彼女の1つ目の人生模様。
疲れた。人生に疲れた。
まだ暗い朝の時間に老婆は目を覚まして日課となった身支度を始める。
鏡を見るのは嫌いだ。ざんばらな髪に皺と弛みだらけの顔。シミが広がった自分の顔は、自分だと理解し難いほど老け込んでいた。
かつて若い者から煙たがられながらも定年までOLとして働き、その後も役所で老人向け求職案内所に通いつめた若々しさはもう無い。
通いつめても職などこの年で就けはしなかった。バイトですら電話対応で断られ、面接で断られた。
十代の頃、恋人に「流行っていたから」と罰ゲームで付き合い「恋人ごっこ飽きたわ、じゃ、お疲れー。」と振られてからというもの、男性への恋愛感情など芽生えず、30と少しの時にまずいと気付いて婚活しても元々容姿やコミュニケーション能力が良くなかったのもあって相手にもされなかった。
仕事の能力に問題が無かったことが幸運であり不運であっただろう。益々偏屈になって職場ではお局様とまで呼ばれるようになった。
結婚も出来ないお局様。男に見向きもされない醜い女。子どもも作れない石女。憐れなおばさん。
目の前で言われた訳ではない。それでも彼等の目は雄弁にその事を語っていた。所詮私は職場の邪魔者で空気を汚染する存在なのだというように避けられていた。
女はやがて老婆となって、仕事人間だった老婆は世間の歪な偏りの洗礼を受けた。
彼女は仕事以外に盲目だった。趣味は仕事という老婆は、年だからと急に職場から捨てられた気持ちになったが、それでもまた別の働き口を探すほどには勤労であった。
世間は老人に厳しかった。職はない。
例えば公衆便所の掃除をしている老人は地元でも顔の広い人で、信頼のある人間でないと就けなかった。ただのOLだった老婆には何も無かった。
友人も、恋人も、夫も、兄弟も、親も、全て居なかった。親戚すら同年代は既にこの世を去ったり、介護を受けて慎ましく暮らしている。今の世代の親戚は一様に老婆の存在を知らなかった。老婆もこれまで知ろうとしなかった。
何もかも今更で、どうしようもなかった。
唯一の収入である年金を受け取り、貯金を食い潰して暮らす。
だが、それだっていつまでもあるものではない。大きな病気にでもかかったら直ぐに無くなってしまうし、銀行口座も認知症を患う前に解約しなければならなかった。
やることは多岐に渡るのに、それを支える自らの支柱が無かった。
何のために、という言葉を封印せねば生きられなかった。
老婆は偏屈であったが、不器用故に無垢であった。
けれど誰もその事を知らない。知りたいとも思われない。知らせる事もない老婆はひっそりと息を引き取るまで無垢なままこの世を去った。
調べれば身元は簡単にわかる。無縁仏にはならなかったが親類は迷惑そうに、腐乱死体となった老婆を焼却処分した。
ああ、人生はもう嫌だ。
そんな囁きが風に乗って流れた。