第39話 拳聖カロン
闘技台の上には、犬の獣人ブレインと猿の獣人カロンが立っている。
ネットの動画サイトで見た、何たら原人のような見た目のカロンである。
まもなく本戦1回戦の第1試合が始まるのだ。
開会式から抽選会までがつつがなく終わったのだ。
本戦1回戦は32人いるので16試合を行うのだ。
抽選の結果はこうなった。
本戦1回戦
第1試合 獣王国「A」ブレインvs獣王国「拳聖」カロン
第2試合 獣王国「A」レグニーvs獣王国「A」コルコオ
第3試合 獣王国「A」メッサンvs聖教国「シングル」クリフ
第4試合 獣王国「シングル」ゲオルガvs王国「B」パメラ
第5試合 獣王国「A」ボボvs獣王国「A」テッセン
第6試合 獣王国「A」メルガvs獣王国「将軍」ガルガニ
第7試合 獣王国「A」ラオvs獣王国「A」ディグニ
第8試合 故公国「ダブル」エルザvs獣王国「A」ニッグ
第9試合 獣王国「A」シャルンvs獣王国「A」インノディック
第10試合 獣王国「A」ジョルジョvs帝国「ダブル」ルーカス
第11試合 獣王国「A」ペペックvs獣王国「シングル」ゲル
第12試合 獣王国「A」クリオウvs獣王国「A」エドバス
第13試合 帝国「シングル」ビヒムvs王国「B」ロキ
第14試合 旅人「シングル」レイvs獣王国「師団長」ブライ
第15試合 獣王国「シングル」ヴェルムvs聖教国「シングル」ルグル
第16試合 獣王国「A」ゼッカvs帝国「シングル」ゼキ
32人本戦参加者の構成はこのようになったのだ。
参加国の構成
王国2人、帝国3人、聖教国2人、故公国1人、なし1人、獣王国23人
冒険者ランクや軍の役職の構成
Bランク2人、Aランク17人、シングルスター8人、ダブルスター2人、師団長1人、将軍1人、拳聖1人
ロキとパメラの対戦前にブレインから情報を貰おうと思ったおっさんだ。
しかし、ブレインが第1試合を引いたので、ほとんど話は聞けなかったのである。
総司会ゴスティーニの紹介と抽選会の結果を整理するに留まった。
パメラは第4試合、ロキは第13試合となったのだ。
「勝ち上がっていってもロキとパメラは決勝戦まで戦わないようですね」
「うむ、抽選で運任せだから、早々に当たらなくてよかったぞ」
イリーナも同意してくれる。
「それにしても、カロンさんですか。かなり年配のようですが、ゴスティーニさんは紹介で称賛しまくっていましたが、すごい方なのですが?」
「うむ、生きる伝説であるな。某の生まれる前に活躍されていたお方だ。3代前の獣王が『武においてその右に出るものはなし』と言わしめ、必死に召し抱えようとしたという話は獣王国では有名であるな」
(43歳のソドンが生れる前に活躍したって、今は100歳近いんじゃないのか?)
「そうなんですね。冒険者ランクも軍の役職もないようですが、年齢的に引退しているってことなんでしょうか?」
「いや、元々冒険者でも軍に在籍したこともないはずだ。大会という大会の優勝をかっさらった。他国で名をはせた豪傑達が挑んだが誰一人として勝つことができなかったと言われているのであるな。そのあと忽然と消え、つい最近まで発見に懸賞が掛けられていたであるな」
「なるほど」
(ずいぶんな実力者ってことだね)
お昼ということもあり、従者や騎士達とも皆で食事をしながら戦いの開始を待つおっさんらである。
予選でロキとパメラそれぞれ白金貨1枚の賭けをしていたのだが、本戦開始する前に払い戻しが可能になり、白金貨2枚と金貨60枚になったのだ。
金貨48枚分の儲けである。
賭博税として、賭けで儲けた金額の2割持っていかれたのだ。
「あまり賭けで増えなかったですね」
「ん?まあ、そうであるな。他国からの、特に獣王国が推薦した挑戦者は予選で落ちることがあまりないからであるな」
どうやら、予選で他国からの挑戦者があまり負けないことを知っていて、賭けの倍率が低くなるということである。
なお、賭けは銀貨1枚から可能である。
賭け金に上限もない。
貴族も平民も一緒に賭けるのだ。
貴族はおっさんのように白金貨で賭けるものもいる。
年に1回の賭博に資産の大部分を投入しているものもいるのだ。
この辺は現実世界と同じだなと思うおっさんだ。
(異世界ものだと掛け金の上限がある話多いけど、上限がない方が現実的だな。数兆円投資できる国家や年金ファンドなどの機関投資家と、数万数十万円しかない個人が同じ投資先に投資するものな。個人は機関投資家の動きも予想しないといけないしな)
本戦以降は1回戦、2回戦とそれぞれかけることができるので、当日9時まで賭けに参加できるとのことである。
