第54話 ウガルの悲劇
劇場の代行にお願いして、拠点に戻るおっさんら一行である
夕方に始まった劇のため、もうすっかり夜も更けている。
セリム母が、劇で気になったウガルの悲劇について話をしてくれるとのことだ。
拠点に戻りいつもの1階の打ち合わせ室兼食事場所に集まる。
侍女達2人がお茶と軽食を用意する。
皆席に着き、セリム母の話を聞くようだ。
ぽつぽつと話し始めるセリム母である。
「ウガルの悲劇とは、この都市で生まれた言葉です」
「言葉?」
(うん?過去の話をしてくれるんじゃなかったのかな?)
セリム母の言葉に疑問系で返事するおっさんである。
「はい。言葉の意味は『能力や才能のあるものほど、難題が押し寄せ不幸になる』というものです」
皆疑問符がでたような顔でセリム母を見る。
そんな言葉があるのかとイリーナを見るおっさんである。
イリーナを見るが横に首を振る。
どうやらウガルダンジョン都市でよく使われる言葉のようだ。
セリム母は話を続ける。
「もちろん、語源となるものがあるのです。このような言葉を生み出す結果となったものがあるのです。それは、私の祖父であり、街の英雄であるアレク=フォン=ウガルに降りかかった不幸な話です」
セリム母が自分の祖父の話を始めたのだ。
ウガル家の嫡男として生まれたアレクは、中でも希代の才能に溢れた青年であったとのことだ。
そのアレクは15歳になると、騎士団に入るわけでもなく、王都で要職に就くわけでもなく冒険者になったのである。
(貴族が冒険者になるか。異世界ものなら普通だけど、話の感じだとかなり珍しい事例なんだろうな)
ウガルダンジョンに通いながら、戻ってきたら、街で冒険者たちと楽しくお酒を飲む日々が続いたとのことだ。
気さくな性格で、実力もあり、街の人気者であったとのことである。
ダンジョンに通い始めて18歳になるころには、Bランク冒険者になり、街で知り合った女性と結婚し、その女性との間で子供ができたそうだ。
「それが、私の父、リヒト=フォン=ウガルです。父リヒトは冒険者である自分の父親を見て育ったのです」
(今のところ、モテモテで才能もあって楽しいダンジョン生活のように聞こえるけど)
「しかし、問題が起きたのは祖父アレクが25歳になったときのことでした。その時ウガルダンジョンでは未踏であった50階層の攻略に成功をしたのです」
「50階層到達が不幸の始まりってことですか?」
「はい、50階層から皆さんもご存じのとおりAランクモンスターが1体で出るのです」
冒険者を始めて10年たったアレクは50人近いクランを率いるリーダーだったとのことだ。
51階層から55階層はAランクのモンスターがでるが、出てくるAランクのモンスターは1体だけである。
クランメンバーと協力してAランクモンスターを倒していったそうである。
10年近く冒険者をやっていたアレクは月に何体ものAランクモンスターを倒したとのことだ。
その当時は、今以上にAランクモンスターの素材や魔石が高価な時代であったとのことである。
「街に富をもたらしたのですね」
「はい。街は大いに栄えたそうです。今も50年前の事を覚えている方は懐かしく思うほどにです。そして、数年が経ち王家が動き出したのです」
(高度成長期の日本のようなものか。それかバブル期かな)
隆盛を極めたウガルダンジョン都市とウガル家であったそうだ。
アレクは毎月のように街と家に富をもたらす英雄であったそうだ。
「その当時の国王陛下に祖父アレクが呼び出しを受けたのです。内容は、街と王国に富をもたらしたことを称えAランク冒険者に認める。また、ウガル家も継ぎ伯爵なることを勧めてきたのです」
「名誉も爵位も与えた。そしてその時お願いをしてきたのですね」
「はい、劇場であったとおりです。富を築き、街を繁栄させたウガル家の当主にウガルダンジョンの攻略を命じたのです。王家にダンジョンコアを捧げなければ、王家への反乱の意思ありとするとまで言われたそうです。ウガル領をウガル家から没収し王領にするということです」
