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楓と葉霧のあやかし事件帖〜そろそろ冥府へ逝ったらどうだ?〜  作者: 高見 燈
第二章  妖〜あやかし〜
7/31

第七夜  葉霧の眼と同調

 ーーその異変は……直ぐに起きた。


 楓が彷徨いていた日の夕方だ。

 葉霧は商店街にいた。


 夕飯の買い物を優梨に頼まれて学校の帰り道に立ち寄ったのだ。


 螢火商店街は今日も賑やかだった。

 八百屋の【八百政】を出た時だ。


 葉霧にはその姿が、はっきりと“視えた”。


「は??」


 立ち止まったのと声を出したのは同時だった。


 ランタンを手にした男だった。

 右手にランタン。

 左手には首。

 それも口から血を流した蒼白い顔をした首だ。



 ぼんやりとしたランタンのオレンジの光。

 切れた首元には蝶ネクタイ。

 タキシード姿の小太りの男性の姿だ。


 口髭生やした首の口が動く。

 ぱくぱくと。


「お主……“視える”のか?」


 白髪の男性の首はそう語りかけたのだ。


「視える……?」


 葉霧は目をばちばちと瞬きさせた。


 はっきりと見えた。



「ついて来なされ。」


 そう語ると踵を返した。

 革靴を履いたその首無しの男性は歩き出したのだ。


(やれやれ……)


 動じない。のは、家には鬼が棲んでいる。

 この前は、狐の化け物に遭遇した。


 少し前になるが数年前に、大きな達磨にも遭遇した。


 葉霧は奇っ怪な事に余り動じない。


 幼い頃から鎮音には退魔師の話を聞かされてきたからだ。


 実際にその様な事にはならなかったが……

 元々……【些細な事には動じない】性質の持ち主でもある。



 悪く言えば無関心。

 良く言えば適応力が高い。


 商店街から出て通り沿いを歩くタキシード姿の男性。


 歩道にはたくさんの人が歩いている。


(他の人には視えてないのか。俺もそこまで強く視える方ではなかったと思うんだが……)



 何度も言うが遭遇したのはほんの数回だ。


 男性は通行人とぶつかっても素通りだった。

 すり抜けてしまう。


(実体が無いのか? ん? 幽霊か?)



 葉霧はその様子を見ながらも付いていく。


 たーん。


 楓である。


 電柱から電柱に飛びながら歩道の通行人を見下ろす。


(あ! なんであんなとこに!)


 葉霧の姿を見つけると直様。

 歩道に降りる。


 ぎょっ。としたのは周りの通行人だ。


 楓が現れた事に驚いた様な顔をしていた。


 だが、当の本人は素知らぬ顔で通行人の間を縫い葉霧めがけて駆け出していた。


「葉霧!」


 楓がそう呼ぶと葉霧は振り向いた。と、同時に少し前を歩くタキシードの男性も振り返った。


「んあ? なんだ? 葉霧。知り合いか?」


 立ち止まった事で、男性も立ち止まったのだ。

 楓は男性をじっ。と、見据えていた。


「楓。どうしてここに?」


 葉霧は楓を見るとそう聴いた。


「優梨さんに頼まれたんだ。ハンバーグの挽き肉が足んねぇんだと。だから買って来い。って。ついでに、葉霧を迎えに行け。って。」

「忠犬か?」



 葉霧は呆れた様にそう言った。


 ホッホッホッ・・・


 男性は笑う。

 左手の首だ。正確には。


「アイツ。なんだ? あやかしか?」

「さぁ? 他の人には視えてないみたいだが。」


 楓は男性を見据えていた。


「ああ。あやかしは人間に()()()様にする事が出来る奴と、出来ねぇ奴がいるんだ。逆に言えば神出鬼没で姿を出したり隠したりする事も出来るんだ。オレみたいに隠せねぇのもいるけどな。」


