第35話 予選
5000人を超える参加者が闘技台から退出していく。
闘技場の裏手には王都の門の1つがあるのだ。
闘技台と獣王都の外に設けた予選会場を使って予選をするのだ。
おっさんらが王都に入った門以外にも3つの門が王都にある。
東西南北である。
闘技場がある側の門からでたところに予選会場がいくつも設けられており、予選をするのである。
5000人を超える中、1対1で戦うので、1回戦をするだけで2500回以上戦わないといけないのだ。
2回戦うとその半分戦わないといけない。
32人の本戦出場者を1対1の戦いで決めるには予選は8回戦まであるとのことだ。
とても闘技台だけでは戦いきれないのである。
ほとんどの参加者は、6回ほど獣王都の外で戦って数を全部で128人にまで減らしてから、7戦目から闘技台で戦うことになるのだ。
しかし、それでは武術大会にきた観客は当然満足しないのだ。
なので、以下の者とその対戦相手は闘技場で予選の1回戦から戦うことになる
・他国からの参加者
・過去の武術大会の優勝者
・ダブルスター、シングルスターの冒険者
・Aランク冒険者
・連隊長以上の騎士
王都内の闘技場の外に大会参加者の休憩スペースがあり、そこに待機する。
もしくは、観客席に席を取りそこで順番を待つのだ。
おっさんが、獣王家が騎士に渡したスケジュール表を確認する
予選のスケジュール
1日目 9時 開会式
1日目 12時開始 4戦
2日目 9時開始 3戦
2日目 15時開始 予選決勝
「どうも闘技場で戦えるのはほんの一部のようですね」
(年末のお笑い番組もそんな感じだな。テレビでネタを披露できるのは一部みたいな。これでいうとロキとパメラは12時から4回ほど戦うんだな)
「そうだぜ。予選で闘技台の上で戦えるのは、優勝候補に入れるAランク以上とそのかませ犬しかいないぜ。Bランク冒険者は開会式にしか闘技台に上がれず去っていくのさ」
(ブレインもAランク冒険者だから、闘技場で戦うのか)
ブレインが戻ってくる。
会話を聞いていたのか、答えを教えてくれるのだ。
ロキとパメラも開会式を終え戻ってくる。
ロキとパメラはおっさんの前に座るのだ。
「そうなんですね。予選を勝ち抜いて、本戦に出た冒険者にBランクはいないのですか?」
「いるぜ、だから面白いんだよ。腕はあるが評価がなかった無名のBランク冒険者が本戦を1試合2試合と勝ち上がっていくと盛り上がるぜ。賭けの醍醐味でもあるな」
「え!?賭けもあるんですね。ロキとパメラにかけましょうかね」
「じゃあ、急いだほうがいいぜ。予選が始まると締め切られるからな。あと結構混んでいるから、お前が直接いくのは止めた方がいいんじゃないのか?」
武術大会に参加していないが、おっさん自身が武術大会の刺客のようなものなのだ。
使いの物に行かせた方がいいというブレインである。
従者の2人がおっさんとブレインが会話しているところ、皆にお昼の食事を持ってくるのだ。
どうやら売店が闘技場に入る通用口の先に無数にあるとのことだ。
皆にパンや飲み物を配り食事をするのだ。
もちろん参加者のロキ、パメラ、ブレインも同様である。
遠くの方で売り子が背中に樽を背負って、お酒を売っている。
観客席の獣人達が空の木のジョッキに注いでもらってお金を払っているようだ。
おっさんは従者達にロキとパメラにかけるように白金貨2枚を渡すのだ。
従者達には金貨を1枚ずつ渡し、今日の手間賃であるというのである。
喜んで賭けの申し込みに行く従者達である。
「ずいぶん、羽振りがいいんだな」
「ダンジョンで儲けましたので」
「なるほど」
「それで、予選についても色々聞いてもいいですか?」
「もちろんだぜ。それも依頼だからな」
おっさんがブレインに依頼したのは2点である
・武術大会のルールや流れ、注意点など
・主要出場者やロキ、パメラの対戦相手の情報
おっさんは、武術大会に参加する上で、多くの情報を求めたのだ。
武術大会の流れ、ルールはもちろんのこと、大会参加者達についてである。
パメラやソドンは王族とその護衛として、武術大会を見てきたが、参加したことないのだ。
当然細かいルールも参加者の素性まで分からないのだ。
何年も獣王国の王都に戻っていないという話なので、直近の話だとなおさらである。
なんとなく参加して、対戦相手が強かった弱かった、優勝した、頑張ったけど駄目だった、ではブログにならないのだ。
経験者、専門家の意見を求めたのである。
現在、おっさんは150本ほど半年でブログを起こし、1日3万PVにまで達したのだ。
これは常日頃から、読者の視点に立って細かいところまで書き上げた成果でもある。
さらなるアクセス数の増加を求め、今回の武術大会も細かいところまで調べようとしたのだ。
