第50話 金色の獣
騒然とする観客席である。
その中でパメラは金色の光に包まれていく。
体全体が完全に光の中に消えたのだ。
手を地面に着き4足歩行に姿勢を変える。
長い尾に牙を生やした金色の獣は顎を天に掲げた。
光に包まれているため、パメラより一回り大きな獣だ。
それは虎でも獅子でもない。
それは獣全てを象徴するかのようだ。
まさに金色の獣であった。
そして、四足歩行の獣は、大きく雄たけびを上げるのだ。
「ぐるおおおおおおおおお!!!!」
パメラからは想像できない雄たけびが闘技場に響き渡るのだ。
心臓を握られたかのような圧迫感を感じる観客達である。
観客席がさらに騒然とする。
運営担当の守護隊も、獣王親衛隊も動き出すのだ。
暴動にならないようにするためである。
「これはまさに始獣王ガルシオ様が成ったと云われている『金色の獣』である」
ソドンが昨晩あれだけ号泣したのに、再度泣き始めるのだ。
獣人にとって、パメラの今の姿に深い意味がある。
ソドンの一言で昨晩ソドンから聞いた話を思い出すおっさんだ。
1000年前の帝国との独立戦争の頃まで遡るのだ。
軍の数は獣人と帝国で10倍もの差がついたのだ。
広大な帝国中から軍を集めたのだ。
肉体的に優れた獣人であるが、帝国は数にものを言わせて大軍で攻め滅ぼそうとした。
苦境に陥った獣人達である。
もう攻め滅ぼされてしまうというところで獣神リガドが、ガルシオに力を与えたと言われているのだ。
ガルシオは金色の獣に自らの姿を変え、想像を絶する力を得たという伝承がある。
獣人の軍隊の先頭を走り、皆を導いた金色の獣ガルシオ。
獣人達は金色の獣となったガルシオの背中を追って帝国軍と戦ったのだ。
ガルシオが金色の獣になれば、何万何十万の帝国の軍勢でも止められなかった。
必ず敵将はその命を落とし、敵軍が右往左往したという。
1000年経った今でも多くの文献で語り継がれ、街や王城の壁画に描かれているのだ。
(イリーナのネックレスもそうだったね)
現在、獣王国の象徴する色は赤と緑と金である。
イリーナに獣王国ならではと買ってあげたエメラルド、ルビー、黄金でできたネックレスも獣王国の特色を示した色であるとのことだ。
この3色は装飾品だけではなく、王城や貴族の館、式場など多くの場所で使われている。
赤は自由のための独立に失った多くの獣人の血の色を示している。
緑は獣王国の恵まれた緑の大地を示している。
そして、金は獣人の繁栄をもたらした者を示しているのだ。
獣神の加護を受け金色の獣になったガルシオのことであったのだ。
「1000年ぶりにガルシオ様がお戻りになられたのだ!!」
「これが話で聞いた金色の獣か。伝承は本当だったのか!!」
「だから前人未踏のダンジョンを攻略できたのか。ガルシオ様がお力を与えていたのか!!」
おっさんの耳にも観客席の驚きの声が聞こえてくる。
獣人達に広く伝わっている伝承話なのだ。
「あまり時間がありません。一気に決めないといけません」
「うむ」
固有スキル『ビーストモード』は絶大な力を与えるが、時間は有限であるのだ。
おっさんが、分析した固有スキル『ビーストモード』の効果である。
・全ステータス3倍
・拳技、加護やパッシブスキルに固有スキルの効果は掛け合わされる
・HP自然回復(1秒に1%)
・気力を1秒に1消費
・一度ビーストモードになると気力が0になるまで戻れない
NAME:パルメリアート=ヴァン=ガルシオ(ビーストモード)
Lv:38
AGE:20
HP:1485/1563
MP:0/0
SP:712/735
STR:2763
VIT:507
DEX:7605
INT:0
LUC:630
アクティブ:格闘【4】、拳技【2】
パッシブ:礼儀【3】、算術【1】、交渉【1】、力【2】、素早さ【2】、気配察知【2】
固有:ビーストモード
加護:獣神リガドの加護(極小)
EXP:720273888
(あと12分弱しかビーストモードになれないぞ)
タブレットを見ながらパメラの状態を確認するおっさんである。
パメラの時間が有限であることは分っているようだ。
その速度を活かして一気にエルザに迫るのだ。
7000を超えた素早さである。
拳技Lv2の素早さ3倍と重なって尋常じゃない素早さになっている。
拳聖と言われたカロンを捉えたその動きでエルザに迫るのだ。
エルザが巨大なバトルアックスを振るうより早く、エルザに腹に拳が決まるのだ。
この試合で始めて吹き飛ばされるエルザである。
パメラがさらに追撃し、勝負を決めようとしたその時であった。
「オーバーキル」
エルザが無表情に小さく呟いたのだ。
エルザの体から出ている気力が無色から紫色に変わっていくのだ。
姿がほとんど消えるほどの不穏な紫色の蒸気のような気力に包まれたエルザである。
『今度はエルザ闘士が、紫色に包まれていきます。これはどういうことでしょうか!このゴスティーニ何が何だか分かりません!!』
紫に包まれたエルザは一気にステータスが上昇したようだ。
光に包まれた獣となったパメラの前足をバトルアックスで受け止めるのだ。
吹き飛ばされず、その場に耐えしのぐエルザである。
金色の獣になったパメラと攻撃が渡り合えるようになったのだ。
一進一退の攻防が続くのだ。
「これは力だけならエルザさんの方が上のようですね」
(ん?これはエルザも固有スキル持ちってことか?)
