第10話 聖人
おっさんが寝坊して起きるとメイドを残して家には誰もいなかった。
(どうやって馬車に乗るんだろう?まあいいか。確か『競り』まで時間があるだろうし歩いていくか)
メイドから遅めの朝食を貰い、冒険者ギルドまで小一時間歩くおっさんである。
冒険者ギルドに入り、犬耳の受付嬢に競りについて聞く。
「すいません、もう飛竜の競りは始まっていますか?」
「いいえ、これからですよ。よろしかったら会場まで案内しましょうか?」
犬耳の受付嬢がモンスターの素材の解体場の一角に設けられた競りの会場まで案内をしてくれる。
「これはケイタ様」
ロキから声を掛けられるおっさんである。
どうやら飛竜の素材を監視しているようだ。
王都に着いてから4日目である。
「もう4日も監視させてしまいましたね。すいませんね」
「いえいえ、特別手当も貰っていますから。イリーナ様からこんなに貰ったことないですよ。いやあ私も運が回ってきました!」
「運って何のことです?」
「えっと、特別手当を貰えてうれしかったということです」
婚約の話は折を見てフェステル子爵からおっさんに伝えるので、伏せるようとイリーナに言われているため、口が滑ったことを誤魔化すロキである。
ロキはクルーガー男爵家に仕えている家臣であるが、家を継ぐのは長男のリーレル=クルーガーである。
イリーナに仕えている関係上、イリーナが侯爵家の四子と結婚すると、将来貴族に仕えなくなってしまう。
ロキの家系としては将来が不安なのであった。
しかし、イリーナがおっさんと結婚すれば、今後とも貴族家に仕えることになる。
また、オーガの大群を討ち滅ぼし、飛竜を王の手土産にと狩り、監視させて申し訳ないと手当までくれる金払いもよく、将来有望の主である。
やる気が出ないわけがないのである。
おっさんはそうとは知らずに、そうなのかと談笑をする。
談笑していると飛竜の競りの関係者が続々と集まってきていたのである。
「大変お待たせしました。これより飛竜の競りを開始します。先日は肉や内臓、血などの競りが終了しましたので、本日は、鱗、翼、皮、爪そして魔石の競りとなります」
(おお!日持ちをしないほうを先に競りをしたのかな?競りが開始されたぞ。昨日までいくらになったんだろう?)
【ブログネタメモ帳】
・飛竜の競りに参加してみた ~魔石はいくらに~
「昨日までに白金貨80枚になったようですよ。競りの状況ですが、ガリヒル男爵に損は発生させていないですよ」
「え、あ、はい。ありがとうございます」
白衣のおじさんから血を市場で出す件で競りに出す商品を変更したが、損が出なかったことをロキは調べてくれていた。
ロキは気が利くようだ。
ロキは30歳の細マッチョで、身長180cmの金髪の短髪である。
どんどん競りが進んでいく。
1時間が経過する。
じっと、なりゆきをみるおっさんである。
そしてとうとう魔石の競りが始まった。
バスケットボール大の魔石だ。
「最後に飛竜の魔石の競りを開始します!最後に飛竜の魔石がこうやって競りにかけられたのは3年前です。貴重な飛竜の魔石は最初白金貨50枚からです!」
(おお、今のところ白金貨120枚で昨日と合わせて200枚か!魔石が白金貨100枚になれば、当初の予定通りガリヒル男爵と折半で1人白金貨150枚だな!)
珍しい飛竜の魔石とあって、競りの参加者はほかの部位に比べて多いようだ。
各ギルド、商工会の関係者が競りに参加する。
「60」
「65」
「70」
「72」
「80」
「85」
「100!?おおっと、100の大台に乗りました!!」
(おお、100行ったぞ。もっと上がるのだ!)
「110」
「115」
「120」
(この辺で終わりかな?3人くらいで競ってるな)
「130」
「135」
「150」
(おおお!150行ったぜ。でも払えないとかでお金がすぐに手に入らなかったらいやよ)
「160」
「170」
「200!200がでました!!」
(ふぁ!?白金貨200枚って20億円かよ。この外套10着分か)
「200がでました。ほかにいませんか?いないようですので白金貨200枚です!」
(ふむ、終わったな。白金貨400枚になったな。ガリヒル男爵とは200枚で折半だな)
「終わったみたいですね。受付に支払いについて聞いてみましょうか?」
「そうですね」
ロキと受付に向かうおっさんである。
受付の話によると競りは基本的に今日中にお金の支払いを済ませるとのこと。
明日いつでも競りの代金はお支払いしますとのことである。
「では、家に戻りますかな。護衛の皆さんもお疲れさまでした。飛竜の肉を1ブロック確保してますので、後日みんなで食べましょう」
「「「ありがとうございます!」」」
護衛をしている騎士達にねぎらいの言葉をかけ家に戻るおっさんであった。
(さて、これで6個くらいブログネタが集まったし、また10個も貯めないようにいったん戻って一度現実世界に戻ってブログ記事を起こそうかな)
・・・・・・・・・
おっさんが競りをブログネタにしているころ、フェステル子爵とイリーナは王城の応接室で待っていた。
「なんでしょうね?」
「うむ、おそらくというか間違いなくケイタの件であると思うのだが」
「なぜ、私もなのでしょうか?」
「そうだな、あとは聞いてみるしかないな」
何度となく同じような会話が続くのである。
コン コン
2時間ほど待たされた後に応接室のノックがなる。
名を名乗らない使いの者がやってきて2人は案内される。
イリーナはおっさんからもらった剣を回収される。
不安でたまらない2人である。
