第53話 けじめ①
パメラが仮面を外し、自らの名を名乗ったのだ。
その名は内乱のおりに亡くなったといわれている第一王女の名前であった。
内乱が起きたのは、獣王国の王都がはじまりだった。
5年前に発生した内乱は3年前に収束し現在に至るのだ。
観戦するほぼ全ての獣人は知っている。
パメラが何者であったのか。
なぜ仮面を被って試合をするのか。
なぜ一言も発さないのか。
自問自答の答え合わせをするように、答えが浮かび上がってくるのだ。
「パルメリアート殿下?」
「姫様は内乱でお亡くなりになったのでは?」
「だから仮面をつけていた?正体を隠し優勝するため?」
困惑の言葉で騒然とする観客席である。
跪く総司会のゴスティーニである。
武術大会管理部門の副大臣であり、子爵であるゴスティーニが跪いている。
臣下の礼を取っているのだ。
パメラの発言に真実味が増す観客達である。
「内乱のけじめをつけに来たぞ!!余と戦え!レオルフレイド=ヴァン=ガルシオ!!」
獣王の名を呼び捨てにするパメラである。
平民でも貴族でも不敬罪で死刑である。
闘技台に降りてきて、今ここでパメラと戦えというのだ。
「やはり、生きておったか。セルネイ宰相よ」
「申し訳ございません。獣王陛下」
「まあよい。なるほど」
獣王はすぐには動かないようだ。
座椅子のひざ掛けに手を置き、思案を始める。
そんな中、総司会ゴスティーニが跪いたまま、パメラに語り掛けるのだ。
『パルメリアート殿下、ここは闘技場でございます。このまま、このゴスティーニが司会をさせていただいても?』
武術大会で試合をするなら私が司会をするという総司会ゴスティーニである。
「ん?まあよい。その前に、ソドン=ヴァン=ファルマン降りてこい。親衛隊長よ。けじめの立会を行うのだ!」
「は!!」
ソドンが返事をして、地響きを立て地面に降りる。
パメラだけがけじめの登場人物ではない。
数百キロはある大盾とハルバートを携え、殿下をずっと守ってきた親衛隊長が闘技台に上がるのだ。
パメラのけじめに立ち会うためである。
ソドンもウガルダンジョンでおっさんらとともに攻略したアダマンタイト製の騎士の格好をしている。
最後の時は、皆で共に歩んだ格好がしたいと言われたおっさんである。
歩きながら思うのだ。
ソドンは獣王親衛隊長であった。
獣王を守る親衛隊の長であるのだ。
王女を守る親衛隊長ではない。
侯爵家であるファルマン家の当主にして、代々獣王にずっと仕えてきたのだ。
王女が15歳で成人した年に王国との会議が行われ、王女が選ばれた。
獣王の命により、護衛に着いていたのだ。
その会議の帰りに発生した内乱以降、王女と共にあるのである。
獣王の護衛の命をずっと守ってきたのだ。
「獣王陛下、パルメリアート殿下は成長されました。殿下は紛れもなく陛下のお子です」
10万人に達する満員御礼の群衆の前で威風堂々とたたずむパメラである。
獣王国の未来をその立ち見姿に思うソドンである。
「ファルマン隊長…」
「ファルマン隊長がお戻りになられた」
「親衛隊長がずっと殿下をお守りしていたんだ」
親衛隊からも声が漏れる。
親衛隊の幹部は現獣王の命により刷新されたが、若い親衛隊はソドンが隊長のころからそのままであるのだ。
大声で叫ぶことができる立場ではないので、つぶやくのだ。
お世話になったものが多いのか涙を流すものもいる。
100m以上離れた場所からソドンがゆっくり歩いてくる中、パメラはマイクを総司会ゴスティーニに返すのである。
総司会ゴスティーニはうやうやしくマイクの返却を受け、立ち上がり司会を続けるのだ。
『な!なんということでしょう!!観客の皆さま!!パルメリアート殿下が帰ってきました。このお声、このお顔見間違うことはございません!!』
観客達がざわつくなか、やはり本物なのだと思うのだ。
『内乱で行方が分からず、亡くなったとささやかれる中、獣王国の王都に戻ってきました!!なんと行方が不明になっている中、350年未踏のダンジョンをたった10人で攻略を成し遂げた王国の英雄となっておりました!!』
パメラはダンジョンを攻略した英雄の1人であることになるのだ。
王国の英雄となって獣王国に戻ってきたことを理解する観客達である。
