第二十夜 闇喰い
ーー朝陽。
それは穏やかでいて神々しい。
一日の始まりを告げる光だ。
そしてーーここも。
すー………
スー………
とてつもなく穏やかな寝息をたてて眠っているのは
楓と葉霧。
ここは各務学園高校の宿泊施設。
その部屋だ。
少しだけ開いたカーテン。
そこから柔らかな日差しは覗く。
ダブルベッド。
その上で二人はくっつき……………。
楓が葉霧にしがみつき、胸元に頬を擦り寄せ眠っている。
葉霧は本を読みながら寝に入ったのか胸元には
開いたままの本。
手に持ちつつ爆睡。
ヘッドライトは煌々とついて二人を照らしている。
先に目を覚ましたのは葉霧だ。
「…………あれ?……いつの間に……」
頭の上で照らすオレンジ色の光。
それが目に入る。
ふと視線を落とすと自分の胸元にしがみつき寝入る楓。
スウェットの腰にまで腕を回し、抱きついて寝てる。
(え……?なに?この可愛いシチュ………)
葉霧にしてみれば……はじめて見る光景だ。
すやすやと胸元に頬をくっつけちょっとだらしない顔を
しながらも、穏やかに眠る楓。
しっかりと身体にしがみついていた。
葉霧は本を頭の上に置くと……そっと。
楓の頬に触れる。
(………俺にしがみついて寝てるとか可愛い過ぎだろ……)
眠気も覚めた。
もぞ……
布団の中で楓の足が動く。
どすっ!
「痛っ!」
思わず声をあげた。
左脚の脛だ。
そこに楓の足が振り落とされたのだ。
それはもう思いっきり。
布団すらあがるほど。
バシッ!
葉霧は楓の頭を引っ叩いた。
思いっきり。
「ん?あ?」
寝惚け眼は開く。
その口すらも。
「退け。マジで。」
葉霧の鋭い眼は楓に向けられた。
「ん~~~~」
すりすりと目を閉じつつしがみつき頬をすりつける。
「退け。俺の理性があるうちに」
可愛いシチュエーションも吹っ飛んだ………。
その後、余りにも退かない楓の頭は三発ほど。
引っ叩かれた。
✢
「そんな怒ることねぇだろ~~~。わざとじゃねぇんだからさ~~~」
楓は地面の上で胡座かいて座っている。
頭を擦りながら。
葉霧はソファーに座り左脚の脛にシップを貼っていた。
青痣になってるのは言うまでもない。
「骨が折れるかと思った」
葉霧はぴたっと貼り付ける。
「オレは頭が割れそうだ」
「割れればいい。どうせ死なない。」
葉霧のブラックジョークは時に……ぐさっと楓に突き刺さる。その小さな胸に。
(……葉霧って………すげぇ……傷いこと言う………)
「それより……支度しろ。帰るよ。」
「ん?帰んのか?」
葉霧はソファーから立ちあがる。
ナイトテーブルに置いてあるスマホを手にした。
「ああ。解決しただろ。」
画面を見ていたが直ぐにデニムのポケットに突っ込んだ。
既に着替えは二人とも済ませている。
ふ~ん。
「葉霧……さっきの。スマホだっけ?オレも欲しい。」
楓が葉霧を見上げると、
「必要ない」
ぴしゃり。と、言い放った。
「え?なんで??だって葉霧と離れてても会話できんだろ?欲しい!」
「だから必要ない。」
(渡したら最後だ。いつでも掛けてくる。絶対に。)
たまに……楓がスマホを持っていれば……と、
考える事もある葉霧だが……。
所構わずーー電話を掛けてきそうで……恐ろしくて渡せない。
「欲しい!」
「荷物を片せ。」
便利なツールも楓に掛ればいい迷惑に
なりそうだ。
✢
ーー各務学園高校から全員で帰宅する。
その帰り道である。
「じゃ。またなー」
