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未来人と異世界人は出会った  作者: タイタン
プロローグ
2/25

並行世界的な視点

広沢ひらさわはさー、もう少しだけ肩の荷を下ろしても良いんじゃないかと思うんだよ私、ほら昼休憩に校舎を抜け出そうが基本的にバレなきゃ怒られないしもっと気軽に生きようよー」


 なんだか猫みたいに膝の上に頭を乗せてきたのは、隣の席の主、内美うつみだった。

 肩の辺りで鳥の尾みたいに縛られた髪の先端が太股にチクチクと当たるのが鬱陶しくて、つい両手で頭を遠ざけてしまう。


「駄目だったら駄目。大体、期間限定販売のケーキくらい放課後に買いなよ」

「放課後だと売り切れてんだよー。 逆に登校前だと開店してないし休日まで待てなーい」

「なら一人で行きなよ」

「それは心細いだろー!!」


 なんとも我が儘なお姫様は自家生産の欲望と悪戦苦闘している。

 正直、洋菓子よりも和菓子派の私にはついぞ興味のない話題ではあった。


 だが今日の内美は諦めの悪さが際立っていた。

 切り札と言わんばかりに、禁断のカードを一枚。


「先週遅刻したとき」

「……むぐ」

「抜けた授業の内容を教えてあげたのは誰だったかなー?」

「……それは、まあ感謝しているけど」

「感謝なんていらねー! 私はケーキが欲しいんだよ! 具体的には駅前の有名パティシエが営業している所にある滑らか濃厚チーズチョコケーキをよー!」

「ほんとに美味しいのそれ……?」


 悪態はついてみたものの、形勢はやや不利か。

 確かに先週遅刻してしまい、なんならそのまま一時間目をサボってしまい、果てにはこの内美とかいう我が儘姫に勉強を教えてもらったのは紛れもない事実なのだ。学校を抜けだそうとか言う不真面目系女子のくせに人に教えるのが妙に上手いところがムカつきポイントだ。


 悩み、ため息をつき、休憩の残り時間を見る。

 決断を先延ばしにするほどの猶予はなさそうだ。


「分かったよ、これで借りはチャラだからね」

「ひゃっほいさすが広沢―! 無二の親友よ!」

「無二の親友なら悪の道に引き込まないで欲しいよ」


 ともかく早いところ終わらせよう。

 走れば15分もあれば帰ってこれるはずだ。


 まったく、まさかまたしても校則を破る羽目になるとは。

 早い内に終わらせるため、とっとと教室を出で廊下に足を踏み出す。


 窓の外に見える部室棟の裏には、あれから一度も行っていない。

 名前も知らないあのポニーテールの同級生は元気だろうか。

 今ではあの一時間が全て蜃気楼だったかのようにさえ思える。

 現実感など、色濃かった感情など、時間の流れにかかれば簡単に押し流されてしまうらしい。


「おーい早く行こうよ広沢―?」


 言葉に誘われるままに、視線を移す。

 より身近な人との繋がりへと、引き寄せられるように。


★★★


 昼下がり。

 炎天下がとにかく恨めしい。


「はぁ、はぁ、うへぇ、なんでこうなる!」


 だから間違いだったのだ。

 だから反対だったのだ。


「突き抜けろ広沢―! 私の分までぇー!!!!」


 遠くからそんな声が聞こえた気がしたが、それが断末魔となる。すでに内美は先生に押さえ込まれた。不覚の一言だった。まさか裏門を乗り越えた先で複数の教師が喫煙をしているとは完全に予想外。校内が禁煙だからと先生のためだけに設置された灰皿スポットに集まっていたのは多種多様の教師陣。しかもその全てがゴリゴリの体育会系の顧問たちときた。


 不運、ここに極まれり。

 帰宅部だった内美は既にやられた。

 文化部の私だって体力に自信があるわけではない。


 逃げたところで何か好転するとも思えないが、もうここまできたらケーキの一つや二つ食べないと割に合わないの精神で突っ走る。既に住宅街へと突入している。角を曲がって曲がって、できるだけ先生達が私を見失うように努めよう。


「ケーキ屋までは、もう少し」


 無我夢中で走る私は、疲れで思考の幅が狭まっていたことにもう少し早く気づくべきだったのかもしれない。視界の悪い路地は先生を遠ざけるのには便利だが、それは同時に私も自分の視界を制限していることを意味していた。


 だから、例えばこんなことだって起こりうる。

 《飛び出し注意》の看板が視界の端で存在感を示す。


「あっ」


 十字路の真ん中へと飛び込んだ私に向けて迫り来るのは、どこかの引っ越し業者のトラックだった。

 走り抜けても、たぶん間に合わない。引き返す余裕なんて言わずもがな。


 当たれば即死。良くても重傷か。

 よって選択肢なんて一つしかなかった。


 力を入れたのは、脚ではなく腕。

 両方の掌を真後ろに突きだし、精一杯に搾り出す。

 何を? 決まっている。

 

 ()()()

 瞬間風速30m/s以上。


 私の体は、宙に投げ出された。


★★★


 勿論、常識的に考えて掌から風は生まれない。

 まして少女1人の体を宙に舞い上げるなんて科学的ではない。


 だからあり得ない、というのはさすがに柔軟性に欠けた判断だろう。この世界の常識で話が通じないのならば、もう残る可能性なんて限られているだろうに。


 そう、詰まるところ、()()()()()()()()()()()()()

