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未来人と異世界人は出会った  作者: タイタン
青い夏休み編
5/25

アイスと夏休みの予定

 ドサッ、という音と同時だった。

 持っていた荷物を地面に置き、靴を脱ぎ散らかし、なんなら蒸れたソックスまで脱ぎ始めた内美は恨めしそうな目で空を見上げた。


「この暑さはもはや犯罪だろ太陽―」


 学校からの下校道。

 今日は1学期の終業式ということもあり授業は早めに終わり、結果として酷暑の中で茹だるようなコンクリートの上を徒歩で歩かされる羽目になっていた。


 よってひとまずの休憩をとる。


 ここは住宅街の隅にひっそりと居を構えた駄菓子屋。

 飲食スペースなのかは知らないが、店の前にはベンチが置かれ、突き出た屋根のおかげで日光を遮ることに成功していた。


「ふぃー、ってかここもほぼ30度かよー。それでも涼しく感じるとかアスファルトは天然グリルにでもなってんのか?」


 店の外壁に取り付けられた温度計を見ながら、内美はさらにシャツのボタンまで開けていく。


「こうやって北風と太陽のお話はできたんだね」

「乙女の着衣を乱れさせるなんて、とんだセクハラ恒星だせこんちくしょー」


 適当に流しつつ、私は店内に置かれたアイスボックスの方へと向かった。ひんやりとした冷気にここまで感動できるのは今くらいのものだろう。まあ砂漠の中のオアシスのように、辛い現実が先になければそもそも感じる必要もなかった幸福なのだが。暑くないならそれに越したことはない。


「広沢―、私の分も頼んだ!」

「これくらい自分で買いなよ」

「靴下まで脱いだ私に地面を歩けと? この暑さでついに頭が茹だったかー?」

「どっちが茹だってんだか」


 適当にアイスを二つ掴み、ほのかに甘い木の匂いがするカウンターへと持っていく。置かれていたベルを鳴らすと奥の方から年老いた女性が現れた。


 仰々しいレジカウンターなどはない。

 全てを暗記しているのか商品を見ただけで値段が分かるようだ。


「ふむ、300万円」

「そんな小粋なジョーク言われても反応に困るよ。はい300円」

「30円足らん」

「桁を増やすならせめて消費税も込めてほしかったかな!」


 とりあえず会計を済ませ、外にあるベンチに戻る。

 内美はもはや完全にくつろいでいた。というか寝転がっていた。


「おっ、ご苦労―」


 なんかムカついたので仕返しを一つ。

 内美用のアイスを握っていた手を後ろに回し、力を込め『微量の炎』を発生させる。魔法としても基礎、攻撃力など皆無に等しいが、この場においては大きな戦力となった。


「何買ってきたの?」

「定番の氷菓子だよ、ほらこれ」

「おぉー分かってるねー。やっぱりこうも暑いとシンプルなアイスが一番欲しいというかってうわわわわ、すっごい勢いで溶け始めてるぞこれー!?」


 外装を開けてびっくり仰天。

 木の棒に引っ付いていたのはギリギリ固形を保っているのが限界のシャーベット。少しでも乱雑に扱えば落ちてしまうだろう。


「にひひ、日頃の行いじゃない?」

「なんかしやがったなコンチクショー。温めたかのか。その脇にでも挟んで大切に温めたのか!? となるとこれは広沢体温ブレンドの氷菓子、だと? これを私に食べさせることで一体お前にどんなカタルシスが生まれるというんだ……?」


「え、ん? なんか間違った方向に迷走しているようだけど」

「ぐぬぬ、しかしアイスの誘惑には抗えない。ここは友の変態的な一面には目を瞑り、これを食することに専念するしかないか」

「いや目を瞑られても困るんだけど! 普通に夏の暑さのせいだよ!?」


 そんな私の弁明を聞いているのか。内美はアイスを頭上に掲げ、合わせるように自分も上を向く。重力に負けて落ちて来たシャーベット状のアイスを見事に口で受け止め、一口に流し込んだ。


