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勇者の師匠  作者: 新嶋紀陽
第一章
15/74

14

 シュゥゥゥウウウンッという音が、辺りに響く。

 リッドウェイがフェンリルを拘束しようと、糸を張り巡らせているのだ。しかも、その数は先程とは比べ物にならないほど。

 たった一瞬でそんな事を成し遂げるリッドウェイはやはり凄腕の糸使いだとシナンは思った。

 しかし、鋼鉄をも切り裂くその糸はフェンリルには効かなかない。

 糸はフェンリルの体に纏わりつくが、それをフェンリルは力にものを言わせて、引きちぎろうとする。


「はぁぁっ!!」


 バシッと糸が切れる。逆に清清しいように聞こえた。

 リッドウェイは「嘘やろ……」と呟きながら、苦笑していた。

 しかし、そのおかげで、フェンリルに隙が出来た。

 ベルセルクとシナンは、その隙を逃さない。剣を構え、ベウセルクは正面から、シナンは横から斬りつける。

 速さに特化したシナンの方が早くフェンリルにたどり着く。しかし、力に劣っているため、フェンリルの右腕によって軽く止められる。そこをベルセルクに一撃が入ろうとするのだが、フェンリルはそれすらも左手で受け止める。しかし、流石はベルセルクの一撃。放った瞬間に、フェンリルの体が後ろへと下がった。それだけの威力があったらしい。

 フェンリルは、一瞬力をため、そして両手を大きく振り払い、二人を押し返し、ひるませる。


「うわっ!?」

「ちっ……」


 そのあまりにも強力な反撃に、シナンは驚き、ベルセルクは舌打ちする。

 ベルセルクはすぐさま体勢を立て直し、再びフェンリルに向かって切り込む。そしてまた、激しい攻防が始まる。ベルセルクの三連撃をフェンリルはいとも簡単によける。だが、それでどうこう思うベルセルクではない。更なる一撃を与えるために攻撃を続けていく。

 一方のフェンリルは傷も疲れも再生したお陰か、未だに余裕の表情を崩さずに、ベルセルクの攻撃を避けたり、受け流したりしていた。その表情はまるでわざとらしく、恐らくはベルセルクに対して怒りを覚えさせようとしているのだろう。それが相手の罠だと知っていても、ベルセルクは胸の中で怒りの感情が芽生えてしまっていた。

 ベルセルクにとって、怒りは力だ。恨みや怒りといった負の感情は、持ち主を不幸にすると前に誰かが言っていたような気がするが、そんなものはただの戯言だ。確かに怒りが全て、と言ってしまえばそれは間違いではある。怒りに全てを任せ、周りが見えなくなってしまえば、それは相手の思う壺だ。しかし、時には怒りが力を増す場面は多くある。だから怒りは戦いに関して必要なものだとベルセルクは思う。今までベルセルクはそうやってきたし、これからもそれを実行していく。そして、今もその怒りがベルセルクの中を駆け巡っている。

 だが、さっきよりもキレがない。恐らくは、フェンリルにやられた傷のせいだろう。相手にダメージを与えてはいるが、その分こちらも攻撃は受けている。

 そして、フェンリルはそれを再生できるが、ベルセルクはそのままなのだ。いくらベルセルクが剣の達人でも、積み重なった疲労と痛みは感じるのである。

 そんな自分にハッ、とベルセルクは自嘲する。馬鹿げた事もあったものだ。

 再生がどうした? 傷を与えられないからどうした?

 その程度で、足を止めるほど、ベルセルクという人間は出来ていないのだ。

 愚か者と呼ぶ者がいれば、それは当たっているとベルセルクは思う。実際、ベルセルクは愚か者だ。毎日毎日戦いに明け暮れる日々。ただ剣を振るい、敵の血を浴び続けていた剣士。小手先の考えなど捨ててただ真っ直ぐに、相手を殺すことだけを考える者。それがベルセルク・バサークという男だ。

 なのに何だこの有様は。たかが小さな、しかも女の勇者の師匠になったからといって、それすらも忘れたかのような日々。少し傷を負っているからといって、それが剣戟に影響を出すというこの無様な格好。そして、自分一人では倒せないからといって、共闘している今の姿。

