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未来人と異世界人は出会った  作者: タイタン
青い夏休み編
22/25

番外編:友とパートナー

今回は合星視点の短編となっております

いつもと違う雰囲気を楽しんで頂ければ

 時の流れというのは不思議なもので。

 過去に生きていた原始人よりも、私達は遙か未来の『先』に生きているはずなのに、それでも彼らは『先人』と呼ばれ、時代という一本の道筋の中では彼らこそが『先』に生きているとされる。


 まあ、雄大な人類史における先輩と考えれば少しは呑み込みやすいか。

 けれどやっぱり、亀の甲羅を焼いて吉凶を占ったり、星の配置から未来を語るような非科学的な時代に生きる人々が、私達よりも『先』に生きているというのは腑に落ちない。


 もちろん、先祖様達の歩みがあったからこそ未来の技術が発展したことは理解している。別に馬鹿にするつもりはないのだ。尊重している。感謝だってしている。


 ただ──。


「ちょっと道行くそこのお嬢さん。時間とスタミナとこの惨状をSNSに上げないという良識があるのであれば、あたしを助けてはくれまいか?」


 8月31日。公園のど真ん中にて。

 立派に生えた木の枝に服でも引っかかったのか、一人の少女が宙吊りにされていた。明るい時間でなければ首つり自殺のようにも見えたかもしれない。


 見覚えのある顔だった。

 高校生とは思えないような小柄で寸胴なボディライン。

 Tシャツ一枚に短パンという活発なファッションセンス。

 そして髪を後ろで鳥の巣のような形で雑に縛ったヘアースタイル。


 私のパートナーの友達その2だ。


「おーい、聞いてるかー?」

「ええまあ。このまま無視して進もうかとも思いましたが、さすがに憐れすぎて夢に出てきそうなので助けてあげますよ。っていうか、何でそんな珍妙な状況になってやがるんです?」

「いやぁ。暑いから公園の水道で顔でも洗おうと思ったら勢いが強すぎて全身ずぶ濡れ。ハンカチを出そうとして手荷物を開いた隙に飛んで来たカラスに財布を奪われて、まあそいつは石をぶつけて撃退したんだが、肝心の財布が公園の木の上に落とされちまってな。仕方なく久しぶり木登りを試みてみたものの、まさかの濡れた靴で足をツルリ。で、ご覧の有り様というわけさ」

「……一人でピタゴラないでくださいよ」


 どうやら財布は無事に回収できたようで、手荷物、(というよりウェストポーチか)と一緒に木の根元の方に放られていた。ならあとは、適当に彼女を救出すれば良いだけか。


「では揺らしますよー」

「……は? おいちょっと待っ!」


 思いっきり木の幹を蹴る。

 葉のこすれる音と共に枝が僅かに揺れたが、少女一人を木から落とすにはまだ足りないらしい。密かに『スニーカー』の出力を上げて、もう一度。


「ほいせ!!」

「うわっ、怖い怖い怖い!! もうちょっと大人しい解決方法ないのかよ!!」

「我が儘言わないで下さいよ。もういっちょ!」


 どしん!!!!

 木全体が右に左に揺れるが、それでも木の枝がTシャツを手放すことはなかった。ただ少女の絶叫だけが夏空に木霊する。


「うーむ、駄目ですねぇ」

「ク、クワガタにでもなった気分だぜ」

「このまま勢いで力押しをしても良いんですが……。ところで揺れの衝撃でどんどん服が脱げていってることについては気にしてます?」

「ったり前だ! もうそろそろR指定入るぞこれ!!」


 何度も木を叩くことで少女の体だけが徐々に落ちていき、気づけば胸の下くらいまで服が捲れ上がっていた。インナーも何も身に着けていないのか、白く眩しい肌が露わとなる。


「いくら第二次性徴の来てなさそうな胸とはいえ、さすがの私も乙女の裸体を公共の場に晒すのには抵抗があります。ここは手法を変えましょうか」

「喧嘩売ってるなら買うがー?」


 しかし別の手段といっても限られている。

 さすがにこれ以上、こんな下らないことで未来の技術を使うわけにはいかないし、だからといって人気のない公園では役に立ちそうな道具も見当たらない。


 とりあえず落ちているウェストポーチでも漁ってみるか。


「ごそごそ」

「何の躊躇もなく人の荷物物色するのな」


 出てきたのは主に4つ。

 まだキンキンに冷えている麦茶が入っているペットボトル。

 日焼け止めオイル。

 ハンカチ。

 髪留め用のゴム。


「うーん、いまいちパッとしませんねぇ。せめて香水の一つでも入れたらどうです?」

「……何であたしがこんなガキに説教されなきゃならんのだ。というか本当にガキか? 何となしに滲み出るアラサーの雰囲気は一体わぎゃぁっ!?」


 禁句を言い放ちそうになった少女のお腹へとペットボトルをピトリ。女に年齢関連の話題を振るとは恐ろしき悪鬼羅刹。いつまでもその若々しさが続くとは思うなかれ。


「……うぅ、急に冷えたことで微妙に尿意が」

「それは地獄絵図過ぎるのでさすがに我慢してください。うーん、ひとまず使えそうなのはこの日焼け止めオイルですかね。なんか摩擦やらRsやらが影響し合ってエンゲル係数があれやこれやで解決してくれそう」

