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未来人と異世界人は出会った  作者: タイタン
プロローグ
4/25

拭いきれない星々

 傍目からは理不尽に思えることにも、意外と因果はあったりするものだ。


 ガムを踏んでしまったのはそこでガムを吐き出した人がいるから。鳥から糞を落とされるのも、誰か別の人がその鳥を怒らせたからかもしれない。通り魔だって見知らぬ土地で包丁を振り回すことはないだろう。狙いやすい場所と条件というものがあるはずだ。


 被害を受けた側からすれば、だから何だという話かもしれない。

 そんなもので溜飲は下げられない。


 しかしそれでも、原因から目を背けることに意味はない。

 自分が何も悪くなくても結果は平等に訪れる。

 私達はそういう不条理な糸で、まだ見ぬ誰かと繋がっている。


 であれば、私が未来からこの時代に来たことにも確かな因果がある。

 目的、と置き換えても構わない。


「まったく、面倒な仕事を押し付けられたものだわ」


 夜空の星を見上げながら、自分がここにいる理由を思い出す。

 真夏の放射熱が生み出す風が前髪を揺らした。


 月光の差し込む路地裏で、制服の左胸につけたバッジがキラリと光る。

 そこに刻まれているのは私が所属している組織を表す文字列だ。


 T.O.《タイム・オフィサー》

 つまりは時間軸専門の警察。

 この時代では他に言い換える言葉がないのでそのまま名乗るしかない。


 それにしても素直に時間警察と刻めばいいものを、略せば何でも格好いいと思う考え方は人類の魂に刻みついているのだろうか。正直、時間警察のような芋くさい響きの方が私は好きだ。


 この時代に私がいることからも分かる通り、1200年後にはタイムマシンも珍しいものではなくなってきている。一応まだ民間普及まではしていないのだが、一定の地位と明確な目的と長期にわたる書類作業を済ませれば手が届かないものではない。


 そんな時代だからこそ私達のような存在が重要になってくる。

 肌感覚で分かると思うが、時代が変わるというのはそれだけで大事件だ。しかもバタフライエフェクトよろしく、どんな小さな原因が大きな結果をもたらすか予測は困難を究める。


 時間警察の主な仕事はタイムトラベラーの痕跡を過去の時代から一片も残らず消すこと。指紋の一つも髪の一本も許さない。その時代に存在しない人の痕跡というのは、それだけでどれほど大きな歪みをもたらすか分かったものではない。もっとも、時代が大きく変わるほどの痕跡を残されたら私達の出番すらなく世界に修復不能な亀裂が入るのかもしれないが、その辺り、常に綱渡りなのだろう。


 そんな折の出来事。

 観察班から不可解な信号が発生したとの報告があった。

 タイムトラベラーの残したDNA情報でも過去改ざんでもない。


 それは、『()()()()()()()()』。


「さて、そろそろ仕事といきましょうか」


 後の食物連鎖に影響を及ぼしている形跡はない。

 人の繁栄を妨げている雰囲気もない。

 だけど、それは確かにいる。放っておいても問題ないのかもしれないが、だからといって無視しておくのも不安だった。原因不明の腫瘍のようなものだ。とりあえず悪性でないことを確かめてひとまずの安心を得ておきたかった。