 何とも滑稽で、自分らしくない。

 だが、別に自分らしくないからといって、それが悪いわけではない。いや、悪かろうが何だろうが、知った事ではない。

 今のベルセルクには、相手を倒すことしか頭にない。そして、そのためになら、どんな事でもする覚悟があった。

 ベルセルクは、剣を振り上げ、大きな一撃を放つ。

 しかし、それをフェンリルは両手を交差させて受け止めた。


「くっ……!!」

「はっ、流石だな、その傷でここまでの力が出せるとは。だが、もう体は限界じゃないのか!?」


 言いながら、フェンリルは交差させた両手を一気に広げ、ベルセルクを吹き飛ばす。ベルセルクはそのまま数メートル飛ばされたが、片手を上手に使って地面を叩き、着地する。

 剣を構えるベルセルクだったが、それに対してフェンリルが嘲笑する。


「はははは、まだ抗おうというのか? 愚かな男だ」

「生憎と、それが俺の性分でな。愚かしいほど馬鹿だって事は自分がよく知っている」

「ハッ、自覚はあると言う事か。それを直そうとは思わないのか?」

「言ったろ? 俺は愚者だ。それを自覚していても直そうとも思わないほどのな」

「確かに、愚者に愚者でなくなれというのは無理な話だったか」


 ククク、と不気味に笑いながら、フェンリルは叫ぶ。


「ならば、愚かしいまま死んでゆけ!!」


 フェンリルが、その場を動き、ベルセルクとの距離を詰めようとする。

 ベルセルクもそれに気づき、剣に力を入れ、対応しようとしてする。

 しかし、そこへ、突然と小さな影が二人の間に割り込む。

 シナンであった。


「はぁっ!!」


 シナンは自分の唯一の武器である速さを利用し、即座にフェンリルの懐へと入ったのだ。いつにもない、いや、いつもより速かったかもしれない。

 シナンはフェンリルの懐に入ると、フェンリルの首めがけて一閃する。

 とっさに気づいたフェンリルはベルセルクに近づくのをやめ、急停止しようとした。しかし、それだけではシナンの攻撃は避けれない。目前に迫ってきた一撃をフェンリルは首を後ろへと引っ込める事で首の皮一枚で避けた。そのままフェンリルはバックで回転しながら、後ろへと下がる。フェンリルの首からはタラ~っと血が流れたいた。


「ふぅ……いきなり前に出てきたと思えば、あの速さの一撃。いやはや、油断した。流石は勇者と言った所か……しかし、まだまだだな」


 言われて、シナンはムッとなりながらもフェンリルへと切り込む。やはり速い。ベルセルクが前に見たときよりも少し速くなっているような気がした。

 だが、その一撃一撃はあいかわらず軽い。フェンリルのあまりにも硬い腕に、そのすべてが受け止められていた。ベルセルクの時とは違って、まるでびくともしないフェンリルに対して、シナンは苦い顔になる。やはり、自分には師匠ほどの力はないのかと改めて思った。


「どうしたどうした、速いだけではこの私を倒すことは出来んぞ!!」


 フェンリルはまるで赤子を相手にしているような感じだった。ベルセルクが戦った時もそうだったが、彼女の攻撃パターンはいつも同じなのだ。幾千もの戦いを乗り越えてきたベルセルクや魔人であるフェンリルにとってそれをパターンを理解するのはそう難しい事ではない。そして、そのパターンを読まれてしまえば、どれだけ速かろうとも防がれてしまうのは必須だ。

 だが、それでもシナンは必死になりながらも剣を振るう。それが、いかに愚かしい行為だと理解していても、自分にはそれしかできないと分かっているから。

 その愚かしさは、ベルセルクと同じものを感じた。いやはや、嫌な所が似てしまった様な気がする。

 シナンが次の一撃を入れようとした時、フェンリルが動いた。剣を受け止めるのに使っていた右手が空いた瞬間に、拳を握って腹へと打ち込む。


「ごふっ!?」


 突然の一撃にシナンは防御を取れなかった。攻撃に集中しすぎていたのが原因だろう。シナンはそのまま数メートル吹っ飛ばされて地面に伏した。流石にベルセルクのような受身は取れなかったらしい。しかし、そこで倒れたままでいるわけではなかった。傷を負いながらも、戦うという意思は消さず、剣を杖代わりにして、何とか立ち上がった。