「……何か賢そうな雰囲気でアバウトなこと言ってる」


 こんなことで頭を使っていられるか。

 ただでさえ、こちとら世界最高峰のコンピュータと激戦を繰り広げてきた後なのだ。もう今は九九でさえ億劫と思えてしまう。


 だから複雑な計算とかはナシナシ。

 目測と経験のみで日焼け止めオイルの入ったケースを放り投げた。もちろん蓋は開けてある。あとは木の枝と彼女の服が重なっている部分に丁度良く液体が撒き散らされれば全て計算通りなのだが……。


 そんなわけには、まあいかないか。


「うぎゃああああ目に入ったああああああああ!!!!」

「ちょちょちょ、そんなに暴れないでくださいよ! 服が乱れに乱れてもうポルノに片足突っ込んでますっていうか、むしろそこまで暴れながら局部だけ隠せてるのどんな神業ですか!? 世界が少女に優しすぎる!!」


 けれど、叫び散らすのもそこまでだった。

 ボキリ、と。太い枝の折れる音が公園中に響き渡る。


「「あ」」


 一瞬の空白。時間の凝縮。走馬燈のような何か。

 逃げる暇もなく、真夏の空と重なるように、一人の少女が空から降ってきた。

 それを私の細腕で受け止められる道理はなく、結果は必然。


 どしーん。


「きゅぅ」


 視界が明滅し、地面に仰向けで倒れていることを自覚する。

 お腹の上には、同じく目を回しているTシャツJK。


 ──ああ、やっぱり無理だ。

 どれだけ私達の先を生きた『先人』であろうと、どれだけ人類の歩みを築き上げてきたご先祖様であろうと、これを敬うのは至難の業だ。


☆★☆


 そして。


 目に入ったオイルを公園の水道で流し、散らばった手荷物を片付け終わった少女はペコリとお辞儀をした。


「色々言いたいことはあるけど、とりあえず助けてもらったのは確かだ。ありがとう」

「別に良いですよ。あとお礼を言うなら笑顔を引きつらせないでください」


 こちらとしても、感謝されたくてしたことではない。

 では何のためか、と問われれば返答は難しいけれど。


 何はともあれ、これで珍事は公にならずに終息した。

 これが変なバタフライエフェクトを起こして未来が変わる、という事態にさえならない限りは万事解決のはずだ。


「今日は大人しく寝ていて下さいね。私が助けたことでドミノ倒しのように周囲へ影響を及ぼされたら始末書では済みませんから」

「……よく分からないけど、今日は大した用事はないから安心してくれ」

「なら良いです」


 そう言い、私はその場を後にするために踵を返した。

 そんな背中へと語りかけるように、煩わしい声が一つ。


「また今度会ったら、何かお礼させてくれ。ジュースでも奢るからさ」

「……別に気にしないで下さい。もう会うこともないでしょうし」


 本来であれば、こういった些細な会話でさえ注意を払うべきなのだ。過去の人間と未来の人間は、決して交わってはいけない。秩序とか倫理とか、たぶんそういったものが崩れてしまうから。私は詳しくないからよく分からないけれど、駄目と言われたことをやるほど愚かでもない。


 だから、二度も同じ人間と言葉を交わすようなことはしない。

 パートナーのように素直に生きることに、憧れもない。

 借りや恩返しなんて、真っ平ごめんだ。


 なのに。


「そうかよ」


 ピトリ、と。頬に冷たい感触。

 本能だけで飛び跳ねて、意図せずに振り返る。

 まるで太陽のように、そこには悩みの一つも感じさせない笑顔が広がっていた。


「なら『今』お礼をするよ。これやる」


 手渡されたのは、先程までバッグに入っていたペットボトル。

 ほんのり温くはなっているが、まだ飲めないほどではない。

 というか、それより。


「…………口つけてないでしょうね」

「心配すんな。ほんのり私の体温がブレンドされただけの未開封品だよ」


 それはそれで何だか嫌だが、まあそれくらいは許そう。

 適当に手を振り、別れ、公園を出る。


 手遊びの感覚で、ペットボトルを何度か宙に放り投げた。

 しばらくして、これだって現地人との『繋がり』であることを自覚する。


「……これじゃあ、あの子のこと馬鹿には出来ないですね」


 私はこの時代に生きる人間ではなく、この時代で未来を語ることは許されない。

 本当の生きる場所ではなく、いつだって部外者なのは変わらない。


 だけど。それでも。

 ここにある『今』を楽しむくらいは、受け入れても良いのかもしれない。


 ペットボトルを開けて、中に入った麦茶をゴクリと喉に通す。

 ちょっとだけ冷えた頭で空を仰いだ。


 ……やっぱりキャラではないな、そういうのは。


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