第40話 ゲオルガ戦
目の前でクリフとメッサンが対戦をしている。
第2試合が終わったので、第3試合が始まったのだ。
今日は武術大会3日目で1回戦が16戦あるのだ。
「魔闘士は格闘家のようですね」
「ああ、手がなんか爆発するんだ。手品みたいで凄いぞ」
あまり元気なさそうに教えてくれる本戦を初戦で敗退したブレインである。
医務室的な部屋に運ばれたのだ。
次の試合前に運営担当をしている救護班の回復魔法で癒されて戻ってきたとのことだ。
「そうなんですね。何かのスキルでしょうか?」
(ふむふむ、どれどれ魔闘術なるものがあるのかね?魔闘で検索と)
クリフの戦い方に特に変わった点が見られないのでタブレットで検索するおっさんである。
魔闘術Lv1 100ポイント
魔闘技Lv1 1000ポイント
「ぶっ」
ブサイクなおっさんが果実水を噴き出すのだ。
「どうしたんだ?魔闘術?」
セリムがおっさんのタブレットを見ながら、質問をする。
タブレットを覗きこまれることに未だに抵抗のあるおっさんだ。
ブレインは何を覗き込んでいるんだろうという顔をする。
「いや、セリムが体得したのと同じくらい、かなり珍しいスキルのようですね」
(召喚術レベル1が100ポイントで、魔力接続レベル1が1000ポイント必要だもんな。これは新たなスキルの出会いかもしれぬ。魔って付くくらいだから俺でも使えるのかな)
そんな新たなスキルの出会いを期待しながら、クリフとメッサンの戦いを見る。
神官の格好をするクリフであるが、特に何かスキルを使うわけでもなく、メッサンを追い込んでいく。
「スキルは何も使わないようですね」
「うむ、1回戦だからな。隠し玉として取っておきたいのではないのか」
そんな話をしている間に決着がつくようだ。
クリフはナックルを付けており、近接戦闘のみでメッサンを倒すのである。
(1回戦は、2回戦以降の対戦者の特徴を調べようとしても厳しいかな。パメラもロキも1回戦でスキルは使いたくないだろうしな)
審判のクリフの片手を上げ、勝利を宣言する。
「これでパメラの2回戦はクリフさんになりましたね」
「うむ、だが、まずは1回戦を勝たないといけないな」
「ああ、ゲオルガはかなり強敵だぞ。シングルだしな」
今回、パメラとロキともに、1回戦の相手はシングルスターになったのだ。
優勝経験はないが、武術大会でも上位に君臨しているとのことである。
第4試合の闘士が闘技台に上がっていく。
パメラとゲオルガである。
ゲオルガの声援が圧倒的に多く感じる。
「やはり、武術大会上位者は人気あるんですね」
「まあな、戦い方もシンプルだから、観客にも分かりやすいからな」
全身に鎧を着ている。
巨大なハンマーである鉄槌を両手に持ったゲオルガだ。
フルプレートの分厚い鎧であるが、頭部には何もつけていない。
熊のような顔が覗かせている。
2.5mはある熊の獣人である。
(完全なパワーファイターだな。鉄槌はあの輝きからアダマンタイトか)
『それでは第4試合を始めたいと思います!』
総司会ゴスティーニがマイクを持って話し出す。
歓声はいっそう大きくなるのだ。
『今年こそ優勝を目指したいですね。ゲオルガ闘士』
「ああ、今年は粒ぞろいだからな。今年優勝することに意味がある。ダンジョンを攻略したか知らねえが、Bランクなんぞに負けるわけがない!」
受け答えをするゲオルガである。
パメラの方にも寄ってくる総司会ゴスティーニである。
『そう言っていますが、さすがに今回はなんとこの輝き!オリハルコンのナックルを付けております!!ゲオルガ闘士をこのオリハルコンのナックルで粉砕するのですか?』
「………」
今まで一切返事をしていないパメラだ。
今回も無言である。
審判が2人の中に入ってくる。
総司会ゴスティーニとのやり取りがないと判断したようだ。
片手を上げ、戦いの開始を宣言するのだ。
「はじめ!」
開始と共に鉄槌を振り上げるゲオルガ。
距離を詰めるパメラである。
交錯する鉄槌とナックルである。
一進一退の攻防が始まるのだ。
そんな中、小走りで歩み始めるゴスティーニである。
「なんかゴスティーニさんが寄ってきますね」
「ああ、こっちに来るぞ」
(ゴスティーニ襲来)
闘技台前のいい席に陣取っているおっさんらである。
ゴスティーニがこちらに寄ってくる。
どうやら一切反応しないパメラではなく、お仲間に質問するようだ。
『これは、魔導士ヤマダとその仲間達ですね』
「はい、そうです」
一番前の席が座っても見える程度の塀で囲まれた闘技台である。
ゴスティーニが自身の身長くらいある塀からマイクを差し出してくる。
床の高さが観覧席と違うのだ。
闘技台の1mの岩盤と観客席の塀の間が繋がっておらず、10mほどの地面になっているのも理由の1つだ。