「フン、確かに速さは中々のものだが、それだけだな。そっちの赤髪の男に比べれば、大した事はない。私の相手には相応しくないほど、弱い。弱すぎる。こんなものが勇者だとは、笑わせてくれる。貴様よりもあの男の方がよっぽど勇者に向いている」


 まるで期待外れといわんばかりな口調だった。

 確かに、それは事実であり、当然だ。シナンはベルセルクの弟子であり、そのベルセルクより強いわけがない。

 そして、自分が勇者として弱い事くらいは知っている。

 あの洞窟であった騎士にしたってベルセルクの助言がなくては勝てなかったであろう。

 罵倒されても事実な故か、はたまた痛みのせいか、シナンは反論できずにいた。

 そんなシナンはとても悔しそうでり、泣きそうだったであろう事をベルセルクは感じ取った。

 それが、その姿が、ベルセルクの何かを揺さぶった。

 今、自分は何を考えている?

 とてつもなく自分らしくない事を考えているベルセルクは、それを否定しようとした。けれども、どうしても出来なかった。

 考えがまとまる前には、すでに口から言葉が出ていた。


「ハッ、そうだな。そのガキは弱ぇよ。馬鹿で考えなしで、体は小さいくせに言う事だけはでかい。全くもって、勇者としてはまだまだだよ」


 いつもの調子のその声を聞いて、シナンは顔を伏せる。

 そうだ、自分は弱い。

 誰からも期待されてなく、誰からも必要とされていない勇者。

 女であることで、王宮にいる人々には毛嫌いされて、信用もされていない。さらには体も小さい。そんな人間が立派な勇者になれるはずがない。

 しかし、ベルセルクの言葉は次のように繋がった。


「だが、こいつには俺には持ってないものがある」


 その言葉にふと、シナンは顔を上げ、ベルセルクの方を見る。

 そこには、いつものようにシニカルに笑っているベルセルクがいた。


「どんだけやられても、どんな無理難題を押し付けられても必ずやりとげる、負けず嫌いの根性がな」


 その表情にはどこか、自慢げなものがあったかのように見えた。

 シナンはベルセルクと戦い、ボロボロにされた。ベルセルクに無理難題なトレーニングも押し付けられた。

 だが、彼女はそのどちらも文句を言わず、諦めないでやってのけた。

 その根性は誰にでもあるものではない。

 

「確かにこいつは弱い。今はな。だが、何の因果かこの俺が師匠になっちまっんだ。だったら、今までのどの勇者よりも強くなってもらわなくちゃこっちが困る。というか、こいつにはその可能性がある」


 ベルセルクは剣を前に突き出し、フェンリルの方へと向けた。


「俺は決めた。今決めた。こんな人間のクズの俺が、愚かしいこの俺が。こんな事を言うのがどれだけ間違っているかは俺自身がよく知っている。だが、もう決めちまった。だから言う」