「そうなのか?」


 葉霧がキョトンとすると楓は少し目を丸くした。



「葉霧……なんだ?()()()。」

「え?」


 楓は葉霧の眼を見て驚いたのだ。


 葉霧の眼は()()に煌めいていた。まるで翡翠の宝玉の様に。


 普段の葉霧の眼は、白目だ。

 瞳は、明るめの茶。

 だが、今は違う。


 がしっ。


 楓は葉霧の頭を掴むと自分の顔に近づけた。


「楓??」


 急に接近させられた事に葉霧は驚いた。


「オレの眼を見ろ。葉霧。」


 楓はそう言ったのだ。

 葉霧は楓の眼を見つめた。


 反射的に自分の眼も楓の眼に映り込む。


「碧……か?」


 葉霧には見えたのだ。


「ああ。葉霧の眼は今……碧だ。」



 その瞳は、茶系を薄っすらと残してはいるが、白目の部分が、碧色に煌めいているのだ。


 まるで発光している様に煌めいていた。


 楓は葉霧から手を離すとキョロキョロと辺りを見回した。


 歩道の真ん中で立ち止まっている楓と葉霧を

 少し訝しげに見る通行人はいる。


 避けて通る為に二人を見る通行人も。


(この碧の眼は他の人間には視えねぇのか。特殊なモンなのか?)


 忙しなく歩く人達は二人の周りを通り過ぎてゆく。


「どうかしたのか? 楓。」


 葉霧は辺りを見回す楓に怪訝そうな顔をした。



「いや。それよりアイツだな。」



 タキシードの男性はずっとこちらを見ている。それもまるで待っているかの様に。


「楓。どうでもいいが……手ぶらで来たのか?」


 葉霧は楓がロングパーカーとデニム。

 それに黒のシャツにスニーカー。

 頭には、しっかりとフード被っている。


 その姿を見てそう言ったのだ。


 楓はロングパーカーの脇をちらっと捲る。

 葉霧は腰元に見える刀の柄を見ると


「背中に背負ってるのか。」


 そう言った。


「うん。見せるな。ってばーさんが。」


 鎮音から刀の携帯は許されたが見せるな。との命令が下ったのだ。


 ❨この前の妖狐の件で葉霧に危害が及ぶかもしれない。と鎮音は渋々と……承諾したのだ。❩


「なるほど。」


 強く頷く葉霧。


 男性は歩き出した。

 通行人をすり抜けながら。


 楓と葉霧はついて行く。


(あやかしにしては変だ。気配が“おかしい”。)


 楓は男性を見据えた。


 暫く通りを歩くと男性が曲がった。


 裏通りに入ったのだ。

 路地裏の狭い通りに雑居ビルが建ち並ぶ。


 飲食店から立ち込める香りが漂う。



 怪しげなライトが照らす店の看板が並んでいた。ピンク系色や黄色、紫などのダークな雰囲気が漂う。


 まだ陽は落ちてないがライトは点灯していた。


 タキシードの男性はまるで風の様に歩いていた。路地裏の怪しい雰囲気にすら溶け込んでいる。


 雑居ビルの中に男性は入っていく。


 吸い込まれる様に。


 楓と葉霧はそのビルの前で立ち止まる。


 ビルの中から男性はこちらを見ている。

 少し先で待っていた。


(道案内か? それとも……)


 楓は先にビルの中に入った。


(薄気味悪い所だな。湿気が凄い……)


 葉霧はビルの中に入ると辺りを見回した。

 じめっとした空気が襲う。


 男性は通路を曲がりエレベーターの前を通ると階段。地下へ続く階段を降りていく。


 足音すら聞こえないが段差を降りていくその素振りだけはしっかりと見えた。


 楓は横目で葉霧を見ると


「気をつけろよ。暗いから。」


 そう言った。


 階段は照明はあるが薄暗い。

 足元が少し危うい。


「ご心配なく」


 葉霧は八百屋で買った、ビニール袋と鞄を引っ提げている。さっきからかざかさとビニール袋が擦れて音をたてる。



(卵を買わなくて正解だった)


