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未来人と異世界人は出会った  作者: タイタン
青い夏休み編
11/25

追憶と明後日の約束

★★★


 夢を見る度に、私の脳がいかに浅はかであるかを思い知らされる。

 どうしてあれだけ突拍子もない出来事を『夢』と気づけずに信じ込んでしまうのだろう。


 夢の中の私は、いつだって無邪気だ。

 ありのままの世界を受け入れている。そこに疑問を抱かない。


 だから私は。

 最初、これが現実か夢なのかよく分からなかったのだ。


「……あれ」


 自分の熱がほのかに残ったベットから上半身を起こす。

 カーテン越しに差し込む光が、部屋の中を淡く照らしていた。

 冬の空気が窓越しに伝わって思わず身震いをするが、今はそんなことに脳のリソースを割いていられる余裕はない。


 それは、いくつかの違和感であった。

 机の上にあった教科書の冊数が減っている。

 棚に収められていた漫画のジャンルが微妙に変わっている。


 寝ぼけたうちに模様替えでもしたのかと思ったが、そこまで大胆な変化ではない。

 改めて立ち上がり、丁寧に物色していく内に一つの共通項に気がついた。


「魔法に関する教科書が、ない……?」


 魔法基礎。魔法応用。魔道文学A。

 どれも小学生から習い始める義務教育の一つ。

 しかしこの部屋から、その全てが痕跡も残さず消えていた。


 漫画だってそうだ。

 魔法使いに関する歴史漫画がゴッソリと消え、代わりに何だかよく分からないファンタジー漫画が増えている。パラパラとページをめくるが、やはり身に覚えはない。


「織田信長が魔法使わないとか、穿った設定だなー」


 ともかく誰かが私の部屋を勝手に改造したのであれば、犯人にはお縄についてもらう必要がある。

 ドッキリだか何だか知らないけど、乙女のプライバシーは人権よりも重いのだ。


 小さく白い息を吐きつつ、カーテンを開ける。

 一瞬にして白い光が目に飛び込んで眩暈を起こしそうになったが、思わず目を閉じることを躊躇った。


「……おかしいな。いつもなら飛行しながら通学してる人が居る時間帯なんだけど」


 薄く灰色がかった空は静寂に包まれていた。

 一羽の小さなカラスが横切るが、それだけ。空に賑わいはない。誰も来なくなった遊園地のように、独特な寂しさが寒空を覆っている。


 部屋を出てリビングに向かうも、違和感は増すばかり。


「あれ、お母さん今日の朝ご飯は?」

「ああ、ちょっと早く作り過ぎちゃって。今温め直してるから待ってね」

「それは良いけど……何してるの? それ」

「何って、電子レンジに冷めた料理入れてるだけよ? もしかして電子レンジ忘れちゃった?」

「いやそれくらいは知ってるよ!」


 お母さんはクスクスと面白そうに笑う。

 電子レンジくらいは知っている。自分の体力を消費して魔法を使わなくても物質を温められる優れものだ。

 だけど、作った料理を温めるくらいならそんな物に頼る必要はないはず。


「いつもは魔法で温めてるのに、調子悪いの?」

「はぁ? 魔法? アンタまだ寝ぼけてるんじゃない?」


 一瞬、心の中が空白に染まる。

 冗談を言っているような雰囲気ではなかった。お母さんはすぐに電子レンジに向き直り、温める時間をセットする。否定の言葉とかは、特にない。


 いやいや。ちょっと待って欲しい。

 もしドッキリならネタばらしのタイミングが下手すぎる。

 確認するように、恐る恐るもう一度だけ聞き返した。


「魔法で温めたら、もうちょっと早く終わると思うけど……」

「そうね。もし魔法があればどれだけ便利なことか」

「便利なら使えば良いのに」

「生憎と私は魔法少女には選ばれなかったのよねー。残念」


 またしても、朝の何気ない雑談として終わってしまった。

 本当に心の底から魔法など知らないといった口振り。


「……」


 世界そのものに取り残されたような不思議な感覚が私を襲う。

 これは夢なのだろうか。いいや、世界に疑問を抱けているからやはり現実か。

