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未来人と異世界人は出会った  作者: タイタン
青い夏休み編
9/25

ショッピング・パニック④(later Epi.)

☆☆☆


 思えばこれが初めてだ。


 こんな風に『友達』と遊んで、笑って、すぐ先の未来の約束をするなんてこと、私には一生縁のない世界だと思っていた。それは地球の青さと変わらない。知識として知ってはいるけど、実際に自分が体感したわけではない。大気圏よりも遠かった『友達との夏休み』が今、手を伸ばせば掴める位置に現れた。


 胸に燻るのは戸惑い。

 あるいは期待。

 もしくは不安。

 つまりは、一言では完結できない。


 だからこそ、私の心は安寧を求めていたのかもしれない。

 いつもと同じ仕事に身を没し、いつものレールに乗ることで、この原因不明の高揚感を鎮めようとしていたのだ。


「さて、今日もお仕事と行きましょうか」


 月の眩しい夜だった。

 蜜のような光に照らされているのは誰もいなくなった仮住まい、つまりは私の通っている高校の校庭であった。いや、通っていると呼ぶにはあまりにサボり過ぎているような気もするが……。


 とにかく。本日も出勤の時間がやってきた。

 景気よく胸元のバッジが警報音を鳴らす。

 

 世界のトーンが一段暗くなったと気づいた時には、既に月は見えなくなっていた。

 眩い光を遮るのは、常識の埒外。


「21時32分、第10次接触開始。悪いけど騒ぎが起きる前に終わらせるわね」


 相手は一対の翼を生やしたカエル……で良いのだろうか。

 しかし口元はワニのように尖っている。もし肉を喰らう牙を内包しているとすれば噛まれれば修復不能な傷を負う事態もあり得るだろう。


 ならば話は簡単だ。相手の前方に立たなければ良い。

 キュィィィンと甲高い音を立ててスニーカーのサイドラインが淡い光を発する。相手の姿は確かに異様だが、こちら側も負けないくらいの理不尽さは兼ね備えている。


「ワニ、カエル、あとはその羽をウサギの耳に見立てるならば、まるで月の模様の具現化ね」


 日本では月の模様と言えばウサギが主流だが、世界を見渡せばその限りではない。ワニ、カエル、犬……この分だとライオンやロバも出てきかねないので短期決戦を決意する。


 羽の生えたカエルは己の存在を誇示するかのように月光を遮り、そのまま口を大きく広げた。

 それが今夜の決戦の合図となる。

 もちろん私の必勝パターンは今まで通り、地上も空中も飛び回りとにかく相手を翻弄するのみ。なんたって当たれば一撃必殺のえげつない技術は捨てるほどあるのだから、油断さえしなければ負ける要素の方が少ない。


「なんて。そんなに上手くいく訳ないわよね」


 初手から予想を大きく外れた。

 ワニのような口から出てきたのは鋭い牙などではなかった。それは黄緑色をした粘着質な物質。ドロォと蜂蜜のように垂れてきたそれは、絶対にパンとかに塗って良いものではなかった。


 大きく横に跳ぶが、そもそも体の大きさが違う。

 相手にとってはただの涎であっても、こちらからしたら頭上からバケツをひっくり返されるのに等しい。ギリギリのところでスカートの端が粘着質な液体に触れる。


 それはまるで風呂に入れた固形の入浴剤。泡立つような音と共にスカートの一部が蒸発した。地面も例外なく、砂の一粒一粒が泡を立てて消えていく。


「……服だけが溶ける魔法の液体、とかではなさそうね」


 待ってはくれない。第二射が来る。

 しかし来ると分かっていれば避けられない攻撃ではない。不意打ちではない限り、私の運動能力(スニーカーの補助頼み)があれば余裕で相手に肉薄できる……はずだ。念のため、スニーカーに敵性を登録しておこう。


