第49話 王女と親衛隊長
76階層到達後、拠点に戻ってきた朝のことである。
14人で朝食を食べているのである。
「さて4日間の休暇にします。皆さん思い思いに過ごされてください」
「「「はい」」」
休みの日程を発表するおっさんである。
拠点に戻ってきた朝の日課になっているのだ。
「ヤマダ男爵様はいかがお過ごしになるのですか?」
「え?特に何も魔石の競りでしょうかね・・・。孤児院をチェプトが調べてくれたので、競りのお金の一部を寄付しにいこうかなと思ってます」
最近はダンジョンに入るようになって長くなり新鮮な情報が少なくなってきたのだ。
冒険者ギルドで調べることもなくすることもなくなったおっさんである。
当然ダンジョンネタも枯渇し、ブログネタの整理をすることも減ってきたのだ。
現実世界に随分戻っていないのだ。
なお、チェプトの話では孤児院はウガルダンジョン都市に3か所あるとのことだ。
(ダンジョン攻略に向けてブログネタほしいところだな。夢のDIY生活でもするか。そういえば、俺の渾身の風呂もイグニルとヘマの愛の巣になってたな。ぐぬぬ、混浴禁止の看板つくっちゃる)
と従者イグニルとパン屋の娘ヘマのことを考えていると、ヘマから休みの提案があるのだ。
「でしたら、劇などいかがですか?お店のお客さんから聞いたのですが、今度繁華街で新しい劇をやるって言っていましたよ。次回の休みに行ってみてはいかがでしょうか?」
「劇ですか?」
(お、いいブログネタになるかも?異世界あるあるに劇もあったな。ヘマには座布団1枚上げよう)
「はい、ヤマダ男爵様を主役にした劇だそうですよ!」
「へ?」
「「「おお!!!」」」
おっさん以外はどよめきたつのである。
(ぶっ、だれが自分の劇を見るねん。残念ながら上げた座布団は回収させていただく)
「さすがに自分の劇はなんて顔して見ればいいか分かりませんので、見たかったら皆さんで見に行ってください」
「なんだよ!見に行こうぜ。物語のいい参考になるかもしれないぞ」
といったセリムを見るおっさん。
セリムはニヤニヤしている。
(ぐぬぬ、とうさんはそんな子にセリムを育てた覚えはないぞ)
セリムもきっとおっさんみたいな父を持った覚えはないのである。
「いいではないか、どうせ拠点では暇なのだろう?よし、決まりだな。今度の拠点に戻ってきた休日に劇をやっていれば劇にするぞ」
イリーナも、ブログネタが減って、タブレットをいじる回数が最近減ったこと気付いているのだ。
「でもこの人数だとさすがに席がないかと思いますので」
「何を言っている、個室を取るに決まっているだろう。ケイタは貴族なのだからな」
イリーナの話では、オペラの劇場の個室席みたいなのが、観客席の両壁側に備え付けられているとのことだ。
個室からゆっくり見ることができるとのことだ。
「そうですか」
イリーナの決定で今度劇を見に行くことになったのだ。
冒険者ギルドに向かうおっさんら一行である。
新たな魔石100個を競りに出し、前回の魔石100個の競りの売り上げ金を回収するのだ。
冒険者ギルドの素材回収担当の受付に魔石100個を渡し、前回の100個の魔石の競りの代金白金貨3200枚をもらう。
(ふむ320億円か。前回は370億円だったな。チェプト管理のお金が1000億円超えるんじゃないのか。)
すると、通路の向かいから以前の会議室であったネズミ耳の商人と目が合うのだ。
「あ、こんにちは」
「こ、これはヤマダ男爵様お久しぶりでございます。競りに魔石を出していただきありがとうございます。これまでに8個を落とさせていただきました。まだまだ競り落とさせていただきますよ。それにしても、本日は競りの代金を受け取りに来られたのですか?」
ホクホク顔で話すネズミ耳の商人である。
「そうです。まだ魔石を落とされるんですか?」
(魔石を競りに出しほしいと言われてもう200個近く競りに出したのだが、まだ足りんのか?)