【ブログネタメモ帳】
・武術大会予選が始まった ~下準備もばっちり~
そこで、おっさんがレストランにいることを聞き連れてやってきたブレインである。
ブレインは過去に5回も獣王武術大会に出ており、本戦ベスト8までいった強者である。
経験も豊かなAランク冒険者だ。
情報源として持ってこいであったのだ。
出会ってから大会が終わるまでの10日間、1日白金貨1枚の白金貨10枚で雇ったのだ。
報酬は手付金白金貨5枚、大会終了後に白金貨5枚である。
これは獣王国の冒険者ギルドを通してある。
闘技台を見ていると、色のついた布か何かで線で区切っていく。
縦横中央に線を引いて、4等分にするようだ。
(これはブレインの話のとおりだな。予選は1つの闘技台を4つに分けて戦うって話だな)
おっさんは予選の流れを聞いており、ロキとパメラが戦う、最も見やすい前の席を騎士に予約してもらっていたのだ。
ロキとパメラは、ブロックは違うが、同じ4等分の闘技台の上で戦うのだ。
32ブロックの参加者が4つに分けた闘技台の上で戦うのである。
(1辺100mだから、これでもかなり広いけどね)
そうこうしているうちに、闘技台の担当者だろうか、観客席の一番前に座っているロキに声をかけに来る。
一番に戦うのだ。
パメラもロキの次とのことなので、一緒に来るように言われて、ロキと共に運営担当者に連れられて行く。
ブレインも予選1回戦が終わったらまた戻るといい、パメラ達について行く。
ロキはAエリアの1ブロックなのだ。
パメラもAエリアの5ブロックである。
なおブレインはDエリアの24ブロックである。
エリアは闘技台を4等分なのでAからDまである。
ブロックは本戦出場者32人。
1から32ブロックまであるのだ。
1つのブロックに約160人の参加者がいて、2日で予選決勝を含む8回戦って1人を決めるのだ。
(ロキは1番に戦うのか)
ほどなくして、歓声が聞こえてくる。
裏口から入ったロキとその対戦者が闘技台に上がってくるのだ。
闘技台は裏口から入り、観客席に見えるよう、獣王が座る王座の席と真反対の表口から入場するようになっている。
「そろそろ、始まるな」
「はい」
イリーナも大会を楽しみにしているのだ。
『それでは、恒例につき、予選は4ブロックが同時に戦いを始めたいと思います!!』
派手な道化の格好をした総司会ゴスティーニも出てくる。
歓声もどんどん大きくなるのだ。
おっさんも皆も4戦を同時に見ることはできないので、ロキと戦いに集中する。
『おおおっと!!!早速、本大会優勝候補のロキ闘士………』
とロキの入場の実況をしようとした司会者の声が詰まる。
どうやらロキに違和感があるようだ。
『あの、ロキ闘士』
ロキに話しかける総司会ゴスティーニである。
既に対戦者もロキに相対するが構わず声をかけるようだ。
「はい、なんでしょうか?」
ロキの声が総司会ゴスティーニのマイクに拾われ、観覧席に響く。
『武器がないようですが?』
どうやらロキは素手なのだ。
それを聞いてうすうす気づいている対戦者の獣人の額に青筋ができている。
犬歯もむき出しの犬の獣人だ。
「はい、最初のうちは素手で戦おうと思います」
『な!!!なんと、我が槍を使うまでもない相手ということでしょうか!!!』
オーバーなリアクションをする総司会ゴスティーニである。
なお、『素手で戦え』はおっさんの指示である。
相手は1戦目から3戦目くらいはBランクの中堅が相手になると聞いたので素手で戦えといったのだ。
もの凄いブーイングの嵐が観覧席に鳴り響く。
「なんか、すごい非難が聞こえるぞ」
セリムがたまらず声に出す。
「まあ、別にここは獣人の大会です。無理に人気を取るより、悪役に徹したほうが大会も盛り上がるでしょう」
そういう方針のおっさんである。
最近、王都でもウガルダンジョンでも歓声を受けまくったおっさんら一行である。
時には非難の声も受けてみたいと思うのが人情である。
甘いものを食べたら辛い物も食べたいのだ。
こたつでアイスを食べるような気分だ。
当然非難を受けているのはロキであるが、ロキもそのスタンスで問題はないようだ。
相対する犬の獣人は爪を装備している。
重心を低くし、足のつま先に力が入る。
掛け声とともに跳躍する気満々だ。
総司会ゴスティーニは司会なので審判がロキと相対する犬の獣人の中央付近に立ち、2人に声をかけ、片手を上に掲げる。
(ふむふむ、手を下ろしたら予選1戦目の開始か、わくわくしてきたで)
『はじめ!』
審判の合図とともに、一気に間合いを詰める犬の獣人だ。
ロキはその動きに合わせるように、最小限にかわす。
空を切る獣人のクローだ。
ロキの右腕の拳が犬の獣人の腹をめがけて繰り出す。
