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勇者の師匠  作者: 新嶋紀陽
第二章
18/74

「はぁぁっ!!」


 気合の入った剣戟が飛び交う。

 ガギンッ! という鉄と鉄がぶつかり合う甲高い音が連続して周りに響き渡っていた。

 そこにいたのは、二人の男女。一人は赤い髪の背の高い男性。に対して、もう一人はかなり背の低い男装をしている少女である。

 激しいぶつかり合いの中、しかして男性は余裕の笑みを浮かべる。


「どうしたこの程度でくたびれたか?」

「まだ、まだっ!!」


 男性――ベルセルクの挑発に、少女――シナンは乗ってしまう。それだけ彼女には余裕がなかったのだ。

 だが、挑発に乗った彼女の剣には鋭さがあった。一撃一撃に無駄な力が入っておらず、そのためスピードもかなりある。これが彼女の強みであり、恐ろしいところだ。自分が追い込まれれば追い込まれるほど、彼女は戦闘能力が上がる。世間でよく言う火事場のクソ力というのは、まさにこのことだ。死と隣り合わせである戦場において、これほど役に立つものはない。

 しかし、だからと言ってシナンがベルセルクに勝てるというわけではない。ベルセルクだって数々の修羅場を乗り越えてきた猛者である。その経験と実力をシナンが未だに超えられないのは、当然の話である。

 挑発に乗る、ということは詰まるところ相手に乗せられるということである。つまり、シナンはベルセルクの掌の上にいるといっても過言じゃない。現に、鋭さと速さが増したシナンの攻撃に対して、ベルセルクは軽々と対応している。

 左からの攻撃を軽々とはじき返し、右斜め下からの振り上げをゆらりとかわす。さらには真上から振り下ろされる剣をいとも簡単に自らの剣で受け流す。

 こうもシナンの攻撃に対応できるのは、いろいろと理由はあるものの、一番の理由はやはり『単純さ』だ。

 前に戦ったときよりはその単純な攻撃パターンは確かに少なくなってはいるものの、しかしここぞというところでやはり未だその癖が出てしまっている。初めて戦う相手ならまだしも、毎日のように剣を交えているベルセルクにはその攻撃は効かない。

 今度は右の真横からの一閃。崩すとしたら、ここだなと思いながら、ベルセルクは今まで以上の力を入れて、シナンの剣を弾き飛ばした。常人の何倍もの力を持ったベルセルクが力を入れた一撃。その威力に少々疲れ気味だったシナンの体には響くものだった。

 ガンッ!? という音とともに、シナンの剣が空中へと飛んでいく。

 しまった、と思ったときにはもう遅い。

 ベルセルクは無防備になったシナンに向かって、大きく振りかぶった自らの剣を思いっきり振り下ろし、そして顔面に直撃する手前に寸止めした。

 ヒュンヒュンヒュンヒュン、と空中を回転しながらシナンの剣は五、六メートル離れた地面に突き刺さる。

 数拍の沈黙の後、ベルセルクは不敵に笑いながら、


「何か言うことは?」


 と口を開く。

 それに対してシナンはもの凄く悔しそうな顔をしながら、


「…………参り、ました」


 そう、告げた。


 *


『シファール王国』


 このウェルゼン大陸の中央に位置する中小国家の一つである。中小、と言っても昔は金が大量に採掘され、『黄金の国』とまで言われるほど、豊かな国だった。

 だった、ということから分かると思うが、現在は違う。十五年ほど前から金の採掘が困難となりつつあり、今では前の十分の一ほどしか出ないそうだ。そのため、国民は苦しく、厳しい経済状況の中で必死に手を尽くして生きているらしい。