「そうなんですよ。追加でお金が送られてきて、まだまだ落とすようにとのことです。当分街にいることになりそうですよ。それで、まだ、魔石は競りに出されるのでしょうか?」
会話次いでに、今後の魔石の情報を聞き出そうとするネズミ耳の商人である。
「はい、新たに100個魔石を競りに出しました」
「お、おお、さすが素晴らしい武勇でいらっしゃいます。もちろん、次の競りに参加させていただきますよ。あれ、こちらの方々はヤマダ男爵様のクランメンバーの方で…」
ネズミ耳の商人が1人のクランメンバーを見たところで、固まってしまい、言葉が詰まったようだ。
「ん、いかがされましたか?」
様子がおかしいネズミ耳の商人に尋ねるおっさんである。
どうやらパメラを見て固まってしまったようだ。
「お、おお、おおおお、よ、よくぞご無事で、殿下、パルメリ、ぐむっ、んんん…」
必死に言葉をひねり出すネズミ耳の商人。
しかし、最後まで言い切る前にソドンが商人の口を塞いだ。
そして、ソドンは口を塞いだまま、抱きかかえ上げ、上の階にネズミ耳の商人を運んでいくようだ。
「す、すまぬ。ケイタ殿、2階の会議室を借りる旨、受付に一言言ってくれぬか!」
必死の形相で訴えるソドンである。
一言受付に2階の会議室を使う旨伝えるおっさんである。
おっさんも会議室の話声のする会議室の一室に向かうのである。
「これはどういうつもりか!」
普段温和なソドンが鬼の形相である。
混乱するネズミ耳の商人を囲むクランメンバー達である。
「へ?え?これはソドン親衛隊長様もよくぞご無事で…」
「そなたは、確か獣王家お抱え商人のダパルコであったな?」
ソドンが問う。
「は、はい。魔石の買い付けに来ております。こ、これはどういうことでしょうか?殿下もいらっしゃるのは…」
これは何が起きたかという顔をするクランメンバー達である。
おっさんが、パメラとソドンのステータスを他の人には開示していないのだ。
これは、元奴隷であり、生い立ちについて、奴隷解放した日に聞かないでほしいといったソドンの思いを汲んでいたのである。
なので、皆はパメラの名前にガルシアの冠があることを知らないのだ。
「パメラ様、いかがされましょうか?やはりここは」
「無理はよせ。お前には始末できまいて。口止めだけでよいのだ」
「は!」
「ダパルコよ」
「は、はい」
「殿下の安否が獣王国に知れればどうなるか、お前でも分かるな?」
「は、はい」
「お前はウガルダンジョン都市で魔石の買い付けをしに来た。その時街で何か見たか?」
「い、いえ何も見ていません」
「それは、真だな。誰かに聞かれても同じことが答えられると、獣神リガド様に誓えるか?」
ソドンの目が充血している。
全身の筋肉が震えているようだ。
普段見せない言葉の重みを感じる皆である。
「も、もちろんです。獣神リガド様に誓います。こ、この命に代えて」
「よし、ならば行ってもよい。獣王国に戻るまで、平素でふるまわれよ」
「は、はい!」
逃げるように出ていくネズミ耳の商人ダパルコであった。
沈黙が生れる会議室である。
「ふっ、これは皆もだましていたようだな」
パメラが今の状況について、語りだす。
自分はガルシア獣王国の王女パルメリアート=ヴァン=ガルシオであること。
そして、ソドン=ヴァン=ファルマンは自分の親衛隊長であること。
獣王国で兄と王位争奪戦をしていたこと。
その兄であり、現獣王の部隊に襲撃され、家来が自分の犠牲になりながら必死に王国に逃げてきたこと。
そして、王国に逃げ延びたものの、奴隷商に捕まって、1年近く奴隷商の牢獄に入っていたことを話すのであった。
「そんな…」
イリーナもこれ以上の言葉が出ないようだ。
「できれば…、いや無理だな。これ以上ここにいるわけにはいかぬな。ソドン」
「は!」
「少し早いがけじめをつけに参ろうて」
「は!どこまでも、ご一緒させていただきます」
迷いなく即答をするソドンである。
既に命の使い方は決めているのだ。
「え?どうするんですか?」
「まだ決めておらんよ。少し兄妹喧嘩をしに獣王国の王都にいくだけのことよ」
「え?ダンジョンはどうするんですか?ダンジョンコアももうすぐってところなのに」
(あと何階まであるかは知らないけど)
「ぬ?今まで騙していたのだぞ。余は仲間にふさわしくないのだ」
「え?王族って会ったときから知ってましたよ。タブレットにガルシアの冠のある名前の表示ありましたし。だから騙されてませんよ」
(まあ、奴隷商にいる経緯までは知らなかったけどね)
「「「え?」」」
一同から驚きの声が上がる。
「それでいうと、知っていた私も騙したことになりますね。これでお互い様です。なので、ダンジョンの攻略続けませんか?」
沈黙が生れる会議室である。
パメラが沈黙を破るようだ。
「そうか、そうだな、牢獄でも勝手にすればよいと言うたな」
「それでは、これからもよろしくお願いしますね。皆さんもそれでいいですか?」
「「「はい」」」
皆聞くまでもないという顔をしている。
誰も反対する者はいないようだ。
ソドンが肩を震わし号泣している。
「そうですね。まあ1年も前のことなので誰も追ってこないと思いますが、魔石を買いに獣王国の商人がやってきてますからね。ダンジョンと拠点以外では、変装くらいはしておきましょうか」
「変装?」
「仮面みたいなの買ってきますよ。ここで待っていてください」
(これはセンスが問われるな。貴族の世界っぽく、仮面舞踏会みたいなのがいいかな)
「でも、今の話だとダンジョンの攻略が終わったらガルシア獣王国に帰るってことですか?」
「それは当然だな。余のために散った家来達の魂に報いねばならぬからな」
パメラの決意は固そうである。
「そうなんですね」
「どうかしたのか?」
「いえ、えっと、イリーナ」
「ん?なんだ?」
「新婚旅行は、ガルシア獣王国でいいですか?」
「ん?新婚旅行とはなんだ?」
(そっか、新婚旅行って風習がないのか)
「結婚した夫婦が旅行する私の故郷の風習です」
「そうか、そうだな。それならば、旦那の風習に付き合うのも、妻の務めだからな。新婚旅行先はガルシア獣王国だな。私もガルシア獣王国の王都は見たことないのだ。今から楽しみだな」
こうして、パメラとソドンの正体が分かりながらもダンジョン攻略を目指すクランメンバーであった。