 今から言う事がどれだけ自分らしくない事はベルセルク自身も理解している。理解している上で、あえてベルセルクは口に出そうとしていた。

 こんなものは、別の誰かが言うべきだ。それも、ベルセルクよりももっとマシで、よく出来た人間が。もっと熱い心を持った、人の感情を汲んでやれるような奴が言う台詞だ。

 だが、今ここにはベルセルクぐらいしか、言ってやれる奴はいない。

 だから、言う。



「俺はこいつを強くする。強くして強くして、魔王を倒せるぐらい強くして、誰もが認める勇者にしてやる」



 言った。言ってしまった。

 もう後戻りが出来ないと知っていても尚、ベルセルクは言ったのだった。

 その言葉を聞いて、シナンは一瞬ポカンとなった。

 何を言われたのか分からなかったのだ。

 しかし、その意味をすぐさま理解するとともに、その瞳から水滴が流れた。

 自分を強くしてやると言ってくれた人がいた。

 魔王を倒せるぐらい強すると言ってくれる人がいた。

 誰もが認める勇者にしてやるといってくれる人がいた。

 その事実が、彼女の心を大きく揺さぶり、涙を次々と流させた。


「……く、くくく、くははははっ!? 魔王を倒す? そんな事が出来るはずがないだろう! そんな馬鹿げた事、不可能だ!!」


 嘲笑するフェンリルの言葉に、ベルセルクは微笑する。


「ああ、確かに馬鹿げてるな。こんな馬鹿げた話は、そうはないだろう。けどな、生憎と俺達は馬鹿なんだよ」


 そんなものは、言われなくても承知の上だ。

 自分は愚か者で、弟子は馬鹿、そして相棒は阿呆だ。

 こんなふざけた集団が、他にあるだろうか?

 まともな奴がいないのならば、別にまともな行動など取らなくてもいいはずだ。

 だったら、魔王だろうが何だろうが相手にしてやろうではないか。

 ベルセルクの一言に、フェンリルはムッとなる。


「ふざけた口をききおって。その口、今すぐきけないようにしてやる!!」


 フェンリルが風のように動き出す。ベルセルクもそれと同じぐらいの速さで動く。ガギン、と高い金属音がなる。ベルセルクの剣とフェンリルの腕が交差した。

 その時、ベルセルクはフェンリルの首元から、血が出ているのを見た。恐らく、先程シナンが攻撃した時にかすったものだろう。

 しかし、それはおかしい。フェンリルの能力は再生。その再生速度はあまりにも速く、連続攻撃してもまた、心臓や首を斬るなどの一撃で殺そうとしても、すぐさま治ってしまう代物だ。故に傷を負わせる事は不可能なのだ。にもかかわらず、首元のかすり傷は今だに治らない。

 これは一体どういう事だろうか?


(……まさか、こいつ)


 その時、ベルセルクはある事に気がついた。もし、それが真実ならば、ベルセルク達にまだ勝機は残っている。

 考えている暇はない。ベルセルクは剣戟の途中で一旦後ろへとさがり、シナンの近くに寄った。


「おい、馬鹿弟子」

「っ!? ば、馬鹿じゃありません!!」


 シナンは強く否定した。 


「自覚してない時点で馬鹿だよ、お前は。それより、まだやれるか?」


 言われて、シナンの体が一瞬とまった。

 目を瞑り、息を吐くと、覚悟を決めたような顔で答える。


「いけます」

「よし、そうこなくっちゃな」


 それに対して、ベルセルクはフッと笑う。

 すると、ベルセルクは数メートル離れた所にいるリッドウェイに話しかける。


「おい、リッドウェイ! まだ糸は残ってるか?」

「え? ええ、まぁ。少ないですけど」

「よし、んじゃ、それ全部使って奴の動きを一瞬止めろ」

「ええ!? ちょっと待ってくださいよ、ダンナッ。この糸はそれはそれは高級なものでして……」

「うっせぇ。四の五の言ってねぇでさっさとやれ」


 お、鬼だ……とリッドウェイはつぶやく。まぁ、生きるか死ぬかの瀬戸際なので、もったいないと思うリッドウェイの方が悪いのだと、自分に言い聞かせた。 

 リッドウェイが糸を用意している間に、ベルセルクはシナンと作戦会議を開いていた。


「いいか、シナン。リッドウェイが糸であいつの動きを封じたら、俺はすぐさま奴に斬りかかる。んでもって奴が俺に気を取られている間にお前は隙をついて、奴に一撃を入れろ」

「え? でも、あいつは再生能力ですぐに傷が治るんじゃ……」

「俺の考えじゃあ、奴はお前の攻撃を再生出来ない。理屈や理由は後で説明してやるから、とにかく言われたようにやってみろ」

「わ、分かりました」


 言うと、シナンは剣を構えた。

 ベルセルクもまた、いつものように剣を担ぐ。

 そして、リッドウェイも糸を用意できたようだった。

 次の瞬間、作戦が始まる。

 糸が何十にも別れ、そして、その全てがフェンリルを捕らえようとしていた。

 フェンリルはそれを避けようとするが、流石はリッドウェイ。ベルセルクの相棒だけあってか、フェンリルのすばやい動きにすぐさま糸をついていかせ、フェンリルの体を拘束する。