富を築いていくウガル家を、王家としては力を削ぎたかったとのことである。
未踏でダンジョンコアを捧げない状況での、ウガル家の嫡男が稼ぎ続けることを良しとしなかったとのことだ。
その当時は、先王が貴族に対して厳しい王命を下していたのである。
無理な課税を課して苦しんだ貴族も多かったとのことである。
隣国と接する貴族に対しても厳しい戦いを迫ることも何度もあったとのことだ。
「アレクは領主になり、アレク伯爵になりました。領内にある貴族家から2000人の人員を動員したのです。殆どの騎士はダンジョンに行ったことないため、1階層からの攻略になります」
ウガルダンジョン都市の騎士は2000人である。
それは50年前も同じくらいだ。
ウガルダンジョン都市に常にいる兵は騎士も合わせて5000人である。
しかし、2000人の騎士全員をダンジョンに入れると街を守りに不安がでるのだ。
1000人をウガルダンジョン都市から、あと1000人は領内の街から集めたそうである。
編成を分けて、攻略を勧め、確実にダンジョンを攻略しようとしたアレクであったそうだ。
10年以上にわたって、ダンジョンに通い、熟知した作戦であったのとことである。
また、王国でも他国でも兵士の数によって力業でダンジョンを攻略する方法は一般的であったとのことだ。
100人や200人の半端な人数で攻略するよりも負担も犠牲も少ないとされてきたのだ。
「せっかく50階層に到達した富も、攻略に向けての人件費や費用も必要となりどんどん失っていったそうです」
(まあ、これが王家の目的だったんだろうな。家を継がずダンジョンで稼ぎ続けている嫡男に家を継がせ、貴族の務めと言いながら、難題を与え、お金を浪費させまくったんだろうな)
「ほとんどの犠牲を出さずして1年とかからず、配下とともに50階層に到達しました」
10年にわたるダンジョン攻略の記録と記憶を持っていたアレクだから成しえたことであったとのことだ。
セリム母を見つめ、皆黙って話を聞いている。
「50階層に到達し、これからダンジョンコアを探しに行くという日になりました。アレクも何階層にダンジョンコアがあるか、不明であるが、60階層前後の階層だと予想していたそうです」
他のダンジョンと同じ程度の階層にダンジョンコアがあると踏んだアレクである。
ダンジョン広場で未踏の階層を挑戦するので出発式を行ったのである。
次戻ってくるときは、ダンジョンコアを持って帰ると。
騎士の家族たちも大勢来たそうです。
20歳前後の若い騎士も多く、家族や恋人と別れを惜しんだそうだ。
当然長年アレクと共に歩んだクランメンバーも一緒に行こうとしたそうだ。
我ら貴族も騎士も王命のためにダンジョンの攻略にいくのだ。
金を稼ぐことが目的であったクランに命懸けのことはさせられないと、帯同を拒否したアレクである。
しかし、断固として拒否を断り、帯同したクランメンバーであったそうだ。
(何かあったときのために、50階層に行けるものを残しておきたかったのかな)
10年以上付き合ってきたクランメンバーとアレクの、広場でのやり取りを想像するおっさんである。
「2000人近い騎士を引き連れ、ワープゲートをくぐり消えていったアレクです。アレクは父リヒトに、おそらく1か月は攻略に時間がかかると言ってダンジョンに入ったそうです。このとき、ダンジョンに入るアレクを見守る父リヒトは11歳でした」
ダンジョンコアに入っていく英雄アレクと2000人近い騎士。
無事に戻ってきてほしいと願う家族や恋人たちであったそうだ。
吸い込まれるようにダンジョンに入る父を見つめる11歳のリヒトであったとのことだ。
「しかし、1カ月たってもアレクは戻ってきませんでした。それが3カ月、半年、1年経っても誰一人戻ってくるものはいなかったのです。誰一人です」