 並行世界からの来訪者。異世界転移。パラレルワールドからの旅人。


 突然そんなことを言われても理解に苦しむかもしれないが、こんな事実はいつ開示しても突然になってしまうので仕方なしというやつだ。私自身、状況を全て理解できているわけではないのだし。


 しかし元が別世界の住人だからといって、特別に大きな違いがあるわけではない。体の構造は皆と同じだし、言語も問題なく通じ、味覚に大差があるわけでもなく馴染むのに苦労はしなかった。


 故に、二つの世界に明確な違いがあるとすれば、ただ一点。

 私の生まれた故郷には、『魔法』があった。


 うん。とりあえず状況整理はこの辺りで終わっておこう。


 固い言い方は慣れないので、ひとまず端的に締めくくる。

 つまり私は魔法少女なのでした。パチパチパチ。


★★★


「う、わ、わ、わあああああ!!」


 だからといって私のスペックは基本的には高校二年生。

 宙に浮いたは良いが細かい制御ができるわけでもなかった。


 右に左に上に下に、自分がスカートなのも忘れて大きく回転する。

 トラックの脅威は退けたが、次の問題は着地だ。


 どう受け身をとっても無傷では済まないだろうなとは確信していた。傷の程度は運頼み。もう受け身をとるのも忘れて、あとは痛みを我慢するために目をぎゅっとつむる。


 だから。

 その感触はあまりにも予想外だった。


 ふわり、と。

 頬の辺りが柔らかい何かに包み込まれる。

 体全体がほのかな温かさと日焼け止めの匂いに包まれ、意識が溶けそうになる。


「一体何があったのか知らないけど、危ないわよ」


 ガバリと顔を上げる。

 至近だった。鼻先が当たりそうなどほど間近で、星空のように奇麗な瞳の持ち主がこちらを見つめていた。


 受け止められた、のだろうか。

 ゆっくりと足が地面につく。

 時間の流れが妙にゆるやかに感じられた。いいや、心臓の鼓動を考えれば、むしろ時間はいつもより早かったのかもしれない。


「あの、えと、ありがとう」

「どういたしまして。そして久しぶりね不良さん」


 黒髪にポニーテールの同級生がいた。


 タイミングが良いのか悪いのか。

 彼女と会うときはいつも私から勤勉のレッテルは剥がれている。


「いや諸事情があるだけで決して私は不良というわけでは」

「あら。ならあそこから迫る先生は誰を追っているのかしら?」

「うえ!?」


 ドタドタドタ!! と。

 遠くの方から十字路へと差し掛かるジャージを着込んだ影が一つ。


「先生もう来ちゃった!?」

「どうするの?」

「そりゃもちろん逃げるよ!」


 先生は律儀に十字路へ差し掛かる前に左右の安全確認をしていた。チャンスは今しかない。そう思い駆け出そうとする私の腕を目の前のポニーテール女子が摑んだ。


 思考に空白が生まれる。

 対して、相手はすこぶる楽しそうであった。


「こっち!」


 引っ張られ、釣られて走る。

 目の前で揺れる彼女の髪を眺めながら、ようやく心が追い着いていく。つまりは一緒に逃げ出したわけだ。それはそうだろう。だって彼女も学校をサボってここにいるのだから先生には見つかりたくないはずだ。


 景色が背後へと吸い込まれていく。

 彼女の手から伝わる熱に意識が集まる。


「アナタ、名前は?」


 尋ねられて、そういえばまだ自己紹介すらしていない関係だったことを思い出す。

 だから私はありったけの全てをぶちまけた。


「広沢! 2組で写真部に所属してる! 趣味はサイクリングで好きな食べ物は苺大福!」

「そう。私は相花あいはな。4組で陸上部に所属してるわ」


 駆け足で終わった自己紹介。

 だけれど不思議な充足感が心を満たしていた。


 状況は何も好転していない。

 怒られることは確定。疲労は限界。未来は不安だらけ。


 けど、相花さんの手から伝わる熱が全てを麻痺させる。

 きっとアドレナリンとか、そういうものの類だろう。

 たぶんそうだ。きっとそうだ。


 だから、今は何も考えずに足を動かしていよう。

 もう少しだけこの心地良い脳内麻酔に浸っていたい。


 1人で逃げるという選択肢もあったはずだ。

 なのに私と一緒に逃げる選択をしてくれたことが、どうしようもなく嬉しかった。なぜこんなにも嬉しいのかは分からない。思えば、相花さんと居ると常に自分の感情が制御できなくなっているような気がする。


「……」


 瞬間、頭の中の歯車がオートメーションで回り始めた。

 ガチャンガチャンと思考が勝手に連結していく。

 

 そうして頭に浮かんだ可能性を、私はとっさに否定した。

 違う違う。それはない。だって、それだとおかしい。


 彼女を一目見るだけで吸い込まれ、熱が浮かび、心は高揚する。

 理屈も秩序もはね除けて、彼女の存在だけが心の中で膨れあがっていく。


 そんな状態を表す言葉を、私は知っている。

 けれどそんなのは間違っている。理に適わない。変だ。


 だって、それはまるで。


 まるで、一目惚れみたいではないか。


「これからよろしくね、広沢さん」


 喉が渇いて、上手く返事はできなかった。


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