 八百政で一パック100円の安売りをしていた。

 それを買うか買わないかを迷ったのだ。


 男性が連れて来たのは地下のその扉だった。


 木製の扉だ。


 樽に似たその造り。

 引き戸なのか男性は扉を開けた。


(すり抜けないのか? 謎だ……)


 葉霧は目を丸くしていた。


 ピチョン……


 どこならともなく水滴の滴る音。


「うっ……」


 葉霧は腕で鼻と口を塞いだ。


(酷い臭いだ……)


 楓は顔を顰めた。


「血と死肉の臭いだ……」


 そう言ったのは床に散らばる骨と頭。

 それに血の痕だ。薄暗いその部屋の床に拡がるのはその光景だ。


「人骨か?」


 葉霧にもそれは見える。辺りにはまるで食い散らかした様に骨と人の頭がゴロゴロと、転がっていたのだ。


 骸骨になった頭蓋骨まである。血の拡がるどす黒い床の上にその光景はあった。


 グルルル……


 不気味なその唸り声が聞こえた。

 響き渡る様なその唸り声。


 ドス……ドス……


 暗闇から足音がする。


(さっきの奴は……?)


 楓は目を凝らしながら背中から刀を取る。紐を腰に巻きそこに鞘を突っ込み背負って来たのだ。


 鞘ごと引き抜いた。


 ランタンの灯りが目の前で揺れた。タキシード姿の男性がそこには立っていたのだ。


 その隣には鉄の首輪をつけた猛獣。

 大きな身体に大きな頭。

 天井にまで届きそうな体長だ。


 獅子に似た頭は片眼が傷つき開いていない。


「狐の次は獅子か?」


 葉霧である。


「まさかあの化け狐と鴉のペットじゃねぇよな?」


 楓は鞘を抜くと地面に投げ捨てた。

 刀を握り構えた。


(何で背中から鞘も抜いたんだ?)


 葉霧の視線は投げ捨てられた鞘に行く。


 カツン……


 コンクリートの地面に音をたてて転がったのだ。


「メリィちゃんです」


 白髪の首はそう言った。


「メリィちゃんっ!?」

「メリィちゃん……??」



 素っ頓狂な声をあげたのは楓だ。

 葉霧はちょっと驚いた様に声をあげた。


「最近……食欲が旺盛でね。ここらで……有名な退魔師の肉でも与えたら、少しは治まるんじゃないかと思いましてね。」


 男性の首は表情が変わらない。ずっと苦痛を噛み締めているかの様な表情だ。血を流す口だけが動く。


「そりゃこんだけデカけりゃメシも半端ねぇだろーな。」


(太りすぎじゃねーか?)


 楓は獅子のまん丸としたお腹を見つめた。

 コロコロと転がりそうなほど膨れている。



「人の事を言えるか?」

「え? しょーがねぇじゃんっ! オレは元々ヒト喰いなんだ!」



 楓の食欲は凄まじい。

 留まる所を知らない。

 間違いなく三人前は軽く平らげる。


 ホッホッホッ・・


「大食漢なペットを持つと些か苦労しますな。餌を探して与えるのも骨が折れます。わかりますでしょう? 退魔師殿。」


 男性の高らかな笑い声が響く。


「わからないな。楓はペットじゃないんで。」


(こんなペット居たらストレス死する)



 葉霧は男性を睨みつけていた。


(ペットじゃねぇのか。そりゃ良かった)


 ホッと息を吐く楓。


 グルルル・・・


 獅子の唸り声が響いた。


「おやおや。お腹が空いてる様です。少し……お話がすぎましたな。」


 男性が獅子から離れると、頭を低くして長い爪のある前足を引く。


「葉霧。離れてろよ。」


 楓はそう言うと刀を握り一気に踏み込んだ。


 獅子は大口開けると楓の身体めがけ向かってくる。まるでかぶりつくかの様に。


 楓はその口に刀の刃を突き刺し踏みつけると

 飛び上がった。


 刀を抜き払おうとする前足に楓の身体は直撃。吹っ飛ばされた。


 ガンッ!


