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勇者の師匠  作者: 新嶋紀陽
第二章
19/74

「……おい、シナン」

「はい」

「確か、俺達はあのガキに酒をくれると言われてついて行ったんだよな?」

「はい」

「それが……どうしてこんな所に来る羽目になったんだ?」


 ベルセルクは少々イラついたというよりも呆れた顔で、質問する。

 ベルセルクが言うこんな所。

 それは、シファール王国の王都リンドの中央に聳え立つ大きな建物。

 そこは、許されたものしか入れないはずの場所。 

 すなわち、王宮だった。


「あははは……何故でしょう?」


 苦笑するシナン。それ以外の反応に困った。

 知り合いが酒を持っているといわれて来たものの、まさかその知り合いが王宮の人間だとは思ってもみなかったのだから。

 あの少年――――レン・フィアードに連れてこられて約一時間。ベルセルク達は王宮の門の前にいた。宮仕えをしているとはいえ、流石に外部の人間を入れるのはまずいらしく、仕方なくベルセルクは外で待つことにしたのだ。

 門には何人かの衛兵が立っており、こちらを何度もちら見してくる。それはそうだろう。こんな二人組、どう見ても怪しい、とベルセルク達自身思ってしまうのだから。


「ちっ、酒が貰えると聞いたから来てみれば、こんな所に来るとは」

「まぁまぁ師匠。そう文句言わずに」

「俺はな、王宮とかそういった場所が嫌いなんだよ」

「あ、それは何となくわかります。師匠ですからね」


 とシナンの身のふたのない一言にベルセルクは不機嫌な顔になる。

 いや、この場合、シナンの言葉がなくても不機嫌になっていた。

 ベルセルクは昔から、王宮やら貴族やらがあまり好きではなかった。別に自分が見下されているとか、身分的にうらやましい、などといった類のものではない。

 では、何故嫌いなのだろうか。

 実をいうと、そこのところはベルセルクもあまり分かっていない。自分のことなのに、何故分からないのかといわれることもあるが、どちらかというと、ベルセルクは自身のことで分からないことの方が多いので、あまり気にしないのだ。

 そんな性格だから、いい加減なやつと言われるんだよ、と昔誰かに言われたような気がしたが、それが誰なのかすら、思い出せない、いや思い出そうとしないベルセルクであった。


「それにしても、遅いですね、レンさん」

「大方、その知り合いやらと揉めてるんだろ。今のこの国はいろいろと苦しいからな。酒なんてそうそう買えたもんじゃない」

「あ、そういえば、この国の値段って、いろいろと高かったですよね。お酒もいつもの倍掛かってましたし」


 今、このシファール王国は経済難になっている。

 物の値段が日に日に高くなり、貧しい人々は食べ物すら買えない状況である。そんな中で、酒という所謂娯楽の商品の値段も高くなるのは必然的だ。

 まぁ、稼ぎに稼いでいるベルセルク達にとっては、多少値はかかるが、買えないほどではなかったので問題はない。

 などと考えていると、門の隅にある出入口用の扉が開いた。

 

「あ、師匠。レンさんが来ましたよ」


 扉から現れたのは、金髪の美少年、レンであった。


「すみません、待たせてしまって申し訳ないです」

「いえいえ、そんなこ……」

「全くだ。いつまで待たせる気だ?」


 シナンが気にしてませんよ、という雰囲気にしようとしたところ、ベルセルクが一気にぶち壊す。


「ちょ、師匠!! 何ぶっちゃけてるんですか!! いくら不機嫌だからって言って良いことと悪いことがあります!!」

「ああ。だから今のは言って良いことだな」

「全然違いますよ!!」

「何が違う? こっちは待たされたんだぞ? 文句の一つや二つ、言ってもバチは当たらないと思うが?」


 確かにその通りですけど……と、シナンは心の中で呟いた。


「ははは……手厳しい人ですね」


 ベルセルクの態度に、レンは苦笑する


「き、気にしないでください。こういう人なんです……」

「いえ。そもそも待たせたのはこちらですから」


 申し訳なさそうに謝るシナンに対して、レンは微笑する。

 その様子を見て、ベルセルクが割って入る。


「……んで? 酒は貰えたのか?」

「あ、はい。酒は貰えるようになったんですが……」


 歯切りの悪い物言いをするレン。

 それに対して、何やら嫌な予感がするベルセルク。


「何か問題でも?」

「えーっと、それが、ですね……僕の知り合いというのが、王宮の料理長でして、その方にお酒を少々くれないか、と頼みにいったんですが……」

「門前払いでもされたか?」

「いえ、お酒はちゃんとくれました……ただ、その後、お酒を運んでいる途中に王女様と出会ってしまって……それは何だ、と訊かれた所、あなた方にお渡しする酒です、と言ってしまいまして」