「楓ちゃん。今度、遊び行こうね。」
灯馬たちとは街に降りて来るとお別れだ。
水月と一緒に駅に向かう。
「またな。」
「楓~またねー。」
夕羅と飛翠はバス停に向かう。
こうして一泊二日に予定変更となった学園での宿泊も
終わったのだ。
すっかり……楓も打ち解けた。
「いいヤツらだな。オレ……鬼なのに。」
「気にしないんだ。アイツらは。」
葉霧と楓は街中を歩く。
寺にご帰還だ。
GWもやっと始まったのか……街中は観光客や
家族連れなど……いつもの人の波とは異なる。
楓は横断歩道で信号待ちをしながら
【カフェ・モンドール】に視線を向けた。
営業してないのか真っ暗な店内が見えた。
規制線は張られていないが何処と無く重苦しい佇まい。
「あの店だったな。ネットで見たよ。」
葉霧は信号が変わった横断歩道を歩きながら
お店に視線を向けていた。
「ああ。」
「いきなり刃物を持って入って来たそうだ。」
自然とーーであった。
二人はお店の方に足を向けていた。
楓は来たがーー葉霧は話だけしか聞いていない。
店内は通リの角にあった。
その隣はパチンコ屋だ。
人通りの多いこの通リ。
今も店の前を行き交う人達は多い。
【お客様各位
暫く営業を見合わせます。
ご迷惑をお掛けして申し訳御座いません。
店主】
貼り紙がガラスのドアの所に貼り付けてあった。
真っ暗な店内はブラインドが降ろされているから
覗けない。
ただ、暗いのはわかる。
やけに不気味に感じる。
「店の中にも人はいたんだ。いっぱい。」
「白昼堂々と……か。」
葉霧と楓は店の前から離れる。
✣
【蒼月寺】
「ただいま~」
玄関にあがり声を出したのは楓だ。
ふぅ………
一日しか離れていないのに葉霧は何だかホッと
していた。
とても内容の濃い一日であったからだ。
「あら。お帰り」
出迎えたのは【女神の様な微笑み】を浮かべる優梨。
この優しい微笑みを見るだけで癒やされる。
「大丈夫?大変だったわね。」
優梨は玄関から上がった葉霧に声を掛けた。
心配そうな顔をしている。
「ああ。大丈夫だ。」
葉霧は微笑む。
どたどた……
足音響かせて和室に走ってく楓。
「楓!洗濯物。」
ぴたっ。
葉霧の声に楓は立ち止まる。
バッグ持って戻ってくる。
「あ。そっか。」
「ついでに俺のも。」
「えっ!?なにそれ!」
葉霧は楓にバッグを渡した。
楓は驚いている。
「鎮音さんに話があるんだ。」
葉霧は和室に向かった。
「なんだよ~~~。オレにやらせたかっただけかよ!」
唇尖らせる楓。
優梨はくすくすと笑う。
(賑やかね~……昨日は静かだったわ。ホント。)
たった一日だけ。楓と葉霧がいないだけ。
この家はとても静かな日を過ごしたのだ。
葉霧が和室に入ると鎮音は座っていた。
「お帰り」
老眼鏡を掛けて本を読んでいた。
その顔をあげた。
「ただいま。」
葉霧はいつもの自分の席に座る。
自分の席と言う訳では無いが……何となく落ち着いた
定位置がある。
鎮音の斜め前。
そこが葉霧の定位置だ。
座布団もちゃんと用意してある。
「鎮音さん。憑き神が出た後に……また違う者が現れた。心当たりは?」
葉霧は座るや否や話を始めた。
鎮音は老眼鏡を外す。
「来栖警部から話は聞いとるよ。それに今日も朝からその報道で……持ち切りだ。」
テーブルに老眼鏡と本を置く。
鎮音は着物の袖に腕を通す。
「学園でも……教師が同じ様に豹変した。」
「あの後か?」
鎮音は目を丸くした。
