依頼
シュウは、アリオス達と別れた後、常宿にしている「リスの巣穴」に訪れた。名前だと小さそうだが、以外と大きく、繁盛している宿だ。
この宿に食堂は無く、外で食べる事になるが、この街は海に面しているため、飯屋が多い。
その分、宿代が比較的安めだ。
正にお一人様向けである。
とりあえずチェックインを済ますと、待ち合わせにはまだ時間があるので、一休みする事にした。
・・・・・・
・・・
ふとっ気がつくと、外はだいぶ暗くなっていた。
予想外に寝てしまったらしい。
急いで待ち合わせの店に向かう。
飲み屋街は大変な賑わいを見せていた。
仕事仲間達と騒ぐ者、恋人と二人の世界に浸る者、喧嘩する者、歌う者、カウンターで一人で飲む者・・・
この時間帯はまだ一様に幸せそうだ。
一際賑やかな店に入る。
この店は狩人達のご用達であり、料理や酒の種類も量も、そして味も豊富な店だ。
「おーい、シュウ。こっちだー」
広く3階まで吹き抜けのある店内の2階部分に「赤竜の爪」のメンバーが揃っていた。
「悪い、遅れちまった」
「別にかまわんさ。まっ、もう始めちゃっているけどな」
そう言うアリオスの前のテーブルには、乗りきれない程の料理が並んでいた。
席に着くと、いきなり首に手を回されて引っ張られた。
すると・・・
「待ってたのよぉ。ハ・ヤ・ク、オ・ネ・ガ・イ」
と甘く囁きながら、酒の入った器をグイグイと頬に押し付けて来る。
この酒乱エルフめ・・・
呆れながら、魔力糸で酒を冷やす。
こうして普通に楽しんでいると、二人の男性が近づいて来た。一人はランデル商会の素材収集部門責任者、オックロード・ランデル。リアルタイプの熊の獣人だ。
「ご歓談中のところ、失礼します。皆様お揃いとは、素晴らしいタイミングだ。」
「ん?おお、オックロードさん、ご無沙汰しております。珍しいですね、こんな場所で」
「シュウさん。ご無沙汰しております。何時も品質の高い素材をありがとうございます。赤竜の爪の皆様もお元気そうで何よりです。」
「はい、どうも。って言うか、どういうつもりだ?雰囲気からして、挨拶しに来ただけでは無いのだろう。ギルド外での依頼や商談はルール違反だろーが。まして酒の入ってる席で・・・」
アリオスは、不機嫌に返す。
「そこについては、申し訳ございません。ただ、今回はランデル商会として来たのではありません。まずは友人を紹介させてください。」
オックロードは、控えていた男性を前に促す。
「皆さん、初めまして。植物学者のアーベン・ヒロアームと申します。」
アーベンは普通の人のようだ。自己紹介をすると、普段物静かなチャーリが勢い良く立ち上がった。
「あっ、あの高名なアーベン・ヒロアーム教授!」
珍しく興奮するチャーリをアリオスが窘める。
「落ち着けよ。何だ?有名人か?」
「アーベン教授は、あの学術王国で有名なエンドラ王国の生物学研究所の名誉教授で、植物学の第一人者だよ。森林魔法を使う僕にとっては、神様みたいな人だよー」
「ほぉー」
興奮冷めやらぬチャーリを放置すると、話が進まないので、無理矢理椅子に座らせ、話の続きを促した。
「実はですね、ここより南西の海上にラミア族の住む島があります。その島は少々変わった植生をしており、度々サンプルの植物を送ってもらっていました。」
「その島は我がランデル商会の使用する航路の傍でしたので、ビジネスとして、ラミア族からの特産品の買い取りと教授の所までの輸送を請け負っております。」
「ふむ」
「ところが、最近、ラミア族との取引が途絶えているのです。ラミア族は島内の深い森に住んでおり、外部の進入者を拒んでおります。そのため、取引は常に入り江の海岸でのみ。ですので、信頼のおける狩人に現地調査をお願いしたく、オックロードさんにご協力して頂いたのです。」
「なるほどねぇ、まっ、どっちにしても、今は何も言えないぜ。って言うか、そもそも俺達はお呼びじゃないか」
「そのような事はありません。赤竜の爪の方々にも、是非協力を願いしたいのです。」
するとチャーリは立ち上がり
「アリオス、やろうよ!協力しよ!」
「うっせー、黙ってろ!たくっ、とにかく明日だ。もう一度ギルドで話を聞く。ふぅー、すまねぇ、シュウも、それでいいか?」
「ああ、勿論だよ。」
「では、また明日。ギルドでお会いしましょう。」
こうして、オックロードとアーベン教授は席を後にした。
この後も興奮したチャーリが、アーベン教授について延々と語り続け、
一人静かだったメリナスは、いつの間にか寝ていた。
「ねぇ、これも冷やして、オ・ネ・ガ・イ」
考えるシュウとアリオスを余所に、酒乱エルフはマイペースだった。