『そして、始獣王ガルシオ獣王様の御血を紛れもなく引いております。かつてないほどの英傑達が参加する中、自らの力を示し獣王武術大会に優勝を果たしました。そうです!我ら獣人に繁栄への道を示した金色の獣となったパメラ闘士はパルメリアート殿下であったのです!!』
観客達が自分の中で浮かんだ答えの、答え合わせを総司会ゴスティーニの言葉でするのだ。
内乱で王子に追いやられた王女が、王国で英雄となって戻ってくる。
力を携え、数々の英傑達に勝ち、ただただ内乱の決着をつけるために無言を貫いた王女。
そんな物語みたいなことがあるのかと、どこか昨日見た演劇以上に現実味のない物語である。
幼少の頃に読んだ物語の世界に舞い降りてしまったかのように闘技台を見つめる観客達である。
「とんだ道化め」
パメラが小さく呟くのだ。
こんなにパメラを称えると、パメラがこのまま獣王親衛隊に捕縛される。
もしくは、獣王との試合でやぶれれば、獣王国を騒乱させたと捕まる可能性もあるゴスティーニである。
それでも道化のように体全身を動かして武術大会の司会の役目を全うするのだ。
「さて、呼ばれたようだしな。たまにはひ弱な我が妹に稽古をつけるか。いつ以来か久々であるな」
重い腰を上げる獣王である。
10歳ほど年下の腹違いの妹である。
パメラが幼少の頃は、王族の嗜みで稽古をしてやったことを思い出す獣王である。
「な!?なりません。内乱を起こした罪により捕らえたほうがよろしいかと」
「ん?こんなに観衆がいる中であるか?流石に余でも、そのようなことをすれば民の反感を買うことくらいわかるぞ?」
10万人に達した観客が、獣王がどうするか見守っているのだ。
だから、おっさんは優勝後に呼ばれる王城ではなく、この場でけじめをつけさせることにしたのである。
断れないようにするためであるのだ。
そして、もう1つの断れない理由がやってくるのだ。
「そんな、賊に同情をすることはありません。おそらく、魔導士ケイタらも、今回の件に絡んでおります。まとめて捕えましょう。王城の親衛隊を全て動員させます」
「失礼します!」
1人の親衛隊が、獣王のいる闘技場に設けられた観客室に入ってくるのである。
「ばかな!?獣王の御前ぞ!!このような時に何故勝手に入ってきた!!」
今度は激怒するセルネイ宰相である。
「ふむ、それで、何用だ?」
獣王が宰相に代わり聞くのだ。
「は!?も、申し訳ありません!!」
地面に顔面をこすりつけ、床に付けた両手が震えている。
尋常ではない謝罪をする親衛隊。
「ん?それでどうしたのだ。はよ、答えるがよい」
改めて獣王が何用か尋ねる。
「て、抵抗むなしく…。お、王城がガルガニ将軍により占拠されました!!」
汗と涙でくしゃくしゃになった親衛隊が告げるのだ。
「ふむ」
「な!?そんな、ガルガニ将軍も賊に落ちていたのか。どうすれば…」
王城を占拠されては王都にいる騎士や兵への指示が難しいのだ。
当然、王城から親衛隊はやってこない。
相手は王国最強の魔導士ととともにやってきたパメラであるのだ。
どうしたら、このような状況を打開できるか必死に考えるセルネイ宰相である。
「い、いえ。あの…」
「ん?なんだ?」
獣王が、思考がパンクしつつある宰相の代わりに聞くのだ。
「隙を見て闘技場に報告に行こうとしたところ、ガルガニ軍に捕まりまして…。ガルガニ将軍より書状を預かっております。これを獣王陛下に渡すようにと」
「しょ、書状?なぜ書状なのだ。まあ、よい。読むのだ」
獣王もセルネイ宰相も書状を準備した真意は分らないようだ。
王城から駆け付けた親衛隊がガルガニ将軍から渡された書状を読むのだ。
震える声を必死に抑え、読み上げる親衛隊である。
『拝啓 偉大なる獣王へ
王都では、心温かい軍へのねぎらいをしていただき感謝しております。
次の戦争でも配下ともども獣王国のために奮闘する次第でございます。
さて、我らは獣王国を守る鉄壁の盾にてございます。
そして、獣王国のために戦う強靭な刃にてございます。
何人も獣王国を荒らすものを許しはしません。
獣王国のため、ただただ圧倒的な武力を持って排除するのみでございます。
この度は王城の件でお騒がせし、大変申し訳ありません。
