どんな理屈だよ……」


 呆れて反論する気になれなかった。

 そんな二人を見ていた王女は微笑む。

 しかし、突然とその笑みをやめ、少々曇った顔になる。


「あの……」

「? はい。何でしょう」

「今日から、あなた方がわたくしの護衛を務めてくださると訊いたのですが……本当なのですか?」

「えっと……はい、その通りです」

「……、」


 シナンの言葉に、王女の口が閉じる。

 何かまずいことでもあるのだろうか、と思ったベルセルク。考えてみれば、部外者に自分の身の回りを警護してもらうというのは、あまり快いものではない。王女は今でも多くの兵士達からも忌み嫌われている存在だ。自分たちを雇い入れるということは、それをさらに悪化させるようなものだ。

 とベルセルクは勝手に解釈していたのだが。


「……悪いことは言いません。やめた方がいいです」

「え?」

「王女様っ!?」

「レンは黙ってて」


 レンに対して、厳しく言う王女。

 その瞳はどこか王の風格のようなものを感じられる。

 

「昨日申し上げました通り、わたくしの回りにはわたくしを嫌う者が多くいます。もっと言えば、わたくしの命を狙う輩もいるでしょう。そんなわたくしの警護など、関係のないあなた方に任せることはできません」

「王女様……」

「わたくしのためなどに、あなた方が命をかける必要など、ないんですよ」


 王女の言葉にはわざとらしいものは一切入っていなかった。

 ベルセルクは、自分など放って置いてください、と言いつつも、実はベルセルク達を同情させようと考えているのでは? と考えた。

 だが、違う。

 彼女は本気でベルセルク達の心配をしているのだ。その根拠は何かと言われれば、ベルセルクは、はっきりとは答えられない。しいて言うなら、ただの勘である。

 だが、ベルセルクは、自分の勘を信じることにした。


「おい、王女様よ。それはつまり、俺達がとてつもなく頼りないって言いたいのか?」

「え……?」


 突然の一言に戸惑う王女。

 そんな王女にベルセルクは続けて言う。


「別にアンタが危険かどうかなんてことはどうでもいい。警護の仕事なんてどれも危険が伴うモンだ。そんで、俺は今回、それをやると決めた。アンタの気持ちなんてはっきり言ってどうでもいいんだよ」


 相変わらず、無茶苦茶な物言いだった。

 その言葉に、レンは唖然としており、シナンに至ってはやれやれまたか、と呆れている。

 王女は数秒の間、沈黙していた。

 そしてその後、フッと微笑する。


「ベルセルクさん……あなた、我儘だと言われません?」

「愚か者だ、とはよく言われる。昨日、言われたばかりだしな」

「ふふ……面白い人。あなたのように、自分に正直な人に会ったのは、初めてですよ」

「自分に正直、ね……」


 ぼそっと、ベルセルクは呟いた。

 自分に正直、と言われて、すぐにそうだと肯定はできない。何せ、ベルセルクは自分自身のことについて、あまりにも知らなさすぎるのだ。そんな人間が、自分に正直だ、と堂々と言えるものだろうか。

