殺していい?
「こ、これはどういうことですか?」
翌朝、バラッドとルルナの顔は青ざめていた。
処刑されるのだから無理もないけれど、昨日処刑を言い渡したときよりも悲哀に満ちた表情だった。
「処刑よ。昨日言ったでしょう」
「で、ですがこんなのあまりにも残酷すぎます……」
私たちがいるのは『嘆きの崖』と呼ばれる断崖絶壁。
兵士を引き連れた私はその崖にバラッドとルルナを追い詰めていた。
「そこから最愛の女を突き落とすのよ、バラッド伯爵」
そして、私は処刑方法を元婚約者に告げた。
「「……」」
2人が唾を飲み込む音が聞こえた気がした。
「その方がよりドラマチックでしょう?」
ーー自分の手で最愛の女を始末させる。
初めは絞首刑でいいやと思ったが、こっちの方がバラッドへ与えるダメージが大きいだろうと閃いたのだ。
「悪魔よ……」
ルルナがぽつりと言った。
確かに自分でもそう思うけれど、人の愛を奪う奴も十分に悪魔だろう。
「考え直してはもらえませんか……?」
俯くバラッド。
「あるいは、私が婚約破棄を取り消せば助けていただけますか……?」
「バラッドっ!」
「君を助けるためだっ!」
おーおー、お熱いねえ。
でも、無理だよ?
命が惜しくて私に翻るとかあり得ないから。
馬鹿にしないで頂戴。
「っつ……!」
バラッドが押し黙る。
「もうあなたたちに残された道はあなたが彼女を殺すだけ。出来ないのなら、兵士の槍があなたを貫くわ」
「じ、慈悲をくださーーーーーーーっ」
と、ルルナの言葉を遮ってバラッドが駆け出していた。
バラッドはそのまま勢い良く、ルルナを崖に突き飛ばした。
「ーーえ?」
呆気に取られたルルナの顔。
彼女が崖上から姿を消すのは一瞬だった。
ざばーんっ!と崖に大きな白波が打ち付ける。
ルルナの断末魔は波に掻き消された。
「……はは、……はははははっ、…………はははははっ」
そして、バラッドは笑い出した。
カラカラの乾いた笑い。
目の焦点は失われている。
「本当にやるのね、あなた」
「こ、これで僕は許されますよねっ!?」
恐ろしい男だ。
我が身可愛さに最愛と呼んだ女を殺せるとは。
壊れた人間の顔で訴えないでくれ。気持ち悪い。
「連れていきなさい」
私は兵士にバラッドの連行を命じた。
「はあ? 何故です!? あの女を突き落とせば私は自由でしょうっ!?」
そんなことは一言も言ってない。
「あなたを殺人の罪で拘束します」
「ふざけるなっ! 自分は勝手に処刑をさせておいてーー、くそっ! こら放せっ! 放せ放せ放せ放せ放せ放せ放せ放せ放せ放せ放せ放せ放せ放せ放せ放せ放せ放せ放せええええええっ!」
バラッドは力任せに暴れるが、屈強な兵士相手では羽虫ほどの抵抗にもならない。
そのまま浮気男は無様に消えていった。
「なーんか、後味悪いわねえ」
そして、私は『嘆きの崖』の下を覗いた。
そこには海に浮かびながら、こちらを見つめるルルナがいた。