 よって、私に任せられたのは原因の調査と対処。

 期間は無期限。要するに面倒な仕事を押し付けられた形となる。


「7月16日、午後21時。第7次接触開始」


 胸元のバッジを口元にあて、後に報告する内容を録音する。

 あとは内蔵された自動書記装置が勝手にレポートをまとめてくれる。


 ヌオッ!!!! と。

 夜空を覆う影があった。


 ありえない光景が広がっていた。

 当たり前の星空は消えていた。

 常識で物事を考えるのは良い加減諦めた。


 目で見たものしか信じないと言うのであれば、目の前に広がっているこれは正真正銘の現実なのだと認めるしかない。


「はあ、今回もゲテモノ枠か」


 ギリッ、と歯を食いしばって目の前の調査対象を睨む。

 天空を覆っていたのは、全長で5メートルは届きそうなほどに巨大で寸胴なカマキリであった。


☆☆☆


 第7次接触と口にしたが、同じ個体を調査し続けているわけではない。

 単純にこれが7体目というだけの話である。


 前回はウサギだった。その前は石で出来たゴーレムのような生命か。最初は鳥に似たフォルムだったような気がする。

 つまり一種ではない。倒しても倒しても次の個体が新たに生じる。

 このカマキリも、つい先ほど何もない所から急に生体信号が出現した。

 上に報告しても『経過観察』の一言で終わるから呑気なものだ。


「ねえ、アナタ一体どこから来たの?」


 通じないと分かっていながら言葉を投げる。

 全てが謎に包まれているからこそ、あらゆる可能性に賭けてみる。


「あと何体で居なくなるの?」


 ギチギチ、と両側の鎌がこちらをロックオンする。

 交戦の意思あり。放っておけば民間人にも被害が出るだろう。

 素性も分からないまま、しかし遠方から観察することもできない。

 どうやら、今回も『処理』という対応を取らなければならないらしい。


 方法はただ一つ。

 戦いながら考えろ。


「私はいつになったら帰れるのかしら?」


 ゴッッッ!! と何もない所で鎌が振られる。

 しかし油断をすることなかれ。全てが未知。であれば攻撃手段も常識では計り知れない。


 風を斬る音と共に間にあったアスファルトが裂けていく。

 いわゆるカマイタチ。

 しかしそんなものを攻撃手段に使うカマキリなど聞いたこともない。


 咄嗟に横に跳んで避けるが、不可視の攻撃はその範囲が摑みにくい。肌に傷こそつかなかったものの、髪の先端とスカートの端がわずかに切り裂かれた。


「まるで風のようね。予測のつかない動き」


 もちろんこっちだって丸腰ではない。

 甲高い音と共に足元が青く光る。いいや、光っているのは私の履いているスニーカーのサイドラインだ。


 こちらの武器は未来の技術。

 ある意味ではオーパーツと見ることもできるかもしれない。


 まるで社交界のダンスのように。

 軽やかなステップで地面を蹴った私の体は、ふわりと風に飛ばされるようにビルの屋根よりも高く跳び上がっていた。三日月のように体を逸らし、空中で後ろに数回転。流れるように振り下ろされた足がカマキリの頭部を捉える。


 全てはスニーカーの補助ありき。

 入力した力を内蔵された回路で増幅させ、使いやすいように整えた上で出力する。加えてバランス補助や肉体負担軽減などのサポート体制も万全だ。


「えいっ!」


 軽い声とは反対に、カマキリの頭部が重くアスファルトに沈む。

 反動でもう一度跳び上がった私はビルの屋上へと着地した。


 手すり越しに地面を覗き込むと、ギチ、ギチ、と生命というよりは機械じみた動きで大きな鎌が左右に揺れているのが見て取れる。体勢を取り戻そうともがいているようだが、頭部がアスファルトにめり込んだ関係で完全に脚部が宙に浮いている。あれではまともに立ち上がることもできないだろう。


「特筆すべき点はその巨体と不可視のカマイタチってところかしら。巨体の方はDNA操作でどうにでもなるとして、あの風の斬撃はどう説明したものか。鎌のような両手の表面を細かく制御することで空気を振動させている? あるいはもっと単純にステルスじみた透明な刃を伸縮させているとか?」