 そんなシファール王国の首都、リブラ。その商店街にベルセルクとシナンは歩いている。

 正確に言うなら、ベルセルクが買った何十本もの酒が入った木箱を、苦しい表情で運ぶシナンの姿が、そこにあった。


「し、師匠……」

「何だ。泣き言以外なら、聞く耳を持ってやってもいいぞ」

「それは最初から人の話を聞く態度じゃありませんよね!?」


 半泣きになりながらも、ツッコミを入れるシナン。


「っというか、これは流石に買いすぎですと僕は言いたいんですけど!!」

「あん? 何言ってんだ。俺の金で買ってだ。文句言うんじゃねぇよ」


 この自己中発言は、まさに彼らしいものだった。


「それにしても、多すぎですよ。もう三十本は買ってますよね?」

「ああ。こんなんじゃ物足りない。あと二十本は買わねぇと……」

「それはつまり五十本買う気ですか!? いやいや、いくらなんでもそんなにお酒を持ちながら旅なんて……」

「安心しろ。二日でなくなる」

「それはそれとして問題アリです!!」


 ツッコミが絶えないシナンを見て、ベルセルクはやれやれといった表情になる。


「仕方ねぇだろ。どっかの誰かさんのせいで、最近は酒が満足に飲めなくなったんだからよ」


 それを聞いて「うぐっ」とシナンは声を漏らした。確かに、シナンはベルセルクの酒に関して徹底的に制限していた。それに対して、ベルセルクが不満を持たない訳がない。この期に乗じて、酒を買う&シナンを徹底的にパシらせるつもりである。


「つーか、今日の修行で勝った方が一つだけ何でも言うことを聞くって言い出したのは、お前の方だろう?」


 そう、何を思ったのか、シナンはそんな条件を修行の前に出してきたのだ。

 おいおい何の冗談だ? と思ったベルセルクだったが、これを使って酒の制限を解くことを考え、その条件を飲んだ。

 で、結果は見事ベルセルクの勝利。

 まぁ、正直結果は見えていたので、当たり前だと思えるのだが、不可解なことが一つある。


「お前、自分が勝ったら、俺に何かさせるつもりだったのか?」

 

 そういう条件を出すということは、何かベルセルクにさせたいことがあったということなのは間違いないはずだ。それは一体何なのか、気になるベルセルクであるが、全く予想がつかない。

 しかし、シナンは、


「べ、別に何も……ただ、そういうのがあった方が、師匠ももっと本気をだしてくれるかと思っただけです」


 そう言った。確かに、ベルセルクは修行の際、ある程度手を抜いている。そうでもしなければ、シナンが死んでしまうからだ。そのことに対して不満があったのか、と思うベルセルクであったが、何故だかそれは嘘のように感じ取れた。どうしてかといわれれば、なんとなく、としか言いようがない。

 気になるが、どうしても聞き出したいとは思わなかったので、ベルセルクはそれ以上は聞かなかった。

 などと思っていると、次の瞬間、思わぬ声が響いた。


「待てこの野郎っ!?」


 男の怒声であった。

 ふと、そちらの方を向くとそこには人混みができていた。ベルセルクは面倒事に巻き込まれるのが好きではないので、無視しようとするが、シナンは木箱の山を持ちながら、その人混みの中へと入っていく。おいおいと思いながら、ベルセルクは仕方なくシナンを呼び戻すために、同じく人混みの中へと行く。

 背の高いベルセルクには、すぐにその状況が見えた。

 そこにいたのは、一人の青年、というより少年だった。短い金髪で背丈はベルセルクの肩ほどまで。がたいはそれほどないが、顔がかなり整っている。そして、その周りには、十人程度の男たちが険しい表情で少年を睨んでいる。

 何だ、痴話喧嘩か? と思いながら、ベルセルクは近くにいた野次馬の話を聞く。


「おい、止めた方がいいんじゃないか?」

「やめとけやめとけ。痛い目見るだけだぞ。それにあれは王宮に仕えてる奴だろ? 俺たちが助ける義理はねぇ」

「そりゃあ、そうだけどよ……」


 納得できないといわんばかりな顔をしながらも、結局はその男も何かしらの行動をしようとはしない。

 取り囲まれた少年は、必死に抵抗する。


「や、やめて下さい!!」

「うるせぇ!! よくまぁ、王宮の人間が、俺たちの前に出てこれたもんだな!!」

「お前らのせいで、俺らの生活は滅茶苦茶だ!!」

「責任取りやがれ」


 男たちの顔はさらに険しくなり、その声には明らかに怒りが込められていた。各々、手には何も持っていないが、その拳は強く握られている。もし、あれで殴られるようなら、少年の華奢な体はただでは済まないだろう。

 これはまずい、とベルセルクは思う。

 とは言っても、ここで勘違いをしてもらいたくない。ベルセルクは少年がボコボコにされることに対しては、何も思わない。赤の他人を仕事でもないのに助けるのは、余程の気紛れがなければしない。そこまでお人好しではないのだ。

