表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の師匠  作者: 新嶋紀陽
第二章
21/74

 シファール王国はもうだめだ。

 そう、国民が思い始めたのはもう何年も前からだった。

 金が採掘できなくなり、作物も取れにくくなり、更には連続的に起こった災害によって人々は貧しい暮らしを強いられるようになった。

 国境周辺の地域はまだよかった。一番の被害を受けたのは、王都の者たちだ。

 その原因というのも、他でもない、貴族たちだ。

 物価が上がるにつれて、国民は食糧すらも買えない状態になっていた。金があったとしても、貴族たちが根こそぎかっぱらっていくので、どちらにしろ、食料を買うのは難しいものである。

 そのため、食料を求めて人殺しに手を染めたり、強奪をするものも増えてきた。もはや、治安などというものが意味をなさない状況になってきたのだ。

 そんな中、貴族たちは何をしたのか。

 何もしなかったのだ。

 治安が悪いと訴えても、食料がないと言っても、職を失ったといっても返される返事は決まってこんなものだった。

 だからどうした自分たちで何とかしろ私達には関係ないことだ、と。

 国民は嘆き悲しんだ。いや、中には憎しみ、恨みすら言うようになったものが多くいた。

 このままではダメだ。誰もがそう思ったとき、ふと、こんな事を言ったものがいた。

 革命を起こそう。

 革命。つまりは、一揆をおこすということだ。それはいかなる理由があるとはいえ、現状の国に対して反旗を翻すということ、つまりは逆賊になるということである。

 だが、それでも彼らは立ち上がった。

 彼らに必要なのは、国を裏切る覚悟があるか、ではない。

 国を救う覚悟があるかどうかであった。

 そして、人々は集まり、力を蓄え、革命軍を作っていったのだった。

 いつか来る、その日のために。


 *


 ベルセルクとカイン、それにジャンヌはとある酒場に来ていた。

 現在、客は三人だけ。人は誰一人としていない。重要な話をするのに、もってこいの状態だった。


「……というわけなんだけど」

「話は大体分かった」


 ベルセルクはカインの話の内容を理解した。

 つまりは、彼らは国に反旗を翻す革命軍ということであり、二人はリーダーと副リーダーであること。そして何より、その意思がどれだけ強いのかと言うことをみっちり話された。

 しかし、ベルセルクは渋い顔する。


「……だが、分からねぇな。俺に一体何をしろと? まさか革命軍に加われとでも?」

「ん~半分正解かな。君には僕たちに協力してもらう」

「協力?」

「そう。王女を監視する、という協力をね」


 その言葉に、ベルセルクは反応する。


「……王女を監視する? そりゃまたふざけた依頼だな」

「ふざけてなんかいないよ。むしろ真剣そのものだ」


 言葉通りと言うべきか。カインの目は真剣だった。


「僕らの戦力はかなりのものだ。それも、今すぐ城を落とせる自信があるくらい」


 それはまた、大きく出たものだ。

 いくら戦力があるとはいえ、城を落とすとなると話は変わってくる。何せ、城攻めは城にいる兵士の三倍の数は必要になるほど、難しいものなのだから。

 しかし、と言ってカインは続ける。


「僕らの動きに向こうも少々勘づているようなんだ」

「向こう、というと、貴族たちか」

「ああ。その証拠に貴族たちは自分の身を守るために各地の兵士を城に集めようとしている、という噂が流れている。噂と言っても、調べてみたところ、もうすで各地の五分の一の兵力が城に集まっているという情報を掴んだ」


 国の戦力と言うものは何も王都にすべてあるというわけではない。

 確かに、王都は一番兵士の数が多いが、各地の領土にもそれぞれ分配された数の兵士がいる。それが全て集まるということは、かなりの数になってしまう。

 そんな状態になってしまっては落城など不可能に近くなるだろう。


「だけどよ……それが何であの王女様の監視につながるんだよ」


 そう、そこが疑問だった。

 あの王女様はそんなものには無縁のような気がしていたんだが……いや、そうでもなかったか、と思い直すベルセルク。

 確かに、暴力沙汰が好きそうな性格ではなさそうだったが、何かをたくらんでいる、とまでは言わないが隠し事をしているような、そんな雰囲気を醸し出してはいた。


「実をいうと……その兵士を呼び戻すように言ったのは、王女じゃないかって噂があるんだ」

「……は?」


 何だそりゃあ? と言いそうになったベルセルク。

 何故ならば、あの王女様は王宮内で煙たがれているはずである。ひどい言い方をすれば、貴族たちにとってはただの傀儡人形でしかないはずだ。兵士からすれば忌み嫌う者。

 そんな彼女が、兵士を王宮に集めるなどということができるだろうか。


「まぁ、腐っても王族だからな。それくらいの権限はあるだろうし、貴族たちから嫌われているとはいっても、今回は利害が一致している。もしかすれば、今回の親玉はやつかもしれん」


