第57話 魔神ヴェルギノス
そこには、絶叫する冒険者や獣王親衛隊らがいたのだ。
紫の巨体の3体目を倒したのだ。
防御力を低下させられ、視界を奪われ、Aランクかそれ以上の実力者達が100人規模で囲い攻撃する。
怪我人はおっさんの範囲回復魔法により全快する。
そして、その中には当然、仲間支援魔法により4倍のステータスになったおっさんの仲間達もいる。
「まじか、Sランクモンスターを1人も犠牲を出さずに倒したぞ!」
「現れた時にあんなに苦戦したのに、なんだ急に弱くなったのか」
「魔導士ケイタの指示で戦況が一変したぞ!!」
冒険者達も観客達も喜びを全身で表現している。
倒したので、おっさんの元に戻ろうとするロキ。
そんな中、ヴェルムがロキの前に立ちふさがる。
「おい、きさま!!」
「ん?なんだ?」
なぜか、皆が喜ぶ中激怒している。
「お前、武術大会で手加減していたな!わざと負けたのか!!」
ヴェルムはおっさんの仲間が驚異的な力を発揮したことに気付くのだ。
ヴェルムの倍以上の力を発揮したロキである。
ロキの力は大会中の4倍であるのだ。
素早さも4倍なのでヴェルム以上だ。
何故その力を大会中に使わなかったのかということである。
それはヴェルム以外の冒険者たちの多くに気付いたものがいる。
特にロキとパメラと対戦した者達である。
パメラはもともと力と素早さが高いのにその4倍である。
ステータスが4000近くまで達したのだ。
「あ?これは我が主の魔力により与えられた力だ。お前は人の力で勝てというのか?」
「な!?く、分かった。では、その力でもう一度立ち会え」
なぜそうなるのか分からない。
何が分かったのか分からないという顔をするロキである。
「すまんが出来ぬな。そろそろ主の元に戻らねばならぬ。失礼するぞ」
「お、おい!!」
「お前も主の元に戻れ、さすが獣王親衛隊長だな。冒険者も何年も隊長をやると板についてくるのか」
最後におっさんに指示権を回し、王城を動かすことは見事であったと思うロキである。
「き、きさま!覚えておけ!!」
なぜか因縁が生れたなと思うロキである。
そんなヴェルムとの対応もそこそこに皆でおっさんの元に戻るのだ。
ヴェルムもこのような状況である。
獣王の元に親衛隊とともに戻るようだ。
「皆さん無事ですか?」
「うむ、問題ない」
「でも、なんで俺は召喚獣だしたら駄目だったんだ?俺も戦いたかったんだけど」
「まあ、あれだけの人混みです。召喚獣がいて混乱する冒険者もいるかもしれませんでしたので。使わなくてよい力は使わないに限ります」
戦っているところを見せるならともかく、召喚獣の認知度がほぼない状況での、召喚獣と一緒に戦うのは事故になる恐れがあったのでやめさせたおっさんである。
召喚獣の認知度が上がっていくのはこれからであるのだ。
また、ロキもパメラもスキルを使用せずに戦ったのだ。
『盾』を15分で倒せたので気力は温存して戦ったのだ。
「それにしても、いきなりSランク3体とは何だったのだ?」
「分かりません。このあたりは今後の調査になるのでしょうかね」
『なるほど』
マイクを持ったゴスティーニが尋ねてくる。
既に土壁の高台は消しており、マイクはゴスティーニに返したのだ。
なぜか、おっさんの側から離れない。
(ふむ、さて3体倒したけど、セルネイ宰相はどうするかな。たぶんセルネイ宰相の仕業だと思うのだが)
今回の一連の行動について、鷹の目で闘技場全体を見ていたおっさんである。
パメラのけじめ中に、それを台無しにするかのように現れた紫の巨体達だ。
誰が何のためにと考えるのが普通だ。
(普通に考えて、これでうやむやにしたいのは、獣王か、その獣王側に着いた貴族だろうな。セルネイ宰相の挙動が不自然というか怪しかったな。俺が指示するまで何もしなかったしな)
結局おっさんが、紫の巨体の討伐の指示をしている間、立ち尽くしたセルネイ宰相である。
「まあ、それはおいおいということで」
確証があるわけではないのだ。
それにセリムですら、やっとの思いでSランク級のカフヴァンを仲間にしたのだ。
Sランク級のモンスターを3体同時に出すなど、個人の力で可能なのかということだ。
『そうですか。これからどうされるんでしょうか!英雄となって王城を凱旋されるのでしょうか?パルメリアート殿下!!』
観客の皆が気になることを率先して聞くゴスティーニである。
まだかなりの観客もいるのだ。
優勝し、獣王との闘いに勝った王女が何をするのか皆気になっているのだ。
