第16話 都市計画
おっさんと別れたフェステル子爵一行は館に向かう。
街が活気にあふれていることに口元が緩むフェステル子爵である。
貴族街を抜け、館に入る一行である。
館で仕える者が玄関先に出ている。
1カ月ぶりに帰ってきた当主を館の前で迎えるのだ。
「ふむ、今帰ったぞ、委細はないか?」
いつものように家宰のセバスに話すフェステル子爵である。
当然のように返ってくる『ございません』を待つのである。
「ございます!」
「ん?って、セバスお前、その顔は!?たった一カ月でやつれていないか?どうしたというのだ?」
「たったとは悲しいことを。長かったです…。この1カ月お待ちしておりました…」
フェステル子爵に近づいていくセバスである。
「ど、どうした?目が怖いぞ!?」
「ささ、御当主様、まずは書斎に行きましょう。話はそれからです!」
「書斎?なんだ、決裁書が貯まっているのか?」
「もちろんです、決裁書、陳情、計画書全てです。書斎を見ても驚かないでくださいませ!」
すごい勢いで御当主を書斎に案内する。
まずは現状を把握させようとするセバスである。
イリーナは連れていかれるフェステル子爵を眺めるのであった。
書斎に入るフェステル子爵は愕然とする。
机に乗りきらない資料を侍女達が床の上に整理しているのである。
「なんだ、こ、この資料の山は…、何が起きたのだ?」
「今フェステルの街が変わろうとしているのです…」
「街が変わるとはなんだ?すまないが最初から説明してくれぬか」
場所を変える2人である。
いつもの報告会の円卓に向かうのである。
レイ団長とイリーナ副団長及びイリーナの引継ぎ役のクルーガー家遣いの上官騎士も参加する。
この1カ月に起きたことを語りだすセバスである。
「まず、今回の話はケイタ男爵から始まっています。ケイタ男爵がトトカナ村に城壁と、冒険者用の要塞を王都に向かう前に築かれました」
「そうだな、確かに築きに行ったな。たしか7日ほどかけて、冒険者や建築士や測量士などを帯同させていたな。うん?それがどうしたというのだ?モンスターの素材が増えたという話か?」
「はい、そのとおりにてございます。モンスターの素材がこれまでより2倍に増えました」
「おお!?たった1か月の間にトトカナ村の素材が2倍になったのか?素晴らしいことだな。これで街の収益も潤うな!」
全身で喜びを表現するフェステル子爵である。
イリーナも自分のことのようにうれしいようだ。
しかし、悲痛な表情で続けて語るセバスである。
「はい…、大変すばらしいことですが、2倍になったのは、子爵領全体のモンスターの素材です」
「ん?子爵領全体が何で関係するのだ?要塞を築いたのは大森林であろう?」
「はい、トトカナ村周辺で取れるモンスターの素材は子爵領全体の1割程度でした。今回ケイタ男爵の作成した要塞によってトトカナ村周辺での収穫量が以前の10倍になったのです。よってトトカナ村周辺の収穫量が子爵領全体の半分を占めるようになったとも言えます」
「へ!?」
理解できず、声が漏れるフェステル子爵である。
イリーナも聞いて息を飲むのだ。
セバスは構わず話を続けるのである。
「おかげで、フェステルの街の冒険者ギルドは現在モンスター素材の回収加工、冒険者のランクの精査や依頼の確認に追われています。追われていると言いましたが加工が一部は間に合わず、腐らせてしまっている状態です。本件で武器屋や防具など各種ギルドや商工組合からも改善に向けての陳情が毎日送られてきています」
「そ、それは…、ん?だから街からでていく馬車が多かったのか?」
「はい、膨大な量の素材の流入による、値崩れを避けた商人達が近隣の街や他領、当然王都への販売をすでに開始しております。既にこの街の処理量の限界は近づきつつあります」
腐りにくい、角や牙などの素材を、冒険者ギルドを介さずに、冒険者から買取り、他領に持ち込む商人も増えているという資料を全員に配るセバスである。
特に王都に繋がるガリヒルの街への素材の流入は著しいとのことである。
フェステルの街ほどではないが、ガリヒルの街も既に対応に追われているのだ。
「そ、なぜそうなる…。よ、要塞を築いただけなのだろう!?」
「ケイタ男爵が築いたのは要塞ではないようです。まあ要塞の機能もあるというのが正解なのでしょう。正確には作業場のようでして」
「作業場とはなんだ?」
「はい、モンスターを一方的に狩るための作業場です。壁の隙間、高台を利用して、同じランクのモンスターを1人で一方的に攻撃できるように作られています。特に槍か弓のどちらかなら危険はないとのことです。オーガの大群の時より楽だという報告もあります。中には要塞に1週間以上籠って乱獲する冒険者も出てきています」
「そ、そうか、でも素晴らしいことではないか。10倍になったのであろう。街も潤い何が問題あるのだ。人手を増やして対応をっておい、なんでそんな目で見る?そうではないのか?」