 それは、言い過ぎだ、とベルセルクは思う。

 確かに何か妙な雰囲気を感じてはいた。だが、彼女から感じるのはそういった悪意のあるものではないような気がした。

 むしろ逆のものを感じたが……しかし、ベルセルクはそれを口にはしない。

 結局のところ、ただのベルセルクの感じた雰囲気であり、それが本当の姿かどうかは分からないのだ。


「監視っていってもなぁ……」

「そう困ることもないだろう? 幸い君には王女の護衛の依頼がきたんだから」

「……知ってたのか」

「そうでなければ、君を巻き込もうだなんて思わなかったよ。これはこの国の問題だからね。部外者に手伝って貰うのは筋違いなのは分かっていたんだが……状況が状況だ。そこで」


 と言って、カインは真っ直ぐベルセルクを見据える。


「改めて依頼を申し込む。『狂剣』ベルセルク殿。この仕事を引き受けてもらえるだろうか?」


 言われてベルセルクは沈黙する。

 正直に言って、断るのは容易い。元々こういう面倒なことが大嫌いなベルセルクだ。報酬が良くても

やりたくない仕事はやらない主義なのだ。

 だが、ベルセルクの答えは意外なものだった。


「分かった。受けよう」


 そう、言ったのだった。

 ここにもし、リッドウェイやシナンがいれば驚くのは間違いがなかった。というか、卒倒してしまうかもしれない。

 あの自己中で、我儘、面倒臭いことはやりたがらないベルセルクがまさにお家騒動、いや国騒動に自分から首を突っ込むような真似をするなど、考えられなかったのだ。


「ありがとう。心から礼を言わせてもらうよ」

「私からも、引き受けてくれて誠に感謝する」


 と頭を下げる二人。


「よせよ。俺はただ王女の監視を請け負ったまでだ。それ以外の事はあまり手を貸さないから、そのつもりでいろよ」

「ああ、それだけで十分だ。それじゃあ、連絡方法などは、後日改めて」


 そう言うと、二人は立ち上がり、二人は会釈して帰って行った。

 ベルセルクも酒を一杯飲むと、その店を後にしたのだった。


 *


「え、ちょ、ダンナそれは一体どういうことで……!?」

「声がでけぇんだよ。あいつが起きちまうだろうが」

 言われて、リッドウェイはハッとなる。

 隣のベッドで寝ているシナンを確認すると、リッドウェイはほっとし、すんません、と言いながら謝る。

 ベルセルクが帰ってきたときにはすでに寝ていたので、ちょうどいいと思い、同じく寝ていたリッドウェイを叩き起こし、事情を説明した。

 すべての説明を聞き終えると、リッドウェイはう~んと唸る。


「いやはや、革命軍の情報は入ってましたが、まさかダンナに依頼を申し込むとは思ってもみませんでした」

「ああ、俺もそう思ってる」

「というか、それよりも驚きなのは、面倒臭がり屋のダンナがその仕事を受けたってことですよ。一体全体どういうことですか? 昼間の王女様の護衛はきっぱり断ったっていうのに」


 やはり、と言うべきか、リッドウェイの反応は驚きに満ちたものだった。

 それもそうだろう。リッドウェイが仕事を持ってくる仕事をしているのは、ベルセルクがそういう事に対して興味がなさすぎる、ということに尽きる。

 そんな彼が、自分から仕事を持ってきたとは。


「まさか……この数時間の間に風邪でも引いたんじゃあ……」

「それ以上馬鹿言っていると、頭叩き割るぞ」

「すんません調子に乗りました。心の底から謝るので、その抜き身状態の剣をしまってくれやせんかね?」


 と、顔に冷や汗をかきながらリッドウェイは言う。

 ベルセルクは冗談に対してのツッコミのつもりかもしれないが、あれを受ければ確実にリッドウェイは死ぬ。この人のツッコミは本当に命がけなのだ。


「……とまぁ、冗談はここまでにしておいて、本当のところ、どうなんですか?」

「どう、と言うと?」

「ダンナが自ら仕事の依頼を受けるなんてことはまずないはず。もしそうすることがあるなら、理由があると思うのが筋ってもんでしょう?」


 核心的なところをつくリッドウェイ。

 相変わらず、何も考えていないようで、妙なところは考えている。


「別に大した理由じゃねぇよ。しいていうなら、勘だ」

「勘?」

「ああ。なーんか、妙な胸騒ぎがしてな。放っておくのもありと思ってたんだが……そうもいかないようだ」

「?」


 妙な一言を最後に付け加えたベルセルクに首を捻るリッドウェイだったが、そこは敢えて何も聞かなかった。この人がやりたいというのなら、自分はそれについていくだけなのだから。