「? それ、何かまずいんですか?」

「いや、そりゃあマズイだろ。王宮のモン勝手に外に出してんだから」


 あ、そうですね、と何とも呑気な事を言うシナンであった。


「で? 続きはまだあんだろ?」

「はい。王女様にあなた方のことを説明すると、会ってお礼がしたいと言い出しまして……」

「へ? 王女様が僕たちに?」

「そうなんですよ。それで、よろしければ、王女様に会って下さいませんか?」

「断る」


 ベルセルクは速攻で断った。

 その速さに、シナンは驚く。


「ええ!? ちょ、師匠、何で断るんですか!!」

「言っただろうが。俺は王様とか貴族とかが苦手なんだよ」

 

 と渋るベルセルク。

 しかしレンはどうしてもベルセルク達に王女と会わせたいのか、必至に説得を試みる。


「そこを何とか……。王女様が誰かに会いたいなどと言うことは滅多にないことなです。ですから」


 どうか、お願いします、とベルセルクに対して懇願するレン。

 その真っ直ぐな物言いに、シナンはベルセルクの方を向き、ムッとなる。

 当人のベルセルクは、はぁとため息を吐いた。


「分かった。会えばいいんだろ、会えば」


 ベルセルクは本当に面倒くさそうに答える。

 その返答に「ありがとうございます!!」と満面の笑みで礼を言うレン。いやはや、王女に会うことで喜ぶとすれば会わされる者だろうに、何故彼が喜んでいるのか、いまいち理解できないベルセルクであった。

 まぁ、そんなこんなで、ベルセルク達はシファール王国の王女様に会うこととなったのだった。


 *


 外から見た王宮は大きいというイメージだった。

 しかし、中に入ってみると大きいというよりも、美しいという感想がいち早く出てきてしまう。

 入ってすぐに見えるのは、見渡す限り大きくそして綺麗に整えられていた庭園。そこには様々な花々が植えられており、花に全く興味のないベルセルクでさえ、ほぉと驚いたくらいだった。

 次に、王宮内の廊下をベルセルク達は歩いていた。そこらに張られている壁紙はどれもこれも一級品であり、さらには飾られている物はすべて金で出来ていた。流石はかつて黄金の国と呼ばれていた国である。

 これ全部でどれくらいするのだろうか、とシナンはひっそりと考えていたが、すぐさまやめた。考えるのが馬鹿馬鹿しくなるほど、ここにあるものは全て高級品であったのだ。

 しかし、ベルセルクは少々不思議がっていた。今から自分たちは王女と面会するはずである。しかしながら、レンが案内しているのは、王宮の隅の方であった。もしかすると、そこが有名な後宮というところなのか、と思ったが今の王族は王女一人である。それ故に、後宮というものは存在しないはずなのである。

 では、レンは一体どこに案内しようとしているのだろうか。

 などと考えていると、ふとベルセルクの視界にあるものが入った。

 塔だ。それも、王宮内の中で一つポツンと孤立しているような、そんな雰囲気を持つ塔だった。そして何より、その塔はベルセルク達の向かう方向にあった。

 もしやあそこに? というベルセルクの予想はすぐさま当たることとなった。

 

「こちらです」


 と、案内されたのはベルセルクが先ほど見た塔だった。

 中に入ってみると、ベルセルクは違和感を覚えた。何だ? と思っていたのもつかの間、すぐさまその理由を知ることができた。

 全く着飾られていないのだ、この塔内は。

 先ほどの城内はあれほど高価なものがたくさんあり、装飾品やら何やらで物凄く金をかけているのが一目で分かった。

 けれども、ここは違う。最低限の手入れはされているものの、品物を飾ったり、装飾に手間をかけたりされていない。

 本当にこんなところに王女がいるのか? とベルセルクは思う。仮にも王女が住む場所なら、もっと派手にしているはずだ。

 疑問を抱きながらも、ベルセルクとシナンはレンに連れられ階段を上っていく。

 そして、扉の前に立つ。

 レンはノックをして、中の王女に口答で伝える。


「王女様、レンです。お二方をお連れしました」

『お通しして』


 王女がそういうと、レンが「どうぞ」と言ってドアを開ける。そして、二人は王女がいる部屋へと入って行った。

 まず、初めに言っておこう。そこは、とても質素な部屋だった。辺りにあるのは貴族や王族が使うようなものが一切なかった。また、部屋にあるものに関しても、あまり金がかかったようなものはないように思える。