 敵性登録『あのネチャネチャには近づかない』。


 さて、こうなればもう難しい相手ではない。

 躍るように勝ってみせよう。


 降り注ぐ粘着質なネチャネチャを紙一重で避けていき、大きく地面を蹴って相手を飛び越す。月明かりが目を覚まし、途端に視界がクリアとなった。


「はい第10次接触終わり!」


 空中で三回転し、そのまま踵を落とす。遠心力とか回転運動とか、そんな単純な力のモーメントは発生しなかった。

 それは究極にまで圧縮した上で押し出した空気の刃。

 一体何の力をどう応用すればこんな結果に繋がるのか。


 理屈を抜きに結末だけを述べれるとするならば。

 ザンッ!! であった。


 カエルでワニでウサギの『生命体』は胴体の辺りで真っ二つに切断された。皮も骨もあるいは未知の防御膜があったとしても、遙か未来の道具は全てを一笑に付す。


 血の雨とかそんな小粋な演出はなかった。

 ボト、ボトといっそ無機質な震動が夜の校庭に響き渡る。最後に地面に足を着けた私はスニーカーの電源を切り、『未知の生命体』の死骸に近づいた。


「さて、あとは回収班と分析班の仕事ね。とりあえず一般の人に見られないように光の屈折を調整しとかないと」


 そう考え、必要な作業を行うために死骸から目を離す。


 なんて傲慢で、なんて軽薄。

 そもそも相手の存在は全てが未知ということを忘れたのか。であれば勝手に結論をつけるのはおかしいだろう。まさか敵が死ねば、動かなくなれば、その程度で攻撃が終わるとでも思ったのか?


 風船が割れるよりも、なお軽い音だった。

 カエルでワニでウサギの亡骸は、その全てが同時に膨張し、内部から破裂した。

 そう。砂粒さえも溶かす月の色にも似た粘着質な液体を伴って。


「っ!!」


 とっさに手を前にかざすも、そんな程度で防げるわけがない。

 これは確定した死から目を逸らすための逃避行動に近い。

 だって、このタミングは不可避だ。スニーカーの電源は既に切っており、どれだけ身を捻らせても壁のように迫る液体に隙間はない。


 だったら。だったら死ぬのか。

 こんな所で死ねるのか。


 せっかく『友達』が出来たのに、ちょっとだけ『明日』が楽しみになってきたところなのに。あるいはそんな幸せなんて、私には過ぎた望みだったのか。


 でも。だけど。それでも。

 嫌だ。それは嫌だ。

 自然とそんな想いが心に浮かんでいたのは、自分でも意外だった。


 咄嗟に目を瞑るが、それで何かが変わるわけではない。

 時間は等速に過ぎ、次の瞬間に私の命はここにない。

 そんな絶対的な私だけの悲劇が当たり前のように広がっているはずだった。


 しかし、そんな未来はいつまで経っても訪れなかった。

 代わりに、全てを嘲笑うような声が鼓膜に届く。



「まったく、さすがに鈍りすぎじゃないですか? お姉ちゃん」



 私よりもずっと背の低い、黒髪をツインテールにした小学生くらいの少女の背中が見えた。

 少女は右手を前に伸ばし、どういう理屈か溶解液を『摑んで』いた。


 思わず目を見開く。

 わけの分からない現状に唖然としたわけではない。

 逆だ。私は知っていた。目の前に佇む未知の少女を知っていた。

 知り合いというほどではないが、それでも確かに記憶に刻み込まれている存在。


「あなた、は……?」

「そんな他人行儀はやめて下さいよ、つい数時間前にあれだけ濃密な時間を過ごした仲ではないですか」

「つまり、あの、ええと……?」

「ありゃりゃ、そんな混乱させるつもりはなかったんですが」


 可愛らしい声を出しつつも、少女は力強く五指を握り締めた。

 それだけで『摑んで』いた液体が凝縮され、野球ボールくらいの球体に整えられる。


 そして、ツインテールを揺らして。

 改めて対面し、二度目の邂逅を果たす。


「お世話になりました、あの時助けてもらった迷子です。といってもお姉さんと同じ、遠い未来からの迷子になりますけど」


 言いながら、ズボンのポケットから取り出したのは『T.O.』と書かれたバッジ。あまりにも馴染みがありすぎた。


「まさかあなたも、時間警察……?」

「せっかくスタイリッシュに略してあるんですからそのまま呼びましょうよ。そんなセンスしてるからいつまで経っても仕事が完了しないんですよ」

「ということは、仕事の進捗が遅れてる私の代わりに来た代行ということかしら? でも何でこんな子供が……?」


「見た目の年齢なんて老化プロセスを逆転させるだけで可能でしょう。まぁ完全な寿命の克服にまでは至っていないので超高機能な美容技術止まりなのかもしれませんが、クレンジングケアいらずの若さは色々と都合が良いんですよ。公共交通機関も安く乗れますしね」