 まぁ、多少の危険は伴うわけなのだが。


「でも、いいんですかい? シナンちゃん、そういうの絶っっっ対反対すると思いますけど」

「ああ、だからあいつには黙っておくんだよ。理解したか、ボケ」

「うわ~……今日はいつにもましてひどいですねぇ~。っというより、シナンちゃん、自分だけ知らなかったことを知ると、暴れだすんじゃ……?」

「かもな。その時はボコボコにしてねじ伏せてやるよ」

「い、いつも言ってますけど、相手は女の子ですからね? 手加減忘れないで下さいよ? いやマジで」


 と、心配しながら言うリッドウェイ。このベルセルクなら、ボコボコという言葉通りの状況にしてしまいそうで怖いったらありゃしない。

 本当は、あんなに華奢な体で健気なのに、どうしてあの子はこの人に弟子入りしたのか、未だに理解に苦しむリッドウェイだった。


「……さて、そうと決まれば、あっしらも寝ますかね。明日は王宮へ行くことですし」

「いや、お前はこなくていい」

「……もしかして、さりげなく苛めてるんですか? ダンナ」


 あまりに理不尽な言葉に、リッドウェイはトホホ、とつぶやく。

 しかし、ベルセルクは別にそんな意味で言ったわけではなかった。


「違ぇよ。お前には、ちょっと調べてもらいたいことがあるんだよ」

「調べたいこと、ですか? 良いですけど、何スか? 革命軍の内部情報とか?」

「いや、それもあるんだが……」


 と言いながら、ベルセルクはその調べてほしいことを言う。

 すると、リッドウェイは少々難しい顔になった。


「……できるか?」

「ん~、時間はかかりますけど、何とか。これでもあっしは情報収集に長けてるんで」

「そうだな、それだけがお前の取り柄だからな」

「ダンナ、所々であっしを貶そうとしないでください。ちょっぴりずつですけど、ダメージはあるんですからね?」


 心のダメージが、と言リッドウェイだったが、ベルセルクは取り合わない。

 ベルセルクはそのまま、就寝へと入って行ったのだった。


 *


 翌日。

 ベルセルクとシナンはまたもや王宮の正門前に来ていた。


「あの、師匠」

「何だ?」

「どうして、急に受ける気になったんですか?」


 不思議に思うシナン。

 無理もない。昨日はあれほどすっぱり断ったというのに、今日になっていきなり「やっぱ受けるか」と言い出したのだ。理由を知らなければ、妙だと思うのは当然だ。

 しかし、ベルセルクはいつもと変わらずツンケンした言葉で返す。


「気が変わった。それだけの話だ」

「またそんなことを……本当は何か、隠してるんじゃないんですか?」


 やれやれ、と内心思うベルセルク。いつもはどんくさいくせに、こういう時はやけに勘が鋭い。そういうところでは、リッドウェイによく似ている。


「んなことあるか。王宮仕事は金が多く入る。それに……」

「それに……?」

「上質な酒をただで飲める機会だ。見過ごすにはおしい仕事だ」


 などと、はったりをかましてみる。いや、金のところについては確かにはったりだが、酒に関してはちょっぴり本気だったりするベルセルクだった。

 何だかな~、とシナンがジト目でベルセルクを見ていると、出入口用のドアが開いた。

 出てきたのは、レンだった。


「ようこそ、お二人とも。お待ちしておりました」


 笑顔で出迎えをするレンに対して、シナンは「どうも」と会釈する。


「仕事を受けに来た。やっぱり王宮の仕事は金が良いからな……それから、報酬に酒も入れておいてくれ。昨日飲んだのが、結構気に入ってな」

「そうですか……わかりました。とっておきのを用意しておきます」


 ベルセルクの言葉にそう返答すると、「さぁ、どうぞ」と二人を中へと案内する。

 ベルセルクは、言われるがままに門をくぐる。そしてシナンは自らの師に少々疑問を持ちながらも、その背中を追っていったのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