 段々と、何が正しくて誰が間違っているのか分からなくなってきた。


 いいや。

 たぶん、おかしいのは私なのだろう。

 奇妙なことに、直感でそう確信した。


「お母さん、私の部屋に勝手に入ったりした?」

「どうして?」

「……何となく。ちょっと教科書とかの配置が変わってる気がして」

「それこそ寝ぼけている間に自分で片付けたりとかしたんじゃないの?」


 そうだね、という返事だけして食卓につく。

 出てきたのは焦げのついた食パン。あとはサラダと目玉焼き。


 いつも通りの食卓なのに、いつものようには喜べなかった。

 ガリッ、と音を立てて黒くなった食パンを囓る。


 やんわりと苦い味が口の中を満たした。

 喉に通すには、まだ時間がかかりそうだ。


★★★


 家を出る。

 表札には『広沢』と大きな文字で刻まれてあった。

 どうやら名前まで変わってしまうというトンデモ事態は避けられたらしい。


 試しに手を頭上に掲げて力を込める。

 ヒュン、という空気を引き裂く音と共に、ささやかな風が生まれた。


「何だ、魔法出せるじゃん」


 掲げた手の上に広がる空を眺める。

 やっぱり、飛んでいるのはカラスだけ。黒い鳥が人を寄せ付けないように地上を睨む。


 今日の授業は数学と国語と体育と、あとは何だっけ。

 やっぱり魔法に関する授業は消えていた。


 もしかしたら、私は違う世界に迷い込んでしまったのかもしれない。

 ようやくその実感が湧いてくる。元居た『魔法のある世界』とは違う、よく似た異世界。あるいは並行世界。いつかは行ってみたいと夢見たことはあったけれど、実際に体験してみるとウンザリといった感情の方が勝つらしい。


 どうでも良いけど、ここまで似た世界だと悲壮感とかはあまり湧かないのは意外なことだった。まあ、まだ事態に心が追い着いていないだけなのかもしれないけど。


 何はともあれ、学生ならば学校に行こう。

 どんな世界だろうと女子高生の期間は短い。


 でもしかし、とりあえず。

 今まで魔法について勉強をしていた時間を返して欲しいとは、少しだけ思った。


★★★


 それから、もう二年半が経つ。

 一向に元の世界に帰れる兆しは見えないし、帰りたいという意思もいつからか薄弱になった。


 学校から科目が一つ消えただけだ。

 そもそも魔法の成績が特別に良かったわけではないし、魔法を必要とする職業に就きたかったわけでもない。今の生活にだってすぐに慣れた。


 それに、こちらの世界で出来た友人だって居る。


「よぉ広沢―。コンビニで飲み物買ってきたぞ-」


 いつもの待ち合わせ場所。駅前広場。

 陽炎の向こうから髪の先端を鳥の尾のように縛った少女が近づいてきた。

 

「遅いよ内美。待ち合わせ時間になっても来ないと思えば寄り道してたの?」

「だって暑いし! 広沢こそよく炎天下の中待ち続けていられるよなー。尋常じゃないぜ」

「待たせた本人が言うのか」

「だからお詫びを買って来ただろうが。ほらよっ」


 ぽんっ、と投げ出されたのはペットボトルに入った麦茶だった。

 たぶん飲み物コーナーの中でも一番安い。お詫びとしては微妙なラインだし、加えて内美の体温で少しぬるくなっているので判定としてはギルティーだ。


「えいやっ」

「ぐあっ!?」


 ペットボトルを大きく横に振り、内美の尻を叩く。

 思ったより良い音が鳴ったのでこれからのマイブームになるかもしれない。


「ひ、広沢……。公衆の面前で何をしてらっしゃるんだよ」

「勧善懲悪」


 ともかく、灼けたコンクリートの上に居たままではジリ貧だ。フライパンの上で水を浴びたところで気休めにもならないのだから。


「ほら内美、早く駅構内に入ろうよ」


 言って、それがおかしな言葉だと自分で気づく。

 それならば普通に駅の改札前とかを待ち合わせにすれば良かったではないか。いつの間にか待ち合わせ場所といったら『ここ』と決まっていた。それを疑うこともせず、気づけば事前に打ち合わせをすることもなくなって、私たちは何の取り決めもなく『ここ』に集まる。