1回戦だけ抽選会もあったため12時までが締め切りであった。
ロキとパメラそれぞれに白金貨1枚掛けたのだ。
儲けた賭け金は闘技場での飲食と、一緒に観戦する騎士や従者の手当や食事代になるのだ。
そんな掛け金について考えていると、道化の格好をした総司会ゴスティーニがマイクを持って話し出す。
『それでは本戦1回戦を開始したいと思います!本戦もわたくしゴスティーニが司会をさせていただきます!!』
定刻の12時である。
歓声が観客席に広がる。
今日も満員御礼だ。
4つの大きな皿のようなものに火が灯るのだ。
これが1つ30分の扱いで、30分毎に1つずつ消されていく。
4つ消えたら2時間で戦い終了である。
2時間経過しても勝敗がつかない場合、主審1名と副審4名の多数決で勝敗が決められるのだ。
本戦からは1辺200mの闘技台全面を使うのだ。
ブレインのおかげで予習もばっちりである。
(ふむ、さすがに100m以上離れていて、外野席でバッターを見るようなものだな。まるで人が米粒のようだ。スキルを取るか)
・鷹の目Lv1 1ポイント
・鷹の目Lv2 10ポイント
・鷹の目Lv3 100ポイント
仲間に生えたスキルは基本的に仲間の役割があるので取らない方針であるが、これではブログにならないので、スキルを取るおっさんである。
(さすが鷹の目、レベル3にすると余裕で100m先の2人を見ることができるな。うは、ブログに臨場感がでてくるで)
【ブログネタメモ帳】
・本戦1回戦が始まった ~おじいちゃんも参加しているよ~
鷹の目で会場全体を見ると、貴族席の前にも解説者のような席に3人ほど並んで座っている。
かなり年配の獣人だ。
「貴族席には解説者のような人がいるのですね」
「うむ、特に王都に住む貴族達は戦いに詳しくないものが多いであるから。ああやって、引退した軍属や武道家に解説をさせておるのだ。賢人席ともいうであるな」
鷹の目で闘技場を見て回っていると総司会ゴスティーニがカロンに近づいていく。
試合が始まるのだ。
『それでは、始まる前に拳聖カロン老師、なぜ今回は武術大会に出られようと思われたのですか?久しぶりの大会かと思いますが』
皆が疑問に思っていることを代表して聞いてくれる総司会ゴスティーニである。
『ひょひょひょ。古い友人に頼まれたのでな。老骨に鞭を打って出てきたのじゃ。若い者にはまだまだ負けられんのじゃ。ひょひょひょ』
カロンが皺いっぱいの顔をくしゃくしゃにしながら笑うのだ。
『そう言っていますが、ブレイン闘士。前回は3回戦で惜しくも負けてしまいましたが、今回は1回戦で大物を抽選で引いてしまいましたね。お気持ちをお聞かせください』
ブレインにも話をしっかり振る。
『大物であったのは過去の話だろ?しっかり1回戦で倒して、山に帰すとしよう』
カロンを挑発するブレインである。
負ける気はさらさらにないようだ。
獣人たちの悪口で『山に帰れ』という言葉があるんだなと思うおっさんだ。
審判が2人の間にやってくる。
片手をあげ、戦いの合図を送るのだ。
『はじめ!』
合図とともにブレインがカロンに距離を詰める。
短剣2つ持ちのブレインの刃がカロンに迫るのだ。
『ひょひょ』
ブレインの刃を、軽くかわすカロンである。
ブレインが止めることなく連撃で刃を繰り出す。
静電気でまとわりついたビニール袋のようにぴったりくっついて、ブレインの攻撃をかわすカロンである。
「年齢を感じさせない動きですね」
「うむ、しかし、ブレインは持久戦で疲れさせるのが目的のようだな。攻撃の手を緩めないぞ」
イリーナもブレインの戦法を分析するようだ。
10分経過する。
一向に攻撃の手を緩めないブレインである。
しかし、攻撃をかわす動きに一切の変化がない。
疲れが見て取れないカロンである。
(ブレインの方が、息が上がってきたな。ボクシングだと3分ごとに休憩があるが、10分ぶっ続けは異世界でもきついんじゃないのかな)
『ブレイン闘士は攻撃の手を緩めません!しかし、全ての攻撃をかわし続ける拳聖カロン!』
そのときである。
いくら切りかかっても、らちが明かないと判断したようだ。
短剣を両手に持ったままカロンに掴みかかるブレインである。
素早い相手
ガタイのでかい相手
近距離が得意な相手
距離を取る相手
何度も武術大会に参加し、多種多様な相手と対戦をしてきたブレインである。
組手により、締め上げる方法を選んだようだ。
枯れ枝のような両手両足のカロンには有効と判断したようだ。
「む?ほれほれ!ひょひょひょ」
「な!?ぐは!!」
カロンがブレインの手に動きを合わせる。
驚愕な声と共に投げ飛ばされるブレインである。
ブレインが数mほど天に舞い、背中から闘技台に落ちる。