これも観客の安全の配慮である。
コルネがギョッとしている。
マイクを向けられたので、おっさんが受け答えをする。
おっさんは漆黒の外套のフードを被っているが、ためらわずゴスティーニはマイクを向ける。
カンカンに日が差す闘技台は30度以上なので、とても暑いのだ。
氷の板を魔法で作って足場に引いている。
外套に素足に氷の板である。
氷の板を皆の分も置いてあげている。
総司会ゴスティーニは塀越しにマイクを向けているため、足先の状況は見えていない。
『本戦も始まりましたね。どうですか?ゲオルガ闘士はかなり強敵のようですが?』
「見たところ力任せの戦闘方法のようですね。パメラの相手ではないでしょう」
『なんと、魔導士ヤマダが早くも勝利宣言をしました!!理由をお聞かせいただけませんか?』
目の前での、総司会のオーバーリアクションも新鮮だなと思うおっさんである。
おっさんと総司会のやりとりが闘技場全体に広がっていく。
「単純に素早さがパメラの方が圧倒しています。どんなに強い攻撃でもあたらなければ意味がありません」
(対人戦で必要なステータスは素早さ一択です。異論は許さない)
『なるほど、素晴らしい分析です。しかし、なぜパメラ闘士は話をしていただけないのでしょうか?』
マイクを向けたらパメラも反応してほしいとゴスティーニである。
「すいません、私が勝手に武術大会を申し込んでしまって、機嫌が悪いんですよ。パメラは私達ダンジョンを攻略した仲間の中で一番、武術大会向きであったもので」
息を吐くように嘘を言うおっさんである。
相変わらずだなという顔をするイリーナである。
『なるほど、そうだったのですね』
返事をもらって満足したのか、総司会ゴスティーニが闘技台に小走りで戻っていくのだ。
そうこうしているうちに、攻撃の数がパメラの方が圧倒していく。
振るわれた鉄槌を力800超えのオリハルコンのナックルが弾き飛ばすのだ。
ゲオルガの大きな腹にパメラのナックルが入りだす。
どうやら完全に動きを把握できたようだ。
鉄槌を躱して腹を殴り、また距離を取るパメラである。
鎧もアダマンタイト製だ。
オリハルコンのナックルでも一撃で破壊できないが、少しずつヒビが入り始めるのだ。
状況はゲオルガにとってかなり悪い。
攻撃が当たらない上に、鎧もはがされつつあるのだ。
「しゃらくせい!ウォオオオハンマアアアアアー!!」
鉄槌が輝きだす。
(お?スキル発動だな。これは鉄槌での攻撃力アップかな。パワーファイターがさらに攻撃力アップか。それもありか)
しかし、パメラは正面から受けないようだ。
パメラを捉えるにはあまりに遅いスキルである。
腹に渾身の一撃を繰り出すパメラである。
とうとうヒビがあったゲオルガの鎧は粉砕されるのだ。
悶絶するゲオルガである。
しかし、降参せずに向かってくるゲオルガである。
攻撃を避けつつ、防御力0になった腹を攻め続けるパメラである。
とうとう膝をついて、動けなくなるゲオルガである。
『おおっと!ここまでのようです!シングルスターである武術大会上位入賞者でも、パメラ闘士を止めることはできないのか!!王国からの刺客の快進撃が続きます!!』
審判の勝利宣言を終えたパメラは、無言で闘技台を後にするのだ。
・・・・・・・・・
ここはフェステルの館である。
いつもの会議室だ。
丸いテーブルには、羊皮紙で書かれた設計図のようなものがある。
街の地図のようだ。
そして、簡単な模型が作られている。
ピラミッドのような構造をした模型だ。
会議室にいる者達は神妙な顔をしている。
「まさか、これほどとは…」
「御当主様、これは予見できたことかと…」
「いや、さすがに我でも無理だぞ。チェプトよ、もう少し早く報告ができたのではないのか?」
「申し訳ありません…」
ここには、フェステル伯爵、フェステル家の家宰セバス、フェステル伯爵領騎士団レイ団長、ヤマダ家の家宰チェプトと天空都市イリーナで測量をした測量士がいる。
他言無用ということで退席させ他に誰もいない。
できれば、チェプトもここには来たくなかった。
アヒムが指名されたのだからアヒムが行くべしと思ったのだが、こういった家のこと、領のことであるなら、家宰チェプトか代官リトメルが行くべきと言って聞かなかったのだ。
駄々をこねて断固拒否したアヒムである。
元従者3人アヒム、イグニル、チェプトの中では、チェプトが一番年下で立場が弱かったのは家宰になってからも変わらなかったらしい。
代官リトメルがヤマダ子爵領に来たばかりで、フェステル伯爵との関係が構築されていない。
ウガルダンジョン都市で行くまで、チェプトは従者として、フェステル伯爵の館で働いていたのだ。
当然、フェステル伯爵とも顔見知りである。
