第37話 パメラ夢を見る②
パチパチッ
パチパチッ
(ん?余は闘技場にいたのではなかったのか?ここは?)
パメラが周りの状況が理解できず、あたりを見回すようだ。
うす暗い天幕に何人もの獣人が立っている。
野外のようだ。
自分の横にはずっと側にいてくれたソドンがいるのだ。
パチパチとした音は、かがり火のようだ。
かがり火を見て、今が日の沈んだ深夜であることが分かるのだ。
(ここは、どこだ?)
あたりを見回したが、それでも状況は理解できないようだ。
獣人達は、砂と石と木で作った地図を真剣な表情で睨みつけている。
誰も言葉を発していない。
「失礼します!」
沈黙を破るように、天幕の外で声がする。
「ぬ?このような遅い刻に何用であるか?今軍議を行っているのだ」
ソドンが返事をする。
「ただいまハーレン将軍がお見えになりました!お通ししてもよろしいでしょうか!!」
「な!?ほ、本当であるか!決断してくれたか。す、すぐにお通しするのだ!」
(ハーレン将軍?そうか、また余は夢を見ているのか。久々にハーレンの名を聞いたから)
天幕を騎士達が上に持ちあげる。
1人の鹿の獣人が天幕の中に入ってくる。
被っていた兜を片手に抱えた50前後の獣人だ。
鎧の外には外套を着ている。
頭には左右で長さの違う角。
顔にいくつもの切り傷があり、片目を失っているようだ。
外套の内側にはいくつもの勲章が見える。
「皆、遅くなったであるな。息災であるか?」
そんなことを言いながら、パメラの元に足を歩める。
しっかり頭を下げるハーレン将軍だ。
臣下の礼を取るのだ。
「よくぞ、ご決断された!ハーレン殿がいれば、この戦い勝ったようなものだ!」
ソドンから喜びの感情が溢れてくる。
(ソドンがこんなに喜んでくれたのは、奴隷商の店でケイタの回復魔法で怪我のすべてが完治したことを知った時だったな)
「いや、さすがにそこまでいうのは早計であるぞ。ソドン親衛隊長よ」
「たしかに、聞いたところあの反逆者は宝物庫に手を付け、傭兵や冒険者をかき集めているときいたぞ。」
「予備の魔石にまで手を付けているとか。おかげで数千に上る傭兵を雇ったとか。どうせ純血派達の入れ知恵であろう。セルネイあたりが考えそうなことだ」
ソドンの周りの獣人達は否定的である。
将軍が1人増えたからと言ってそこまで戦局は変わらないと言いたいようだ。
「な!?いや、ハーレン将軍が我ら側に着いてくれたのだ。これから共に戦う仲間を喜んで迎え入れようではないか」
ソドンが否定的な周りの獣人達を諫めるようだ。
そこにハーレン将軍が会話に参加する。
「ふむ、さすが、ソドン親衛隊長よ。そなたの家系であるファルマン家もたしか純血派であったのに、よくぞパルメリアート殿下に着いたものよな?」
「某はパルメリアート様と共にありますゆえに。派閥など関係ないのである。道義なくして王位は継げぬ。それだけであると某は考えているだけなのだ」
「そうか、確かにそうだ。道義なくして王位を継げば、このようなことを獣王国が歴史に刻むことになる。道を正し、獣王国は進むべき道に戻らねばならぬな。1か月後に軍が結集する故、いましばらく待っていただきたい」
「そうか、本当に助かる。帝国と接している要所故、決断いただけぬと思っていたのである」
「何を言っている、私だけではないぞ。日和見のストレーゼム将軍とガルガニ将軍もこっちに着いたからな。おかげでここに来るのが遅れたわ」
「「「な!?」」」
騒然とする天幕の中である。
仲間になったのはハーレン将軍だけではないようだ。
「来月には合わせて5万の軍になるはずだ。これ以上国を割るわけにはいかぬゆえにな。短期決戦よ」
「5万だと!?」
「こ、これは勝てるぞ!」
「さすがハーレン将軍だ。帝国に接する3大将軍全て動くとは!!」
ハーレン将軍の言葉で天幕の中は一気に歓喜の言葉であふれるのだ。
5万という数字は戦局を決めるには十分な数字のようだ。
「あ、あの皆…」
ここまで黙っていたパメラが言葉を発するのだ。
「パルメリアート様、いかがされましたでしょうか?もう夜も遅いです.お休みになられますか?」
ソドンがパメラの体調を案じるようだ。
「いや、これは余と兄上との喧嘩だ。何も討ち滅ぼすまでもしなくても良いのではないのか?まもなく王都に送った使者が戻ってくる。和平の話があるかもしれぬ」
「な、なにを甘いことを。獣王陛下も討ち取られ、家臣達もたくさん失ったのですぞ」
「そうです。パルメリアート殿下。情けは禁物です」
「しかり、来月には5万の軍勢と共に王都を包囲すれば、我々の勝利です。今しばらくの辛抱ですぞ」
皆がパメラを諫めるのだ。
「余、余は別に王位など…」
「失礼します!!」