 音をたてて壁に激突する楓。


「楓!」


 葉霧は前足で壁ごと楓を踏みつけようとする獅子にそう声をあげた。


 楓は咄嗟に壁から離れた。


 獅子の前足は壁に直撃した。


 めり込む程のパンチだ。


 一瞬。建物自体が揺れる。

 天井からコンクリートの破片が落ちてくるほどだ。


「少し加減なさい。壊れてしまう。」


 男性は笑いながらそう言った。


「!」


 キラッ・・


(なんだ? 化け物の腹が光ってる……)


 葉霧には横腹が光ってる様に見えた。


 チカチカと光り点滅する蒼い光。

 結晶の様に煌めいていた。


 楓と獅子はお互いに攻防を繰り広げていた。


 楓が足を斬りつければ、獅子が反対の足で払いのける。


 踏み潰そうとしてくるのを楓は避け刀を握り獅子の足を斬りつける。


(くそ! 肉厚過ぎて奥まで入らねぇ! 足一本でも、切り裂けちまえば何とかなんのに!)


 後ろ足で蹴りつけられたのはそんな時だ。


「!」


 楓は葉霧の所までフッとばされた。


 口から血が垂れる。


「楓!」


 葉霧は心配そうに楓を支え起こした。


 起き上がった獅子が楓を前足で踏み潰そうと

 足を振り上げる。


「楓! 横腹だ! そこが()()だ。」

「急所?」


 葉霧の声に楓は刀を握り踏み込んだ。


 前足を振り下ろすのと、楓が刀を握り獅子の横腹を突き刺すのは、紙一重であった。


 楓の突きが一歩。速かった。


 ドスッ!!


 獅子の横腹に刀は突き刺さった。葉霧には楓の刀の刃先が光を突き刺した様に見えた。



 葉霧に見えたあの結晶の光だ。



 それが砕け散った時、獅子の身体はまるで体内から爆発でもしたかの様に木っ端微塵に吹き飛んだのだ。


「な……何と言う事……!!」


 爆風に煽られいつの間にか男性の身体も煤の様になっていた。


 爆風と爆発の光が消えた頃には辺りは静けさに包まれていた。


「な……なんだったんだ? 今の……」


 部屋の中にあるのは転がった人骨や頭蓋骨。

 それに人間の頭だ。


 それらはまるでオブジェの様に様変わりする事も無くその場に佇む。


 楓は刀を握ったまま呆然としていた。


 葉霧もまた今の光景に目を丸くするばかりだ。


(あの化け物が死んだ……のはわかるが。何の痕跡も無い。)



「消滅……したのか?」

「わかんねぇ。こんなのはじめてだ。」


 葉霧と楓は顔を見合わせていた。




 ーービルの中から出ると人が数人いた。


「お。大丈夫か? 揺れただろ?」

「なんで高校生がこんなとこに?」


 出てきた楓と葉霧を見ると話をしていた男性二人が声を掛けてきたのだ。


 スーツ姿の男性だった。髪型やそのピアスなどからしても飲み屋の従業員の様に見えた。


「ああ。知り合いがいるんですよ。」


(あの揺れは……現実なのか。)


