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勇者の師匠  作者: 新嶋紀陽
第二章
20/74

 帰り道、シナンはムスッとしていた。

  

「おいシナン。何怒ってんだよ」


 珍しく、シナンに対して自分から声を掛けるベルセルクだったが、シナンはそれに対してフンッとそっぽを向いてしまう。

 もうこの状態が続いて一時間が経過しようとしている。

 さすがに腹が立ったベルセルクは少々強気の声を出す。


「いい加減にその表情やめろ。殴り飛ばすぞ」

「……何であの依頼を受けなかったんですか?」


 ようやく口を開いたシナンの一言目は、ベルセルクが王女の依頼を断ったことについてだった。

 ベルセルクは面倒臭そうに、説明する。


「あのな。王女の警護なんて面倒なこと、誰が好き好んでやると思う?」

「そういう問題じゃありません! あの人達の話聞いてました? 今の王女様には味方が少なすぎるんです。僕たちだけでも、彼女の味方になるべきです」

「味方、ね」

「そうです。仮にも一国の王女様を、苦しめるなんて、絶対に許されることじゃありません」

「それっていつまでだ?」


 え? とその一言にシナンは答えられなかった。


「あの王女様を守りたいと思う気持ちはようく分かった。けどな、それはいつまでの話だ? はっきり言って、今の状況が一日や二日で収まるとは思えない。正直、何年もかかるだろうな。それまでお前はあの王女の面倒を見るつもりか? まさか、一生なんて言うつもりはないだろうな」

「そ、それは……」

「そもそも、お前が旅をしている理由は何だ? 人助けか? 違うだろうが。お前は勇者で、いるかどうかも分からない魔王を倒すために旅をしてんだろうが。そんなお前に、他のことに構っていられる余裕があるのか?」


 ベルセルクの言葉に、何一つ言い返せないシナン。それはそうだ。何せ、彼が言っていることもまた何一つ間違っていないのだから。


「自分がすべきことを忘れるな。この旅の目的を考えろ」


 厳しい言葉を言い放つベルセルク。

 それに対して、シナンは無言で俯くだけだった。

 言い過ぎた、とはベルセルクは思わない。そもそも、自分がこういうことを言うことすら面倒だと思っているベルセルクだ。言ってやっただけでもありがたいと思え、と思っている

 そもそも、ベルセルクは警護の仕事が一番苦手なのである。

 魔物退治や盗賊退治と違って、目標を潰すことが重要なのではなく、目標を守るために戦う警護の仕事は、潰すこと専門家のベルセルクには性に合わないのだ。

 それに、先ほども言った通り、警護の仕事は長いのだ。まぁ、それだけ報酬は出たり、短期間のものもあるにはあるが、今のこの国の状況では短期間とは到底思えない。報酬にしても、財政困難に至っている状況でどれだけ貰えるのか些か疑問に思う。

 そして何より、ベルセルク達の目的はあくまで魔王退治だ。魔王がいるかどうかは別として、それをやる前に他人事に首を突っ込んでいては、何も達成できるわけがない。

 ふと、ベルセルクはシナンを見る。そこには、いつもとは違ってシュンとなっている少女の姿があった。

 こういう時のシナンはどうも女に見えて仕方がない。戦闘ではあんなに男勝りな気迫と行動力、判断力を発揮するくせに、元気がなくなるとこうだ。

 一体どんな暮らしをしていれば、こうなるのか、知りたいと思いつつも今はその状況ではないと思うベルセルクであった。

 その後、二人はリッドウェイが待つ宿屋まで無言で帰って行ったのだった。


 *


「ええ!? 王女様の依頼を断ったぁ!?」


 宿屋に帰って事情を説明すると、リッドウェイはなんとまぁ間抜けなリアクションを取った。


「うるせぇぞ、リッドウェイ。黙らねぇとまた殺すぞ」

「いやいや、今まで何度か死にそうにはなりやしたが、まだ殺されてはいませんよ……」


 相変わらずのベルセルクの言葉に、リッドウェイは苦笑いで答える。


「それにしても、何でまたそんなこと……」

「面倒だったから。それだけだ」

「ん~……まぁ、王女様の警護は確かにいろいろと面倒事に関わりやすいですからあっしもあんまり受けないようにはしてますけど」

「そう、なんですか?」


 シナンは意外、という反応を見せた。

 王宮の仕事ともなれば、金ががっぽり入ってくるのは目に見えている。リッドウェイがそれに興味を示さないというのが、予想外だったのだ。


「いや、そりゃあいい金づるにはなると思いますよ? けど、お家騒動になれば、被害を受けるのは確実ですしねぇ」

「金づるって……リッドウェイさんやらしいですよ?」

「何言ってやがる。そいつは元々そういうヤツだ」

「……なんか、物凄く心にグサッとくるものがあったんですけど……」

 