 ただ問題なのは、そんな馬鹿なお人好しがベルセルクの弟子であることだ。

 ベルセルクはきょろきょろと首を回す。そして見つけた。いくつもの箱を大事そうに抱えながら、その現場を真剣に見ているシナンの姿を。

 ああ、あれはもう助けに行く気満々の顔だ。

 はぁ、とため息をつきながら、ベルセルクはすぐさまシナンの隣へと近づき、彼女に声をかける。


「おい」


 それは少し低い声だった。恐らくは、気づかないうちに呆れと怒りが混じり込んでいたのだろう。


「あっ、師匠」

「余計なことに首を突っ込むな」


 シナンが何か言い出す前に、ベルセルクは間髪要れずに注意する。


「……まだ何も言ってないんですけど」

「言う前に言ったんだ。当然だろうが。さっさと行くぞ」

「ちょ、ちょっと待ってください!!」


 シナンはベルセルクを呼び止める。


「放っておいていいんですか!?」

「いずれ収まる」

「その前に、怪我人がでちゃいますよ!!」

「知ったことか」

「僕には知ったことです!!」

「……あのなぁ」


 言葉遊びだ。というか、自分の言っている言葉をちゃんと理解しているのだろうか? 知ったことですって聞いたことない言葉だぞ、とベルセルクは思いながら、呆れた。

 全くこの馬鹿は……と小さくつぶやきながら、ベルセルクは再びため息を吐く。


「お前がやらなくても、誰かがやる。これ以上、面倒事を起こすな、クソ馬鹿」


 言われて、少ししゅんとなったシナン。そう、シナンがベルセルクの弟子になってから、ロクなことがない。変なことばかりに首を突っ込み、その度にベルセルクに迷惑をかけている。

 流石に聞く耳を持つようになったかと思ったが。


「……誰かがやるんなら、別に僕がやってもいいですよね!?」


 全く持つ気はなかったようだ。

 明るい返答をしたシナンは「これ、お願いします」といいながら、持っていた木箱をベルセルクに押し付けた。せっかく買った酒を台無しにしないためにも、ベルセルクはそれを受け取ってしまう。その間にシナンは風のごとき勢いで、騒ぎの中心へと向かっていった。

 あの野郎……いや、野郎じゃないが、自分の師匠に荷物を持たせるとはいい度胸だ、と思うベルセルクであるが、そもそもベルセルクが買った酒だ。自分で持つのは当たり前である。

 男たちの壁を抜けて、少年の傍らへと立つシナン。

 突然の第三者の登場に、男たちは動揺を隠せない。


「な、何だお前!?」

「通りすがりの旅人です」

「旅人が何の用だ!!」

「一人の少年に大の大人が取り囲んでリンチだなんて、見過ごすわけにはいきません」


 正論である。

 全く持って正論ではあるのだが……それが通用するほど、世の中は優しくはない。


「関係ねぇ奴は、ひっこんでろ!!」


 男たちの一人が、シナンに殴りかかる。それに対して、シナンはひらりと後ろによけ、足を引っ掛ける。すると男は体制を崩し、地面へと突っ伏す。


「っ!? て、てめぇ!?」

「やりやがったな!!」

「ガキだからって、容赦しねぇぞ!!」


 一人がやられてことで、火がついた男達は三流台詞を吐きながら、次々とシナンに殴りかかる。が、それに対して、シナンは的確な対応をしていく。

 突き出された拳をよけ、腕をがっしりと持つと、背負い投げをして相手を吹っ飛ばす。男が吹っ飛んだ方向には別の男がいて、二人仲良く倒れた。

 次に顔を狙ってきた蹴りを自分の背が小さいことを利用して、しゃがんで避ける。そしてすかさず屈伸の力を利用しながら顎にアッパーを炸裂させる。

 さらには、同時に左右から殴ってくる二人の拳をこれまたしゃがんで避ける。的を失った二人の拳は互いの顔面へと直撃した。

 そして、後ろから首を絞めようとする男に対しても、それよりさきに振り向いて、回し蹴りをその首元に入れた。

 それを見ていた他の男達は顔をポカンとさせていた。無理もない。こんな小さな子供に大の大人がこうも簡単にやられるとは思ってもいなかったのだろう。

 ようやく正気に戻った男がようやく口を開く。


「なっ、このガキ強ぇぞ!?」

「何者なんだ……?」


 正気を取り戻す男達であったが、その口から出てくるのは信じられないと言わんばかりな言葉だらけだった。

 しかし、子供に負けたくないというプライドがあったのだろう。

 一人の男が叫ぶ。


「構うもんか、数ではこっちの方が勝ってる!! 押さえ込んじまえばこっちのもんだ!!」


 言うが、それは無理な話だとシナンは確信していた。

 分かる。彼らの動きが手に取るように分かってしまう。

 これは予想だが、彼らは農民かなにかだと思う。その体つきや手の肉刺など、力仕事で鍛えられたものだと理解できるが、戦うことに関しては素人すぎる。まぁ、戦うことに素人であっても、これだけの体なら、喧嘩ならば、そうとうなものだろう。

