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夏色の夢  作者: すずしろ
1/2

前編 (すずしろ)

 ――また来年の夏に会いましょう――



「……っ、またあの夢……」


 蝉が鳴いて、草木が青々と茂る夏真っ盛り。この時期になると私は決まってこの夢を見る。

 時間を見ると七時過ぎ、一限まではまだ時間があるけれど二度寝できるほど眠たい訳でも無い。それなら久しぶりに朝ごはんでも作ってみようと、ベッドから抜け出てキッチンに立つ。冷蔵庫の中を開けて見るが、中には悲しい程に何も入っていない。そういえば昨日材料を買いに行こうと決めたばかりだった事を今思い出した。

 仕方ないから、私は服を着替えて外へ出る。夏場の朝の容赦のない朝日を受けながらコンビニへ向かった……



「……面倒だし、おにぎりとサンドイッチでいいか」



 朝ごはんとちょっと気になった雑誌を買って、私は住んでいるマンションに戻る。親元を離れての一人暮らし。一年ほど一人で過ごしてみると苦楽がわかった。ぼんやりした頭のまま部屋に戻って、もそもそと朝ごはんを食べながらスマホを片手に溜まったメールにざっと目を通す。大体が特に意味も無い商品の紹介メールだったりと、別に読む必要もなさそうなものばかりだったので題名だけ見て次々とメールに目を通していく。

 その中におばあちゃんからのメールが入っていた。今年で七十を超えるはずなのだが、現役の農家でネットを使っての委託販売もしているらしくたくましいなぁ……って思ってる。



「なになに……たまには帰ってこないって? うーんそうね……たまにはいいかなぁ気分転換にもなるし」



 行く旨を返信して時計を見ると、八時を少し超えたくらいの時間。私は、身支度を整えるとそのまま大学へと向かうのだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇



「やっほー花音」

「あ、理沙じゃん久しぶりー」



 大学の校舎で私に真っ先に声をかけてきたのは私の昔からの友人、理沙。何だかんだ中学から一緒に進学してきたからか腐れ縁のようなものは感じている。学部は違うものの連絡を取り合ってそれなりにあって外食へ行ったり遊びに行ったりはしていたりする。


「珍しいね一緒の日に登校なんて」

「休み前の集会があるからでしょ……忘れてたの?」

「わ、忘れてなんかないし!?」


 忘れてたな、と心の中で断言して私たちは講堂へと歩いていく。何だかんだそれなりにいい所ではある為か、たまに正装を着てくる生徒の人もいた。いや、暑いでしょ絶対。


 休み前の軽い挨拶は本当に軽いまま終わって、そのまま流れ解散となってしまった。空き時間をどうしようかと考えながら、最寄り駅から電車に乗って考えているうちに、私がよく行くゲームセンターがある駅で降りてしまった。つまりは……そういう事なのだろう。身体はゲームセンターを求めている……



 駅前のゲームセンターに入って真っ直ぐ向かうのは音楽ゲームコーナー。俗に言う音ゲーね。筐体前に立ってカードをかざすと私のデータが出てくる。そのまま筐体にお金入れず、カード内にチャージしておいた電子マネーでゲームを始める。このゲームは今でこそ筐体数が少なくなってはいるものの、昔はかなり人気の機種だったのよね。

 いきなり高難度を触るのも身体に良くないし、徐々にエンジンをかけていきましょ。


 数回プレーして身体も十分温まった所で、本腰を入れて高難度の攻略をしましょうか。今日やる譜面は前作のエンディング枠の曲。このゲームのトップランカーの人さえ最初はクリア出来なかったとんでもない曲なのよね……

 クリアの鬼門になってくるのはラストの超発狂。右手と左手で別のリズムを取らせる上に速度も早いって……ボタン九つのゲームでやる譜面じゃないって当時やっている人間全員が言ってたわね。



「さーてと、今日はクリア出来るかしら?」



 ◇◆◇◆◇◆◇



 あれから四時間程度の時間が経ち、私はヘトヘトでゲームセンターを後にした。

 結果としてはクリアは出来なかったけれど、あと少しという所までは食らいつけたし、近いうちにクリア出来そうね。近くのスーパーによって食材を見ながら、今日の夜ご飯の献立を考える。明日からはおばあちゃんの家に行くしそこまで買わなくてもいいわね。


 という訳で今日の夜ご飯は唐揚げに決まったわ。



 家に帰ってから肉の下ごしらえを済ませて、ご飯を炊いてからパソコンを付けて肉に味がしみ込むのをしばらく待つ。


「……結局、この時期に決まってみる夢って何なのかしら……」


 ふとそう思った。だって、決まった時期に全く同じ夢を見るなんておかしいじゃない。しかも八月の終わりくらいにはほとんど見なくなるのよね。夏に入ったあたりからお盆迄位は三日に一回くらい見るのに。気にしても仕方ないって能天気な理沙ならいいそうだけれどね。


 そんな事を考えていたら、ご飯の炊ける音がした。……あれ? そんなに時間経ってたの?

