序
雨が、降っていた。
天から降りそそぐ、大粒の水は俺の体温を奪っていっている。
だが、そんなことを気にはしなかった。
俺の目の前には体中から血を流している男がいた。
「何を迷っている?」
男は俺に尋ねてきた。
目の前にいる男は、今にも死にそうだった。ぐったりと壁にもたれ掛かり、座り込んでいる。片手の傍には剣が転がっているが、もはやそれを扱う体力も残されてないようだった。
そうしたのは俺だ。俺と男が戦い、結果こうなったのだ。
そして、俺は男にとどめの一撃を与えようとしていた。
……していたのだが、俺は手を止めた。俺の中にある何かが、俺の手を止めたのだ。
何を迷っているのか。そう問われた俺は何かを迷っているのだろうか? いや、実際にそうなのだろう。現に俺は血まみれの剣で男に止めをさせずにいた。
そんな俺に対して、男はハッと笑う。
「ここまでしておいて、腑抜けが出たか?」
俺はムッとなった。しかし、その通りなのだろう。俺の手が止まっているのがその証拠だ。
言葉を発さない俺に、男は言葉を紡げる。
「そんな奴ではないはずだ。おれを倒した相手が、そんな腑抜けなわけがない。そんな事はあってはならない。おれは教えたはずだ。たった一撃、入れればいいだけの話だろう?」
そう、たった一撃。たった一歩。踏み出せばいいだけの話だ。それで全てが解決する。それが分かっているのにも関わらず、俺は立ち止まったままでいる。
何故だ?
自分に問いただしてみるが、それに対しての答えはでない。
未だに何もしようとしない俺に対して、男は業を煮やしたように、舌打ちをする。
「仕方がない……」
男は突然と剣を掴み、俺目掛けて斬りかかる。俺はそれに条件反射並の対応で、同じく剣を構え斬りかかる。
グサリ、と柔らかい感触がした。
男の剣は空中で止まり、俺の剣が男の体に突き刺さっていた。
致命的な一撃だ。これではもう助かりようがない。
しかし、男は笑っていた。自分が死ぬと言うこの状況で、まるでこうなることを望んでいたかのように。
「そうだ、それでいい……戦いの中で、迷いなど不要。死を呼び寄せるだけだ」
ぐったりと俺に倒れかかる男。恐らく倒れている間に温存した力さえななくなったのか、剣を放し、地面へと落とした。
「はは、これがおれの最期か……あっけないものだな。人生というのは」
男は自分の人生に対して、苦笑する。その言葉に、俺は何も言わない。いや、言えないと言ったほうがいいか。この男をこんなにしたのは自分だ。その自分が、ここで何を言う?
何も言えやしない。
俺には、何も言う資格がない。
「だが……ただでは終わらん」
瞬間、右目に激痛が走る。とっさに俺は男を突き放し、右手で目を覆った。
何だ? 俺の頭に疑問が過ぎる。
それを察したのか、男がその場に倒れながらも、笑ったまま呟く。
「今、お前に『呪い』をかけた。とっておきだ。どんな方法を使っても、それが解かれる事はない。お前はそれを一生抱えたまま生きていくんだ」
男は続ける。
「そいつはまだ発動していない。『その時』がくれば自然と発動し、お前を呪うだろう」
目がじんじんと痛む。男の声が頭に響く。不快だ。不快以外のなにものでもない。俺が表情を歪めていると男がまた言葉を告げる。
「その時、お前は一体どんな顔をするんだろうなぁ……」
言いながら、男は息を引き取った。
その顔は最後まで、笑ったままだった。
俺は、困惑したまま、その男の顔を見続けていた。
その笑顔の意味も知らずに俺は思う。
今日の雨は、やけに冷たい、と。
これからがんばりますので、よろしくお願いします。