 だが、シナンは剣士であり戦士である。死と隣り合わせな戦場にいる彼女が図体が大きい喧嘩強いだけの男たちに負けるわけがなかった。

 これも、毎日ベルセルクと共に修行しているおかげだろう。ベルセルクに比べたら、彼らの動きなど造作もないものだ。

 相変わらず拳と蹴りで攻撃してくる男たち。そして、それを避け、受け止め、そして時にはカウンターを使いながらも、シナンは確実に一人ずつ、一人ずつ倒していく。

 一つ一つの攻撃が、ベルセルクのものより、あまりにも弱かった。故に、反撃するのも避けるのも他愛なかった。まぁ、元々ベルセルクと比べるというのが、間違っているのだが。

 このまま行けば、剣を抜かずに済みそうである。それはありがいことであった。シナンは仮にも勇者である。こんなことで剣を抜いたり、人を殺したりはしたくないのだ。

 師匠であるベルセルクに言わせれば、甘いと言われるかもしれない。いや、確実に言うだろう。彼はそういう男なのだから。

 だが、そう甘くないのが世の常という奴だ。

 半分の男たちがその場に倒れ付したときである。


「止まれ、ガキ!!」


 一人の男が叫んだ。ふと、そちらを向くとそこにはナイフを少年の首元に押し付けて脅している男の姿が。

 少年は苦い顔をして、表情をそのままとどめている。


「こいつの命がどうなってもいいのか!?」

「くっ……」


 シナンは苦い顔をする。この状況は想定していたことだ。だが、それはまだ先になると思っていた。しかし、どうも男達は正面から来るのを早くも諦めて、人質をとるという選択をしたらしい。いやはや、シナンがこういうのを思うのはどうかと思うが、諦めるのが早すぎではないだろうか。

 しかし、そんなことを思っている場合ではない。シナンは男の言うがまま、動きを止める。

 男はそれを確認すると、男は大きくうなずく。


「そうだ、それでいい。そのままゆっくり手をあげろ」


 言われて、シナンは大人しくそれに従う。

 今、ここで妙な動きをして、少年に怪我をさせてしまっては、本末転倒だ。

 シナンが素直に両手を上げると、よし、と言って少年と共に、シナンに近づいていく。


「けっ……よくもまぁやってくれたもんだ。落とし前はきっちりとつけさせてもら……」


 うぜ、と男は言おうとしたが、それは無理だった。

 その瞬間、男の頭にドンッ!? という衝撃が走る。

 がぁっ!? とうめき声を上げながら、男は他の男たちと同じように地面へと突っ伏す。男の後ろには両手に大量の木箱を抱えながら、踵落としを決めたベルセルクの姿が。


「師匠!?」

「ったく、お前はホント油断しすぎなんだよ、馬鹿」


 事実を言われて、シナンは何も言い返せなかった。

 男達は更なる乱入者の登場に動揺する。


「な、何だテメェ。そいつの仲間か!!」

「仲間……というより、保護者みたいなもんだ」


 一瞬、シナンがムッとなったように見えたが、ここは知らんぷりをしておく。

 男達は続ける。


「けっ、保護者なら、ちゃんと躾をしてもらいたいもんだな!!」

「そうだそうだ。人の事に首を突っ込まないようにな!!」


 罵倒を浴びせる男たち。

 それに対して、ベルセルクは。


「まぁ、そうなんだがな。そいつは人の言う事を素直に聞くほど利口じゃねぇんだ。大目に見てくれよ」


 と、これまたシナンを馬鹿にして、話を進める。

 が、


「うるせぇ!! とにかく外野はひっこんでろ!!」


 言うと、男はベルセルクにそこらの石を投げつける。

 そこらの石、といっても大きさは大体掌よりも大きいものであった。まぁ、いつものベルセルクなら、そんなものかわすことはわけないんだが、今日は違う。

 そう、木箱だ。

 あまりに多くの酒を詰め込んだ木箱のせいで、思うように動けなかった。

 そのせいで、


 ガンッ!?


