第64話 上位魔神戦②
ガルガニ将軍は速足で闘技場の通路を歩いている。
「なぜ、Sランクモンスターが侵入したのに獣王陛下を退避させないのか!」
どうやら、ともに歩く獣王親衛隊を責めているようだ。
ガルガニ将軍が事態を聞いたのは、お昼前である。
魔人ルーカス達が現れた時、ヴェルムの指示により王城にモンスターが現れたことが伝えられたのだ。
現れたモンスターはSランク級が3体ということであり、事態を重く見たガルガニ将軍である。
Sランクモンスターが1体でも王都近郊に現れれば国家存亡の危機なのだ。
獣王側が画策したなど微塵も考えず、王城は速やかに引き渡したのだ。
その後、魔人はおっさんらや冒険者の手によって討伐されたという報告を受けるのだ。
しかし、事態は急変する。
魔神ヴェルギノスが今度は現れたのだ。
その後しばらくして、魔神ヴェルギノスはおっさんらによって討伐を受けたという報告がある。
そして、上位魔神パルトロンが現れるのだ。
Sランク級のモンスターが何度も現れ、討伐されたという報告が錯綜する中、状況の確認しながら軍の編成を急いだのである。
このような状況ではどこまでが真実かすら分からないのだ。
しかも、なぜか最後の上位魔神以降の報告が遅いのだ。
討伐が完了したという報告がないため、1000人のガルガニ軍ではなく、親衛隊も含めた5000人規模の軍隊で闘技場に向かったのだ
「Sランクモンスター出現による非常事態宣言の発令は済んでおるのだぞ!暴食のスライムの一件を忘れたのか!!」
「も、申し訳ありません」
過去に起きた王都近郊に出現したSランクモンスターに例に、王都近郊を守ることを任された獣王親衛隊を叱責するのだ。
自分らは帝国から獣王国を守っているのだから、王都を守るべき者達がしっかり守れということである。
非常事態を伝える鐘が定期的に王都に鳴り響く。
非常事態宣言に則って王都郊外への避難が始まっている。
避難の対象者は区画ごとの避難が進められているのだ。
Sランクモンスターが出現した闘技場を迅速に軍隊が囲んでいく。
闘技場から避難した親子連れが闘技場の外にまだ大勢待機した状態である。
避難は完全に進んではいないのだ。
闘技場の外は万単位の観客がいるのだ。
ズウウウウウウン
たまに地面が大きく振動をするのだ。
バランスを失い、よろめくガルガニ将軍である。
地面に何かが強く叩きつけられる音も聞こえる。
その度に子供を抱きしめる母親。
この音でまだ戦いは終わっていないことを悟るのだ。
何かが闘技場の外まで聞こえるほどの爆音を立てながら戦っているのだ。
そして、獣王もパメラもまだ闘技場の中におり、避難していないという報告を受ける。
驚愕するガルガニ将軍である。
このような危険な状況で避難させない獣王親衛隊を叱責し、闘技場の獣王観覧室を目指すのである。
「失礼します!!」
闘技場の獣王観覧室に入るガルガニ将軍である。
ガルガニ将軍が見たのは、観覧室の出窓に設けられた玉座にゆったりと座り闘技場を見つめる獣王であった。
獣王親衛隊の隊長であるヴェルムも、副隊長もそこにいるのだ。
決勝戦を観覧する獣王のようだ。
まるでまだ決勝戦が終わっていないかのような獣王のふるまいにさらに驚くガルガニ将軍である。
「獣王陛下、大変お待たせしました。軍の編成が終わり、闘技場を囲んでおります。ここは危険ですので、獣王陛下には…」
とてつもない違和感を覚えるガルガニ将軍である。
跪き獣王に話しているのだが、誰もいないところで話しているのか獣王も、ヴェルムも副隊長も反応が無いのだ。
ただただ闘技場を見つめている。
だが、ガルガニ将軍には気付いているようだ。
ゆっくり、ガルガニ将軍を見る獣王である。
「ガルガニ将軍か、今戦いを見ておるのだ。邪魔するでないぞ?」
「な!?」
王城占領という一大事を一切触れない獣王である。
それ以上に違和感のある、このような時にと言おうとした時である。
ズウウウウウウウン
闘技場が衝撃音とともに大きく揺れたのだ。
よろけながらも、危ないと思って獣王の側に駆け寄るガルガニ将軍である。
その時目に入るのだ。
「どうだ?余はなんだったのだろうな」
獣王にこだわることすら馬鹿らしくなるものがそこで行われていたのだ。
「な!?そ、そんな、こ、これは神話の戦いだ…」
必死に言葉を絞り出す。
