依頼の受諾
その日の夜。
シュウは、一人でグラスを傾けていた。
「ふぅ、随分と傲慢になったものだ」
琥珀の水面に移る自身の顔を覗き込み、今日の事を思い返していた。
自分の行った行為に、後悔も反省もしていない。多少思う事があるとすれば、アマカに嫌な思いをさせてしまった事だろうか。
五人の男性騎士を物言わぬ骸に変えた事に、罪悪感は無い。
前世の記憶。それが、自分の帰属意識を過去に縛り付けている。この世界は、別の場所。超リアルなVRゲーム。責任を感じる必要の無い世界。そんな感覚が十八年経った今でも抜けていない。
魔法という存在が、魔力という存在が、魔素という存在が現実感を失わせる。
五人の男性騎士の命を奪った行為の根底にあるのは、只の支配欲だ。自分の物を傷付けられた。汚された。奪われた。それらから来る獣じみた怒り。
きっと対抗手段が無ければ、屈していたかもしれない。泣きながら、歯を食いしばり、一心不乱に、森でその後何が起きるかを考えない様にして、街に走ったかもしれない。
しかし、手元には「力」があった。だから躊躇もしなかった。
結局は、奴らと同じ。
ならば、せめて…
シュウは、一人でグラスを傾ける。
水面に写る自身を覗き込みながら。
翌日、シュウとアマカ、そしてエリナは、素材収集ギルドの会議室でギルドマスターのジェラルドと対面していた。
「あー、本当に依頼を受けるんだな?」
「あぁ」
一昨日、即答で依頼を断っておきながら、依頼を受けると言ってきたシュウ。ジェラルドは頭を悩ませていた。
当初からギルドを訪れ、依頼を出しに手続きに来たのは、エリナ一人だった。だから、この場に「エリナのみ」がいる事自体は問題は無い。
しかし、ギルドの調査部の報告によれば、エリナ達一行は、彼女を含め六人の一小隊でこの街を訪れており、他の五人は昨日から戻って来ていない。
それが何を意味するのか、考えずにはいられなかった。だが、それはギルドの管轄外の事であり、不用意に首を突っ込む事でない事も理解していた。
ジェラルドは、エリナの顔を見た。最初に見た数日前に比べると、やや窶れはいるが、その表情は何処かスッキリしている様にも見える。
アマカは何時ものように、この後、何を食べに行こうか考えてる感じだし、シュウもいつも通りだった。
「分かった。手続きを済ませよう。現地までの足と依頼達成までの、諸々の費用はそちらの国で面倒を見るでいいのだな?」
「はい。依頼書にも記載しました通り、現地で充分に依頼をこなせる様、細々とした事は全て、こちらで対応いたします。ご安心ください」
「承知した。それじゃぁ、シュウ。無事に帰ってきてくれよな。ただでさえ、最近納品が少なく、商人やら職人から、せっつかれていて、たまらんのだ。無理するなよ」
「ありがとうございます。ジェラルドさん。無事に戻ってきますよ」
シュウとアマカ、エリナの三人は、出発に向けて、部屋を出て行った。
コンッコンッコンッ
「入れ」
「失礼します。報告書を持ってまいりました」
ノックをし、職員の一人が入室すると、手に持った報告書をジェラルドに渡した。
そして、一礼すると、退出したのだった。
「ふむ、なるほどね。まったく…」
ジェラルドは報告書を読み終えると、火を点け処分する。
ギルドの裏手にある目立たない場所にて…
「はい、手間賃よ」
「へへへ、ありがとうごぜいやす。へへへ」
職員の一人は、情報屋に金を渡す。
「へへへ、姐さんも大変ですねぇ。へへへ」
「ツマラナイ事言ってると、刻むわよ」
職員の指先の間からは、鈍くされど鋭く光る物が顔を覗かせている
「へへへ、おお怖い怖い。それでは。へへへ」
職員はギルドの建物に戻る。
薄暗い廊下を、まるで昼下がりの小路を歩くかの様に、スカートを翻し、バレリーナの如く回りながら、ステップを刻んでいく。
「もぉ、シュウ様ったら。相変わらずステキ。私も守ってもらいたーい。…でも、あのクソビッチ。依頼の間にシュウ様に手を出そうものなら、ウフッ、刻んであげる」
その時の彼女の表情を知る者は誰もいない。