 とリッドウェイは一人暗くなる。


「にしても、流石はダンナですね。王宮の人間相手にそんな態度を取るなんて」

「別に、これでも譲歩した方だぞ。あの王女様や召使いには王族や貴族特有の匂いがしなかったからな」

「臭い……? そんなものあるんですか?」

「あー……お前は気にするな。聞き流せ」


 どうせ理解できないだろう、とベルセルクは心の中で呟いた。

 ベルセルクは立ち上がると、ドアへと歩き出す。


「? 師匠、どこへ?」

「ちょっくら飲んでくる」

「ええっ!? こんなに酒があるのに何でわざわざ外で飲むんですか!?」

「うるせぇな。そういう気分なんだよ。ああ、それからリッドウェイ」

「へい?」

「“ちょっと遅くなるかもしれない”が、後のことは任せたぞ」

「……、」


 普通なら帰りが遅くなると聞き取れるその言葉に、リッドウェイは何かを感じ取った。その証拠に、それを聞いた彼の顔が一気に真剣なものへと変わった。

 リッドウェイが無言で頷くと、ベルセルクはそのまま外へと立ち去った。


 *


 宿を出て数分。

 ベルセルクは居酒屋にはいかず、街を歩いていた。

 時刻はもう深夜前であった。月の光に照らされている街中はとても静かだった。深夜前、というのもそうだが、恐らくは今のこの国の現状が、この状況を作っているのだろう。

 まぁ、それはそれで仕方のないことだが、今はそんなこと、どうでもいい


(……ついてきてるな)


 後ろを振り返らずに、背後の気配を感じ取る。

 初めて気づいたのは、宿屋にいた時からだ。いや、恐らくはそれ以前からつけていたのだろう。敢えて襲ってくるのを待っていたベルセルクであったが、いつまでたってもこないので、しびれを切らしてこちらから動いたのだ。

 視線を感じる。敵意、ではないのは確かだが、妙なものだ。まるでこちらを観察しているような、そんな感じである。

 何が目的かは知らないが、面倒なので放っておこうと思ったが、はっきり言うと迷惑だ。誰かに見られて生活をするなど、ベルセルクの性に合わない。

 ベルセルクは人のいない路地裏へと入る。


「……おい、そこのストーカー、俺にようがあるんなら、こそこそ隠れていないで正面から来たらどうだ?」


 立ち止まり、振り向きながらベルセルクは言う。

 すると、そこにいたのは二つの人影。一人は、短い青い髪で、二十代後半のイケメン男。もう一人は、髪は赤く、瞳もまた紅色でありそれがどこか生真面目そうな感じを醸し出しており、ベルセルクの苦手そうな二十歳前後の女性だった。どちらとも、その腰には剣を携えている。


「ストーカーではない」


 女性はきりっとした声で言う。

 やはり、予想通りの性格だ。


「人のことを後ろからこそこそ付け回してくる奴をストーカーと言わずに何ていうんだ?」

「貴様……私を愚弄する気か!?」

「まぁまぁ、落ち着いてジャンヌ。原因はこちらにあるんだし」


 そう言って、もう一人の男は女性を宥める。


「すまないね。別にやましいことがあって、君をつけていたわけではないんだよ」

「ほう。なら、何のために?」

「君に依頼したいことがあってね。『狂剣』ベルセルク君」


 その言葉を聞いて、ベルセルクは一瞬ムッとなる。

 ベルセルクの二つ名を知っているというのは、別段妙な話ではない。そして、そんな彼に依頼を頼もうとする者も、それほど稀ではない。その証拠にベルセルクは今までに仕事に困ったことがないのだ。まぁ、ここは敢えて誰のおかげかは伏せておくが。

 ベルセルクが気になったのは、タイミングの問題だ。ベルセルクは今日、王女の召使いに仕事を依頼されたばかりだ。そして、その次は怪しげな二人組。こんな妙な話があるだろうか。