「むぐむぐ。うー、なんか一気に食べたら微妙だな。あ、でも当たりだ」

「アンタばっかり役得が回るの納得いかないんだけど」


 そろそろ私もベンチに腰掛け、自分のアイスを口にする。

 靴を履いてレジまで当たり棒を持って行った内美はすぐに帰って来た。またしても靴を脱ぎ、私の隣で体育座りのように膝を抱え丸まる。


「その格好、道路からスカートの中見えてない?」

「下は水着だから大丈夫」

「は?」


 きっと何も大丈夫ではないと思った。こいつの頭も。

 内美は肩の辺りで鳥の尾みたいに縛られた髪を左右に揺らしながらアイスを舐める。


「本当はさ、このままプールにでも行こうと思ってたんだよね。ほら夏休みだし、1日も無駄にしたくないなーと思って」

「夏休みは明日からだと思うけど、まあいいか」

「でもこうも暑いと逆に行きたくなくなったっていうか、何もやる気が起きない。もう帰って涼しい部屋で寝たい。というかここで養われたい」


 言いながら、内美は自分の頭を私の肩に乗せた。

 暑苦しいが狭いベンチの上なので逃げ場がない。


「広沢の体、少し冷たい」

「そうかい」


 チリーンという風鈴の音だけが世界を包む。

 漫画やドラマで描かれる夏休みというは、もっと輝いていて活気に溢れていて、色々なイベントごとに満ちているものだが、ここで展開されている夏はあまりにも静かだった。


 実際、この暑さでは騒ぐ元気もなかなか出ない。

 夏休みの正解はいつも遠く、輝かしい予定は幻想に終わる。


 だから、せいぜい交わす約束はいつもの延長線。


「そだ。明日買い物に行かねー?」

「あー、良いよ。いつものモール?」

「うん」


 そんなもの夏でなくても出来ること。しかし夏にしか出来ないイベントというのは、相応にして乙女の天敵でもある。肌も焼ければ髪も傷みやすくなる。とてもではないが、好き好んで外を闊歩したい気持ちにはなれない。


 人生であと何回夏休みがあるのか。

 リミットに実感はなかった。だから今年も私は、いつも通り、ただ無意味に夏を消費する。


「よーし、そうと決まれば明日に備えて早く帰るぞ-」


 内美はシャツのボタンを閉め、ソックスをと靴を履いて立ち上がる。

 さっきまで寄りかかられていた場所がほのかに濡れているのが気に食わず、最後に棒の根元に残ったアイスを内美の首筋に押し当てた。


「ほわぁっ!?」


 一瞬で水に変わったアイスに興味はなく、残った棒をゴミ箱に捨てる。


「ひ、広沢サン? 今なにしたの???」

「成敗」


 言い合い、自然と一緒の帰路を歩き出す。

 アブラゼミが思い出したかのように夏のBGMを奏で始めた。


 しばらく歩いて、話した会話は覚えてない。

 ただ最後にこう締めくくったのだけは確かだ。


「今年も今までと変わりない夏休みになりそうだなー」

「いやぁ今まで以上の酷暑になりそうだけどね」

「うへぇ。なんか新鮮な出会いとかないもんかね」

「出会い、ねえ」


 出会いと言えば、ポニーテールの同級生。

 結局今まで一度も使ってこなかった相花さんとの連絡先を開く。


 理由もなく連絡するのも何だか意識しているみたいで躊躇(ためら)っていたけれど、一度も連絡を取らないのはそれはそれで不自然ではないだろうか。ううむ正解が分からん。


 で、あればだ。

 せっかくの夏休みなのだから冒険してみるのも良いかもしれない。


「ねえ内美、ちょっと提案があるんだけど」

「あん?」


☆☆☆


 バシュッ、という空気の漏れる音と共に鋭い杭が放たれた。ギリギリのところで避けるも、それで攻撃が止むことはない。


 住宅街を囲む山の中。またしても歪な生命だった。

 タコ、とでも言えば良いのか。しかし内蔵を詰め込んでいるはずの胴体部分に蝙蝠(こうもり)のような顔が浮かび上がっていた。八本の足はワイヤーのように細く、それぞれが自由に蠢く。