「うむ、だが、パメラ様はもうスキルを発動されている。勝たねばならぬ」
一度ビーストモードを使えば後戻りはできない。
やり直しも聞かないのだ。
発動時間は10分を切っている。
時間はないのだ。
時間だけがどんどん過ぎていく。
攻め切らないパメラであるのだ。
パメラを覆う光りが弱くなったように感じるおっさんである。
おっさんらはもう観戦するしかできないのだ。
勝利を信じて応援するのだ。
その時である。
パメラが距離を取るのだ。
闘技台の端まである。
闘技台の中央にいるエルザ。
金色の獣が姿勢を低くするのだ。
4本の手足に力が入る。
手足に力をこめすぎたのか闘技台に蜘蛛の巣状にひびが入る。
「ぐるおおおおおおお!!!」
一言雄たけびを上げ、一気に駆けていくパメラである。
助走をつけたのか、どんどん早くなっていく。
既に観客も総司会もおっさんらの視界からも消えている。
そんな中、エルザだけが直進するパメラの姿を捉えることができたようだ。
大きく振りかざしたバトルアックスである。
2mを超える巨大な刃を全身全霊の力を込めて、叩き下ろすのだ。
ガキイイイン
闘技場全体に激しい金属音が聞こえる。
パメラのオリハルコンのナックルとエルザの巨大なバトルアックスが、かつてないほどの力と速度でぶつかったのだ。
アダマンタイトでできた巨大なバトルアックスが砕けたのだ。
粉砕された巨大なバトルアックス。
粉砕されたバトルアックスの破片が散る中、柄だけになったバトルアックスを理解できず見つめてしまうエルザである。
一瞬の硬直。
一瞬の戸惑いを見逃さなかったパメラである。
渾身の拳がエルザの腹に決まる。
吹き飛ばされるエルザである。
吹き飛ばされた先で大の字になって動かなくなるエルザである。
観客たちが状況に追いつくのだ。
パメラがエルザを吹き飛ばしたのだ。
状況を理解できた観客が歓声を上げる。
一向に立ち上がらないエルザである。
審判がエルザの元により状態を確認する。
何かエルザに語り掛けるがエルザは反応しないようだ。
どうやらまだ試合ができるか確認しているようだ。
副審たちも集まってくる。
審議を始めているようだ。
そんな中パメラの気力が完全に尽きたようだ。
黄金の光は消え、パメラはたたずんでいる。
その場で動かず経緯を見守る。
ほどなくして主審が総司会ゴスティーニに何かを告げる。
『審判の判定により、エルザは意識があるにも関わらず、立ち上がろうとしていません。これは試合の放棄であると判断しました。よってパメラ闘士の勝利です!!パメラ闘士が、前回優勝者ガルガニ将軍を倒したエルザを撃破し、決勝戦に進出します!!』
審判がパメラの片手を上げ、勝利を宣言するのだ。
大きな歓声が沸く。
『あの、先ほどの光について一言いただけませんか』
パメラに恐る恐る尋ねる総司会ゴスティーニである。
観客席の誰もが気になるようだ。
皆固唾を飲んで見守る。
しかし、パメラは総司会ゴスティーニのマイクに反応を一切示さず、自分が倒したエルザを見つめているようだ。
エルザはそのまま獣王親衛隊に両腕を掴まれて運ばれていくようだ。
また、連れていかれた先で牢獄の中に入れられるようである。
そこまで経緯を確認すると、パメラは無言のまま闘技台を後にしたのだ。
「決勝進出おめでとうございます」
「ありがとう」
回復魔法の必要はないようだ。
固有スキル『ビーストモード』の効果により体力は完全回復している。
「明日は決勝ですね」
「うむ、それで、ケイタ」
「ん?なんでしょう」
「エルザと最後勝負を決める時な、『ありがとう』と言われたのだ。余は…」
素早さ7000を超える世界だ。
拳がぶつかる一瞬の出来事だ。
聞こえるはずがないが、エルザからお礼を言われたというパメラである。
「優勝した後、することが1つ増えましたね」
その答えに満足したのか、ほほ笑んだパメラは自分の席に着くのだ。
従者達が持ってきてくれた果実水を飲みながら今後の予定を考えるおっさんである。
従者は騎士達にも果実水を配っていく。
「ソドン、次の試合の勝者がパメラの対戦相手ですね」
「うむ、ヴェルムの方が決勝に上がると思うが、剣鬼ルーカスもかなりの腕だ。戦い方をしっかり見ないといけないであるな」
パメラも決勝戦の相手を知るため、闘技場に残るようだ。
運営担当者が次の試合は定刻通り12時からと伝えてくれるのだ。