「内乱で多くのものが亡くなった。その御霊の供養をしようと思っている」
落ち着いた口調でそういうパメラである。
もう兄がどうとか遺恨はないような気がするおっさんである。
パメラの中で、すべきことが終わりつつあるのだ。
両親や、リメリア、獣王親衛隊、兵隊、国民達の慰霊を行いたいというパメラである。
『そ、そのあとは?』
優勝インタビューのノリでどんどん聞いてくるゴスティーニである。
「そうだな。魔導士ケイタの第2夫人になる予定だ。ケイタとともに領の発展をしていく予定だ」
『なんと!?』
「な!?馬鹿な!!」
イリーナが絶句する。
「ん?何を言っておる。第1夫人よ。最初からそう言っているだろう?」
「お前は王女なのだ。獣王国を治めるなり、第3王子と結婚するなりすべきことがあるだろう」
まさか、おっさんと結婚するなど思っていなかったイリーナである。
頑張ってけじめをつけたのだがら、王女らしいことをすべきというのだ。
パメラとイリーナの押し問答も観客席に響き渡る。
「さてと、これからどうしますかね。ホテルに戻りますか?王城に行ってガルガニ将軍に状況を伝えますか?」
「いや、母と従妹の件で兄上と話がある。何か話があると言っていたのだ」
獣王を倒したパメラが、その時獣王が何か言おうとしたことを思い出したのだ
その話を聞きに行くというパメラである。
パメラ1人で行かせて何かあるといけないので、皆でいこうかという話になるのであった。
「さすがだな。魔導士ケイタの策で3体とも討伐できたようだな。ああやってダンジョンも攻略してきたのだな。魔力に長けた魔導士と思っていたが、随分な知略家であったか」
獣王が闘技台で倒れた紫の巨体を見て呟く。
「獣王陛下、これからいかがしましょうか?」
「妹に席は譲らねばならぬな。すまぬな、お前達。悪いようにはさせぬゆえ、辛抱してもらうぞ」
「畏まりました」
うなだれる獣王親衛隊の副隊長である。
ヴェルムも少し前に戻ってきており、王城の占拠など事情を聞いたのであった。
「また、冒険者か。それも面白いな」
ヴェルムは今の地位などどうでもいいようだ。
何も気にしている様子はない。
「おい、ヴェルム。それは違うであろう」
獣王にそう言われて難しい顔をするヴェルムである。
そんな中、震えるセルネイ宰相だ。
『なるほど、魔導士ケイタは頭も回るようだな。魔力も聞いていた話よりはあるな』
「ど、どうするのだ?魔神達は負けてしまったぞ。か、勝てるのではなかったのか?」
小声で独り言をブツブツ言うのだ。
『まあ、あれらは調査用に使っただけだからな。せっかく集めたのに3体とも壊れてしまったな』
「それで次はどうするのだ。このままだと」
『次?次などないぞ。これで終わりだ。セルネイよ。ご苦労であったな』
「な!?そ、それはないでございましょう。手伝ったら、獣王国での地位は約束するといったではないですか」
独り言がずいぶん大きくなる。
皆気付いているが、状況が状況だ。
気が動転しているんだなと思うのだ。
『ふむ、たしかにな。しかし魔人でもどうしようもないのだ。見たらわかるだろう?それともなにか?吾輩にあれ以上のことをしろと?まあ可能だがな』
「か、可能。本当ですか!?」
『もちろんだ、しかしそれには貴様の命を貰うぞ?吾輩はそんなに安くないからな』
「そ、そんな…」
セルネイ宰相が絶望をする中、獣王親衛隊の1人が闘技場の獣王の個室のノックを鳴らすのだ。
ビクッと驚くセルネイ宰相である。
「どうしたのだ?」
「パルメリアート殿下がお越しでございます。獣王陛下に御用があるとのことです。お通ししてもよろしいでしょうか」
「な!?」
「来たか。通せ」
「は!」
セルネイ宰相は怯え驚くのだ。
獣王がパメラを部屋に案内するように言う。
『なるほど、粛清が始まるのか』
「粛清?馬鹿な!?獣王陛下も悪いようにしないと」
『ほう、吾輩も人間世界の政など分からぬが、これだけは分るぞ。内乱の首謀者は処刑であろう?いつの時代もどこの国でもそうであったぞ?』
「首謀者は獣王陛下では」
『たしかに首謀者は獣王だろうよ。しかし、妹が兄を処刑にしたら、それこそ民は恐怖を覚えるだろうよ。兄は王国か聖教国に永久追放だろうな』
「処刑といったではないですか?」
『だから、獣王をそそのかし、内乱で多くの犠牲をださせた者が別にいるだろう』
「そ、それは」
『もちろん。セルネイよ。お前だ。お前達だな』
「達?お前達とは」