 考察している余裕があったのは、油断か楽観か。

 しかし忘れてはいけない。相手は未知で不可思議。

 であれば、今開示されている情報が全てとは限らない。


 一瞬。

 音を感じる暇もなかった。

 未だカマキリは眼下に倒れているというのに、その左の鎌が眼前に迫る。


「しまっ」


 咄嗟に体を後ろに反らすが、(ほほ)に鋭い痛み。

 息を吐く間もなく後ろに退いていくことで、ようやく状況を理解することができた。

 伸びていたのだ。鎌のついた腕が、関節の辺りからゴムのように。


 そしてその鎌はビルの屋上の床に引っかかると、次はそこを支点にしてカマキリの体を持ち上げるように縮む。羽があるのに、それすら使わない飛行。圧倒的な出鱈目。


 ドシンッ! と重苦しい音と共に再び敵と同じステージに立つ。


「敵に対する執着心はあり、か」


 こういう時こそ冷静に。

 淡々と仕事を進めていくことで心の安寧を保つ。


「出したカードはそれで全てかしら? 隠し球は出尽くした? 私としても情報が欲しいから出し惜しみはなしで戦って欲しいのだけれどね」


 言葉は返ってこなかった。それもまた貴重な情報か。

 とにかく相手に敗走や撤退という選択肢はないらしい。


 であれば、そのルールに準じるまで。

 未知と叡智。先に手札のなくなったものが負ける戦いを最後までやり遂げよう。


 口元に垂れた血を舐めとり、自然とそれが第二幕の合図となった。


「願わくば、お互いにとって有益な戦いにしましょう」


★★★


「あったあった、やっぱりここだった。それにしてもキーホルダーを落とすだなんて相花さんをからかったバチでも当たったのかなあ?」


 今日の昼に立ち寄った公園のトイレ、その入口だった。

 色々あって慌てていたのもあり、自分が落とし物をしたのに気づいたのは家に帰って完全にくつろいだ後の話であった。


 元々は財布につけていたのだが、どうやら紐が切れてしまったらしい。金銭的には大して価値のない地方のご当地キャラのキーホルダー。しかし金銭だけが尺度の全てではない。私にとっては、夜の公園に探しに来るくらいには思い入れのある品物だ。


「それにしても、夜の公園って本当に幽霊でそう……」


 昼間のトイレとは比べものにならない濃密な静寂。

 普段は子供などが遊んでいて明るいイメージのある場所のはずなのに、人が居ないとこうも薄気味悪く化けてしまうのか。まるで昼と夜で寒暖差の激しい砂漠のようだった。


 探し物も見つかった。良い子はお家に帰ろう。

意味もなく足音を立てずに公園の出口を目指していると、背後から得体の知れない音が響いた。思わず肩を震わせる。


 第一印象としては、葉が擦れ合うような軽い音。だが聞いている内にそれが水の音であることを理解した。


 途切れることのない水音。

 公園にも蛇口はある。水源自体に疑問はない。


 問題はこんな夜中に誰が何の目的で使用しているのかという事なのだが……。好奇心に負けたとかいうよりは、ここできちんと確かめておかないと後々気になって家に帰っても眠れない日々を送ってしまうという確信があった。


 だから、ゆっくりではあるが振り向く。

 頼むからカラスの水浴びとかであってくれ、だってほらカラスって頭が良くて人の作ったものとかも当たり前のように利用するんでしょ?


 しかし希望はあっさりと打ち破られた。

 そこにあったのは等身大の影。きちんと五体満足の人間であった。


「あ……」


 それでも何とか理性を保てたのは、それが知った顔だったからだろう。この公園とも深く結びついた人物だ。端正な顔立ちに引き込まれそうな瞳、そしてポニーテールに結われた滑らかな髪。自然と口から名前が洩れていた。


「相花さん……?」

「あら、どうして広沢さんがここに?」


 それはこっちのセリフだ、と言いたい気持ちもあったが、それよりもまず優先して尋ねておきたいことがあった。月下に照らされた彼女の姿にはいくつかの違和感がある。

 絹のようにきめ細かかった頬には一条の傷跡、足にも手にも似たような擦過痕。さらに制服も所々が破れているし、髪も今までと比べてボサボサだ。どう観察しても普通ではない。


「何かあったの?」

「……ちょっと転んだだけよ。大袈裟なことではないから安心して」


 その笑顔で誤魔化しているつもりだというなら、彼女は少々自分の演技力を過信している。だけれどそう言われてしまえば追求することもできないズルい言葉だった。


 ケンカとかだろうか。

 あまりイメージしにくいが絶対にないとも言いきれない。


「大丈夫なんだよね?」

「ええ、本当にくだらない理由だから」


 傷口を一通り洗い終えたのか、相花さんは蛇口の水を止めて制服の袖で顔を拭う。


「ちょ、そんな雑な拭き方だと傷口広げるし衛生的にも良くないよ!」

「しかし濡らしたままの方が不衛生ではないかしら?」

「そこはハンカチで拭くとかあるじゃん!」

「生憎と今は持っていないわ」

「ああもう!」


 私はポケットから自分のハンカチを取り出し、それを彼女の頬に軽く当てる。ほのかな温もりが布を通して伝わってきた。


「血がついてしまうわよ?」

「良いよ別に、そんなに高いものじゃないし」

「でも……」

「それより顔に傷がある方が問題だよ。きちんと適切な手当して痕が残らないようにしないと」

「こんな傷、生きていく上で大して支障はないわ」

「まあそりゃ相花さんほどの奇麗な顔なら傷跡もアクセントとして普通に似合いそうな気はするけどさ」

「え? 奇麗???」

「い、いやそこは改めて拾わないで欲しかったかな」


 ともかく、傷口は一つだけではない。

 頬の水分を吸ったハンカチを、次は肘や太股に当てていく。強く押し付けるとそれこそ肌を傷めてしまいそうなで、優しく撫でるようにして触る。


「……ん、少しだけくすぐったいわね」

「ははあ、このへんが弱いのかな?」

「ちょ、やめて!」


 相花さんがビクンと肩を震わせ、いつもとは違うベクトルでしおらしくなったので何だかイケナイことをしている気分になった16歳の夏。夜の公園というシチュエーションも味方していたかもしれない。