 これが王女の部屋? 正直言って信じられないベルセルクであった。こんなもの、以前に会った領主ベリアルの部屋の方がまだそれらしいものだった。


「ようこそ。呼びつけてしまってごめんなさいね」


 そこにいたのは、少女だった。

 一言でいうなら、儚げな少女だった。線の細い顔立ち。歳は十五、六といったところか。年齢はシナンとさほどかわりはしないだろうが、背丈はあちらの方が上だ。着ている服もこれまた質素なものである。流石にみすぼらしい、とまではいかないものの、王族が着るにはちょっと質素すぎやしないか、と思うような白と黒の服。しかし、どこか目につくものがあり、ようく見るとこれはこれでかなりの美しさを持っている。

 しかし、ベルセルクとシナンはそれとは別なところで驚いていた。

 なぜならば。


「え、ええ!? レンさんが二人!?」


 シナンは素っ頓狂な声を上げてしまった。

 しかし、ベルセルクはそれを咎めようとはしない。いや、むしろシナンは事実を言ったまでなので、それをどうこう言うことはできなかった。

 そう、王女とレンはそっくりな顔立ちをしていた。

 いや、顔立ちだけではない。背丈からその体の大きさまで、至る所がそっくりだったのだ。違う箇所といえば、服装ぐらいだ。

 流石のベルセルクも、一瞬とはいえ驚いてしまった。


「あははは……やっぱり初めて見る方は、そういう反応ですか」

「ええと……まさか、二人は……」

「双子、ではありませんよ。ただの他人の空似です、ご安心ください」


 ニコッと笑うレン。

 それに対して、ベルセルクは顔を顰める。

 確かに、他人の空似というものは存在する。世間でも、世の中には自分と似ている人間が三人はいる、という噂を聞いたことがある。だが、ここまで似ているのは些か不自然じゃないだろうか。そう、シナンが言ったように双子でもない限り……。

 と、そこまで考えたところで、ベルセルクは頭を振る。例え、ベルセルクが思うようなことだったとしても、それは自分には関係ないことだ。余計なことに首を突っ込めば、いらぬ災厄が降りかかってくることを、シナンを通してベルセルクはよく知っているのだ。


「初めまして。わたくしが、シファール王国の王女、リリア・シファールです。ようこそおいで下さいました、旅の方」

「し、シナン・バールです。で、こっちが」

「……ベルセルクだ」


 二人はそれぞれに挨拶を済ます。


「今日は、私の召使いがお世話になったようで……どうもありがとうございました」

「い、いいえ!! とんでもない!! 人として当然のことをしたまでです!」


 と、未だ緊張が取れていないシナンはぎこちない言い方で、返答する。まぁ、相手が王族ならば、普通は緊張するものだ。

 ただし、ここに一人、王族だろうが貴族だろうが、そんなことは知ったことではないと思う男がいるが。


「お二人はどこから来たのですか?」

「僕は、アスタトラルです」

「俺は、ガリアクルーズだ」

「まぁ、勇者の国『アスタトタル』に自由の国『ガリアクルーズ』ですか。それはまた遠いところから……この国へはどうして?」


 リリアは二人に訊く。


「たまたま立ち寄っただけだ。目的はない」


 と不愛想に答えるベルセルクに、シナンが指摘をする。


「ちょっと、師匠! 王女様に対して、何ですかその口の利き方は!!」

「うっせぇな。俺の行動一つ一つにいちいち口出しするな。お前の方こそ、そのお節介さを直せ。っというか、そもそも、この王女様はそんなことを気にするような度量の狭い人間じゃねぇよ」


 違うか、というベルセルクの言葉に、リリアはふふっと笑う。


「どうしてそう思うんですか?」

「アンタが俺達をここへ招いたことが第一の理由だ。普通の貴族や王族なら、部下が助けられてからって、そんなことしねぇからな。そして、第二に俺達を見る目が対等の人間を見る目だ。こんな姿をしている俺達に対してアンタは蔑みの目を見せない。それが理由だ」