「ええ。楓が言うには……黒い影の様な火の玉が空に飛んで行ったらしい。その後に……新宿のカフェで事件が起きた。そう言っていた。」
葉霧は鎮音を見据えていた。
「その事件の犯人の様子は詳しく報道はされとらん。ただ……人とは思えない異常者と伝えられている。」
鎮音は葉霧を見ていたが……その足音に廊下に視線を
向けた。
楓がバッグ二つ持って入ってきたのだ。
「ばーさん!ありがとな。助けてくれて。」
「お帰り。身体はどうだ?」
楓はバッグをテーブルの脇に置いた。
鎮音はーー楓の顔を見て安堵した様な顔をしていた。
「オレか?全然へーき。杉本も良くなったぞ。」
楓はけらけらと笑いながら葉霧の隣に座る。
ここがーー楓の定位置だ。
葉霧の左隣。
「そうか。楓。早速だがーー葉霧と一緒に行って欲しいがある。」
鎮音は葉霧と楓を交互に見つめた。
「ん?どこだ?」
楓は聞き返した。
「商店街にある【小料理屋 忍】。そこの女将に会え。この街に古くからいるーーあやかしだ。」
鎮音は二人を強く見つめるとそう言ったのだ。
「小料理屋………」
(知らなかったな……。そんな店……)
葉霧は呟いた。
「彼女なら何か知っておるかもしれん。」
鎮音はそう言ったのだ。
楓と葉霧は顔を見合わせた。
「あら。出掛けるの?」
優梨は洗濯かごを持って玄関に通りかかる。
楓と葉霧が玄関に降りているのを見ると立ち止まった。
「ああ。商店街だ。」
楓はスニーカーを履きながら優梨に視線を向けた。
「商店街行くの?買い物して来てくれない?今日……卵安いの。それから……キャベツと豚と牛の挽き肉。」
優梨の顔は一気に明るくなった。
「ああ。いいよ。」
葉霧が頷くと優梨はエプロンのポケットから
紐のついた蝦蟇口を取り出した。
「はい。楓ちゃん。お金は入ってるから。いい?焼き鳥は盛り合わせ一パックだけよ?コロッケは三コまで。それから……」
優梨がそう言いだすと遮ったのは葉霧だ。
「何なんだ?その蝦蟇口。」
「オレの財布だ。お小遣い入ってんだ。」
真っ赤な蝦蟇口だ。
外側は毛糸で編んだ袋で包んである。
楓は首からぶら下げた。
これで楓の胸元は蒼い勾玉と赤い蝦蟇口になった。
「葉霧くん。楓ちゃんの買い食い。ちゃんとセーブしてね?食べ過ぎるとお腹壊すから。」
「壊すのか?」
(鬼も?)
葉霧は目を丸くした。
「もう大変よ。一時間出て来ないの。トイレから。」
「お前………ガキか?」
葉霧は頭を押さえた。
「だって!みんなウマそうなんだ!大体制覇したんだ。商店街エリアは。」
楓は得意気だ。
(バイトしよう………。ヤバい。楓の食費がヤバい。)
葉霧はため息を深くついた。
とても深く。
✢
【螢火商店街】
商店街はカフェモンドールなどがある通りの脇道にある。
楓と葉霧は、観光客などの多いその商店街に入る。
「いつもより人……多くね?」
楓は賑わう商店街の様子に目を丸くした。
完全に常連客になった【焼き鳥屋 とり民】は
源。と言う主人がやっている店だ。
店先で炭火を焚き、網で焼きながら商売している。
今も……順番を待つ人達でいっぱいだ。
「あ~………焼き鳥~~~」
もくもくと上がる白い煙。
炭に滴る特製タレの甘辛い薫りに楓はふらふらっと
足を奪われる。
「オイ」
葉霧はイラッとした表情。
その声も張る。
楓のパーカーのフードを掴むと引っ張る。
「なんだよ!焼き鳥盛り合わせ!」
「目的が違う。」
(朝メシ食ったばかりだよな?)