とても闘士が試合をするような次元の戦いではない。
ガルガニ将軍には思ったことを口にするのだ。
ガルガニ将軍が見たのは確かに前日緑園亭であった漆黒の髪と瞳を持つ男だった。
おっさんと上位魔神パルトロンとの闘いである。
お互いに万を超えたステータスで殴り合っているのだ。
あまりに速くてたまに姿が見えなくなる。
既に厚さ1m縦横200mの闘技台は原型をとどめておらず、めくれ上がり、ほぼ砕かれた状態だ。
おっさんの拳が白色に輝きだす。
合わせるように上位魔神の拳も漆黒の炎が宿るのだ。
両者の拳がとんでもない力でぶつかり合う。
ドオオオオオオオン
放射線状に衝撃波が2人の拳から発生する。
近くの瓦礫と化した闘技台の石がさらに粉砕される。
放射線状に発生した衝撃波がガルガニ将軍の肌を圧迫する。
お互いの攻撃に耐えきらず、砕け散るおっさんと上位魔神パルトロンの拳。
赤と青の鮮血が舞う中、2人の拳が再生を始める。
そんなことは構わないというかのように拳が癒えぬ前にお互い次の攻撃に入るのだ。
「殺す!絶対に殺すよ!使徒よ!!!」
「死ぬのは貴様だ!パルトロン!!!」
2人の殺意がここまで伝わってくる。
一撃必殺の攻撃が繰り返されている。
何度も闘技台が揺れたためか、闘技場全体にもいくつもの亀裂が入っているのだ。
それがどれだけの戦いであったのか、目の前の戦いが物語っているのだ。
「そうだな、まさに神話の存在であったのだろうよ。余は神話に存在する大魔導士を招き入れてしまったようだぞ」
おっさんについて語る獣王である。
「大魔導士…。こ、これはいつから?」
いつから戦っているのか確認するガルガニ将軍である。
「たしか2刻ほど前であるな」
上位魔神の猛威が振るわれたら死ぬかもしれない状況で観客達も退席しないようだ。
半数近くの観客がまだ観客席にいるのだ。
冒険者も同じである。
戦いに明け暮れた自分らの、武術大会参加者の終着点の戦いを見せてくれている気がしているようだ。
見逃すと一生後悔すると思い黙って戦いを見つめるのだ。
そんな中、4時間近く戦い続けているおっさんである。
「見てのとおりだ、ガルガニ将軍よ。避難は不要よ、大魔導士が負ければ獣王国は終わる」
自然と大魔導士という言葉がしっくりきた獣王。
『大魔導士』の名づけ親になることを獣王はまだ知らない。
「し、しかし…」
「もし、大魔導士が負けても、余を殺せば満足して王都から帰ってくれるかもしれぬのでな。すまぬが民の避難を進めてくれ」
あまりにも強い敵が王都に出現したのだ。
おっさんが負けた時、次狙われるのは獣王の可能性が高い。
だから、獣王らしい場所で獣王として戦いを観戦しているのだ。
おっさんを倒した上位魔神が獣王を殺して、満足して王都から去ってくれると期待しての行動である。
ヴェルムも副隊長もそれが分かって獣王に付き合っているようだ。
「わ、分かりました」
ガルガニ将軍は全てを理解し、獣王の観覧室を後にするのだ。
王都の民の避難を進めるようだ。
・・・・・・・・・
さらに2時間が過ぎたのだ。
上位魔神パルトロンとの闘いが始まって6時間が経過している。
(終わらない戦いな件について。まあお互い攻め切れないからこんなもんだろうけど。レベルが足りないのにボス戦挑んときのような状態だな)
ほぼほぼ自分が取得したスキルの全容を把握したおっさんである。
そして、魔闘技の選択も終えたのだ。
おっさんは魔闘技が選択制であったので次のように選択したのだ。
魔闘技Lv3:魔闘拳
魔闘技Lv2:素早さ4倍、知力4倍
魔闘技Lv1:魔闘拳、体力3倍、知力3倍
殴られれば5発前後持つので、たまに受けるクリティカルを計算し体力を管理しながら戦い続けるのだ。
体力が減りすぎれば、サンクチュアリのHP秒間1%回復では間に合わないときに回復魔法Lv4を掛けるのだ。
上位魔神も余裕を捨て全力で向かってくる。
一瞬の判断ミスが命取りになる状況だ。
攻撃の体勢が悪く、後手に回れば序盤に闘技台に頭叩きつけられたように連撃で攻撃を受けることになるのだ。
攻撃にターン制はないのだ。
常に最善手を求められながらの戦いだ。
最初は無意識の中、格闘Lv5に任せていたおっさんである。
極限状態での戦いが続く中、戦い方が身について行くことを感じていく。
スキルに体に馴染み続いていく。