 しかし、ここで考えてても話は進まない。ベルセルクはとりあえず依頼の内容を聞くことにした。


「どんな依頼だ?」

「おや、怪しまないのかい?」

「十分怪しんでいるけどな。だが、怪しんだところで話は進まない。さっさと教えろ」

「中々話が分かる人のようだ。では、早速依頼の内容を説明しよう……と、その前に自己紹介をさせてもらう。僕はカイン。カイン・アルベール。で、こっちが」

「ジャンヌ・レウスだ。覚えておくがいい、この下郎」


 ジャンヌの言葉はどこかベルセルクの癇に障るものがあった。


「こら、ジャンヌ。仕事を頼む相手になんてことを言うんだ」

「お言葉ですが、カイン様。私はこの度の依頼、正直納得がいきません。このような者に大事な役目を預けるなど……」

「それは散々話し合ったじゃないか。ここまできて蒸し返すのはマナー違反じゃないかな?」

「そういう問題ではありません。名の知れた剣豪だというので私は納得しましたが、よりにもよってあの『狂剣』とは……」


 ふと、ジャンヌの視線はベルセルクに移る。

 その瞳にはどこか汚らわしいものを見るような感情が入っていた。


「貴様の噂は聞いているぞ。人としてありえないような戦い方をする、獣のような剣士。斬った相手の血すら拭わず戦い続けるその姿はまさに狂った男。貴様のような輩がいるから、剣士は汚らわしいなどと呼ばれるのだ」

「……、」

「自分の剣に、誇りを持たない者など、もはや剣士などではない。ただの愚か者だ」


 女性の言葉に、ベルセルクは無言だった。いや、呆れていたというべきか。

 剣士が汚らわしいと呼ばれる?

 当たり前だ。何故ならば、剣士というのは即ち人斬りと同類なのだから。

 確かに世の中には魔物しか殺したことがない剣士もいるにはいるだろう。だが、大半の剣士ならば、人を殺したことはなくとも、人を斬ったことはあるはずだ。

 何かを斬るということは、同時に何かの命を奪うに等しい行為なのだ。

 それを世間一般では汚らわしいと呼ぶ奴もいる。だが、それは事実であり、嘘ではないのだから受け入れることが当たり前であり、そこに誇りだのなんだのと言う輩はただの偽善者にすぎない。いや、それこそ、愚か者というべきか。

 目の前にいる女性はまさにそうだ。見た目からして剣の実力は人並み以上はあるだろう。だが、はっきり言って、ベルセルクには遠く及ばない。剣に関しては決して自分を棚に上げないベルセルクが思うのだから、相当だ。いや、恐らくは剣の速さでならシナンの方が数段上だろう。


「どうした、言い返せないのか?」

「……いや、別にどうでもいい事言われてもな。そんなことより、アンタら俺にどうして欲しいんだ?」


 なっ!? とジャンヌは呆気にとられる。

 そう、結局のところ、ベルセルクが気になるのはそこだけである。

 ジャンヌはベルセルクのことを馬鹿にしているようだが、だからどうしたとしか言いようがない。

 自分の言葉を無視同然の扱いをされて怒ったのか、ジャンヌは剣を抜きながら怒声を上げる。


「ええい、どこまでも人を馬鹿にしたような態度をしよって!! そこに直れ愚弄!! 今すぐその曲がった根性を叩き直してやるわ!!」


 ジャンヌの言葉にベルセルクはため息を吐きそうになる。実際、彼女の隣にいるカインは止めるつもりはないのだろうが、ため息を吐きながら苦笑している。


「……やめとけ。相手の度量も分からない奴が、俺に剣を向けるな。お前じゃあ、俺どころか俺のツレにも勝てないだろうよ」

「ハッ、随分な余裕だな。笑わせてくれる。これでも私はこの国でも有名な剣士なんだぞ?」

「そうやって自分を高く評価したいというのは、つまるところ、自分は弱いんだって相手に言ってるようなもんだぞ?」

「っ!? うるさい黙れ!! そういうお前こそ本当は私と戦うのが怖いから剣を抜かないのではないか?」


 あまりにも的外れな事を言うジャンヌにベルセルクは少々痛い奴だな、と思い始めてきた。

 しかし、それも次の瞬間、なくなってしまう。


「それに、私が貴様のツレより弱いだと? それこそ滑稽な話だ。あんなひ弱そうで小さな体の者など、私の相手になるわけがない。それどころか、騎士団の新入隊員にすら、勝てるどうか怪しいものだ。っというより、あんな者が剣士であるということがそもそものまちが……」