 王族や貴族というのは、大半のものが庶民を馬鹿にしたり、蔑んだりしている。

 これは、どこの国へ行っても大抵は同じだ。そうじゃない国ももちろんあるが、しかし必ず身分差別というものを持つ貴族は少なからずいる。

 特に、このシファール王国は格差社会でも有名な国だ。現に今の経済状況を作っているのは、多くの貴族たちである。そんな者たちが、身分差別の意識を持っていないわけがない。

 そして、そういう風な意識を持つ目は決まって蔑みか馬鹿にしたようなものである。しかしながら、この王女の目からはそんなものは見受けられなかった。


「素晴らしいです……少しお話しただけで、わたくしの性格を見極めるだなんて……」

「これでも一応いろんな奴と会ってきたからな。それに……」

「それに……?」

「……いや、何でもない。聞き流してくれ」


 と、ベルセルクは途中で言葉を研ぎった。珍しいこともあるものだ、とシナンは思う。

 実のところ、ベルセルクが王女の性格を理解したのはもう一つ理由がある。

 顔が、何となく間抜けというか、細かいことを気にしないような雰囲気だったのだ。

 しかし、流石にそれを女性に対して、ましてや一国の王女に対して言うのは失礼すぎると思った。ベルセルクでも、それくらいの配慮はできるのだ。


「まぁ、これも何かの機会だから、こっちも一つ訪ねたいんだが?」

「何でしょう?」

「……アンタ、本当に王女様か?」


 その一言に、一同は絶句した。


「っ!? 何を言うんですか、ベルセルクさん!!」

「そうですよ! 師匠いきなり何を……」

「いいんです、シナンさん」


 シナンの言葉を途切れさせたのは、問いを掛けられた王女自身だった。


「王女様……」

「ベルセルクさんの疑問はもっともだと思います。こんな塔にいて、王族には似合わない格好をしている王女なんて、普通はいるはずがないんですもの」


 微笑しながら言う王女であったが、その顔にはどこか悲しげなものが見え隠れしていた。


「私がこの国の王女かという問いの答えはイエスです。ただし、それは国としてであり、国民や重臣たちからは、ただの厄介者にしか思われてませんが」

「王女様っ!?」

「いいのレン。どうせ、この国にいれば、いずれ耳にすることなんだから」

「……どういうことだ?」


 怪訝そうな顔をしながら、ベルセルクは問う。


「……呪い王女。それが、わたくしのもう一つの名です」

「呪い、王女?」


 シナンは戸惑いながら、復唱する。

 聞くからにして、何ともいやなものだ。

 そして、その呼び名で呼ばれる理由もこれまた不愉快なものであった。


「このシファール王国は黄金の国、と呼ばれていたほど、金の採掘に恵まれていました。人々はお金に困らず、何不自由ない暮らしをしてきました。けれども、わたくしが生まれてきた年から金の採掘が悪くなり、財政は悪化するようになっていきました」


 淡々と話し出す王女のその表情はまさに真剣そのものだった。


「で、でも、それだけでそんな呼ばれ方をされるなんて……」

「もちろん、それだけではありません。金が採れにくくなったその年から作物もまた、取りにくくなったのです。元々、農業や林業に恵まれていなかったわたくし達にとって、これは大きな痛手となりました。さらには、連続的に天災にも見舞われ、国の損害はかなりのものになりました」


 頼りにしていた金がなくなり、元々少なかった農業も悪くなり、更には天災にも見舞われた。

 確かに、これを偶然と片付けられない、と思うのも分かる気がする。


「国を呪い、破滅へと追いやる王女……国民はわたくしのことをいつも間にかそう呼ぶようになっていました」

「……、」


 人間とは、不安というものを取り除きたい生き物だ。

 現に、ベルセルクがよく行っている魔物退治も魔物が人間からして不安要素の一部だからこそ、それを取り除くため退治しているのだ。

 しかし、目に見えるものは排除できるが、今回のように目に見えないものはどうにもならない。

 ならばどうするか。

 答えは簡単。目に見えるものにすりかえればいいのだ。

 そして、今回その対象となったのが、リリア王女である。

 生まれた時期が悪かったとはいえ、それが理由で忌み嫌われるとは……いやはや、運がなかったとしか言いようがない。


「なるほど、だから王宮に対して……いや、アンタに対して民衆が悪意を抱くわけだ」

「ええ。残念ながら……とは言っても、何もできなかったわたくしにももちろん責任はありますから、民をどうこう言うつもりはありません。むしろ、わたくしを信じてくれないことに、心が痛みます」