パメラの言葉をかぶせるように、騎士が血相を変えて中に入ってくる。
(そうか、このあと…。やめてくれ。目が覚めてくれ。聞きたくないぞ。早く目が覚めてくれ…)
パメラが自らの目覚めを求めるが、夢は続くようだ。
「な!?き、貴様!!パルメリアート殿下のおられる天幕に勝手に入ってくるとはどういう要件だ!!」
ソドンが激怒する。
しかし、それどころではないという顔をする騎士である。
どうやら大切な報告があるようだ。
「いや、何事であるのか、話を聞く方が良さそうだ」
ハーレン将軍が騎士に話をするように勧める。
「あ、あの、お、お妃様が御自害されました……」
沈黙する獣人達である。
誰も何も言えない。
真っ白になるパメラである。
「あ、あの……」
「パ……闘士」
「まもなく……」
「ん?」
パメラが目覚めたようだ。
目の前に武術大会に運営担当者がいる。
あたりを見回すパメラである。
どうやら、待っている間に連戦の疲れで眠ってしまっていたようだ。
(もっと早く起こしてほしかったぞ。まあ、そんなことを言ってもしょうがないか)
運営担当者に連れられて、闘技台に向かう通路を進むパメラである。
その行動を見て血相を変え、必死に何かを言う運営担当者だ。
しかし、一切パメラはその言葉に何も言わないようだ。
・・・・・・・・・
「次はパメラですね」
「うむ」
おっさんの声にイリーナが返事をする。
ロキの戦いが終わり、闘技台をあとにしたのだ。
騎士の決闘を見たようで、観客席は大盛り上がりだ。
すると総司会ゴスティーニが他の司会者と受け持ちのエリアを交代する。
パメラの司会はしないようだ。
パメラは総司会ゴスティーニがマイクを向けても何も答えないのだ。
予選で7回戦ったが一切無言である。
司会に反応を示さない出場者はパメラ以外にもたまにいる。
これでは大会が盛り上がらないと判断したようだ。
4つの試合を同時に行っているのだ。
マイクを向けたら返答のある出場者の司会に努めるようだ。
パメラの戦いは他の司会者に任せるのだ。
すると、光沢のある鎧を着た猪の獣人が入ってくる。
2mを超えた巨体の獣人だ。
パメラは?とパメラを探すおっさん。
どうやら猪の獣人に隠れて見えないようだ。
2人とも闘技台の四隅のエリアの1つである、Aエリアを目指して歩くのだ。
運営担当者の案内を受けている。
「ん?何かあったのでしょうか?」
「そうだな?どうしたのだ?パメラに運営担当者が何か言っているぞ?」
観客席もよく分からない状況でざわざわとしている。
それに気づいた総司会ゴスティーニと代わった司会者がパメラと運営担当者に近づいていく。
『いかがされたのでしょうか?パメラ闘士に何かあったのですか?』
司会者にマイクを向けられるが、パメラは何も答えないようだ。
この闘技場の観客席には多くの貴族が座っている。
王都外からやってきた貴族もいるが、王城からやってきた貴族がほとんどであるのだ。
過去によくお茶をした貴族も多い。
パメラは一切話さないのはこれが理由だ。
マイクに声が拾われれば、観客席一帯にパメラの声が響くのだ。
運営担当者が司会者に事情を説明する。
『な!?何ということでしょう。パメラ闘士は武器を持ってきておりません!素手で戦うようです!!』
騒然とする観客席である。
本当かと、遠い闘技台を必死に身を乗り出してみる観客たち。
それを聞きつけた総司会ゴスティーニがやってくる。
司会者と話をする総司会ゴスティーニ。
司会者が別のエリアの担当に戻るようだ。
司会が総司会ゴスティーニに変わる。
(盛り上がりそうだから、ゴスティーニさんに司会を変更したのかな)
『なんということでしょう。パメラ闘士はあの、『オーガ砕きのムフタ』と素手で戦うようです!これは何と無謀なことでしょか。パメラ闘士?待合室に武器を忘れてきたのなら取りに戻るお時間はございますよ!』
両手どころか全身で大げさな身振りだ。
絶対にありえないという言葉を体で表現をする。
戻って武器を取りにいっても大丈夫という総司会ゴスティーニ。
「………」
何も答えないパメラだ。
石膏のようなものでできた仮面で顔の上半分を隠したその顔に表情はないようだ。
ただ、相対する対戦相手を見ている。
「あ~ん!武器がいらねえっつうなら、それでいいグフ。このムフタ様がボコボコにしてやるグフ」
握りこぶしを前に突き出しながら、威嚇をする猪の獣人ムフタである。
ミスリルの鎧を着て、拳にもミスリルのナックルを装備している。
『武術大会で冒険者Aランクを勝ち取ったムフタ闘士も威嚇をしております。パメラ闘士はあくまでも素手で戦うようです。この戦いどのようになるのでしょう。惨劇となるのでしょうか!!』
(ん?武術大会に参加するとAランクがもらえるの?)