当時、たくさんの家族や恋人、アレクによって生活を救われた街の人達がダンジョン広場に集まって祈りを捧げたそうだ。
1カ月はかかると、広場で待つ人たちも少しずつ不安に思い始めたそうである。
それが3カ月もすると、不安はより大きくなり、6カ月、1年も過ぎると絶望に変わっていったそうだ。
「食料もかなり多く詰めてダンジョン攻略を目指したアレクでありましたが、1年過ぎたころに、広場で待つ人達もダンジョン攻略は失敗に終わったことに気付いたそうです」
広場では毎日泣き叫ぶ人たちがいたそうである。
冒険者ギルドには、毎日のように捜索依頼が入ってきたそうだ。
当然50階層以降の依頼を受けれるものがいないにもかかわらずである。
事態を重くみたウガル家はアレクがダンジョンに入った猶予期間を設け、3年後に捜索依頼を冒険者ギルドは断るよう指示したそうです。
3年経っても毎日大勢の人が押し寄せる広場も、冒険者証や一部の商売許可証の発行がない人が入ることを禁止にしたのだ。
「もしかして、拠点に戻るとき、大通りで祈られたのは遺族たちだったのでしょうか?」
おっさんはダンジョンから拠点に戻る際、大通りでたくさんの人達にお礼を言われたのだ。しかし、中には地面に膝を付け祈る者もいたのである。
「はい。恐らくですが。あと2か月ほどで、アレクがダンジョンに入った日になります。その1日と前後1日の3日間だけは誰もがダンジョン広場に入ることが許されるのです。慰霊祭が広場で行われるので、その日のために、早めに街の外の領内からやってきた士爵家のものかもしれません」
アレクと2000人の騎士を失って50年目の節目の年である。
現在、前人未踏のダンジョンの攻略の情報が領内に広がっている。
今年は例年以上に領内から人が集まることが予想される。
期間より前にウガルダンジョン都市にやってきた遺族たちもだろうとのことだ。
ウガル領内でおっさんの活躍を聞いて、捜索依頼は出せないが、せめて祈りたいと思う遺族かもしれないと言うセリム母である。
王家も、正直ここまでの事態になることは予想だにしていなかった。
多少の犠牲を払いつつも、ダンジョンコアを納めさせ、ウガル家がダンジョンを統治するものであると。
この状態で、ウガル家を取り潰すと、貴族からも人民から反感を買い、巨大な暴動に繋がると考えた王家は、ウガル家の統治を承認したそうだ。
その後50年間ダンジョンコアを納めるよう命令することはなかったという話であった。
その後、残された父リヒトは20歳になったときに、ウガル家を引き継ぎ、大勢の騎士を失った領と御家の復興に尽力を注いだという話をしたのであった。
あの悲劇があったため、父リヒトはダンジョンに対して並々ならぬ執念を持つようになったとのことだ。
しかし、一度傾いた家を建て直すことで手一杯な自分を呪いながら20年かけて再興したとのことだ。
そして、二度と同じ王命がでないように40歳になったときに代官を置いて、王都のダンジョンを管理する部門に身を置いていると、これまでの父リヒトの半生について話すセリム母であった。
(それが謁見時のウガル伯爵の言葉だったんだろうな)
謁見で激怒したウガル伯爵を思い出すおっさんである。
セリム母の話を聞いてから3日が過ぎた。
「では、行きましょう。ダンジョンコアがなければ今回は90階層ボスの攻略を目指します」
「「「はい」」」
いつものようにおっさんら一行10人はダンジョンを目指すのだ。
(そうか、50年前といえば20歳前後なんだろうな)
おっさんが、大通りを歩いていると、70くらいの老婆が、50くらいのおじさんとともにおっさんに向かって、2人で膝を地につけ祈りを捧げている。
50近いおじさんは騎士の服を着ているようだ。
それは、ダンジョン攻略への願いか、ダンジョンへの復讐か、自分の無力を呪ってか、おっさんには分からないのだ。
(ウガルダンジョン都市を救ってみせるか)
劇で見た、おっさん役が言った言葉がおっさんの頭の中で何度も木霊しているのであった。