 ベルセルクの言葉に、何かを感じたのか、王女は「分かりました」と言い出した。


「あなた方に、私の護衛を依頼します。どうぞ、よろしくお願いしますね」

「はい、王女様。必ずや、自分たちが貴方様をお守りします」


 シナンのその姿は、まるで忠誠を誓った騎士の姿だった。

 そこでベルセルクは考える。

 もしシナンが、ベルセルクがこの仕事を受けた本当の理由を知ったら、どう思うか。

 恐らくは、怒る程度では済まされないかもしれない。もしかすれば、それをきっかけに、ベルセルクの元から去っていく可能性もある。

 だが、ベルセルクはそこまで考えて、やめた。

 自分は何を考えているのだ。

 そもそも、ベルセルクが、他人のことを気にするなど、ありえない話だ。そんなもの、どうでもよかったはずであり、これからもそのはずである。

 そう考えを改めて、ベルセルクは仕事に臨もうとした。

 だが……何故だか、ベルセルクの心の中に、もやもやとしたものが、あったのだった。


 *


「ここが、お二人に泊まってもらう場所です」


 と言いながら案内された場所は王女がいる塔の近くの小屋だった。

 小屋、といってもかなりの大きさで、一世帯の家族が暮らすには十分な程である。中もしっかりと整頓されている。


「何かあれば、すぐに言って下さい。必要なものがあれば、こちらが用意します」

「すみません、わざわざ泊まる所まで貸してもらっちゃって……」

「いいえ。王女様を守ってくださいと頼んだのは、こちらなのですから、これくらいのことはしないと」


 そう言って笑うレンに対して、シナンは本当に良い人だなぁ、と思う。

 それに対して、ベルセルクは今後のことについて考えていた。

 王女を監視する、と言っても、まずは王女を守るという仕事をやる振りをしなければならない。こういった二重の依頼はなにも初めてではないが、やはりあまり好きではない。

 などと考えていると、レンがベルセルクに対して問う。


「それでは、これからどうします?」

「そうだな……それじゃあ、とりあえずは王宮内でも案内してもらうか」

「そうですね。王宮の情報を知っておくのは当然ですもんね」


 ベルセルクの言葉に、シナンは同意する。

 王女を守ると言っても、それは何もただじっと相手が襲ってくるのを待つことではない。こうして少しでも王宮を回って、場所を覚えたり、情報を得たりすることも、また護衛の仕事の一つだ。


「分かりました。ついてきてください。私が案内します」


 *


 レンに城内を案内してもらっている途中、前に来た時よりも妙な感じがしていた。

 妙な、と言っても原因は分かっている。

 周りにいる兵士達の視線だ。

 昨日も視線を感じたが、さほどでもなかった。しかし、二日連続呼ばれたせいか、昨日よりも視線の数が多くなっている。

 物珍しいものを見る目、というよりも、何やら警戒しているようなものであった。いや、それだけではない。半数以上は、自分たちを侮蔑しているような視線を送っている。


「……随分な歓迎ですね」


 流石のシナンも、この視線のことには気づいたらしい。

 シナンの言う通り、確かに随分な歓迎だ。

 しかし、この反応は当然というものだろう。外から部外者を入れるということはあまりよろしくない行為だ。ましてや、自分たちはギルド、傭兵のようなものだ。兵士がいるのに、傭兵を雇うとはどういった了見だ、と言われる可能性がある。

 だが、原因はその兵士にあるのだ。兵士が王女を守る気がないから、自分たちはここにいるのだ。故に、兵士達もそれを理解してか、視線は送っているが、何も言えない状態なのだろう。


「すみません……どうも兵士達の中にはあなた方を快く思っていない者もおりまして……」

「者も、というより、ほとんどがそうだろうな。それくらいは予想できたからいいとして……なんであいつら、俺達の事知ってんだ? 俺が仕事の依頼を受ける言ったのはついさっきだぞ?」

「どうやら、昨日あなた方をお連れしたとき、噂が流れまして……王女様が自分の警護に外の者を迎え入れると」

「なるほど。まぁ、噂っていうのは、一日あればどこまででも広がるモンだからな」


 全くもって、噂と言うものは怖い。

 などと思っていると。


「おんや? そこにいるのは、王女様の召使い殿ではありませんかな?」


 低い声だった。その割にはどこか気さくで、親しげなものである。

 

