ショート・サマー
★★★
夏休みの代表格と言えば何を思い浮かべるだろう。
海? バーベキュー? それとも花火?
いずれにせよ大切な思い出になることは間違いない。夏休みの定石さえなぞっていれば青春に色が付くことは約束されている。だからこそ人は夏休みに憧れ、そして惹かれるのだから。
それを言えば、これも定石の一つではあったのだろう。
「そっちにカブトムシ行ったぞ広沢!」
「うわわ、こんな長くて本格的な網なんて使ったことないよ! 相花さん任せた!」
「まったく、仕方ないわね」
ポスッ、と勢い良く虫取り網が振られ、そして見当外れな軌道をなぞった。悠々と飛び去る黒光り野郎はどこかの木々へと消えて行く。
「チィ逃がしたか!」
「内美、あんなの捕獲しても何の得もないよ」
「馬鹿野郎、虫獲って戦わせてこその夏休みだろ!」
「もーやだよ、内美の夏休みの感覚おかしいよー」
そう。これが私達の夏休み。
ただし、かなり小学生のガキ大将的な価値観に偏っているような気もするが。突然招集された相花さんは文句の一つも言わず付き合ってくれているが、たぶんあれはもう色々と諦めている。雲の数とか数えるお婆ちゃん並みに心の機微が消えている。
真夏の昼。
住宅街から少し離れた山の中。
女子高校生が三人も集まってやることでは絶対にない。
こんなもので色づく青春はなんか嫌だ。
「相花さんも文句とか言っても良いんだよ?」
「……別に不満はないわ。ただこの暑い中あそこまで元気にはしゃげる体力が信じられないだけで」
「まぁ内美は小学生みたいなもんだから。あれくらいの年頃は無限に体力あるからね」
「あぁん? 今何て言ったコラ!」
「内美は若く見えて羨ましいなーって」
「言い方変えたら許されるとでも思ってんのか」
内美は苛ついた様子で近くに屹立した広葉樹を蹴り飛ばす。
その足が纏っているのがいかにもSサイズの短パンなところが小学生たる所以なのだが、そんなツッコミをしている暇はなかった。
可愛らしい声が唐突に。
「ひうっ!?」
咄嗟に振り向いてみれば、なにやら相花さんが自分の背中の辺りに両手を伸ばして身悶えさせている。
「どしたの相花?」
「……あなたが蹴飛ばした木から何か虫みたいなのが落ちて来た、うっ、服の中で、うわっ!? これめちゃくちゃ動いて気持ち悪いわ広沢さん取ってくれないかしら!?」
「え?」
何だか柔らかい感触が腕に纏わり付いてきた。
現実への認識が遅れる。だって、え?
これ、まさか抱き着かれてます? あの相花さんが目元に涙を浮かべて私を頼るような目で私を見上げながら私の腕に抱き着いてます!?
「あ、あああああ相花さん!?」
「お願い、この虫ずっと服の中をひっ」
虫が苦手なようには見えなかったが、触られるのは駄目だったのか。
相花さんがこんな弱みを見せてくるなんて今までなかったことだ。
ふと悪い考えが頭を過ぎる。
このままもう少し放っておいてもイインジャナイカ?
「あっ、」
今も甘い吐息を漏らす相花さんに、こっちは既に心拍数が許容量を超えていた。腕を通して彼女の温もりや柔らかさが直に伝わり、思考が無理矢理にかき乱される。
いやいやいやいやいやいや。
さすがにこれ以上は相花さんに悪いから、早い内に何とかしなければ。
まずは手を後ろに回して服の裾を摑んで、中に入った虫が出ていくように揺さぶってみよう。
うん。よし。ええと?
っていうかこれ、第一段階で私が相花さんと抱き合う形にならないか?
「……」
「……はっ、ん」
「いやムリムリムリムリ!!」
「なにが無理なんだ、早くしやがれ」
いつの間にか背後に回った内美が相花さんの服の裾を摘まみ上げ、中に入った虫を手で掴み取った。
「ただのセミじゃねーか」
「……どうもありがとう」
さすが小学生のガキ大将だ。
恐れることなくセミを天高くに放り投げてしまった。
「今失礼なこと考えたろ?」
「いやいや、内美が居てくれて助かったとちゃんと感謝してるよ」
もっとも、内美が居なければこんな場所に虫取りには来なかったのだが。
「っていうか、お前いつまで広沢に抱き着いてるんだよ?」
「ああ、そういえばそうね。ごめんなさい」
「いやいや全然!!」
ゆっくりと相花さんの温もりが腕から離れる。
口惜しさも感じるが心はもう完全に満たされていた。
何と言うか、ごちそうさまでした。
「よし、もう今日は満足したから帰ろうか」
「いや何も達成してないぞ???」