魔闘技による分析もほぼほぼ終了した
・同じレベルのスキルは1つしか発動できない
・複数のレベルでも同じステータスは発動できない
・魔闘拳を選択すると、知力数倍の効果は消える
・知力3倍、魔闘術Lv3より魔闘拳Lv1の方が威力ある
(一度かけたら長時間効果が継続するから、雑魚狩や長期戦なら知力を選択だな。威力は高いけど魔力と気力を毎回消費するから、ボス戦やここぞというときには魔闘拳だな)
戦闘をしながら把握したため、概ねの考察は終わったのだ。
上位魔神の自然治癒はかなりのものである。
これも戦いが終わらない理由の1つである。
魔闘拳Lv1で拉げた腕も数秒で再生する。
(魔力を使って回復させていると思うんだけど、中々尽きないね。とりあえず魔闘拳レベル3を使うタイミングが欲しいんだけど)
おっさんは6時間の中、魔闘拳Lv3は使っていない。
魔闘拳Lv1のみであるのだ。
魔闘拳Lv3は隠し玉にしているのだ。
自然回復の魔力が尽きるか、威力が倍に近くになるクリティカルのタイミングを待っているのだ。
クリティカルができる状況なら自然回復を超えて上位魔神の体力を削りきることができる。
その結果の持久戦である。
何時間でも好機を待つ所存のおっさんなのだ。
イリーナ達にセリムやコルネも合流し、既にパメラも意識を取り戻している。
おっさんの勝利を信じる仲間達である。
「なんだ、なぜこのように強くなったのだ?元からこんなに強かったということか?いや、そんなわけないぞ」
上位魔神と対等に殴り合っているおっさんを見てパメラが呟くのだ。
「たぶん、この戦いの途中で強くなったんだろう。神に沢山の情報を奉納したのだろうが、どれだけの時間を要したのか分からない」
イリーナが答える。
どうやら、急激に強くなった理由をイリーナはだいたい把握できているようだ。
おっさんが異世界に来て500日が過ぎたのだ。
その多くの時間をイリーナは共に歩んできたのだ。
現実世界の話も、世界移動に時間がかからない話も、スキルの話も概ね聞いているのだ。
「そうか、そろそろその辺の話も余らにもしてほしいものだな」
まだおっさんはイリーナにしか話していないのだ。
パメラの言葉にそうだなと答えるイリーナである。
「君も本当にしつこいね。さっさとくたばってくれないかな?」
その言葉には、初めて現れた時ほどの余裕がない。
焦りの表情すら見て取れるのだ。
6時間近く戦い、魔力が底をつきそうなのだ。
その上、おっさんのレベルは既に6つ上がっている。
レベルが1つ上がってもステータスはそこまで増えない。
しかし、その増えたステータスは、パッシブスキル、仲間支援スキル、魔闘技が掛け合わさるのだ。
戦闘時の知力の上昇値は5000を超えているのだ。
その結果、優勢であったステータスも今ではほとんど差がなくなってしまったのだ。
相手の魔力の底が見えない状況でもある。
上位魔神の方が攻撃をかわされ、追い詰められることも増えてきている。
「まあ、逃げてもらってもいいぞ?何年生きたが知らないがお前はこれ以上強くなれないんだろ?」
俺はまだまだ強くなるぞ、ここで逃げたら次はこんなに戦いに時間をかけないぞと言わんばかりのおっさんである。
それが分かっていて逃げられない上位魔神だ。
「くっ、仕方ない。これは使うと魔力の消耗が激しいんだけどね」
どうやら上位魔神にも奥の手があったようだ。
ゆっくり上昇する上位魔神である。
漆黒の魔力が全身から漏れ始める。
巨大な漆黒の魔法陣が上空に現れるのだ。
大気が震えている。
「…」
「どうだ、怖いだろ。逃げてもいいよ?そしたら観客を狙うからね?」
(そういえば、魔法をあまり使わなかったな。近接戦闘をしてたからか、お互い魔法を発動する時間がなかったんだけど)
おっさんも魔闘技Lv2を知力に変更し、神聖魔法Lv3の発動を始める。
知力38000超えの神聖魔法だ。
かつてない知力に達した魔法を発動するのだ。
「シャイニングレイ!」
「グレイザーバースト」
4本の光線は巨大な漆黒の塊にゆっくり飲み込まれていく。
どうやら上位魔神の魔法の方が、威力があるようである。
完全に飲み込まれてさらにおっさんに迫る。
(あかん、これはあかんやつや。えっとスキルスキル)
慌ててこの時のためにと備えたスキルを選ぶおっさんである。
ズドオオオオオオオン!!!