 木箱に石が命中してしまった。

 いや、まだここまでなら良かっただろう。何が悪かったのかは、その後である。

 石が命中したことで、中にあった酒までもが割れてしまったのだ。


「…………」


 ベルセルクは数拍の間、無言のままだった。

 そして、ふぅ、と息を吐きながら、ゆっくりと木箱を地面へと置く。

 パキポキ、という骨を鳴らし、そして……。


「……俺はなぁ、心の狭い人間じゃない」


 突然とそんなことを言い出すベルセルク。

 だが、その背中には、どす黒いオーラのようなものが放たれているのはきのせいだろうか?

 男たちはもちろんのこと、そばにいるシナンや少年、はたまた周りにいた野次馬まで彼の姿を見て恐怖する。

 そして、ベルセルクは男たちに言う。

 

「……けど、どうしてもこれだけは許せないってのが一つある。俺の目の前で、俺の酒をぶちまけることだ」


 一歩一歩近づいてくる彼は、まさに悪魔そのものだった。

 男たちは逃げようとするも、もはや腰が抜けてしまい、動けない状態になる。もはや、少年を人質に取る、なんてことも今この状況ではなんの意味もなさない。

 人をこれだけ怖いと思う日がくるとは思ってもいなかった。

 そんなことを考えていると、ふとベルセルクはこんなことを言い出す。


「さてここで質問なんだが……人は、何本まで骨を折っても生きていると思う?」


 悪魔が来たりてなんとなら。

 そこから先はあまりにも地獄絵図な状況になったので、あえて割愛させてもらおう。

 ただ、終始男たちの悲鳴が鳴り止まなかったというのは、言わなくても分かることだ。


 *


 地獄絵図、終了。

 ふぅ、とベルセルクは一仕事終えたような息を吐く。

 一仕事、といってもそれは仕事とは言える代物ではないが。

 ベルセルクの目の前には、人を積み重ねた山が出来ていた。

 殺す、と宣言したものの流石に街中でそれはまずいとベルセルクの心の底の底に眠っていた一般的常識がかろうじて働き、誰一人として死んでいない。

 そのため、全員四分の三殺しで許すこととなった。半殺しではものたりなかったためである。

 まぁ、ほとんど死んでいる状態だが、一応生きているので大丈夫だろう……たぶん。

 これからは、ベルセルクのお酒について真剣に考えよう、とシナンは誓った。

 と、そんなことはさて置き、シナンはとりあえず、絡まれていた少年の方へと駆け寄った。


「大丈夫ですか?」

「え……? あ、はい」


 少年の体には怪我はないようだ……と思っていたら、首元から少し血が出ていた。先程、男にナイフを突きつけられた時にできたのだろう。


「首から血が出てる、早く手当てしないと……」

「い、いえ、構いません!! こんなもの放っておけばすぐに治りますから……!?」


 と少年は言うものの、シナンは聞く耳を持たない。

 すぐさまポケットの中からハンカチを取り出し、それを彼の首に巻きつける。首をしめないよう、緩すぎずきつ過ぎない程度に。


「はい、これで菌は入りません。帰ったら、ちゃんと消毒してくださいね」

「す、すみません……自分のために……」

「いえ、当然のことをしたまでですよ」


 とニッコリと笑って気遣いをするシナン。

 直後、ゴンッ!? ととても鈍い音がシナンの頭から響いた。


「あいたっ!?」

「な~にが、当然のことをしたまでですよ、だ。お前のせいで、俺の酒が何本かなくなっちまったじゃねぇか」

「それは、師匠が避けれなかったからでしょう!?」

「言い訳するな。とにかく、今割れた分も入れて、さっさと買いにいくぞ。今度はお前の自腹でな」

「えぇ!? 僕、そんなお金持ってませんよ!!」

「だったら身包み剥いでも払ってもらう。原因はお前なんだ。聞く耳持たん」


 そ、そんな~と悲しげに項垂れるシナン。

 すると、


「あ、あの……」


 先程の少年がベルセルクに話しかける。


「ん? 何だ」

「あの……お酒が欲しいんですか?」

「ああ、そうだが」

「だったら、自分の友人がいろいろと持ってますので、それを渡すのはだめでしょうか?」


 と、少年はベルセルクに対して提案する。


「いいんですか!?」

「はい。先ほどのお礼です。……だめでしょうか?」


 少年は不安げな口調で言う。

 それに対してのベルセルクの答えは。


「酒が貰えるんなら、何でもいい」


 かなり捻くれたものだった。

 その一言にシナンはふぅ、と安堵の息を吐いた。自分が酒の代金を支払わなくて済んだことに安心でもしたのだろう。


「良かった。……なら、早速参りましょう」

「はい、お願いします」


 そんなこんなで、二人は少年についていくこととなった。

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