偽りの獣王が王城を占拠する情報を聞きつけたために、一時的に前もって王城を占拠させていただきました。
これも一重に、獣王国をお守りしたいだけにてございます。
偉大なる獣王が、王城にお戻りの際には、この王城はすぐにお返しします。
そして、今後もこれまで以上に臣下として忠誠を尽くしてまいりますので誤解のないようにお願いします。
連名代表 ライノワール=ヴァン=ガルガニ
連名 ブライ=ヴァン=ラングロッサ
連名 シュクレイナー=ハーレン』
「な?え?何だ、その書状は!よ、よこすのだ!!」
セルネイ宰相が困惑する。
必死に書状の内容と状況を理解しようとするのだ。
親衛隊から奪い取るように受け取った書状には寸分たがわず、今読み上げた内容が書かれている。
3名の血判が名前の横に添えられている。
「ふはははは!なるほどなるほど。偽りの獣王である妹を倒し王城に戻れば、将軍、将軍の跡取り、師団長が余に忠誠を尽くすと言っておるぞ。武術大会が盛り上がるだけではなく、このようなことも起こるのだな。余に運が回ってきたぞ!!」
7割がパメラ側に付いた内乱である。
その現状は、妹を策謀したこともあり、3年ほど経った今でもそこまで変わらない。
民からの人望も、軍属や貴族からの忠誠も少ない獣王である。
獣王はこの状況を打開する必要があるのだ。
獣王になってから取り組んできたのはそれだけであると言ってもよい。
民からの人望を集めるために、盛大に行った獣王武術大会である。
盛り上がれば、盛り上がるほど、獣王に対する人望は大きくなるのだ。
獣王家主催の武術大会で、優勝者は獣王が称えるのだ。
そして、軍や貴族からの忠誠心を増やそうとこれから帝国に侵攻する予定である。
獣王は内乱中に帝国から奪われた領土を取り返し、さらに帝国に侵攻するつもりである。
盛大に行われた獣王武術大会の優績者を囲いこみ、失った領土を取り返し、さらに帝国に侵攻を進め、そして勝利するのだ。
強い獣王を示していく予定であるのだ。
おっさんはこの2つの取り組みを、内乱の経緯、武術大会への力の入れ具合、ロキとヴェルムとの問答でおおむね理解したのだ。
その上での今回の作戦である。
獣王はパメラに勝てば全てが手に入るのだ。
10万の民がいる前でパメラに勝てば、強き獣王に人望が集まるだろう。
そして、将軍、将軍の跡取り、師団長からの忠誠が約束されている。
立ち上がる獣王である。
反応して止めようとするセルネイ宰相である。
「獣王に撤退はない。突き進むのみだ、セルネイ宰相よ」
その言葉を受け、自らの言葉を飲み込むセルネイ宰相である。
10万の観衆の面前で戦いを挑まれ、王城は占拠されているのだ。
パメラと戦う以外の選択肢はないのである。
獣王の周りにはセルネイ宰相と武術大会の管理部門の副大臣、獣王親衛隊副隊長がいるが、もう止めないようだ。
出窓のようになった獣王の観客席から貴族席に飛び降りる獣王である。
そのまま闘技台に向かうようだ。
「獣王がおりてきます」
コルネが、鷹の目で状況を確認していたのだ。
「よかった。これで目的のほとんどは達成しましたね。それにしてもガルガニ将軍の部下はなかなかの演技力でしたね。親衛隊の幹部がいたようですがばれませんでしたね」
「まあ、あのような状況だからな。さすがケイタの作戦だな」
イリーナに褒められるおっさんである。
書状を持ってきたのは親衛隊に扮したガルガニ将軍の配下である。
でなければ、こんなにタイミングよく獣王に書状は渡せないのだ。
書状を持ってきたガルガニ軍の配下は、今年の諜報隊の優績者の1人だ。
獣人であり帝国と種族が違う中、帝国の情報を収集する諜報隊である。
帝国に敗残兵として紛れ込み、命を懸け情報を収集するのだ。
演劇隊の演技力程度ではない。
「これで、私達がすべきことは全てしました。あとはパメラが好きなようにけじめをつけていただきましょう」
「ケイタ。パメラが獣王に負けたらどうするんだ?」
セリムから聞かれるおっさんである。
皆も気になるようだ。
視線がおっさんに集まる。
ブサイクなおっさんは決め顔で言うのだ。
「パメラを連れて逃げるに決まっているでしょう。セリムは召喚獣を闘技台に出す準備はしておいてください」
折角の作戦が台無しだなと思う皆であった。