とてつもない衝撃音が闘技場に響き渡る。
闘技場全体に深い亀裂が入り、観客中から悲鳴が聞こえるのだ。
おっさんを飲み込んだ巨大な漆黒の魔法弾は、そのまま地面に大きなクレーターを作ったのだ。
おっさんの姿は跡形もない。
闘技場の中心に50m近くにわたってできた大きなクレーターだ。
深さも10m以上ある。
「ふう、やっとくたばってくれたね。粉みじんにしちゃったかな」
上位魔神が誰もいなくなった地面に降りてくる。
「ケ、ケイタアアアアアア!!!」
イリーナの泣き叫ぶ声が聞こえる。
剣を持ち上位魔神に迫るのだ。
クレーターの中心まで見えるのか、いなくなってしまったおっさんを悲しみ絶叫する。
「ふむ、魔力が底をついちゃったけど、君たちも使徒の元に送ってあげるよ」
そういうと迫りくるイリーナの元へ行こうとする上位魔神である。
他の仲間達も武器を握りしめ向かっていく。
おっさんの弔い合戦をするつもりだ。
「おい、俺の嫁を泣かすなといっただろ?」
どこからともなくおっさんの声が聞こえる。
「え?」
上位魔神が振り向くと、全裸のおっさんが地面の中から飛び出てくるのだ。
地面に潜って様子を見ていたのだ。
かつてないほど光り輝く拳である。
魔闘拳Lv3が込められている。
「シャイニングクラッシュ!」
掛け声とともに拳が上位魔神パルトロンに激突する。
驚愕した顔のまま、何も言えずに消滅する上位魔神の頭部である。
即死の一撃であったようだ。
頭部を失いゆっくり倒れ込む。
もう再生しないようだ。
体中から煙が発生しだすのだ。
どうやら、魔人や魔神同様に燃え尽きて灰となって消えるようだ。
(ふう、危なかった。というか1回防いだら効果切れるのね)
・魔法攻撃無効(仲間)Lv1 10000ポイント
慌てて取ったスキルの効果を考察するのであった。
魔法は防御するが、空間は維持できないようだ。
上位魔神の魔法で地中に押し込められたおっさんである。
服は魔法防御の対象外なのか、魔法を受けて全裸になってしまったようだ。
服も防御してほしいと思いながら、イリーナを見つめるおっさんである。
「ケイタアアア!!!」
「ただいま」
抱きしめられるおっさんである。
半年ぶりに再会できたため、ただいまと言ってしまうのだ。
四次元収納に入れていた予備の白い外套を着る。
仲間達がおっさんの元に駆け寄ってくるのだ。
仲間達から勝利の祝福を受けるおっさんである。
なぜか、その様子からおっさんの勝利を確信したのか、総司会ゴスティーニもマイクを握りしめて走ってくる。
(勝ったな。よし勝ったのならすることは1つだ)
唐突に横になるおっさんである。
「ど、どうしたのか?どこか痛むのか?」
心配そうに声をかけるイリーナである。
「痛くないけど担架で運んでほしい。医務室までお願い」
(勝者は担架で医務室まで運ばれるものだ)
【ブログネタメモ帳】
・激闘!上位魔神戦 ~勝者は担架で運ばれる~
タブレットの『メモ』機能にタイトルのフォルダを作ると、目をつぶって動かなくなるおっさんである。
どうやら闘士達が試合後担架で運ばれていくのがやりたかったようだ。
「「「え?」」」
何かあほなことが始まったなとパメラがため息をつく。
皆もたまにこういうことあるよねと思いながらも救護班からタンカを借りるのだ。
おっさんの思い付きに付き合わされてきた仲間達である。
そんな中、総司会ゴスティーニが勝利を宣言するのだ。
『魔導士ヤマダ様とその仲間達が魔神を討伐しました!長い激戦の末、勝利した魔導士ヤマダ様に大きな拍手を!!!』
「「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」
怒号の歓声でおっさん達を祝福する観客達である。
皆が皆、拍手を送るのだ。
まもなく夕暮れが終わろうとする中、おっさんは担架で運ばれていく。
おっさんにとって、とても長い獣王武術大会がやっと終わったのであった。