 それくらいには、もうこちらの生活に染まりきってしまっていた。


「あいよー、今日は映画だったよな。ったく、隣町まで行かないと映画館が無いとかチンケな街だ」

「悪態をついてないで足を動かそう」

「何か今日冷たくね? あれか。相花が居ないからか」

「あ、相花さんは別に関係ないでしょ!」


 思わず無駄に体の熱量を上げてしまう。

 そりゃあ確かに、夏休みに入って会う頻度も増えて、ちょっとずつ仲良くなれて嬉しいとか思ったり思わなかったりはしてたりしなかったり──。


 けど、どう考えても今それは関係ない。


「なんで今日は呼ばなかったんだ?」

「……ちょっと前に虫取りに付き合って貰ったばかりだし、さすがに迷惑かなぁと」

「ふぅーん、まあ良いけど。そんな調子だとすぐ飽きられちゃうぜ?」


 それだけ言うと、内美はさっさと先に歩いて行ってしまった。

 取り残された私は一人、陽炎に揺れるその背中を見つめる。


「……飽きられる、かぁ」


 心の隅に、その言葉がこびり付くのを感じた。

 懸命に目を逸らそうとしていた虫歯にアルミホイルを被せられた気分だ。


 確かに、私と相花さんにはまだ強い繋がりといったものはない。

 一度顔を背ければ二度と話すこともないような、一夏の出会い。


 人間関係にも運用制度があるのだとすれば、今はまだお試し期間なのだろう。もっとも、あと何時間一緒の時間を過ごせば彼女と本物の絆を育めるのかは、まだ未知数だけれど。


 しかし前に進む方法だけは明白だ。

 答えはスマホに入っているSNSの中にある。


「……でも、口実がなぁ」


 私がここで一歩踏み出せる人間であれば、もう三十歩くらいは先に行っているだろう。

 自己嫌悪の混じった息を吐き、重い足取りで内美の後を追った。


「ふぇー、やっぱり冷たい空気の方が息しやすいよなぁ。不快な上に日焼けは痛むし、そのくせ呼吸も苦しくなるとか、夏ってばマジで人類を殺すために開発された兵器なんじゃねぇの? 汗フェチくらいにしか恩恵ねぇだろー」


 駅構内に入ると、全身をヒンヤリとした空気が包み込む。

 温度としては冬と比べると断然に温かいはずなのに、今この時だけは南極に匹敵するくらいの寒さに感じられるから不思議だ。いや特に南極の気温に詳しいわけではないけれど。


「……これって」


 ふと、目の端にカラフルで大きな紙が映った。

 観光案内所の窓ガラスに貼ってあるらしいそれは、どうやらこの街で行われるイベントを宣伝するポスターのようだった。


 真夏の夜空に、大きな花火が一輪咲いている。


「あー、明後日にある花火大会の宣伝だなー。この街唯一の人の呼べる行事だから力入れてるんだろうぜー」

「確か、屋台とかも結構出るよね」

「河川敷にズラリとな。まあ、暇なら一緒に行ってみるか?」

「……」


 元居た世界にも、花火はあった。

 魔法の演出で少しばかり豪華絢爛ではあったけれど、こちらの世界の花火と比べて大差はない。大きな音と火薬の匂いは、それだけで子供心を躍らせたのを覚えている。


 だけれど、いつからか花火大会に足を運ぶことはなくなった。

 毎年のように見ているとさすがに見慣れてくるし、人混みをかき分けて行くまでの価値を感じられなくなっていたのだ。


 そんな自分に満足をしていたかと問われれば、素直に頷くことは出来ない。子供の頃に好きだったものに心が動かなくなるのは、意味もなく寂しい気持ちにさせられる。


 ならば、と。

 私は内美の提案に一縷の望みをかけてみた。


「良いよ。行こうか」


 例え見慣れた花火でも、友達と一緒ということであれば、また違った新鮮な気持ちで観ることが出来るかもしれない。そうすれば子供の頃のように上手くはしゃぐことも出来るだろうか。


