幕間 それぞれへの影響
「隊長、ちょっといいですか?」
夜営の最中、アルシュエル所長の護衛の中でも最も年若い一人が、隊長に話しかけてきた。
「ん?どうした。何か問題でも発生したか?」
「いえ、特に問題は発生しておりません。ただ…その昼間の…」
言い淀む彼を見て、隊長は察した。
昼間の移動中、本来この地域に棲息しないはずの虎型の魔獣が現れた。
その際に、シュウが魔力糸を使い、余裕をもって魔獣を拘束する戦い方を見て、思うこ事あったようだ。これまで自分達がやってきた方法と全く異なる事。そして、その戦い方が、自分と比較し柔軟性と強さに秀でていた事に困惑しているのだろうと。
「お前はまだ若い。国外、それも遠くの地での活動が許される様になって、まだ日が浅い。だから困惑しているのは分かる。世の中には、本当にバケモノみたいな奴はいるもんだ。彼もその一人と言うだけだ」
「しかし、彼は…その…スキルゼロなんですよね」
「そうらしいな。私もそう聞いている」
「なら、ありえないでしょう。神に嫌われた者なのに…」
「お前は特に信心深いから、そう感じるのかもな」
スキルは神から愛されている証、世間一般において、それが共通認識であり、若い護衛の彼もそう教えられてきた。
少数精鋭で構成された要人の護衛に選ばれた彼は、複数のスキルとそのレベルの高さで周りから称賛され。また、信心深かった彼は、その環境に溺れること無く、研鑽を積み、努力を重ねてきた。
それでも、今現在の彼の実力では、昼間に会った虎型の魔獣は、ソロでは決して倒すことのできない相手であった。
「神に嫌われた者のくせに…」
頑張ってきた。努力を重ねてきた。その結果、自信に結び付き、高い誇りをもって努めてきた。
その事が、スキルを持たないシュウと言う存在が、活躍が許せなく感じていた。その考え方に決して悪気がある訳ではない。見えない他人の努力を軽視している訳でも、無視している訳でもない。
ただ、この世界において、最も広く一般的な常識が
「スキルは神に愛されている証」というだけなのだ。
隊長はそんな彼を見ながら
「スキルゼロが神に嫌われた証とも神が愛していない証とも、どの教会も言っていない」
と言う事実を、彼に教えるべきか決めかねていた。信心深い彼の事だ。下手をすれば護衛全体の士気の低下に繋がりかねない。
隊長は、今時点では、この事を深堀するべきでは無い。そう決断した。
「慣れない国外活動で疲れているんだよ、お前は。今日はもう休め。いいな、これは命令だ」
「……はい、了解しました」
気落ちした彼を見送りながら、無事に帰国できる事を祈る隊長であった。
シュウ達一行から、かなり離れた位置の深い森の中。
そこに二人の人影があった。
一人は、その肉体にどれほどの筋肉を内包しているのか想像を絶する程の太く厚い筋肉を持った大柄の男。その目は赤く、煌々と輝きはなっていた。その指先には、まるで大きな鎌を取り付けたような鋭い爪が切り裂く対象を探していた。
「まさか、あれほどとはねぇ」
もう一人は逆に背格好こそ、中肉中背であったが、その背中からは大きな項目の様な翼が生えていた。その翼からは淡く緑色の光が溢れている。その目は翼同様緑色に輝き、思慮深さを思わせた。
「そうだな、予想以上ではあるが、想定内ともいえるな」
その二人は、他の地域にいた虎型の魔獣をこの地に移動させ、シュウの近くに行くようけしかけた張本人であった。
「あの方に傷を負わせたのだ。あれくらいの魔獣に手こずるようでは来た意味が無い。余裕で出来てもらわねば困ると言うものだ」
この者たちは、アマカやシュウと対峙したデーモンの配下のようだ。
「直接の接触は避けるように言われているからなぁ、それなのにその実力を計れだものなぁ。間接的にといっても限度があるよぉ」
「文句を言うな。それより報告に帰るぞ」
そう言うと、二人の姿は深い森の闇の中に消えていった。