『お前には、妻と3人の子供がいるだろう。使用人に至るまで皆処刑に決まっているだろう?闘技場に集めた一族もろとも大量のゴブリンに食らわせるゴブリン刑が帝国では有名だな。この闘技場でもできそうだぞ』
内乱を起こした貴族を処刑する帝国では有名な処刑のようだ。
さらにセルネイ宰相の顔が絶望する。
廊下から複数の足音が聞こえてくる。
足音がセルネイ宰相の心臓を強く打つ気がする。
パメラがおっさんらとともにやってきたようだ。
「そんな。せめて子供たちだけでも助けてほしい。魔神様のお力なら可能なのですよね?私の命はいりません。だからせめて子供だけでも逃がしてほしい」
『ほう、言うたな?命を魔神に捧げると?命と引き換えの願いがそれでいいのか?』
「は、はい」
『では頂くとしよう』
部屋の扉にノックがなる。
パメラ達がやってきたのだ。
「通せ」
扉が開きパメラを先頭におっさんらが皆入ってくるのだ。
(あまり待たさずに通してくれたね。獣王は獅子っぽいな。まさに百獣の王だ。そういえば、国王は後からやってくるのに、王国と違うな。胡坐を掻いてるし)
床に胡坐をかいて座るおっさんである。
王国と獣王国の違いについて考える。
「討伐ご苦労だったな」
「いえ、獣王国の一大事でございましたので」
パメラと獣王が会話を始める。
(獣王は吹っ切れた感じか。それにしても横にいるセルネイ宰相は顔色悪いね。別に何もしないんだが、やはり不安かね)
顔色が青白くなったセルネイ宰相である。
独り言は言わなくなったようだ。
無表情で獣王の横に座っている。
「魔導士ケイタも妹が世話になったな」
「いえいえ」
「それで、母上とレイミスティアの件でございますが、話の途中でございましたので」
パメラが2人のことがどうしても気になるようだ。
おっさんと獣王の間に入るかのように話を変えるのだ。
「ふむ、そうだったな。単刀直入に言うと2人とも生きておる」
「ほ、本当でございますか!?」
「うむ、王城で窮屈にしておるがな」
(お?パメラの母ちゃんと従妹は生きていたのね。それは良かった。まあ、策謀するだけなら殺す必要はないからな)
「ベステミア家の公女は元気であったか?ヴェルムよ」
なぜか獣王はヴェルムに話を振る。
ヴェルムがまだ難しい顔をしている。
「き、きさま!?レミリアに何をした!!ま、まさか…」
「………」
無言のヴェルムである。
パメラに詰められ、さらに難しい顔をするヴェルムである。
おっさんらが何事だという顔をしている。
「では、王城でお二人との御対面をするよう、とり計りたいと思います、獣王陛下」
今まで黙っていたセルネイ宰相が青白い顔で告げるのだ。
こんな声色だっけと不思議に思うおっさんである。
とても静かで抑揚のない冷たい話し方だ。
「ふむ、そうだな。王城は今、少しごたごたしているが、そのように計るがよい」
「は」
『………』
「ん?どうしたんだよ?カフヴァン?」
獣王やセルネイ宰相とおっさんらの会話の後ろでセリムがブツブツ言いだす。
皆何があったとセリムに視線が集まる。
そんな中、カフヴァンが叫ぶのだ。
『主殿。我を召喚するのだ!こやつは魔神だ!!』
「「「え?」」」
「カフヴァン、魔神ってどういうことだよ?誰が魔神って?」
『そこの狐の獣人に化けておる!』
『…ほう?誰か知らぬが、吾輩の気配に気付けるものがいたのか?』
狐の獣人が何かにとりつかれたかのように話す。
今までのセルネイ宰相と声色が違うようだ。
獣王もヴェルムも何事だという顔をする。
状況についていけていないようだ。
「魔神?セルネイ宰相は魔神なんですか?」
『お前が、そうか検索神の使徒か?仲間を作って、今までの使徒と違うようだな。油断させて殺そうと思ったが、残念だ』
冷たく、無表情におっさんに語りかけるセルネイ宰相だ。
(うわ、カフヴァンに聞いていた通り、完全に人類の敵なんだな)
おっさんは異世界ものをたくさん読んでいるので、魔神や魔王にも人間と共存したりする作品をたくさん知っているのだ。
しかし、カフヴァンから魔神についておっさんらは聞いているのである。
それは人間と共存できる存在ではなかったのだ。
この世界の魔神は完全に敵認定なのかと思うおっさんだ。
皆が座る中、立ち上がるセルネイ宰相である。
何事だと皆の視線が集まる中、体からメチメチと音がし膨張を始める。
血の涙を流しながら、顔の皮膚が膨張に耐え切れず裂けていくのだ。
『吾輩の名前は魔神ヴェルギノスである。検索神の使徒よ、ここで果てるがよい』
セルネイ宰相の体から出てきた魔神ヴェルギノスである。
魔神との闘いが始まったのであった。