 メリィが暴れたお陰で、地下が揺れそのせいでビルが揺れたのだ。


 その為、ビルにいた人達は地震だと思って避難した様だ。


 葉霧は困惑はしていたが男性二人の心配そうな様子にそう答えていた。


「いきなりだったものね~。」

「地震じゃないのかしら?」



 楓は近くにいる女性達の話し声に耳を傾けていた。コチラも少し派手な服装をした女性たちだ。


「そうか。ならいいが……」

「高校生が来る所じゃねーぞ。」


 男性二人は葉霧にそう言うとビルの中に入って行った。


「楓。帰ろう」


 葉霧は楓を促した。


「ああ。」


 楓も葉霧と一緒に歩きだした。



「爆発?」

「ドォォンって聞こえたとか。」

「何? でも火事になってないんでしょ?」

「地下だって。」

「配管とかある所よね?」


 ビルから離れる間にもそんな会話は聞こえてきた。


「何だったんだ? アレは」


 歩道を歩きながら楓がそう言ったのだ。


「楓と居るとわからない事だらけだな。」


 葉霧はそう言った。


「悪かったな! オレだってわかんねぇよ!」



 楓はムッとして葉霧を見たが隣で微笑んでいた。



「退屈はしない。」

「退屈だったのか?」



 余りにも微笑んでそう言った葉霧に楓は聞き返した。


 葉霧は何処か遠い目をしていた。


「あ。葉霧……眼が戻ってるぞ。」


 横顔を見つめた楓は、葉霧の瞳が茶系に戻っているのを見るとそう言った。



「そうか……」



 葉霧は頷いただけだった。

 だが、表情はとても穏やかであった。



「あの……ランタン持ってた男は何モンだったんだろうな? あやかしっちゃー……妖なんだろうけどさ」



 楓は少しズレたフードをあげた。



「あやかしの中にも色々いるのかもしれないな。人外を総称して呼んでいる、とも聴いた事があるし……人で無い者が化けた者とも、聴いた事もある。」



 葉霧は楓のフードを直した。

 角が見えない様に。



 暗くなった街中はネオンの発光で明るく煌めく。


 歩道はスーツ姿の男女達が溢れている。

 この辺りはオフィスビルなども多く、飲食店などに流れてゆく人達も多い通りだ。


 さっきの裏路地を少し歩いて行けば古くから営業しているバーやスナックなどが軒並み連なっている。


「オレらが知らねぇ……見た事ねぇ奴とかも

 いんのかもしんねぇよな。」

「そうだな。楓が千年近く生きたまま封印されるぐらいだからな。」


 葉霧は柔らかな笑みを零した。


「なぁ? それバカにしてねー?」

「してないよ。」

「してるよな?」

「してない。」


 この押し問答は終わらない。


 ✣



 