 あまり動くと傷口が開きそうなので、からかうのも適度に終わらせて改めて相花さんと向き直る。


「帰ったらきちんと消毒するんだよ? あとはよく食べてよく寝ること!」

「学校をサボっていたとは思えないほど健全な口振りね」

「私は基本的に健全な人間なの!」

「こんな時間に出歩いておいて?」

「……っ、ぐぬぬ。何でこう変な状況でばかり出会うかなー」


 先週の遅刻はまだしも、今日の出来事については色々と私からも弁明があるのだが、それをここで力説したところで響かないだろう。なんたって相手はガチの不良少女だ。ルールを抜けだし不真面目を生きる人間に、理屈で言い合っても馬に念仏だろう。


「あら、もうこんな時間なのね」


 公園の時計は22時を指していた。

 良い加減、私も家に帰らなくては。今日の宿題とかもまだ終わらせていない。


「ハンカチ、洗って返すわ」

「え、別に大丈夫だよこれくらい」

「でもさすがに血まみれにしたままは申し訳ないし」

「そんなことないよ。血だってここで軽く水洗いすればある程度は落ちるし、なんなら最近は血とかも落とせる洗剤がむぐっ」


 とっさに言葉を詰まらせたのは、相花さんの人差し指が私の口元に当てられたからだ。柔らかい感触が唇を遮る。その指先からほのかに甘い香りがした気がしたのは私の脳が生み出した錯覚だろうか。


「お願い。お礼がしたいの」


 何も言えなかった。

 ただ黙ってハンカチを差し出し、相花さんがそれを受け取る。

 連動して人差し指も緩慢に離れていった。


「今日はありがとうね」

「別に、これくらい、いつでも」


 一緒になって公園を出る。

 夜風を涼しく感じたが、私の顔が熱くなっているからではないことを祈る。


「それじゃあ、私はこっちだから」

「うん。じゃあね」


 本日2度目の別れ。

 今度は彼女の方から背を向ける。


 その背中が遠くなる。月明かりからも離れて闇夜に溶けて消えて行く。その間、彼女は一度も振り返らなかった。


「良かった」


 もし振り向かれていたら、バレていた。

 私がその後ろ姿が目を離せないでいたことを。名残惜しそうに見つめていたことを。


 最後に一度だけ、唇に手を当てた。

 甘い香りはしなかった。


☆☆☆


「これも立派なタイムトラベラーのDNA」


 ハンカチについた血を眺めながら、私はそう呟いた。

 可愛らしいピンクのフリルがついている。本当に安物なのか疑わしくなるような出来だ。


「これくらいなら、この時代の洗浄液でも対処可能ね」


 時間警察が自ら問題を増やすわけにもいかない。

 自分の尻は自分で拭うくらいの責任感はある。


 それにしても、だ。

 あんな所で広沢さんと出会うとは完全に予想外だった。つい嘘をついてしまったが、まあ本当のことなど言えるわけはないので正解だっただろう。たぶん誤魔化せた。そこは私の演技力を信じるしかない。


 まだ出会って数日、会うのも三回目のはずなのに、どうしてかあの子の名前はすんなりと頭に浮かんだ。それくらいには私は彼女のことを受け入れ始めているのだろうか……?


 何にしても、これも一つの因果か。

 あの鬱陶しい『未確認の生命体』達のおかげで私と広沢さんは時代を越えて繋がった。


 この出会いはどんな未来に繋がっているのだろう。


「少しでも良い未来に繋がっていれば良いのだけれど」


 濡れたハンカチを星空に当て、軽く振る

 それでも拭いきれないほどに、星の光は溢れていた。


プロローグ終わりです!

今回は少し雰囲気を変えてみましたが基本は2人を中心としたラブコメなのは変わりません。次回からは夏休み!イベントの宝箱!!

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