2階、3階、4階、5階とどんどん奥に進んでいく。
ここは国王の私室ではないのかとフェステル子爵は思うのである。
重厚な扉の前まで案内される。
コン コン コン
使いの者が無言でノックを3回鳴らすと、部屋の方から扉が開き、中に案内される2人である。
やや薄暗い部屋には国王とマデロス宰相が待っていた。
たまらず息を飲む2人である。
扉を部屋側から開けたのはロヒティンス近衛騎士団長である。
「何をしている?早く中に入りなさい!」
マデロス宰相に小さい声で言われ、すぐに中に入ると扉は閉められ、中から扉は施錠される。
「あ、あの」
フェステル子爵は泣きそうである。
「ふむ、まずはここへかけたまえ」
国王も座っている円卓をフェステル子爵に勧めるのである。
円卓には古い資料らしきものが山積みになっている。
「ケイタの謁見の席につきましては…。大変失礼なことかと存じております。家に戻りましたら厳しく指導をしますので…」
土下座する勢いで90度に体を曲げ謝罪をするフェステル子爵である。
「む、まあ、こういう状況だからな。勘違いも仕方がないな。厳しく指導する必要はないと言っておこうか。もう一度言う、円卓に座りなさい」
国王は座る席を指で示す。
フェステル子爵は恐る恐る座る。
座れと指示したフェステル子爵の席には1通の開封された手紙があるのだ。
「何をしている!クルーガー君もフェステル子爵の横に座りなさい」
マデロス宰相から座るように勧められるイリーナである。
イリーナも席に着くと、マデロス宰相もロヒティンス近衛騎士団長も円卓に座り、国王も含めて5名で円卓を囲む。
よく見たら資料の下には世界地図が敷かれているのだ。
・フェステル子爵の前には1通の手紙
・円卓に敷かれた世界地図
・円卓の中央には古い羊皮紙の資料
「呼び出して申し訳ないな。実のところ、魔導士ケイタが主席王宮魔術師の座を断らなければ、このような席を設けなくてもよかったのだがな。断ってしまったからの…。おぬしら2人にも事情を知ってもらっておかなくてはいけなくなったのだ」
「はい、事情をですか…」
フェステル子爵が代表して返事をする。
「うむ、これから王国にとって、そして世界にとってとても大切な話をするわけだが、君たち2人は口が堅いか?今目の前にある資料は王家の禁書だ。そして、今からする話は此処にいる数名しかしらない極秘事項なのだ」
国王は問う。
「は、話すなということは一切話さない所存です!」
「私はこの席にふさわしくないかと存じます。退席をした方がよろしいでしょうか?」
とフェステル子爵とイリーナが答える。
「ふむ、どちらかというとクルーガー君に聞いてほしい内容なのだが」
「え!?私ですか!!」
「うむ、マデロス宰相よ。クルーガー君が適任という話だったな?」
「は、王都に来てから謁見までケイタと行動を共にしているという報告を受けております。ケイタとの関係は良好かと。また、気質ですが、これは騎士院時代の話ですが模範生にも選ばれており騎士としても大変優秀であります。礼節を重んじる騎士として高い成績を残しております。指導官からの報告も素晴らしいものが書かれております」
いくつかの資料を見ながら国王に報告するマデロス宰相である。
「ふむ、ケイタとも良好な関係にあるのか。それに勤勉で真面目ならこれからする話もきっと他言しないと信じたいものだな」
「そ、そうですか。他言はしませんが…」
「ふむ、前置きが長くなったな。まずはフェステル子爵よ。席にある手紙を読んでくれるかな?」
「は、はい…」
手紙を拾い、中を読もうとするフェステル子爵。
「あ、あの、これは国王宛ての…」
「いいから最後まで読むのだ」
フェステル子爵は読みながら手が震えだす。
イリーナは心配そうに様子を見るのだ。
手紙を読み終えるフェステル子爵。
「な、ケ、ケイタが聖人ですと!教皇という立場で迎え入れる準備があると!!」
動揺するフェステル子爵である。
「な!?」
イリーナはもうそれ以上の言葉が出ないようである。
「ふむ、クルーガー君のために、私が手紙の中身を要約してやると、ユーティア聖教国の大教皇が、国王である余あてに送ってきた親書だ。手紙の中身は、聖人であるケイタが知らずに『誤って』、王国で活動をしているため、聖教国に迎え入れるので返してほしいといった内容だ。当然ケイタは教皇という重役に着かせるといった内容が書いてあるのだ」
「そんなことが…」
「余もな、正直びっくりしたのだよ。数日前にこれが送られてきたときにはな。しかしな。その前にフェステル子爵領に3000を超えるオーガの大群が帝国の策略によって攻められた。そして、ある魔導士の力によって救われたというありえない話を王家で精査していてな。それでもしやと思って、古くから伝わる言い伝えにたどり着いたのだよ。今回は手紙に気付かされた形になってしまったな…」
「ケイタが聖人であるということでしょうか?」
「聖人というのは、余は違うと思っている。しかしだ、使徒であるとは思っている」
「「使徒!?」」
「オーガ3000体をたった300名とともに殲滅する存在だ。そして、飛竜を村に来た客人をもてなすために、野鳥を獲りに行く感覚で仕留めらる存在だ。余はケイタを除いて1人知っているのだよ。手紙を見てから確認するために取り出したのが目の前の資料だ。これからする話はの…。王家に伝わる話だ。300年前、世界を救った英雄であり、使徒チフル=スズキの話だ。今日は昔話とこれからの話をしないといけないから2人を呼んだのだ」
予想通りケイタの話かと思う2人であった。
何を聞かされるのか、2人は固唾を飲むのであった。