「作ってしまったものは仕方ない。いや仕方なくないのか。いや無理だ。さすがに普通の街を作り直してくれとはいえるはずがない。いやここは言うべきか…」
フェステル伯爵が大きな声で独り言を言っている。
今からすべきことを必死に考えているのだ。
「これは、帝国が動き出しますぞ。御当主様」
セバスも模型を見ながら、フェステル伯爵に忠告する。
「うむ、時間の問題であるな。あと2か月もすれば、町民の受入れも始まるのだ。間者が紛れ込んでくるかもしれぬ。いや、既に間者が紛れ込んでいてもおかしくないぞ。レイ団長よ、何か帝国の動きはあるか?」
「現在、かなり多くの間者がフェステルの街、トトカナの街、冒険者の要塞におります。発見できれば自白させていますが、そのような報告は受けておりません。これだけの大きな城と城壁です。全てに優先して、帝国に報告しに戻るはずです。天空都市イリーナの存在を知り、おめおめと街に滞在している間者がいるとは考えにくいかと」
「うむ、では気付いている間者を発見することは厳しいか」
フェステルの街は1年ほど前におっさんが冒険者の要塞を作ったことをきっかけに拡大と発展を続けている。
帝国に大連山と大森林を挟んで接しており、フェステルの街の動向は、帝国も注視しており、フェステル領の発展に伴って間者を送り続けているのだ。
間者はウェミナ大連山と大森林を通り抜けてやってくる猛者である。
命がけでAランクのモンスターのいる山と森を抜けてくるのだ。
腕も立ち発見が難しいのだ。
ちなみに獣王国ルートの南からフェステルの街に行く方法もある。
これは獣人の国を越えるため、帝国の間者は人種が違うため発見されやすく、また獣王国も帝国と接しており、厳戒態勢であるのだ。
見通しも良い荒野であるため、すぐに斥候や見張り塔からは発見され捕らえられる間者である。
「城…城壁…?」
城と城壁という単語に反応するチェプトである。
この大きな建造物に今のところ名前はないのだ。
おっさんはこの大きなピラミッド状の建造物は建物を入れる外枠のように考えているのだ。
立体的な街の一部である。
そして、街を囲む壁は城壁ではなく、おっさんは外壁と呼んでいたのだ。
「これが城でないなら何なのだ?館か?城壁の中に作ってあるが要塞か?」
フェステル伯爵が、チェプトの疑問に反応する。
フェステル伯爵の住まう家は館であるし、ウガルダンジョン都市も当主の家も館である。
王国にある城はただ1つ、王都の王城のみなのだ。
「も、申し訳ございません…」
「ふむ、チェプトよ。現状について、よく理解できていないようだから、説明するが」
「はい」
他の者もフェステル伯爵の話に耳を傾ける。
「去年のオーガの大群について知っているな」
「はい。ケイタ様の活躍により街を救いました」
「うむ、そのあとケイタは何をした?」
「えっと?街の周りに外壁を作って、ああ、冒険者の要塞を作りました」
「うむ、1万人は収容できる冒険者の要塞だ。それから1年後に何をした?」
「え?1年後?」
何の話だという顔をするチェプトである。
「ふむ、理解できていないか。天空都市イリーナを作ったのだ。それが今だ。この状況について、帝国はどのように判断するのかという話だ」
「はい」
フェステル伯爵は今の状況について説明をするのだ。
帝国によるオーガの大群を誘導する作戦は確かに失敗した。
そして、今後このようなことがないようにおっさんはすぐに冒険者の要塞を作った。
フェステルの街もトトカナ村の外壁も巨大な物にしたのだ。
去年はトトカナ村より60km帝国寄りに冒険者の要塞を作った。
今年は冒険者の要塞よりさらに120km、帝国寄りに巨大な城壁を築いたのだ。
では、来年はどうなる?
再来年はどうなる?
「帝国は、あれだけの城壁を短期間に作れると知れば、翌年にはウェミナ大連山に要塞を築き、大連山に達した要塞を足場に帝国へ侵攻すると考えてもおかしくないのだ」
現在進行形で帝国への侵攻の準備を始めたと捉えられても仕方ないというフェステル伯爵である。
「そ、そんな」
「ケイタの領にはケイタの愛する妻がいる。街の名前にするほどのな。そのうち子供もできよう。愛する家族の将来の憂いを絶つために攻めて出るには十分すぎる城壁であると帝国は考えるだろうな」
「たしかに。これは、王家にも報告が必要かと」
セバスもフェステル伯爵の考えに同意のようだ。
「うむ、そうだな。早い方がいいだろう。帝国より早く動かねばならぬ。チェプトよ、お前も来るのだ」
「え?私もですか?」
「もちろんだ。天空都市イリーナを実際見たお前がいなくてどうする」
このあと、チェプトはフェステル伯爵と共に王都に向かうことになる。
おっさんが獣王国に行っている間にもう1つの話が始まろうとしているのかもしれない。