 ーー【蒼月寺】


 月明かりに照らされる母屋。

 そこに帰宅した葉霧と楓は、和室に向かった。

「お帰り。何か地震だか何だかあったんだって? それに……死体まで発見されたみたいだな。」


 和室では、夏芽はテレビを観ていた。

 報道番組か、テロップと女性アナウンサーが画面に映っている。



「何かあったのか?」



 鎮音は、入ってきた葉霧にそう聴いた。

 二人の入ってきたその顔は・・疲れた様子だった。



 楓は刀を畳の上に置くと座る。



「ああ。少し……」


 テレビは、夏芽の座る後ろにある。

 大画面だ。

 夏芽は身体をテレビに向けて座っていた。

 テーブルに背を向けている。


 だが、二人が帰ってきたことでその顔だけは後ろを向く。



 葉霧はビニール袋をテーブルの上に置いた。座布団に膝をつく。


「あ。お帰りなさい。ごめんね? 買い物たのんじゃって。」


 和室の奥にある台所から顔を出したのは優梨だ。物音と話し声に、出てきたのだろう。

 だが、顔色を変えた。


「何かあったの?」


 優梨がそう言うのと夏芽がリモコンで、テレビを消したのは、殆ど同時であった。


 並んで座った楓と葉霧に、優梨も腰を落とした。夏芽は身体を正面に向けた。

 静けさが空間を包む。



「あやかしに遭遇した。」



 静寂を打ち消したのは葉霧であった。


「え?? もしかして……さっきのニュースは、そのせいなのかい?」


 夏芽は酷く驚いているのか、声も少し大きくなった。隣の優梨も固唾を飲む。


「死体が、発見されたと報道では言っていたが。それもその影響か?」


 鎮音は口調こそは穏やかであるが、険しい表情をしていた。


「死体?」

「警察が、大きな音のした揺れたビルに、入ってそこで見つけたらしい。かなり犠牲者が、いそうだと報道されてたよ。」



 ぎょっ。とした優梨に夏芽が報道番組で聴いた事を伝えた。



「その死体は……アイツの仕業だ。オレが仕留めた奴。」


 楓は少々・・得意気な顔をしている。


「食欲。そいつの仲間らしき奴がそう言っていた事も踏まえると……恐らく。死体はそのあやかしが喰い殺した。と、考えて間違いないだろう。」

「喰った。に決まってんだろ? 葉霧の事も喰う気マンマンだったじゃねぇか。」



 憶測の様な口振りの葉霧にまるで決定打を与えるかの様に、話す楓。

 隣で葉霧は些か顔を顰めた。



「事実は見ていない。全て……男の話と推測だ。」

「細けぇなー。床にゴロゴロしてただろ。」


 顰めた表情を戻す。

 代わりに無表情になった。


「見ていないモノを恰も見た。と、断言するのは危険だ。先入観は人の思考を“束縛”する。」

「へ……??」

(なんのこっちゃ???)



 楓の顔はまるで疑問符が浮かびあがっているかの様にぽかーんとしている。

 夏芽は少しだけ口元を緩めた。


(おかしなコンビだな。まるでタイプが違う)



「それで? そのあやかしは?」

「ばーさん。話聞いてたか? オレが仕留めた。って言ってんだろ? あ!!」


 楓の表情はコロコロと変わる。鎮音を諭していたかと思えば、今度は口を開けて止まった。



「どうかしたの? 楓ちゃん。

 いきなり大きな声をだして……」


 びっくり。したのだろう。

 優梨は目を細めている。



「眼! だよ。“葉霧の眼”だ。」

「眼??」


 驚く優梨をそっちのけで、楓は鎮音に身体を半身向けるとテーブルに肘を乗せ軽く叩く。


「そうだ! 葉霧の眼が碧、だったんだ。しかも! 急所まで視えたんだ! な? 葉霧?」


 楓の顔は葉霧に向けられる。

 興奮冷めやらぬ感じで、捲し立てる。


「碧の眼?」

「葉霧くんの眼が? いつもは茶色っぽいわよね?」



 夏芽と優梨は葉霧の眼をじ~っと見つめる。今はブラウンより明るめの茶系色である。長い睫毛が瞬きすると揺れる。



「葉霧。お前は……幼少の頃から何か良くない事は、感じ取れても……あやかしの実体を視る事は無かったな」


 鎮音の視線は葉霧に向けられる。

 その眼は少し鋭い。


「ああ。突然で俺も驚いた。普段。余りあやかしを見掛ける事が無いのに、今日は視えた。その姿を。その時に眼が碧色に変わっていたらしい。」



 自分を真っ直ぐと見据える葉霧のその眼を、鎮音も強く見据える。


(嘘はついてなさそうだね。)



「葉霧。急所が視えた。とは? よくわかったな。」


 鎮音は視線を反らす事なく口を開く。



「あやかしの体内で何かが光っていた。結晶みたいな光だ。それを視て咄嗟に……急所だと思ったのは……何となくだ。」

「ほぉ? 何となくか?」

「ええ。何となく。」



 葉霧もまた、鎮音から視線は逸らさない。


(退魔師としての眼が、働いたからそう思えたんだろう)


 鎮音は湯呑に視線を移すと手を伸ばした。

 静かに口につける。


 ずずっ……


 お茶を啜る音だけが響く。


(なんなんだ? この変な空気……)


 楓は緊張感が漂うこの空気に口を開いた。


「で。それをオレが突き刺したらしいんだ。

 オレは腹を突いたつもりだったんだけど。」


 コト……


 湯呑を置く音。

 鎮音の視線は葉霧に向けられた。


「その直後に……あやかしは死んだのか?」

「ああ。まるで……体内から爆破した様な死に方をした。死体すらも無く、木っ端微塵だった。」


 葉霧は頷いた。

 鎮音は二人を見つめると


「なるほど。」


 溢す。

 そのまま腕を組むと暫く押し黙った。


(鎮音さんが黙った……)