「デザイナーズアニマル? いえ、それだけでは説明できないわね」


 鋭い触腕が滑らかに伸び、多角的に私の体を狙う。

 一本はかわせた、次の一本も踏みつけた。だがその次への反応は遅れ、足を縛られ、手を搦め捕られ、気づけば七本のワイヤーで全身を拘束されてしまう。


 残る最後の一本が、静かに照準を合わせている。

 こいつの攻撃の種は割れている。吸血だ。あの細いワイヤーのような触腕は血を吸うための吸収口。蚊のようなものを想像すれば多少は分かりやすいか。


「っく、蚊と同じだとすれば血に含まれるタンパク質でも狙っているのかしら? ということはアナタ、もしかしてレディなの?」


 答えは来ない。

 あるいは蝙蝠が用いる超音波のような音ならば会話ができるのだろうか。


 まったく、やりがいのない仕事だ。

 手にした指ぬきグローブを開閉しながら、私は小さく息を吐いた。


「今回も大した収穫はなさそうね」


 ドシュッ、という軽い音が炸裂し、ワイヤーが風を切る。血を奪いエネルギーを補給するための吸血口が脇腹へと刺さる。痛みはなかった。それが逆に不快ではあるのだが。


 なんにせよ、相手の行動は予測通り。

 ならば私の行動は変わらない。


「こっのぉ!!!!」


 拘束された腕を無理に動かし、脇腹に刺さったワイヤーを摑む。右手につけた指ぬきグローブが青く光ったのは、力の制御が順調に始まった証だ。つまりはカマキリの時に使用したスニーカーと同種の技術。入力したパワーを使いやすいように増幅して整える。


 今回の場合は、その全てを牽引力に。

 脇腹に刺さったワイヤーを握り、逆に相手の体をこちら側へ引っ張る。相手の体は宙にすら浮いていた。今更ながらワイヤーを解き、体勢を立て直そうとしているようだが何もかもが手遅れである。


 空を泳ぐ蝙蝠のようなタコに左の掌を向ける。

 ビビッ、と。ノイズの走るような音と共に、指先から放たれた微量の電気によって空気の組成が組み変わる。酸素を誘導し、攻撃のルートに指向性を与える。


「第9次接触、終了!」


 グローブの真ん中から蝋燭サイズの炎が点火した。それで十分だった。

 ボッッッッ!! と。いっそ爆発じみた灼熱が相手の全身を包み込み、後には僅かな灰が残るだけ。


 壮絶な破壊の後、ある種の寂寥感が場を包んだ。

 向けていた掌を下げ、舞っている灰を手にする。


「はあ、はあ、……初めて使ったけれど火力が強すぎるわねこれ。こんな細かく体組織を破壊してしまったら、もう解析班に送っても無意味ね」


 安堵感と疲労感が同時に押し寄せ、気づけば体を土の上に投げ出していた。

 木々の隙間を雲がゆっくりと流れている。


 ピコン、という甲高い機械音が聞こえた。

 眉をひそめてスマホを取り出してみると、意外な人物からのメッセージ通知。いや、本当に意外に思っていたのか、あるいはずっと待ち望んでいたのかは神のみぞ知るとしておこう。


 簡潔な文章だった。


『明日一緒に買い物行かない?』


 それで気が抜けたのかもしれない。

 ぱたん、と再び体を大きく投げ出す。


 脇腹の辺りから血が滲んでいたが、今は知ったことではなかった。

 破れたシャツを確かめながら頭の中で考えているのはただ一つ。


 明日かあ。

 何を着ていこう???

 




 


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