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未来人と異世界人は出会った  作者: タイタン
プロローグ
1/25

出会い未満の対面

 『知り合う』とは、一体どのタイミングからのことを指すのだろう。


 例えば廊下ですれ違っただけの仲を『知り合い』とはさすがに呼べない。

 なら挨拶をすればどうだ? あるいは体育でペアになれば名乗れるのだろうか。


 いまいちしっくりこない。

 そんな風に考えている内はいつまで経っても無意味なのかもしれない。


 意外と曖昧だ。

 相手のことを『知る』というのは、霧の街を手探りで進むのに似ている。

 どこまで行けば目的地で、どこまで探れば果てがあるのか、壁の感触だけを頼りに進んでいる内は街の全体像なんかきっと永遠に分からない。だから安易に『知り合い』を名乗るのは、どうしようもなく自分が井の中の蛙になったような感覚にさせられる。


 であるならば、あれを知り合ったとは言いたくない。

 『出会い』としても未熟な、フライング気味の対面。


 そう、やはり過不足なく思い出すならここからがベストだろう。


 まだお互いの名前すら知らなかった初対面のあの頃。

 なにか条件が一つでも違えば、すれ違ったままだったかもしれない彼女とのファーストコンタクト。


 勉強での暗記は苦手だけど、これに限っては単語帳の出番はないはずだ。

 青空に照らされた彼女の笑顔は今でも焼き付いている。


★★★


 7月7日


 体内の半分以上は水分でできているのを実感させられる暑さだった。

 汗ばんだ腕を前後に振り、焼けたアスファルトの上をひたすらに走る。


「やばい絶対に遅刻だよこれー」


 高校生の朝は早い。

 しかしそれは別に日本中の高校生が健全な生活を心がけている清い心の持ち主とかいうわけではなく、単純に始業のチャイムが鳴るまでに学校に到着していなければ怒られるからだ。


 だから、まあ夜遅くまで動画サイトを漁っていればこの通り。

 目覚ましの力など二度寝の誘惑に勝てる道理もなし、スヌーズ機能など一笑に付してしまう。

 

 走れば走るほど、ワイシャツもスカートも汗ばんで重くなる。

 まるでもう諦めろと語りかけてきているようだった。

 

 それでも走る足を止められなかったのは、きっと私が真面目な性格をしていたからだろう。荷物の準備は前日に済まし、宿題は毎日こなし、夜食などは口にしないことを決めていたこの私が、夜更かしごときで無断遅刻などしていいはずがないのだ。


 しかし、心の叫び一つで待ってくれるほど校則は甘くない。

 校門を潜る辺りで、ついに始業のベルが鳴り響いてしまった。


「はぁ、はぁ、やってくれたな、昨日の動画め」


 やけくそ気味に罪をなすりつける。

 ちなみに見ていたのは、コーヒーの淹れ方をプロの人が実践しながら解説してくれるという少しオシャレな毎日をこなしたい人向けの動画だ。


 かくいう私も飲めないくせについつい食指を動かしてしまった。

 上手い人が淹れるとブラックでも美味しそうに見えるから不思議だ。

 魔法でも使っているのだろうか。


「さて、どうするかなあ」


 勿論、このまま教室に向かうのが正解なのだろう。

 しかし私の足は自然と校舎からは離れた方へと向かっていた。

 風に誘われるままに、と詩的な表現をしてしまいたいが、実際は授業中の教室に乱入して注目を集めたくないだけだ。タイミングとしては休憩中がマスト。遅刻するにしてもTPOというものはある。


 ……ただ逃げて罪を大きくしているだけの気もするが、たまにはこういう背徳感も悪くない。なんとなく気分が高揚しているような気さえする。


 自然と辿り着いたのは部室棟の裏。

 大きく切り立った木の下にあるベンチ。


 その立地の関係性か基本はいつも運動部に占拠されている一種の人気スポット。

 だけど今に限ってはその法則も通じない。

 校則という名のルールから抜け出した私の中を奇妙な万能感が支配していく。

 鏡を見れば笑みさえ浮かんでいたかもしれない。

 