 瞬間だった。

 音はなかった。というより、誰にも聞こえなかったという方が正しい表現だろう。しかし、その瞬間に確かにベルセルクは行動していた。

 ジャンヌはこの時、何が起こったのかわからなかった。分かるのは、いつの間にか十メートル程離れていたベルセルクが目の前にいて、自分に向かって剣を向けていることだった。気づいた時には、すでに彼の射程範囲内だったのだ。

 驚く暇すらなかった。剣を動かす時間すらなかった。っというか、そもそもその剣自体がすでに意味をなさなくなっていたのだ。

 なぜなら、いつの間にか、彼女の剣は真っ二つになっていたのだから。

 ありえない。自分は剣の手入れを疎かにはしていなかったはず。

 動けは確実に斬られる。それよりも、動けなかった。ベルセルクの威圧感が大きすぎたのだ。あまりにも大きな威圧を出しているせいで、一歩たりとも動けずにいた。

 蛇に睨まれた蛙の状態とはまさにこのことだ。


「……調子に乗るのもいい加減にしろよ。俺はそれほど我慢強い方じゃないんでな」

「ひ……ぃ……」

「それともう一つ。やっぱりお前はあいつよりも格段に弱い。あいつなら今の一撃、余裕でかわすか、受け止めて反撃するかしてくるぞ」


 別にお世辞を言っているわけでも、シナンを擁護しているわけでもない。事実そうなのだ。前の彼女ならともかく、今の彼女は確実にベルセルクの一撃を見極められる力量を持っているのだ。

 加えて言うならば、もし今の一撃をシナンが放っていたとしたら、確実に彼女は死んでいた。今のはシナンの攻撃よりも遅い一撃なのだ。

 まぁ、彼女に人を斬れる度胸があれば、の話ではあるが。


「……それまでにしてやってくれるかな」


 ここでようやくカインが割り込んできた。


「か、カイン様……」


 ジャンヌはもう半泣き状態の声で言う。


「ジャンヌ。自分の立場わきまえたかい? 彼は君より段違いに強い。今、彼が手加減していなかったら、君は確実に死んでいただろう。それをちゃんと理解したか?」

「は……、は、い……」

「よし、それじゃあ言うことは分かっているね?」


 カインの言葉にジャンヌは無言で頷く。

 そしてベルセルクに対して言う。


「ぶ……無礼をして、す、済まなかった。……貴殿のツレのことも、済まないことを言ってしまった。その……どうか、許して、欲しい……」


 もう半泣き状態どころか、泣きながら謝るジャンヌ。いやはや、いくらベルセルクの気迫と威圧に押されているとはいえ、一剣士が泣くのはどうかと思うが……。

 その言葉を聞いて、カインはうなずいた。


「だそうだ。ここまで謝ってるんだし、ここは許してやってくれないかな? 僕からも先ほどの無礼を謝らせてもらうから」


 そう言って、カインは頭を下げる。

 それを見てベルセルクはようやく、剣を下し、鞘へと納める。

 ようやく緊張の糸が摂れたのか、ジャンヌはその場に崩れ落ちた。その姿を見たカインはまたもや苦笑して「やれやれ」とつぶやく。


「……それで? 話ってなんだ?」


 ベルセルクは訊く。


「おや、あれだけ言われて、依頼を受けるつもりかい?」

「そうか。なら、断ってもいいんだが……」

「冗談だよ。ありがとう、依頼を受けるつもりになってくれて」

「受けるかどうかは、話をしてからだ」


 そうだね、とカインは返答する。


「うん、そうだね。じゃあ、率直に言うよ」


 カインはとてもにこやかな顔だった。

 しかし、その顔の裏にはとんでもないものが、隠されていることをベルセルクは感じ取っていた。その証拠に、彼が告げる言葉というのが、突拍子がないにも程があるものだったのだ。


「革命を起こしたいんだけど、その手伝いをしてくれないかな?」


 予感的中。

 ベルセルクは、この時自分がとんでもないことに巻き込まれた事を知ったのだった。

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