トーサ
「何を言ってるんだ?」
トーサと呼ばれた男は、自分の体をマジマジと見る。
シュウ達は、固唾を飲んで見つめていた。
すると、ガタガタと震えはじめるトーサ。
顔を恐怖に歪ませながら、混乱した様子を見せる。
「な、なぁ、ジ、ジン。これ、どうなっているんだ。オレの体に何が起こって…」
トーサは自分の状態を、たった今、知った様だった。
「は、流行り病だ。大丈夫。落ち着け。直ぐに治療できるから」
ジンは、トーサを落ち着かせようとする。
「ジン。何で皆、武器構えてんだよ。オレ、どうしちまったんだ?
なぁ、教えて…おしえ…おし…オシ…オ…ゴ…グガ」
ゴギッ!グガッ!ゴグッ!
ギゴッ!グゴグッ!
体中が不自然に曲がり、折れ、次第に壊れていく。
「ジ…ジン」
トーサだった者は、崩れかけた体を振り回してジンに襲いかかる。
あまりのショックで、動作が遅れるジン。
そんな二人の間に大盾を持ったサザミが入る。
「離れろ!」
大盾に弾かれたトーサだった者は、大きく後ろに倒れ込む。
「トウムー!」
「任せて!」
トウムは光魔法によって作り出した光線を、トーサだった者に照射した。神聖な力を宿す光魔法は、ゾンビ等の不浄な存在に効果があるためだった。
「ウゴッ…ジ…ジ…ン」
光魔法の光線を浴びたトーサだった者は、一瞬止まった様に見えたが、何事もないかの様に立ち上がる。
「ウソッ、効いてない!」
更に恐怖の増す中、シュウは魔力糸をトーサだった者に巻き付かせると、発火させる。
ゴウと音を立て燃え上がる。
炎が全身を包み込むと、トーサだった者はその場に崩れ落ちる。
ボウボウと燃える音が、沈黙が支配するこの場において、やけに大きく聞こえるのだった。
「チッ。初っ端から、刺激強すぎだぜ」
ニキシは、抜いた剣を鞘に戻す。
「す、すまない」
搾り出す様に謝罪の言葉を出すのが精一杯のジン。その顔には複雑な心境が表れていた。
「しかし、なんでコイツ。光魔法喰らっても平気だったんだ?」
チャコウは、燃えかすとなったソレに近づき、矢で突いていた。
「チャコウ。それから直ぐに離れろ!」
「え?」
微弱な魔力に気がついたシュウが、叫ぶのとほぼ同じタイミングでソレから黒く細い蜘蛛の足の様な無数の触手がチャコウに絡み付く。
「何だコレ。離れねぇ。チクショウ」
その黒い触手を持つ何かを引き剥がそうとするが、その細い体を捕らえることができず、どんどん巻き付いていく。
「アレはまさか…。シュウ。あの小さな赤い点が見えますか?それが核です。核を切り裂いてください!」
ハイルは、ソレの正体に気づくとシュウに指示をだす。
「わかった!」
…チュン
一瞬の風切り音を残し、シュウの魔力糸はソレの赤い核を切り裂いた。するとソレは、まるで糸ゴミのようにチャコウの足元に落ちていった。
落ちたソレから全員が距離を取る。
「ありがとう。助かったぜ」
脂汗を流しながら、チャコウはシュウにお礼を言うと座り込んだ。
「まさか文献でしか見たことがない代物に出会うとは…」
「アレが何か知っているのか?」
一変して鬼の様な形相になったジンは、ハイルに詰め寄る。
「ジン。落ち着いて。…アレは、古代メルトリア文明の時代に作られた魔法生物です。文献にも少ししか出てこないけど、確か遺体等に寄生するタイプの筈です」
ハイルの言葉、シュウが疑問を投げかける。
「魔法生物って言うと、あの生物が混ざり合ったキメラとかと、同じ仲間?」
「いえ、どちらかと言うとゴーレムに近いです。鉱物などの無機物に作用するのがゴーレムなら、これは生物等の有機物に作用するゴーレムと言った感じです。確か、名前はパラサイト・ナーブだったと思います」
「うへー、勘弁してくれよ。あんなのが居る遺跡に入るのかよ」
ハイルの説明に、チャコウはゲンナリしている。
「パラサイト・ナーブは、自分で移動する力は無く、単体では永く生きられない筈。中心にある赤い核を破壊できれば、即死させられます」
「初め、まともに会話が成立していたのは何故だ?トーサは生きていたのか?」
「いえ、死んでいました。これだけは確実です。ただ、会話については、宿主の体の記憶を読み取って、擬似的に会話していた筈なんだけど、実物を見ると何とも言えないですね」
その後、チャコウの体はその場で徹底的に検査され、問題が無いことが確認された。
パラサイト・ナーブの対応についても話し合われ、各自松明や火の出る魔道具を用いて、対象を燃やし、燃えカスには近づかないようにする等のルールが決められていった。
夕方、焚火を囲み、会話少なく、全員で夕食を取っていた。
「遺跡の調査どころじゃ無くなってきたな。前回までの調査団のメンバーが、あんな状態で現れるとなると、この人数じゃ厳し過ぎる。自分が死んでいる事に気がついていない、意思疎通が出来そうな相手を対処しないといけないなんて」
「アンデットなら、光魔法で一発なのに…」
出てくる言葉と言えば、不安を煽る様な物ばかりになっていた。
「すみません。気分が悪くなったので、早めに休みます」
ケネスは、口元を押さえながら、弱い足取りでテントに戻って行く。
「さて、それじゃぁ、見張りの順番を決めようか?」
テイプが声をかけると、ジンは沈んだ声で答えた。
「今夜は寝れそうにない。皆、先に休んでくれ。見張りは自分がやろう」
何も言えない空気に、全員は、各自のテントに入るのだった。
日が沈み一人で見張りをするジンは、ずっと焚火を見つめていた。