 私は急いで鶏肉を揚げにいく。味が濃くなってなければいいけど……



 ◇◆◇◆◇◆◇



 唐揚げは無事だったのでそれなりの味だった。ご飯と一緒に食べると罪の味がする……美味しい。

 ご飯を食べ終わり、食器を洗ってそのまま寝てしまっても良いのだけど、まだ十時過ぎ。寝るには早すぎるわね。という訳でさっきから気にしていた夢の事を調べようとネットサーフィンを始めた。


「なになに……同じ夢や内容が鮮明な夢は何かを無意識に知らせようとしていたり、深層意識に基づいたものが多い……とは言ってもねー」


 改めて夢の内容を思い出してみる。

 場所は……田舎っぽい場所だったような気がする。お祖母ちゃんが住んでいる場所が近い……かな。そこに私ともう一人女の子がいて……普通に遊んでいたような? それで、夢の最後の方に決まって遊んでいる娘が言う言葉が


「また来年の夏に会いましょう……かぁ」


 私にはその言葉の意味がさっぱり分からなかった。また会いましょうって、どういうことなのかしら……私そんなに毎年会ってたっけその女の子とって今なってる訳なのよね。謎が謎を呼ぶ。



「んー……! わからん! 寝る!!」



 全てを諦めた私はそのまま眠りにつくのでした。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 ふっと目が覚めると、窓の外からは朝の陽ざしが差し込んでいた。まだ眠たい状態でスマホの画面を見ると時刻は八時過ぎ。今から着替えてお祖母ちゃんの家に向かっても昼くらいと考えるとそのまま着替えて向かってしまおうとごろごろとベッドから転がり落ちるように起き上がる。



「んー……っし! 着替えて行きましょうか」



 お祖母ちゃんの家に行くには複数の電車を乗り継いでいかないといけない為、お尻にもお財布にも微妙に優しくなかったりする。しがないバイト学生だと年に一度いければいいくらいなのよ。実際、何だかんだ一年に一度はこの時期にちゃんと帰っていたりする。


 夏休み真っただ中である為か学生っぽい人は少ないけれど、そんなのに縁の無さそうな会社員や、家族連れがいるから実はあんまり朝の電車が空いているとかそんな甘い考えは許されなかったりするのだ。まあ、そうだとしても普段よりは人が少ないのは間違いないわね。

 スマホを弄りつつ電車に揺られて数十分。ようやく最初の乗換駅にたどり着く。ここまでならまだちょっとした郊外なのだが、ここからどんどん田舎方面へと突き進んでいかないといけない。最終的には一時間の内に電車が一本しかない所まで行くので、乗り換えはスムーズにいかなければかなりのロスを生むことになってしまう。一年に一度しか行かないのはその緊張を何度も味わいたくないというのもあったりする。ただ、乗り換えてしまえば一時間くらいはまた電車に揺られて乗り換える駅まで窓の外の景色を眺めるなり、スマホを弄る時間に変わるのでそこからはしばらくは楽だ。



「お腹空いたし、何か鞄の中に入っていたりしないかな……」



 鞄の中をごそごそと探って食べ物を探すと、グミが一袋と飴玉が何個か入っていた。行く前に狩っておけばよかったなぁとほんのり後悔しながら、私はグミの袋を開けて口の中に放り込みつつのんびり窓の外の景色を眺めながら列車に揺られるのだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 それからも何度か乗り換えを経て、ようやく目的地にたどり着いた。自動改札などあるわけも無く、今でも古き良き手動の改札……なのだが、無人駅なので改札して機能しているかどうかは非常に怪しい。そのくせして、券売機だけは自動なのだから良くわからない。

 日差しを遮るものも無く、あるのは獣道のような踏み固められた道路だけ。いかにも田舎っぽさが漂っているこの町……というか、村というか。そんな場所にお祖母ちゃんは住んでいる。私の両親は何度か都会の方に越してきてはどうかと聞いたらしいが、本人たちはここがいいと言って拒否したのだとか。

 ……まあ、交通の便の悪さはさておき、こういう都会の喧騒からかけ離れた場所はたまに来たくはなるから、私としては何も言うことは無かったりする。



「この道を真っすぐだったわね」



 私は田んぼと畑の間に作られた道を歩いていく。途中には雑木林やら、何かが取り壊された後の空き地に青々と茂っている草花を見て夏だなぁ。と思いながら汗をぬぐいながら歩いていった。遠いのよ、お祖母ちゃんの家。



 ようやくおばあちゃんの家にたどり着くころには、汗でべたべた、行きに買っていた飲み物も底をつきかけているくらいだった、こんな所にがっつり化粧をしてくる人なんていないだろうけど、いたら間違いなく危ない事になっているでしょうね、主に顔が。



「おばあちゃーん。いるー?」


 家の前で私がそう声をあげると、裏の方からいるよーと声が返ってくる、どうやら家の前待機は免れたようだ。


「来たよー家の鍵開いてる?」

「開いとるよ。花音ちゃんはゆっくり休んでおきな。ここまで来るの、疲れたでしょう?」

「ええ、とってもね」



 私は家の扉を開けて、右手の和室に雑に荷物を置くとそのまま台所に直行。冷蔵庫を開けてよく冷えた麦茶を拝借。

 裏の庭が見えるところで私は持ってきたグラスに麦茶を注いでそれを飲み干すと、疲れた体に一気に染み渡る。暑い時の麦茶ってどうしてこんなに美味しいのかしらね。


 おばあちゃんたちは裏の畑で何かを収穫しているようだった。今だとトマトとか胡瓜かな。ちょっと休んで、それでもまだ続いていたら手伝ってあげようかな。



 ──やっと、来てくれたね──



 その時、不思議な声が聞こえた気がした。振り向いてもそこには誰もいるわけがないし、夏風がちりんちりんと風鈴を鳴らすくらいだった。

 でも、わかった事はある。私の夢は、ここに関係のある事だって事だという事。

 それが何かは分からないけれど、多分すぐわかるでしょう。だってそんな気がするのだから。

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