大げさな身振りで場を盛り上げる総司会ゴスティーニである。
審判がパメラとムフタの間に入るようだ。
片手をあげ、戦いの合図をするようである。
構える猪の獣人ムフタ。
一切構えないパメラ。
『はじめ!』
審判の掛け声とともに両者が拳を繰り出すようだ。
ぶつかり合う拳と拳だ。
衝撃に驚くムフタである。
ミスリルのナックルからもその衝撃が拳に伝わってくるのだ。
「少しはやるようであるグフ。しかし、我が…」
しかし、これ以上の言葉を発せない。
雨あられのようにパメラの拳がムフタを襲う。
少しずつパメラの拳の威力が増していく。
『防戦です!あの本戦常連組のムフタ闘士が防戦一方です。自分の半分の大きさしかない武器を持たない仮面の拳闘士に防戦一方です!!だれがこんなこと予想できたでしょうか!!!』
興奮する総司会ゴスティーニである。
観客席も興奮状態だ。
なお、体半分は言い過ぎである。
「ちょこまかと、しゃらくせいグフ!!」
パメラと距離を取るムフタだ。
パメラも追えば追えるのに距離を取らせるようだ。
逃げるように距離を取るムフタ。
10m以上距離を取ってから、利き手を大きく振りかざしパメラに突っ込んでくる。
その拳に全体重を乗せてパメラを襲うのだ。
この時初めて構えるパメラだ。
ゆっくり構える。
そして、
ゴチャッ
2mを超えた猪の獣人の全身全霊の一撃に合わせるパメラだ。
巨体の全体重の乗った拳に素手の拳を合わせたのだ。
金属がぶつかる音ではない。
何かが砕けた音がする。
悲痛な表情を浮かべ、一歩また一歩とあとずさりをする猪の獣人ムフタだ。
殴り掛かった方の拳をもう片方の手のひらで覆っている。
どうやら拳がナックルごと砕けたようだ。
そして、肩の位置が変である。
肩の関節も外れてしまっている。
「こ、こんな予選で負けるわけにはいかないグフ」
そういうと砕けてない方の腕を振りかざし、またつっこんでくる。
戦意は喪失していないようだ。
パメラはすっと大振りのムフタの拳を避け、
「はああ!!!」
パメラがこの武術大会で初めて声を出す。
声を出し、ミスリルの鎧で覆われた腹に拳を繰り出すのだ。
鈍い音とともに、猪の獣人ムフタが、またあとずさりをはじめる。
腹に無事な方の手で違和感と痛みを確認する。
砕けひしゃげたミスリルの鎧。
血が鎧の隙間から溢れてくる。
ゆっくり、膝をつくムフタである。
そこまでのようだ。
両手を上げるムフタである。
沈黙する観客席。
『な、何ということでしょう。Aランク冒険者が素手の相手に負けてしまいました!一方的です。あまりに一方的でした!!強い!強すぎます!!我々はパメラ闘士の本気を見ることができるのでしょうか!!!』
しっかり司会をする総司会ゴスティーニである。
審判がパメラの勝利を宣言する。
どよめきの中パメラが闘技台を後にするのだ。
「パメラはなんで武器を使わないんだ?」
「さあ?相手はAランクと聞いていたはずですが」
セリムが疑問に思う。
戻ってきたロキも分からないようだ。
そして、ほどなくしてパメラがおっさん達の陣取る観客席に戻ってくる。
「本戦出場おめでとうございます」
おっさんの言葉にパメラが両手を突き出してくる。
拳を覆う布が真っ赤だ。
血だらけである。
ミスリルを素手で殴って無事ではなかったようだ。
回復してくれということである。
おっさんが回復魔法をかけてあげる。
「ありがとう」
最近お礼が言えるようになったパメラである。
「もう無茶をしたらだめですよ」
「分かっている。主催者側が、拳闘士をぶつけてきたから何となくだ」
何となく素手で戦ったようだ。
「負けたら、それで終わりなんですからね」
「だから分かっている。約束もあるしな」
「約束?何だ約束とは?」
イリーナが会話に参加する。
おっさんとパメラとの約束が気になるようだ。
「まあ、ケイタとの間の約束よ。武術大会で負けたら、身も心もケイタのものになるという約束をしているのだ」
「「「な!」」」
驚くおっさんらである。
「ケイタ。どういうことだ?なぜパメラが負けるとそうなるのか詳しく聞きたいぞ」
イリーナがおっさんをアイアンクローしながらやさしく尋ねる。
「ちょ。ちょっと、もう少し正確に言ってください。何か約束の方向が違う気が、痛いです。イリーナ様痛いです」
それをみて、石膏の仮面の奥で笑うパメラであった。