学園で人一倍……朝食を平らげた後だ。
僅か……一時間弱の事。
【小料理屋 忍】に着くまでずっとそんな感じであった。
匂いに誘われ……ショーケースに並ぶ商品に誘われ……
ふらふらっと。
その度に、葉霧がフードを掴み引っ張った。
完全なリードである。
その店ーーは、商店街の中ほどにあった。
落ち着いた佇まいの店である。
まだーー昼前だと言うのに暖簾は掲げてあった。
藍色の暖簾には【忍】の一文字。
「ここだ。」
葉霧は店の前で立ち止まる。
「商い中。やってんじゃん!酒!」
「だから。まだ昼前だから。」
楓は大酒飲みだ。
次郎吉と良く呑みに行く。
葉霧は店の戸を開けた。
カラカラ……と、音を立てて木戸は開く。
カウンター席のみの本当にこじんまりとした店内だ。
「いらっしゃい。」
出迎えたのは藍染めのすすき模様の着物姿の女性だ。
物腰柔らかそうな落ち着いた雰囲気の和服美人。
正に……その言葉が似合う。
一瞬。ナチュラルなメイクを施した目が大きく開く。
「あら?珍しいお客様ね?どうぞ。」
店内にはお客が一人。
カウンターの奥の方に座っていた。
コの字型のカウンターは、湯気のたつ大皿の料理が
幾つも並んでいる。
楓は戸を閉めた。
「失礼します。」
葉霧は女性の前に座る。
丁度いい高さの舞椅子だ。
楓は葉霧の隣に座る。
「鎮音さん……の、お孫さん?よね?此方は……鬼娘。」
女性はにっこりと微笑む。
楓と葉霧を見ながら。
「知ってるんですか?」
「ええ。貴方たち有名よ。」
女性はおしぼりを交互に渡す。
「なにが有名なものか。#人間とつるみ荒らしてるだけだ!」
カウンターの奥の方から怒鳴る声。
真っ赤な顔をしたスキンヘッドの男だ。
怒りなのか酒で赤いのかわからないが、顔は真っ赤。
口元に黒いちょび髭。
目は据わっている。
「もっちゃん。おやめ。」
女将ーー忍が男を制した。
怒鳴る訳ではなく叱りつける口調だ。
「もっちゃん??」
楓はきょとんとした。
「ええ。茂吉って言うのよ。でも今の時代には合わないでしょ?だからもっちゃん。カワウソなの。」
ぐび……
もっちゃんーー茂吉は、お猪口の酒を飲み干した。
「カワウソ??タコかと思った!!茹でダコ!!」
「てめぇ!頭見てから言うなっ!」
楓の声に茂吉は怒鳴りつけた。
(………カワウソ……はもっと可愛いよな?)
葉霧は首を傾げる。
フフフ……
忍は控えめな笑い方。
口元に手を置いて笑う。
何とも色香漂う御方だ。
「何か飲む?」
忍の声に楓は顔をあげた。
「オレ……冷酒!しかも鬼殺し。」
「楓!」
葉霧が声をあげた。
次郎吉に勧められーーすっかりお気に入りのお酒
に、なった。
「え?ダメ??小料理屋なのに??」
「烏龍茶二つ。」
楓は、葉霧をうらめしそうな顔で覗く。
葉霧はさっさと注文する。
「マジか………鬼だ………」
「鬼はお前だ。」
楓はカウンターのテーブルに頭をついた。
フフフ……
忍はそんな二人を見ると笑う。
(飼い犬とご主人様ね。完全に。)
忍は氷を入れると、烏龍茶をグラスに注ぐ。
二つ。
「酒も飲まねぇのが何でここに来たんだ?」
茂吉は徳利でお酒を注ぐ。
お猪口に。
「少しーー聴きたい事があるんですが……」
葉霧は烏龍茶のグラスを受け取る。
忍を強く見据えた。
「あら?私に?何かしら?」
忍は伏せっている楓の前にグラスを置いた。
着物の袖を掴みながら。
楓はその音に顔をあげた。
(ホントにお茶……烏龍茶………。焼酎入ってねぇかな??)
楓はグラスを持つと口につける。
がっくりと項垂れた。
「昨日……奇妙なモノを視ました。」
葉霧は楓の事は放置だ。
隣にいるから視界に入る。
「ウワサ……は聞いたわ。人間が暴れたって……」
忍は鼈甲の簪をつけている。
首を傾げると鈴の音が響く。
簪には、小さな鈴がついている。
「そんなもん。日常茶飯事だ。毎日のように殺人だ、強盗だ、暴力だ……ニュースになってる。そんなんでイチイチーー俺達あやかしのせいにされたら、溜まったモンじゃねぇ。」
吐き捨てる様に言ったのは茂吉だ。
葉霧は茂吉に視線を向けた。
「そんなつもりは無い。ただ……知りたいだけだ。」
たんっ!