痛みで悶絶する。
カロンは様子を見たまま、追撃をしない。
本戦は、相手が負けを認めない限り、審判も動かないのだ。
特に判定にポイント制のようなものはない。
テクニカルノックアウトのようなルールはないのだ。
『むう、これほどの武人がいるでござるか。拙者も対戦して見たかったでござるよ』
「ん?なんだよ?カフヴァン。そんなに強いのか?」
セリムの中で鎧の騎士カフヴァンが反応する。
『うむ、あれはまさに武の結晶。武の化身であるな。ブレイン殿は相手が悪かったでござるな。拙者でも底が見えぬでござるよ』
「………」
無言でセリムと剣聖と呼ばれた鎧の騎士カフヴァンの会話を聞くパメラである。
「どうした?もう終わりかの?ひょひょひょ」
「くそ、まさか初戦で使うことになるとはな!!」
『おおっと!ブレイン闘士が何かするみたいです!!』
姿勢を低くし、短剣を胸の前で突き出すブレイン。
体から蒸気か湯気のようなものが出る。
気力を消費し始めたのだ。
「エナジーダッシュ!!」
掛け声とともに、ブレインの距離が一気に早くなる。
『なんと!ブレインがものすごい動きです!!わたくしゴスティーニ、目で追うこともできません。まさに闘技台の上で消えました!!どうする拳聖カロン、この攻撃はかわせない!!』
闘技台を、カロンを囲むように走るブレインである。
カロンは体を動かすこともせず、棒立ちを続けている。
(ブレインの技は多分素早さを一定期間2倍かな。素早さ500を1000にした感じか。やはりステータスを増やすスキルもあんのね)
1年間パメラの戦いを見てきたおっさんだ。
ブレインの素早さの値がだいたい分かるようだ。
おっさんの思考をよそに、カロンの背後から一気に短剣で詰め寄るブレインである。
素早さが4桁に達したブレインの刃だ。
「な!?」
ブレインは驚愕する。
背面を確かに見せていた。
背面から襲ったのだ。
もうすぐ背に短剣が突き立つ瞬間だった。
全体重を込めた短剣を人差し指と親指で、優しく摘まむカロンが正面を向いている。
ブレインの方に振り向いた動作は全く見えなかったのだ。
驚きから思考を戦いに向かわせるブレイン。
両手に短剣を持っているのだ。
もう片手の短剣でカロンを突き立てようとするブレインである。
「む?ほい」
「がは!?」
その時である。
片手が開いているのはブレインだけではない。
カロンがこの時初めてブレインをその枯れ枝のような細腕で殴ったのだ。
鈍い音が会場に響くのだ。
腹を殴られ、吹き飛ばされるブレインである。
バウンドしながら全身を打ちつけていく。
その距離数十mに達したのだ。
殴られた痛みと衝撃で手から離したのか、カロンの足元にアダマンタイト製の短剣が2つ落ちている。
「これはカフヴァンとロキの訓練を思い出しますね」
「うむ、拳聖とはこれほどであったのだな」
(もしかしてSランク級じゃね?カロンの拳にカフヴァンが重なって見えたんだけど。Aランクとかシングルとか、どうでもいいくらいのが出てきた件について)
力が5000に達するカフヴァン。
仲間支援魔法をかけたロキやパメラに対して手加減をして訓練をするカフヴァンに、カロンが重なって見えるおっさんである。
『なんと!拳聖カロンの力は健在でありました!!吹き飛ばされるブレイン闘士!!もう勝負は決してしまったのか!!』
吹き飛ばされた先で必死に立ち上がろうとするブレインである。
腹を殴られたが、足は痙攣をしてまっすぐ立てないようだ。
カロンは殴った場所から動かず棒立ちをしている。
ブレインは両手を上げる。
負けを認めたようだ。
審判がカロンの片手をあげ、勝利を宣言するのだ。
それがブレインの余力の全てであったようだ。
その場で地に伏し、動かなくなる。
『こ、これは何ということでしょうか!!拳聖が圧倒的な力を見せました!!この武術大会は拳聖によって蹂躙されてしまうのでしょうか!!!』
ざわつく観客席である。
「ひょひょひょ。蹂躙とは失礼じゃな」
そんなことを口にして、闘技台を後にするカロンである。
おっさんが会場の設けられた4つの大皿の炎を確認する。
4つとも煌々と燃えている。
まだ30分も経っていないのだ。
「なんかすごいのが出てきましたね」
「うむ、これはかなり厳しいのではないのか」
「そうですね」
誰が厳しいのか、これ以上を口にするのに、ためらいがあるおっさんだ。
相槌だけ打つのだ。
なぜなら、パメラが勝ち進めば3回戦目の対戦相手がカロンである。
パメラは石膏でできた顔半分を覆った仮面で闘技台をずっと見ていた。
カロンの動きを必死に頭の中で反芻し、対策を模索しているようだった。