 仰々しくいう王女だったが、恐らく本気でそう思っているのだろう。


「そんなに気落ちしないでください。王女様が国を思っていると分かれば、きっと国民のみなさんも誤解だったと思ってくれるはずです」

「シナンさん……」

「それに、僕だっていろいろ言われてきましたけど、一番しちゃいけないのが、めげてしまうことです。どんなに言われようとも、心をしっかり保っていれば、何を言われてもへっちゃらなんです」


 王女を励ますように言うシナン。ベルセルクは何も言わなかったが、別段そのことに対して異議はなかった。

 王女はその言葉に微笑む。


「ありがとうございます、シナンさん。そう言ってくれる人に会えただけで、わたくしは幸せです」

「そ、そんな、大げさな」


 あははは、と笑うシナンのつま先を自分の足で踏む。


「っ!?」

「調子に乗るな」


 何故だか彼女が浮かれていると、妙に腹が立つベルセルクであった。


「……聞きたいことも聞いたし、そろそろ俺たちは行かせてもらう。あと、酒は貰っていくぞ」

「ええ。ちゃんと用意してあるので、どうぞご自由に。レン、案内して差し上げて」

「分かりました。どうぞ、こちらへ」


 言われて、ベルセルクとシナンは立ち去ろうとする。


「それでは、姫様」

「ええ。久しぶりに有意義な時間を過ごせました。どうもありがとう」


 王女は、笑顔だった。

 しかし、その笑顔には、どれだけの悲しみがあるのだろうか、とベルセルクは一瞬思ってしまったのだった。


 *


「本当にすみません、こんなにいただいちゃって」

「いいえ。むしろ、それくらいの物しかあげられない、こちらが申し訳ない気分です」


 シナンの言葉に、レンは苦笑する。

 シナンはありったけの酒箱を持ちながらも、その表情を崩さない。いやはや、これもベルセルクのイジメ……ごっほん、特訓のたまものである。

 正門についたところで、二人はレンに別れを告げる。


「僕らはここで」

「じゃあな」


 そう言って、二人は帰路につこうする。


「……あのっ!」


 しかし、その途中で、レンが二人を呼び止める。

 そして、周りに誰もいないかということを確認して言う。


「すみません、最後に一つ質問してもいいですか?」

「何だ?」

「あなた方はその……傭兵か、何かやっているのですか?」

「まぁ、似たようなものだ。ギルドをしている」

「ギルド……ということは、何でも屋ということですよね?」

「それが、どうかしたか?」

「……厚かましいお願いなのですが、王女様の警護をしてくれませんか?」


 レンの一言に、シナンは、え? となる驚きの声を上げる。


「……さっきの話と何か繋がってんのか?」

「ええ……お恥ずかしい話、先ほどの言われようは、王宮内にも及んでいますので、王女様を暗殺しようと考える輩も少なからずいるんです。けれど、先ほども言いましたが、王宮内で王女様をよくないと思っている人は大勢いて……兵士すらも、守る気がないんです」


 なるほど、確かにすべての元凶とまで呼ばれている王女を守ろうだなんて奴はそうはいないだろう。いや、もしかすれば、その兵士の中に王女を殺そうとする輩がいるかもしれない。

 言い過ぎかもしれないが、それほど王女の身の危険は切羽詰っているのだ。


「報酬はもちろんあります。どうでしょうか……?」


 レンは不安げな声を上げる。

 正直言って、シナンはこの問いにすぐに了承する気でいた。何せ、あの王女様を守る仕事だ。あんな人のよさそうな人を殺そうとするなんて、見過ごせるわけがない、とそう思っていた。


「はいっ、喜ん……」

「すまねぇが、断らさせてもらう」


 しかし、ベルセルクがそれを阻止する。

 シナンの言葉を途切れさせ、ベルセルクは言う。


「俺は王宮とか、そういった面倒な場所での仕事はやってねぇんだ。悪いな」

「そう、ですか……なら、仕方がありません。すみません、お引止めしてしまって」

「いや、別に気にしてねぇよ」


 そう言って、ベルセルクはそそくさとその場を立ち去った。

 シナンは、依頼を断った自らの師に対して少々ムッとなりながらも、その後を追いかけていった。

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