「これはこれは。誰かと思ったら、騎士団長アーヴィン殿じゃありませんか」


 レンは明るい声で振り返りながら話しかける。

 そこにいたのは、年老いた騎士の姿だった。

 歳はおよそ四十代半ばといったところか。髪は短く白い。厳つい顔とその頬には十文字の傷。どこかどっしりとした威圧感を覚えさせるその風格。

 この男、かなりの腕だ、とベルセルクは感じ取る。

 そういえば、先ほどレンが騎士団長と呼んでいたことを思い出す。なるほど、騎士団長と呼ばれる実力はあるということか。


「何だ、その取って付けたような挨拶は。目上の者に対して、礼儀がないんじゃないか?」

「貴方に礼儀のことを言われたくありませんよ」

「ハハハッ。まさしくその通りだな」


 笑いながら話すその姿からして、どうやらレンとは知り合いのようだった。

 ふと、アーヴィンは周りにいる兵士達を見てムッとなる。


「おいこら、お前ら。こんな所で油売ってんじゃねぇよ。さっさと持ち場に戻れ!」


 騎士団長の一喝に周りの兵士達は驚くと同時に、即座に自らの持ち場へと立ち去った。

 流石は騎士団長。兵士達の扱いにとても慣れている。


「すまんな。普段から礼儀作法にも十分注意してるんだが……あいつらも人間だからな。噂の元が来れば、気になってしまうのも当然だろう」

「噂の元って……」

「アンタらだろ? 王女様が雇ったって言う傭兵さん達は」


 アーヴィンが言うと、ベルセルクが反応する。


「そうだ、と言ったら?」

「ん? いや、何。これからいろいろと世話になるんだ。一応挨拶しとこうと思ってな」


 言うと、アーヴィンは胸を張る。


「俺はシファール王国騎士団団長、アーヴィン・マクスエルだ。よろしくな」

「ベルセルク・バサークだ」

「あ、えっと、自分はシナン・バールと言います。よろしくお願います」

「ん。よろしく……っと、一ついいか?」


 人差し指を立てながら、アーヴィンは訪ねる。


「ベルセルクって、あの『狂剣』ベルセルクか?」

「ああ。そう呼ばれている」

「そうか! いやいや、これは何と言う偶然。かの有名な『狂剣』に会えるとは、俺もツイてるな」


 アーヴィンの反応はそれはもうご機嫌だった。

 ベルセルクはそれに対して、フン、と一蹴する。


「アンタ、変わってるな? 『狂剣』である俺に対して、会えてうれしいなんてこと言ったのは、久しぶりだ」

「そうか? そりゃあ、アンタの噂はいろいろと聞いてるが、俺も剣士だからな。強い奴とやり合いたいと思うのは普通だろう?」


 と言うと、続けてこんなことを言い出した。


「そういうわけで、今から俺と一つ剣を交えないか?」


 は? とベルセルクが、眉を顰めたのは、不自然ではなかっただろう。むしろ、当然の反応と言っても過言ではない。

 アーヴィンの突然の言葉に、レンは驚愕する。


「な、何を言ってるんですか、アーヴィン殿!!」

「そんなに驚くことないだろう? 王女様を守る者の力を知っておくのは、騎士団長として当然の義務だ。それに……」


 ふと、アーヴィンは周りを見渡す。

 そこには、わずかにだが、未だこの場に残っている兵士の姿はちらほら見えている。


「……正直なところ、こういったことでもせんと、部下に示しがつかんのだ」

「示しって……」


 シナンが何か言おうとすると、アーヴィンはそれを片手を上げて遮る。


「分かっている。レン殿や王女様がアンタらを雇ったのは兵士達に王女様を守る気がないことが原因だ。しかし、兵士がどう思っていようと、王女様を守るのは、兵士達の仕事だ。そして、その仕事を外部の者に任せるということは、兵士に対して王女が信頼を持っていないということを表しかねない。そうならないためには……」

「外から来た俺たちが、どれくらい強いのか、兵士達に見せつける必要がある、と?」

「そういうことだ」


 話の内容は大体分かった。なるほど、確かにアーヴィンの言葉にも一理ある。

 本来の目的は王女を監視することとはいえ、それに伴う、王女を守る仕事もこなしていくには、こういった状況はあまり好ましくない。

 ここは、敢えてその提案に乗るか、とベルセルクは決意する。


「いいだろう。なら、やるか」

「師匠!?」

「ベルセルクさん!?」


 ベルセルクの返答に、シナンとレンは声を上げる。


「何だよ。別にいいだろう? 誘われてるのは俺だ。だったら、俺がどうしようと勝手だろうが」

「そ、それはそうですけど……」


 未だに何かを言いたげなシナンであったが、こうなったベルセルクに、何を言っても無駄だと分かっているので、それ以上は何も言わなかった。

 レンにしても、ベルセルクの言葉に反論しようがないと判断し、口を閉じた。


「どうやら、決まったようだな。いやぁ、話の早い奴で助かった」

「御託はいいから、さっさと始めるぞ」

「うむ。しかし、ここじゃあ、あまり広くもないからな。中央の広場にでも行くとするか」


 アーヴィンの言葉に、ベルセルクは同意し、広場へと向かう。

 話に全く入れなかったシナンとレンは、慌てながら、彼らを追いかけるのだった。

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