 夏芽にもじわり。と、伝わってくる。

 その緊張感。


 だが、鎮音は軽快に言葉を放ち始めた。


「それは同調(シンクロ)したのかもしれんな。葉霧と楓の力が……共鳴たのかもしれない」

同調(シンクロ)?」


 葉霧はそう聞き返した。

 鎮音の静かなその眼を見ながら。



「“退魔師”としての力と鬼である楓の力が共鳴して・・波長が合ったのかもしれん。あやかしの急所を的確に捕えた事で破壊した。つまり……魂を砕いた事で完全に消滅させた。」



 鎮音の言葉は強く響く。

 和室の中に。


 夏芽は少し首を傾げた。

 考え込むかの様に。


「幽霊で言う所の成仏と言う事かな?」


 その後でそう口を開く。


「そうだ。退魔師は、完全にあやかしを()()に送り届ける力を持っている。完全に死滅させる事が出来る。魂を彷徨かせる事なくこの世に残さない為に。」


 鎮音の声に葉霧は少し、強い眼差しを向けた。


「つまり……あやかしは、殺されても冥府に

 魂が送られない限り生き続ける事が出来る。」


 鎮音は軽く頷く。


「だから退魔師が存在する。あやかしは、何度でも復活をする。魂が無くならない限り。」


(その為の……【眼】か。なるほどな。)


 葉霧は軽く視線を落とす。

 まるで納得するかの様に。


 少し何かを考え込むかの様にしながら黙っていた楓が、口を開いた。


「てことは……葉霧はオレを殺せるんだ。」


 葉霧は目を丸くした。


「何を言ってるんだ? 楓。」


 驚いてそう聞き返していたのは、楓の表情がまるで確信に迫った様であったからだ。


「いや。オレ達、鬼も死なねぇんだ。魂がなくなんねぇ限り。彷徨って復活する。魂を壊せるって事は……鬼も殺せるんだ。」


 楓はそう言ったのだ。


「葉霧があやかしの体内に視えたのは魂だ。本来ならそれを砕き死滅させるのは退魔師の力だが、お前達の力は共鳴し同調(シンクロ)した。理由はわからんがその事で、今回のあやかしは身体も粉砕したのだろう。」


 鎮音は驚いた様な顔をしたままの葉霧を、見つめてそう言った。葉霧はただ目を見開いていた。


(俺が……楓を殺せる?)



 優梨は不穏に見えたのか口を開く。



「でもそれなら……どうして葉霧くんはその力を引き継がなかったのかしら? まだあやかしはいる訳だし」



 話を変えたのだ。

 それにより、葉霧も楓も表情は変わる。

 優梨の投げかけた問に興味を示した様に。



「それはきっと時代の流れと薄血だろう。長い年月の中で血は、薄まっていったのかもしれない。遺伝子は継がれてゆくが……それも世代を紡いでいけば薄れてゆくものだ。それが……力とも関係しているのかもしれない。」



 その問に興味を示したのは夏芽もだったのか、持論を展開した。



「玖硫の力も時の流れの中で自然と効力を、失っていったのかもしれないな。」



 夏芽は楓と葉霧を交互に見つめた。

 その瞳はとても穏やかであった。



 鎮音は目を閉じた。



「葉霧の眼は、確かに退魔師の力の一つだ。それが覚醒したと言う事も……傍に同調(シンクロ)する楓が、居るからかもしれない。」


 静かにそう語った。


(問題なのは“私”だ。あやかしたちが何もしてこないと思っていたのは事実だ。私の力も老いている。それに気がつかなかったのは私の責任だ。)


 鎮音は静かに目を閉じた。

 その顔はとても険しいものだった。


(私がーー、老いていくのと同様に……葉霧の中に眠る“退魔師の力”が、覚醒(めざめ)るのかもしれない。こんな事は……はじめてだ。鬼娘の封印。螢火(ほたるび)皇子(みこ)の意志……。)


 鎮音は静かにそう考えこんでいた。


 楓と葉霧は自然と顔を見合わせていた。

 お互いを見つめていた。



 

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