 その瞬間、ベルセルクが駆け出す。


「フ、こんなものが効かないとまだ分からないのか!!」


 言うが早いか、フェンリルは一瞬でリッドウェイの糸を引き裂いた。

 だが、その一瞬がベルセルクが欲しかったものだ。駆け出したベルセルクはそのままフェンリルに斬りかかる。大きな振りの一撃。その一撃を、フェンリルは両手を使って、受け止める。

 今日は何度目になるだろうか、大きな衝撃音が鳴り響く。

 二人はそのまま剣戟には入らず、力押しの鍔迫り合いの状態になった。


「くくく……その目、まだ何か策があると見えるが、何を考えている?」


 腕と剣。その競り合いの中で、フェンリルはベルセルクに対して問う。


「お前、自分は不死身だといっていたが、アレは間違いだ」

「ハッ、先程も同じ台詞を聞いたぞ? だが、お前の作戦は失敗に終わった」

「ああ。確かに、あれは俺が勝手に考えて、勝手にそうだと思い込んだ結果だ。だが、あれとは別にお前には決定的な弱点がある。それは、お前自身が口にしている」

「な、に……?」


 ベルセルクの一言にフェンリルは眉を寄せる。

 そんなフェンリルにベルセルクは不敵に笑いながら、答える。


「お前はこう言ったはずだ。『どんな屈強な男の一撃をもすぐに再生し、治す』と。あの時、俺はどんな強い奴の一撃も再生して治すんだとばかり思ったが、そうじゃなかった」


 ベルセルクの剣に力が入る。


「お前はどんな男の攻撃も意図も簡単に治せる。だが、女の場合は別なんだろ? だからあんな言い方をした。どんなに強い奴の攻撃もと言いたいのなら、わざわざ屈強な男なんて言い方しないよな?」


 フェンリルは苦い顔をしていた。それだけで、ベルセルクが言ったことが事実だという事が理解できた。

 しかし、フェンリルはすぐに、ニヤリと笑い顔になる。


「だが、それがどうした? 確かに私の弱点は女だが、それが今のこの状況を打破する解決策にはならない。この場に女などいないのだからな。それとも、街の女を今すぐにでも連れてくるつもりか?」


 まるで、馬鹿にしたような台詞だった。いや、実際に馬鹿にしているのだろう。それが分かったからどうしたんだ、と言いたいのであろう。

 だが、その事実が分かれば十分だった。


「いや、その必要はない。これで勝利条件は整ったからな」

「?」


 何を言っている、とフェンリルが口を開こうとした時、

 突然と背後にシナンの姿が現れた。

 

「っ!?」


 フェンリルはベルセルクとの押し合いで完全に気を取られていたことを理解する。そして、それが彼らの狙いだと言う事も。

 何とか回避しようとするが、シナンの速さには追いつかない。

 風のように速い一閃が、フェンリルの体を切り裂いた。

 その瞬間、全身に痛みが走った。これは致命傷の一撃だ。再生能力を持っていなければ、確実に死んでいただろう。

 いくら再生能力を持っているからといって、痛みは感じるのだ。それが嫌でベルセルクの一撃やシナンの一撃を避けていたのだ。

 だが、痛みを堪えれば、すぐにまた再生される。そう思っていた。

 しかし、傷は何秒経っても再生されず、血はドバドバと体の外へと流されていく。

 

「な、何故……っ!?」


 何故再生されないのか。そう口にしたかったのだろうが、最後までは言えなかった。すでに、その力さえ、入らなかった。

 このままでは、確実に死ぬ。

 早く再生しろと自分の体に言い聞かせるが、体の再生能力は全く発動しないままであった。

 すでに立つ力もなくなり、その場へ倒れていくフェンリルは、最後にベルセルクの方を見る。


「お前の敗因は二つ」


 ベルセルクはいつものように、憎たらしい顔で言う。


「あいつを侮っていたことと、あいつを『女』だと気づけなかった事だ」


 その言葉が、フェンリルの聞いた最期の言葉だった。

 視界が真っ暗になり、やがてフェンリルはその場に倒れて息を引き取った。

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