茂吉はお猪口をテーブルの上に乱暴に置いた。
「知りたい??何の為にだ!退魔師一族がまた正義でも振りかざして、あやかし退治か!?」
茂吉の口調は、荒い。
それにーー葉霧を強く睨みつけている。
忍は袖に手を通し黙って聞いていた。
「言っとくが……あやかしが大暴れして人間に危害を与えてたのは昔の話だ!今じゃみんな大人しく暮らしてる。所帯持ってこの世界で生きてる奴もいる!」
身振り手振り。
茂吉は興奮しているのか葉霧を睨み捲し上げる。
「わかっている……。力の無い俺に手を出して来なかったのも……あやかし達が変わったからだと理解してる。殺そうと思えば殺せた筈だ。」
葉霧の眼は強いーー。
茂吉を見据え何よりも堂々としている。
自分への中傷を受け入れている。
「ああそうか。そこまで言うならお前。この街に棲むあやかし達を……護ってくれるんだろうな?」
「茂吉!いい加減にしな!」
キッーーと、鋭い眼差しで睨むのは忍だ。
その口調も強い。
茂吉は黙った。
「ごめんね。茂吉は絡み酒なんだ。悪く思わないでね。貴方だけじゃないから。いつも喧嘩になるのよ。」
忍の声に茂吉は不貞腐れた顔をしている。
「いえ」
葉霧は忍に笑いかけた。
「あのさ~……護る。護らねぇもねぇんじゃねーの?葉霧は退魔師だけど……神じゃねぇからな。」
楓はからから……とグラスを揺らす。
氷が揺れる。
「人を喰って生きてきたオレ達が……人間に護って貰おうなんて考えるのが間違いだ。協力はアリだけどさ。」
楓は烏龍茶を飲む。
「そうね。自分の事は自分で。茂吉。私達は腐ってもあやかしだよ。それが理だ。」
忍はーーとくとく。
お猪口に冷酒を注ぐ。
それを楓の前に置いた。
「ちょ……忍さん!」
葉霧がぎょっとして止めた。
「一杯だけ。」
ぱちん。
忍は葉霧にウィンクした。
にこっと笑いながら。
(いやいや……)
葉霧はため息つく。
「いいのか!?」
「私も飲むから。」
忍の手にはお猪口。
かつん。と、楓と合わせる。
「そんな事は………わかってるさ。」
茂吉はぼそっとーー話だした。
お猪口にお酒を注ぐ。
葉霧は茂吉に視線を向けた。
「こんだけ穏やかな日々が続いたんだ。それが……もしかしたら失くなるかもしれないなんて……」
茂吉は頭を押さえた。
少しテカるその額を。
徳利を置いた。
「茂吉……。あんた、なんか知ってるね?」
忍はお猪口を台の上に置いた。
目の前には作業出来る台がある。
茂吉はーー静かに息を吐く。
「アンタの言う……黒い影なら俺も昨日。見たよ……。」
楓と葉霧の目は見開いた。
「茂吉さん。何か知ってるなら教えて欲しい」
葉霧は身を乗り出した。
茂吉の表情は青褪めていた。
だがーー口を開く。
「アレはーー闇喰いだ。」
「闇喰い?」
楓が聞き返した。
茂吉は楓と葉霧に顔を向けた。
真っ直ぐと。
「その昔ーーアイツらに大勢のあやかしが喰い殺された。奴らはーー身体の中に取り憑いて殺意と悪意の塊を、創り出す。つまりーーあやかし達は殺し合ったんだ。」
茂吉は険しい表情をしていた。
「それはーー憑き神とは違うのか?」
「憑き神?アレは闇喰いの破片みてぇなモンだ。解りやすく言えば……闇喰いの手下だ。」
茂吉の表情は一段と曇る。
葉霧は少しーー恐がっている様な茂吉を見据えた。
「つまりーー闇喰いに取り憑かれると生存は不可能。そう言う事か?」
「ああ。奴等は……タチが悪い。自分達で創り出した悪意と殺意の塊からその心の闇を喰って生き続ける。塊が死ねばまた……他の奴に取り憑く。」
葉霧は茂吉の言葉に手を顎についた。
(昨日……死んだ人間から黒い影は出て行ったと言ってたな。そうか……来栖警部に銃殺されて本体が死んだからか。)
楓の話を思い出したのだ。
「闇喰いを……殺せるのは退魔師だけだ。」
茂吉はハッキリとそう言った。
(ああ。だから護ってくれみてぇな事を言ったのか。まー。闇を滅ぼせるのは退魔師だからな。)
楓は納得していた。
「闇喰いが何処にいるのかはわからないのか?」
葉霧がそう聞くと茂吉はため息つく。
「昨日……あの黒い影が飛び立った時に空が一瞬……黒く覆われた。奴等は……散らばってる。何処にいるのか。なんてわからねぇよ。アイツらは闇に生きるあやかしだ。」
(また……随分と厄介だな。)
葉霧は烏龍茶を飲んだ。
新たなーーあやかしとの出遭いであった。