 どのみち夏休みだ。

 これくらいの思い出は作っておいて損はない。


「じゃあ、今度こそ相花も誘ってみるか」


 ズトン、と。

 思わぬ方角からの致命傷。

 そりゃあ都合の良い口実ではあるけれど、心の準備など何も出来ていないぞ。


「何だよ、急に険しい表情になって」

「い、いやぁ別に……」

「なら早く予定空いているか聞いてみろよ」

「う、あぁ~……。たまには内美から聞いてみてよ」

「なに言ってんだヘタレ。あたしはアイツの連絡先持ってねぇよ」

「まじかー」


 あのフレンドリーを煮詰めたような存在の内美が数回出会った人物と連絡先を交換していないとは珍しい。私が相花さんの連絡先を内美に教えるという手段もあるのだが、それはプライバシー的に白か黒か。


 なにより。

 それはちょっと、勿体ない気がした。


「し、仕方ないなー」

「何度も通った道だろうが。何でそんな手が震えてるんだよ」

「いつも内心はこんな感じで誘ってるんだよ! 悪いか!」

「同性の友達を誘うのに一世一代すぎるだろ……」


 そう。そうだ。

 相花さんは普通の友達。私と彼女は対等の関係。

 であれば何を臆することがある。こんなものはコミュニケーションにおいて初歩の初歩。散歩しているお婆さんに挨拶を交わす方がまだ緊張するというもの! さあ今こそ気軽に誘って気軽に交流して気軽に親睦を深めてみせろ、私!!


「あ、あうぅ」

「我が友ながら情けなさ過ぎるぜ。はぁ、仕方ない。なら発破をかけてやろう。浴衣姿の相花とか見たくないか?」

「…………」


 夏の夜。星と月と花火の下。

 浴衣姿の相花さん。


 その姿を絵にすれば、たぶん将来的には国宝になる。

 それは確かに、見なければ損かもしれない。


「……分かったよ」


 スマホを取り出し、もう勢いのまま相花さんへとメッセージを送る。

 送信ボタンを押す直前に止まりそうになる指を意志の力で動かした。


 ピコン、と。

 画面の右側に私から送ったメッセージが表示される。


『明後日の花見大会、いっしょにイかないる』


「誤字が酷すぎるだろうが!」

「だ、だって内美が急かすからー!」


 そんなことをしている間にも既読がついてしまった。

 泣いても叫んでも、もう後戻りは出来ない。


 固唾を飲み込み、画面を見ていた時間は何秒だろう。

 一秒とは、こんなにも長いものだったか。


「へ、返信来ないけど、まさか嫌われた……?」

「いや普通に解読に時間かかってるだけじゃないか?」


 それなら改めて訂正文を送った方が早いか。

 汗ばんだ手でスマホを強く握り直し、もう片方の手で小さな文字を打っていく。


 その最中。

 ピコン、という簡素な電子音が一つ。


『OK』


 たった二文字の返答文。

 その二文字で、世界の明度が跳ね上がる。


「お、良かったな。まあ、あいつが何大会に来る気なのかは後で確認しておく必要があるだろうけど……」

「うん!」

「……本当に面倒くさい性格してるな、お前」


 さっきとは違った種類の身震いが私を襲う。

 こんなことなら、もっと早くにメッセージを送っておけば良かった。

 なんて。数分前の自分に言っていたら殴られていただろうけど。


 こんな感動は一体いつまで得られるものなのか。相花さんと今以上に親密になれば、もう味わうことは出来くなるのだろうか。それなら、このお試し期間も、もう少しだけ延長してみるのも悪くはないのかもしれない


 正解なんて、たぶん未来の私にも分からない。

 ただ。


「おわっ、もう電車来るぞ! 急げ広沢!」

「あっ、ちょっと待ってよ」


 長く文章を推敲するだけの時間はないので、メッセージ画面に適当なスタンプを貼ってスマホをポケットに片付ける。


 直後、すぐにブーブーとスマホが揺れた。

 たぶん相花さんが返信をしてきたのだろう。


 他愛もない簡素な文章か、あるいは同じようなスタンプか。

 見ていなくても、それくらいのことは予測できた。だって、私と相花さんはまだ冗談を言い合えるほどに親密ではなく、だからといって無視をするほど疎遠でもないのだから。


 今の関係だからこそ、通じ合えることもある。


 だから。

 今しかないこの関係を、今だけは大切にしていこうと、そう思った。


長らく更新していなくてすみませんでした!

本日より続きを投稿していこうと思いますので、どうか完結までよろしくお願いします

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