婚約破棄するんだ?
「で……私との婚約を破棄したいのはあなたがその女を愛しているから、と?」
マルシャル王国、第一宮殿。
その絢爛豪華な大広間。
第一王女である私は王族専用の豪奢な椅子に深々と腰かけて、目の前の男女を見下した。
男はバラッド伯爵。
私の元婚約者。
女の方はルルナ令嬢。
馬鹿な男の浮気女。
「ねえ、バラッド。他に愛している女がいるのなら教えておいて欲しかったのだけれど」
「も、申し訳ありません……」
「もはや謝って済むような問題じゃないのよ。わかってるでしょう?」
私は大袈裟に大広間を見渡す。
私たちの他には槍を構えた大勢の兵士たち。
逃げ場はないぞ、と。
言い訳するなよ、と。
そういう圧力をかけているつもりだ。
「何が目的でその女を愛しながら王女である私と婚約したのかしら? 騙したのかしら?」
「騙してなどおりませんっ!」
バラッドが叫んだ。
弁明したいらしい。
「ルルナと出会ったのは貴女様と婚約をした後です。そして、真実の愛に目覚めてしまいました……」
「へえ。婚約した後に浮気されたんだあ。そっちの方が悲しいわ」
「……」
「どうせなら元々愛している女がいながら、国のワガママな王女様に目をつけられて求婚されて、権力を盾にされて断れなくて、渋々婚約してしまって、でも、やっぱり心から愛した女は捨てられなかったーー、」
ーーって方がよほど美談だし、純愛だし、振られる側もまだ心の整理はつくってものよ?
「はい。申し訳ありません」
バラッドはペコペコと平謝りするばかり。
けれど、私との婚約破棄を撤回する素振りは見せない。
「……はあ」
私はため息を吐く。
宮殿にまで呼び出して、こうして問い詰めればバラッドも考え方を改めるだろうと思っていたのに。
「どうしても婚約を破棄したいのね?」
「はい。私はルルナと共に人生を歩みたいです」
即答だった。
しかも、力のこもった覚悟のある声だった。
「わ、私もバラッド伯爵を愛していますっ! 彼とともに生きたいですっ!」
ここぞとばかりにルルナも意見を主張してくる。
なるほど、ラブラブなんだ。
そーなんだ。
面白くないなあ。
チェッ。
「大変なご無礼であるとは承知しておりますが、どうか私との婚約をなかったことにしていただけませんでしょうかっ」
バラッドは床に額を着けて頭を下げる。
ルルナも彼を真似て土下座する。
「嫌と言ったら?」
「他の女性を愛している私を貴女様は、それでも尚愛せるというのでしょうか……?」
バラッドは顔を上げて、挑戦的な表情でそう言った。
「私の心はもう貴女様へ向いておりません……。そんな男と一緒になっても虚しいだけかと思います」
コイツ、私に口ごたえしやがった。
私を挑発しやがった。
そうやって私を怒らせて、自分を嫌わせて、婚約破棄を成立させるつもりなのだろう。
そうして、自分たちだけ幸せになるつもりなのだろう。
そんなのは許せない。
認められない。
ーー、ブチッと脳味噌が千切れる音が聞こえた。
「わかったわ、バラッド。あなたの主張は受け入れてあげましょう」
もういい。
怒った。
「ほ、本当ですかーー、」
「あなたとの婚約はなかったことにしてあげます。ただし、この婚約を破綻させた罪としてルルナを絞首刑とします」
私はニヤリと笑って、浮気女を見た。
浮気女は私の言葉に顔を凍らせて震え出した。
「ま、待ってくださいっ!」
バラッドが立ち上がった。
両手を広げて抗議する。
「ルルナには何の罪もないでしょうっ!?」
「そうかしら?」
「そうですっ。罰するなら私にしてくださいっ」
「じゃあ、あなたが絞首刑でいいわね?」
「それは重すぎますっ! あまりにも酷すぎるっ!」
喚くバラッドを兵士たちが取り囲んだ。
「こ、こんなのいくら王女とはいえ許されないぞっ!」
「許されるわよ? 私が命じればあなたたちなんて簡単に煮るなり焼くなり好き勝手できるわ」
「この暴君があっーーっ!!?」
私に突撃しようとしたバラッドに対して兵士が彼の鳩尾に一撃を入れた。
それをまともに喰らったバラッドは口から泡を吹き、倒れる。
「その2人を地下牢に閉じ込めておきなさい。明朝、女の方を処刑とします」
「「はっ!」」
私の言葉通りに兵士たちが手際良くバラッドとルルナを拘束して地下牢へと運ぶ。
「待ってください! 落ち着いてください! 考え直してください!」
去り際、ルルナがそう大声で叫んでいた。
涙目だった。
泣こうが喚こうが私の知ったことか。
こっちだって、十分に嫌な思いをしたんだぞ?
そもそもはお前らが私に隠れて恋に落ちなければ、こんなことにはなっていない。
婚約が成立してると弁えておきながら、浮気をする方がいけない。
私、何か間違っているかな?
狂乱の暴君王女に見えるかな?
まあ、それでもいいや。
やられたらやり返すのがモットーなんでね。
元婚約者の最愛の女を処刑する。
それを私の復讐としよう。