そして、フットワークの軽さを活かした強革製の鎧の真ん中、お腹に吸い込まれるように、ロキの拳がクリーンヒットする。
ロキは騎士の格好をしている。
いつもどおり、ハーフメイルの甲冑だ。
拳は素手ではないが、籠手を装備している。
腹に拳がめり込む。
手を引っ込めるロキ。
1歩また2歩あとずさりする犬の獣人。
顔面は苦痛に満ちている。
そして、そのまま膝をつき、そして体ごと地面につけて動けなくなるのだ。
対戦相手が痛みを我慢して両手を天に掲げる。
静かに戦いが終わる。
審判がロキの片手を掲げ勝利を宣言する。
相手はBランク中堅と聞いたおっさんだ。
ロキはステータスだけならAランク級なのだ。
前衛タイプのロキがオリハルコンの槍で攻撃するとHPを削りきる(殺す)恐れがあったのだ。
相手がナックルや短剣、クローなどの軽ファイター系ならなおさらだ。
『おおおっと!なんということでしょう!たった一撃です!!しかも、この一撃にロキ闘士はどれくらいの力を込めたというのでしょうか!!ほんのわずかなな動きでした!!!これが350年未踏のダンジョンをたった10人で攻略した英雄の実力か!!!』
(さすが総司会ゴスティーニ。仕事するなぁ)
武術大会のスタッフらしき係員に運ばれる対戦者の獣人だ。
異世界にもタンカみたいなのはあるんだなと思うおっさんだ。
悪役を徹したためか、拍手はないが、まっすぐ表門より闘技台を後にするロキである。
観覧席にどよめきが起きるようだ。
そして、続けざまにパメラが対戦相手とともに出てくる。
Aランク以上の闘士が本大会では過去にないほどに多いとのことだ。
その数60人である。
ウガルダンジョン都市でさえ、Aランク5人しかいなかったが、Aランク以上も含めて60人だ。
対戦カードも多いので、次の試合がすぐ行われるのだ。
他のエリアも直ぐに戦いが終わるようである。
全てのエリアで試合がどんどん行われていく。
ロキと同じように対戦相手と相対するパメラだ。
3日前に買ったワイルドな恰好をし、石膏でできた顔の上半分が隠れた仮面をしている。
手には、ロキ同様にナックルは装備していない。
籠手を装備していたロキと違い完全な素手だ。
拳の保護のために布だけ巻いている。
『おおっと、もう1人のウガルダンジョンを攻略した王国の英雄がやってきました。仮面で素顔を隠したパメラ闘士です。パメラ闘士もどうやら素手で戦うようです!!』
ざわざわする観客席である。
そして、ロキの時と同様に、切れ気味の対戦相手だ。
馬の獣人で、その体躯を活かした両手剣が武器のようだ。
全身フルプレートの重ファイター系だ。
「やはり、獣人は皆体格や身体能力恵まれていますね。王国が参加を断ってきた気持ちがなんとなく分かります」
「うむ、そうである。獣人は他種族に比べて、肉体的に優れていると自ら自負しているのであるな」
身長2m30cmのソドンも納得している。
パメラの対戦相手は2mを超えているのだ。
これでもまだBランクである。
体格に優れた獣人、攻撃力のある獣人、素早さのある獣人達だ。
魔法使いに厳しい世界で身体能力に優れているのだ。
帝国との戦争を1000年続けていられる理由が分かるのだ。
審判が2人の間に立ち開始の合図をするために片手を天に掲げる。
両手を両手剣の柄の部分を握りしめる馬の獣人だ。
片足に半歩だし、合図の瞬間に切りかかる姿勢だ。
それに対して一切戦う姿勢をしない。
棒立ちのパメラ。
『はじめ!』
審判の合図とともに、両手剣を天に掲げる馬の獣人である。
ゴシャッ
しかしそこまでのようだ。
両手剣を天に掲げる動作の瞬間に一気に間合いを詰めたパメラである。
鋼鉄でできた鎧を砕き、わき腹にこぶしが食い込む。
(殺さないでね、パメラ。お主は力800超えているんだからね)
苦痛に顔が歪み、口から吐血する馬の獣人だ。
両手剣が地面に落ちる。
腹を抱えうずくまる。
降参の態度を示す余裕もないようだ。
降参はできないが、パメラはこれ以上何もしない。
パメラの片手を掲げ勝利を宣言する審判である。
『な、な、な、何ていうことでござましょうか!?皆さま、観客の皆さま、今の動きが見えましたでしょうか!!強い!強すぎます!!わたくしゴスティーニはこの2名の王国の英雄が本気で戦っているようには見えません!!』
勝負がついたので、パメラのところに駆け寄っていく総司会ゴスティーニである。
『パメラ闘士、戦いを終えましたがいかがでしたか!?』
「………」
端的な質問に対して、パメラは何も答えない。
総司会ゴスティーニを見ることさえなく闘技台を後にする。
さすがの観覧席もどよめくのだ。
こうして、ロキとパメラの獣王武術大会が始まったのである。