 だから。

 部室棟の角を曲がり、きっと多くの青春を見守ってきたのであろうそのベンチに視線を投げた時、私は一瞬だけ息を止めた。


「……あら、アナタもサボり?」


 ならず者が、もう一人。

 黒く長い髪を後ろで結び、ポニーテールにした先客がベンチに座っている。


 先ほどまでの高揚感さえ忘れて、つい目を見開いてしまった。


「どうしたの? そんなにポカンと口を開けて」

「え、いや、まさかこんな時間に人がいるとは思わなくて」

「そうね、まさか授業を抜け出す不良が私以外にもいるなんてね」

「うっ」


 不良、というワードがズシリと重くのし掛かる。

 私の中の真面目ちゃんが我を取り戻そうとしているようだった。


「座らないの?」


 澄んだ声が耳朶に響く。

 反射的に前に一歩出てしまった足はもう引き戻せない。

 ここで踵を返すのはさすがに不自然すぎるだろう。


「お言葉に甘えて」


 腰を掛ける直前、自分が汗だくだったことを思い出す。

 思わず一人分空けて座ってしまったのは、果たして正解だったのか。


 黒髪ポニーテールの女性は何も言わずに距離を詰めてきた。

 肩と肩が触れ合いそうな距離で、ほのかに日焼け止めの匂いが鼻を刺激する。


 体温さえ伝わる近接戦。先制を仕掛けてきたのはやはり向こうだった。


「アナタ、何年生?」

「えーと、2年。もしかして先輩でしたか?」

「ううん、私も2年。同じ不良同士、あんまり肩肘張らずに話しましょ」


 こんな暑い夏の中でも、目の前の女性の声はどこか涼やかだ。

 セミの鳴き声も気づけば消えている。まるで全ての生命が彼女のいる世界を静謐に演出しているかのようだった。


 彼女は笑っていた。

 敵意のない笑顔で私を見ている。

 対して私はどうだろう。正直、上手く笑えている自信はない。


「暑いわねえ」

「そうだね」


 導入はそんな感じだったはずだ。

 だが、この先のことは正直あまり覚えていない。

 色々なことを話した気もするし、案外大して会話にレパートリーはなかったのかもしれない。内容はあったのか、他愛もない雑談だったのか。


 ただ、ポツリポツリと言葉を紡ぐ。

 プールの授業の話、近所のお祭りの話、夏休みの話。

 全てが一連の雑談だったようにも思える。


 まあ相応にして会話というのはそんなものなのかもしれない。

 友達との会話に特別な意味を求める者も少ないだろう。

 それと同じだ。手探りはするが、深掘りはしない。

 無難で安全で上辺だけの言葉は少しだけ心地が良い。


 やがて。

 一時間目の終了の時刻が近づいたのを確認して会話を切り上げる。


「あら、もう行くの?」

「さすがに2時間も連続でサボるのは気が引けるからね」


 力ない笑みを浮かべて立ち上がる私の背後から、最後の言葉が投げかけられた。


「少しだけ無粋な質問をしても良いかしら?」

「はぁ、別に構わないけど」


「アナタは、どうしてここに来たの?」

「うーん、大した理由はないけど、今なら座れるかなーと思って」

「そう。確かに人気なスポットだものね、ここ」


 口元を綻ばせて笑う彼女の顔を見て、私の胸がわずかに軋む。

 短時間の関係でも名残惜しさが生まれたのか、気づけば言葉が口から洩れていた。


「そっちは、どうしてここに?」


 単純な疑問でもあった。

 外見で人を決めるのは良くないと思いつつも、彼女のような女性は授業をサボるとかそんな状況とは無縁な気がしてならなかったのだ。


「……そうね」


 彼女は少しだけ悩んだようだったが、結論はすぐに出たらしい。

 青空に照らされたその表情は、きっといつまでも忘れない気がした。



「たぶん、誰にも見つからないと思っていたからね」



 回答を聞き届け、手を振ってその場を離れる。

 いっそ寂しささえ覚えるくらいに呆気のない、私の不良人生の終わりだった。

 

 焼けた空気の暑さが蘇る。

 世界が呼吸を思い出したかのように、セミの鳴き声が溢れかえった。


★★★


 教室に戻る道すがら、少しだけ胸の熱さを覚える。

 授業をサボったあの瞬間とは、どこか違う高揚感だ。


 名前すら聞かなかった同級生の女性。

 どうしてか、その存在が心の中で引っかかり続けていた。


「ああもう!」


 パシンと自分の頬を叩く。

 きっと暑さと疲れで脳がバグってしまったのだ。


 お手洗いで自分の表情が不自然でないのを確認してから教室に向かう。

 途中、窓の外に映る部室棟を眺めるが、さすがにここからベンチは見えない。


 今も彼女はいるのか、もしくは授業へ向かったのか。

 深く息を吐き、気持ちを切り替える。


 なんにしても、もう話す可能性は低いだろう。

 真面目な性格をしている私が、あの清い不良と道が交わることはそうそうないはずだ。


 そこまで考え、少しだけ残念に思っている自分に、私はまだ気づけていない。


 ブラックコーヒーと同じだ。

 未熟な私には、この感情の呑み込み方が分からなかった。

 その味と向き合うには、たぶん早すぎた。


 だからこそ、これはフライングの対面。

 本当の意味で彼女と出会えたのは、もう少し先の話。


需要は少ないかもしれませんが頑張ります!

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