「……なるほど。つまり中身はおばさんってこと?」

「このネチョネチョボール押し付けますよコラ」


 顔の手前にボールを突き出されて思わず後ずさる。

 彼女が『摑んで』いるからといって本当に身体に影響がないとは限らない。というか彼女自身、間に半透明な薄い膜のような機会を装着しているのかもしれない。でなければあんな攻撃に触れて丸めるなんてこと、まず不可能だろう。というか乙女的に嫌悪感とかが先立つ。


「あと勘違いしないで貰いたいんですが、あくまでも私は補佐。ここで仕事交代というわけではありません」

「……そう。でも生憎と私一人で十分に人手は足りているから必要ないわ」

「職務忘れて夏休みにキラキラワクワクしてたくせに良く言いますよ。今だって私がいなかったら普通に死んでいたんじゃないですか?」

「……」


「段々と分かってきましたけど、クールキャラに見せかけて結構適当ですよねお姉ちゃん」

「そのお姉ちゃんって呼ぶのやめてくれるかしら? 自分よりも年上にそう言われてると思うと怖気を抱くわ」

「ほんと失礼ですねこの人。ならどう呼べば良いんですか?」

「名字で良いわよ」

「なら相花お姉ちゃんで」

「肝心な部分が消えていないのだけれど!」


 ツインテール少女は小馬鹿にしたような笑顔を向けると、懐から小さな四角い透明ケースを取り出した。先ほどのネチョネチョボールをその中に封入する。


「大体、相花お姉ちゃんはショッピングモールでも普通に未来技術乱用していましたよね? あんなん見つかれば即時処分ですけど分かってるんですか? ま、こっちも無駄な作業増やしたくないんで黙っておきますけどー」

「小学生に説教されても不思議と響かないわね」

「……この人、一度立場を分からせてあげた方が良いのでしょうか?」


 とにかく、だ。

 補助要員と言っても、要するにいつまで経っても過去に居続けている私に対する監視要員でもあるのだろう。別に職務を怠慢していたわけではないが成果を上げなければ信用を得られないのも事実。そこの所、時代が変わっても社会の世知辛さは変わらないらしい。


「仕方ないわね。好きにすると良いわ」

「というか私も仕事だから下手に帰れないんですけどね」


「そういえばあなた名前は?」

「あー、この時代では合星(あいぼし)と名乗っていますね」

「そう。なら後の報告は任すわ合星さん」

「合星ちゃんって呼んでくれても良いんですよ?」


 とりあえずの確認事項は聞き終わった。

 踵を返して校庭から出ようとする私に、背後から最後の啓示があった。


「この時代に愛着とか抱かない方が、お姉ちゃんの為ですよ」

「……」


 答える言葉はなかった。

 ただ未来からの通告が続く。


「随分と楽しそうにしてましたけど、所詮はその場限りの関係性であることをお忘れなく。時代に馴染むために交友関係を広げることは否定しませんが、あまり深く付き合うと後で辛くなるのはお姉ちゃんの方ですよ?」


 そんなこと言われるまでもない。


 だって。

 その証拠に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。


「相花未来だなんて、適当なコードネームよね」

「まあ癖があり過ぎても目立ちますからね」


 そう、所詮はコードネーム。偽名。仮の称号。

 そんな名前で私を呼ぶこの世界に、愛着なんて抱くものか。


 広沢さんも、内美さんも、『本当の私』を知らない。

 知らないからこそ一緒にいられる。

 だから、この先どんな道を辿ろうとも、彼女達が『本当の私』に笑顔を向けることは一生ないのだ。


「こんな面倒な仕事、早く終わらせたいわ」


 幸福と不幸が比例する。

 与えられた温かい感情の分だけ、相手を裏切ることになる。

 どこまでも理解し合うことはなく、入れ違い、行き違い、生じる摩擦熱は私の心をじわじわと焼き焦がす。


「だから、余分な感情は排除しないとね」


 出来ることなら、この余分な感情の名前を見つけてしまう前に。


 夏の夜。

 明日を分からぬ大気圏を飛び越えた神秘の世界(夏休み)

 心が躍らないと言えば、嘘ではあるのだが。


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