幕間 エリナの両親
「待ちなさい、エリナ!」
「何よ?お父さん」
家で朝食を済ませたエリナは、出勤のため家を出ようとしたところを父親に止められていた。
「さっきの話は、どういうことだ?騎士団を辞める?何を馬鹿な事を言っているんだ」
エリナは朝食の際、両親に騎士団を辞める旨を話していた。
「馬鹿も何も言葉通りよ。もう決めたの。急ぐから、この話はまた後でね」
「まっ、待ちなさ……あぁ、まったく」
父親の制止を無視し、エリナは騎士団の事務所に向かって行った。
「まったく、あの子は何を考えているんだ。折角、騎士団に入れたというのに、これからの生活をどうするつもりなのだ。まったく…帰ってきたら、ちゃんと言わねば…」
「一体何を言うつもりですか?」
父親の後ろから、母親は呆れた表情で見ていた。
「あの子が自分の意志で決めた事に、口を挟むつもりですか?」
「娘が道を誤ろうとしているなら、止めるのが親の務めだろう」
「何も誤ってなどいませんよ。アナタのしていることは、ただの押し付けです。エリナの意志を尊重してください」
母親は、ずっと気にしていた。スキルが判明してからのこの8年。エリナがどれだけ苦しんでいたかを…
エリナは昔から、相手を傷つける事を極端に嫌う性格だった。家畜を絞める時でさえ涙を流す。
そんな子供に与えられたスキルは「武術」と「見切り」。
相手を傷つけるスキルだった。
神は何て残酷な事をするのだろう。
そう思わずにはいられなかった。
スキル判明後、王都でも有名な道場から誘いがあった。門下生に成らないかと。貴族でさえ、スキルが無ければ入りたくても入れない有名な道場。そんな所から声がかかったのだ。もちろんエリナのスキルを見越しての事だった。
初めは入門を渋っていた。しかし、度重なる説得と門下生になり、優秀な成績を残せば、お金が貰える。しかも、村の生活では考えられない程の額。父親の決断は早かった…
その後、エリナは、幸か不幸か良い成績を残していった。最初こそ弱かったエリナだが、付いた師匠が良かったのか、相手を傷付けることなく制圧する術を身につけていった。
その成績を評価され、王国騎士団に入団が決まった。
本来なら一族をあげて、喜び祝う出来事だったが、その時のエリナは辛そうな表情をしていた。
表向き順調だった。
入団後、しばらく実績が残せていなかったが、次第に実績が残せる様になっていった。家に入るお金も、比例するように大きくなっていった。
そして反比例するようにエリナの顔から笑顔が消えていった。
母親は、エリナのそんな異変に気がついていたが、何も出来なかった。
心配して聞いても…
「……大丈夫だから」
返ってくるのはそんな言葉。
母親は父親に相談するも、父親は全く気にすることもなく「ただ、疲れているだけだろう」と取り合わなかった。
ある日、珍しくエリナは機嫌が良かった。
理由を聞くと、任務で外国へ行くと言う。
その任務と言うのが、優秀な狩人となった幼馴染みのシュウ君に護衛の依頼を出しに行くのだと言う。
護衛の任を受ける騎士団が、護衛の依頼を出すと言う、ちょっと意味不明な話だが、そんな事は大した事では無い。
8年前にスキルがゼロとわかり、神に嫌われた者として村を追い出されたシュウ君が、国から依頼を受ける程の優秀な狩人になっているという事実に、ただただ、驚いた。
村から追い出される時に止められなかった負い目だろうか、エリナの表情には、何処か陰があるように見えた。
それから、しばらくして、王国の北部にあるという遺跡調査から戻ったエリナは、まるで別人の様な表情をしていた。
その目には、強い意志が感じられた。
きっと、任務の間に色々な事に折り合いが付けられたのかもしれない。
そんなエリナからの言葉。
母親として反対する理由は無い。
あるのば、この馬鹿をどう説得するかのみ。
離婚も考えたが、エリナが気にするかもしれない。
仕方がないので、面倒を見ましょう。
大丈夫。元の生活に戻るだけ。
母親は、元気に走って出勤する娘の後ろ姿にエールを送るのだった。