(闘技場全体にアナウンスしてくれていつも助かるな。天空都市イリーナも町内放送でこの魔道具ほしいな。建物も立体で大きいしな。運動会とかの催しにも使えるし、あると便利だな)
「おい、お前がパメラであるな。セルネイ宰相がお呼びだ。今すぐ顔を出すのだ」
おっさんがクランメンバーにパン食い競争させる妄想にふけっているとかなり上からな発言があるのだ。
獣王親衛隊が3人いる。
パメラを呼びに来たようだ。
「そういえば、掛け金いくらになったのでしたっけ?」
従者から掛け金のお金を確認するおっさんである。
4試合目も白金貨1枚をかけていたおっさんである。
「エルザさんとの試合は金貨48枚しか増えてませんね。パメラが拳聖カロンに勝ったから、倍率が低いですね」
「そいつは悪かったな」
パメラにジト目で見られるおっさんである。
ロキの賭けの倍率の推移
予選からの決勝進出 1.1倍
本戦1回戦 1.5倍
本戦2回戦 1.7倍
本戦3回戦 2.8倍(負け)
パメラの賭けの倍率の推移
予選からの決勝進出 1.5倍
本戦1回戦 1.4倍
本戦2回戦 1.3倍
本戦3回戦 3.1倍
本戦4回戦 1.6倍
(そういえば、ロキは結局金貨4枚しか儲けていないのか。これは罰則が必要だな)
「き、きさま。セルネイ宰相のお言葉を無視する気か!!」
切りかかる勢いの獣王親衛隊である。
完全に無視している
「ああ、申し訳ありません。ちょっと、次の試合の打ち合わせをしておりまして。それで何でしょうか?私の仲間のパメラがどうのこうの言ってましたが?」
掛け金について、儲けた損したという会話をしていたおっさんである。
立ち上がり、獣王親衛隊に近づいていく
王国からやってきた近衛騎士にも緊張が走る。
あと一歩というところまで近づいたところで、獣王親衛隊は及び腰になるのだ。
相手は演出であの巨大な魔法を使った王国最強の魔導士である。
近距離戦で相手は魔導士、3人がかりでならと思案させるほどの距離まで近づくおっさんだ。
「せ、セルネイ宰相がお呼びなのだ。エルザとの試合で見せたことに説明を求めておられる。これは光栄なことであるぞ。ただの冒険者でしかないであろうが、宰相から引き立てられるかもしれぬのだぞ!!」
早口で言われるおっさんである。
「それはできません」
「な!?馬鹿な!!セルネイ宰相のお言葉を断るなど。いかに招待を受けて獣王国にやってきてもそのような無礼が通るわけが」
「私は、いえ、パメラはガニメアス国王陛下より必ず勝利せよと言われてこの場にいます。この言葉の意味がお分かりか!?」
きつめの言葉をおっさんが使う。
たじろぐ獣王親衛隊である。
「な!?それと、何が関係あるというのだ?」
「まだわかっていないのですね。我々は必ず優勝せよと言われてここにいるのです。ロキが敗れた今、パメラ1人に王国の双肩がかかっているのです。王国は威信をかけてパメラを獣王国に送り届けたのです。勝利のため次の試合の研究をしないといけません」
国王は勝てとも優勝せよとも言っていない。
問題は起さないでねとは思っている。
「で、では第2試合が終わった後なら来ることができるというのだな」
「何を。どうやらあなた方は大会に出たことがないのですね。次の試合の打ち合わせをホテルに戻ってしないといけません。ん?」
「いかがしたのだ?」
「いや、もしや、これはヴェルム殿が勝利した際、負けてほしいから、このように呼びつけているのですか?獣王国としてもヴェルムに優勝してほしいと」
「な!?そ、そのようなわけがなかろう」
「では、お引きとりを。ガニメアス国王陛下から受けた命より重い王命を受けているのです。獣王武術大会の優勝を捧げるために全身全霊をかけているのです」
「こ、後悔をしてもしらぬぞ!」
吐き捨てるように獣王親衛隊の3人が引き下がっていくのだ。
「やれやれびっくりしましたね」
「お前がな。国王の名前をこんなに使うのケイタくらいだぞ」
ツッコミ要員のセリムからツッコミが入る。
近衛騎士団の騎士が果実水を噴き出して失神寸前である。
現実逃避して、今の会話がなかったことにしたいようだ。
「お?ゴスティーニが出てきましたね。第2試合も間もなくですか」
パメラがエルザを倒し、決勝戦への進出を果たしたのだ。
明日の決勝戦で、獣王の前で試合をすることになるのだ。