「はい……。たった1か月で10倍です。要塞で活動する冒険者は現在100名足らずですが、この要塞は、少なく見積もっても1万人は収容できるのです。もちろんトトカナ村も同じくらい収容できます。儲かると聞いて、噂が少しずつ広がっています。既に王都からやってきた冒険者も何人かいます。このまま冒険者の流入が続けば、おそらく数年後にはフェステル子爵領全体の素材の売り上げは2倍から数十倍に膨れ上がっていることでしょう」
ウェミナ大森林はとても深く広いのである。
歩いていけば10日たってもウェミナ大連山に達しないほどにである。
頑張ればオーガが3000体釣れるほどにである。
そして、大連山を抜けて同じくらいの大森林が帝国に続いている。
帝国とはこの大連山の山頂を国境線にしているのだ。
「1万人…、今の数十倍など…もちろん子爵領全体で数十倍ということだな?」
「もちろんです!現在冒険者ギルドでは、トトカナ村周辺のモンスターの討伐依頼料を低下させ、その他の地域の討伐依頼料を上昇させるなどの対応措置をとっていますが、効果は限定的とのことです。これは冒険者ギルドと商工組合が合同で出した報告書ですが、5年で街は今の3倍の10万人に達すると想定しています」
「10万人とは…。もう子爵領の規模ではないではないか……そうか…ケイタはこれを予見していたのだな…伯爵領らしい伯爵にしたかったと…」
ここまで話を聞いて、おっさんが言っていた話を思い出したのであった。
ガリヒル男爵との交渉の際にいった『フェステルの街はこれから潤う』という言葉。
そしてガリヒル男爵へ言った、『ともに潤おう』という言葉。
そして、謁見の際に国王に『フェステル子爵を伯爵にしてほしい』という言葉。
「こちらは、フェステルの街の人口急増に備えた農業組合と商工組合から、内門と外門の間の開拓許可の申請があふれるように日々きています。こちらか計画書です」
セバスは、内壁とおっさんが作っている外壁の間の開拓申請の資料をフェステル子爵に渡す。
「こ、これは街が数倍に膨れ上がるな…」
その日の報告会は深夜まで続いたのであった。
セバスからこの1カ月の間にでた報告書や陳情を基にたくさんの案がでたのであった。
・各ギルドによる王都から人材の募集
・元スラムの住民など仕事のない人の速やかな仕事の紹介
・混雑緩和のため、フェステルの街に東門と西門の開通
・それまでの便宜的措置として、一部商工組合に対して北門の通行許可
・現在の内壁(半径2km)までの旧市街とする
・内門から現在作成中の外壁(半径5km)までを新市街とする
・新市街の開拓(店、家、畑、地下水路)
・オーガの大群で使用した城壁をトトカナ村へ向かう宿場町にする
・トトカナの村への入植を定期的に行い、最終的に数千人規模にする
・トトカナの村を街にする
・トトカナの街に各ギルドの支部を置く
フェステル家は激動の1年を迎えることになる。
既に迎えているともいえる。
そして、ここ数年でかつてないほどの変化を迎え、フェステルの街は生まれ変わろうとしているのだ。
これは、フェステル子爵領の発展ともいえるが、大森林への侵攻であるともいえるのであった。
フェステル子爵が、館に戻ってきて、休む間もなく都市計画に追われる中。
おっさんは、建築士と測量士の相談を受けながら、丸2日かけて半径5km円周30数kmに及ぶ巨大な城壁を築ききったのである。
門の部分や城壁の上の部分は今後増築するとのことである。
それまでは東西南北に設けられた土壁の隙間である門には騎士が待機することになる。
2日で城壁を完成させるため、土壁で仮眠室を作り、6時間の仮眠と外套を駆使したのであった。
最近1人で寝ることが少なくて逆にぐっすり眠れたのは、イリーナには決して言えない、ここだけの話である。
そして出発の日を迎えるのである。
・・・・・・・・・
ここはとある建物の一角である。
街の片隅にあるこの施設で20歳かそこらの女性は無機質な鉄格子から星の見えない空を眺めていた。
牢獄に入れられ、ぼろ布ような服を着させられ、深く怪我を負い、片目片手片足は欠損している。
虎耳があるので、どうやら虎の獣人のようだ。
表情は絶望で満ちていたのである。
「まだ生きているか…」
「おお!その声はまだご無事ですね!!」
小さくつぶやいた女性に反応する、声が1つ。
隣に部屋で同じく牢獄に入れられた40過ぎの男が反応するのである。
この者も獣人であるが、牛の獣人のようだ。
座り込んでいてもわかるほど、体格もよくずっしりとしている。
「何を言っている無事なものか。どこが無事だというのだ?」
その女性の話し方は高貴さがあった。
「生きてさえいれば、必ず状況は打開されます。必ずにです。絶対に希望を捨ててはなりません」
「希望など、ここのどこにあるというのだ?」
自虐ではない、ただの事実を語る女性である。
「いいえ、必ず状況は打開されます。獣神リガド様は諦めないものをお認めになります。御辛抱なさいませ」
女性はこれ以上返事をしない。
獣神に見捨てられたからここにいるというのにと女性は思うのであった。
私を逃がすために沢山の家臣達が犠牲になったのだ。
死にたいと思いながらも家臣達との記憶がそれを邪魔するのであった。
1年近く続くこの会話は、もうすぐ止むことになるのである。
漆黒の外套に身を包んだ、黒目黒髪の男がやってくることによって。