第64話 出発
ここは、ダンジョン広場である。
3日間の慰霊祭はつつがなく終わり、ダンジョンコアを王家に持っていくのである。
ウガル家が馬車と騎士団を出すということで、受けることにしたおっさんである。
セリムは何も言わないようだ。
馬車に固定されるダンジョンコアである。
現在は慰霊祭が終わっているので、街の人はダンジョン広場には入っていない。
しかし、王家へダンジョンコアを納める出発式にたくさんの冒険者が詰めかけている。
皆が皆おっさんら一行の門出を祝福しているようだ。
おっさんら一行がダンジョンの出口から出てくるのである。
おっさんら一行に気付いて駆け寄ってくるリトメル代官である。
「遅くなって申し訳ありません」
「と、とんでもございません。謝罪などいただけません」
おっさんの謝罪に恐縮するリトメル代官である。
おっさんら一行は今後ダンジョンに入る予定はないのだ。
そして、これから王都に行くのである。
念のために遺品がほかにないか100階層に行っていたのである。
おっさんの作った土壁を消して隅々まで探しに行ったのであった。
今度は1日をかけ探した遺品を台車ごとリトメル代官に渡す。
そこへ走ってくる1人の男がいる。
パン屋の娘ヘマの父であるモルソンである。
どうやらダンジョン広場での販売許可証を持っているようだ。
「ま、間に合いました」
背には大きな籠を抱えている。
「モルソンさん、わざわざありがとうございます」
「な、なんの、試作5号です。ぜひ食べていただけたらと思います」
背の籠を下す。
おっさんが、お願いした新しいパンである。
「おお、今回はかなり近くなりましたね。まるでダンジョンコアです」
【ブログネタメモ帳】
・街の名物ダンジョンコアパン
おっさんは、街の名物にと、ダンジョンコアをかたどったパンの作成をお願いしたのだ。
ヘマが拠点メンバーに加入して依頼、ヘマのパンが拠点に毎日のように食卓に出たのだ。
美味しいパンを食べてダンジョンを攻略できた。
そのことを記念してダンジョンコアに似せたパンを出してほしいとお願いし、モルソンに快諾を受けて試作を続けていたのである。
「い、いかがでしょう?」
「おいしいです!さすがモルソンさんのパンです。メクの実も入っていてとても美味しいです」
「あ、ありがとうございます。たくさん作りましたので道中ぜひ食べてください」
大きな籠にパンがぎっしり入っている。
馬車に詰め込むのだ。
そして、馬車の準備が整ったようだ。
「それでは、王都でウガル伯爵もよろしくお願いします」
(代官は最後まで腰が低いな)
お礼を言って馬車に乗り込むおっさんである。
さすがに、ウガル家がどうなるか分からないのでお任せくださいなど代官には言えなかったおっさんである。
ウガル伯爵領の騎士団長が移動の合図を鳴らす。
今回の移動は200人規模の騎士がいるのだ。
動き出す馬車である。
王家で管理すべき、国宝級のダンジョンコアを載せているため、何台もの先導の馬車が先を進んでいき、ようやく中央に鎮座するおっさんの乗る馬車が出発を始める。
拠点の引き払いもウガル家に任せてきたのである。
拠点にあったお金や荷物も馬車に載せてあるのだ。
これから結婚式も控えており、王都に長く滞在するだろうとそういう話なのだ。
馬車はフェステル子爵から借りた2台の馬車ではすべて乗り切らなかったのである。
人数も増えたためであるのだ。
ウガル伯爵家が好意で貸してくれた1台の大型の馬車と1台の荷馬車である。
なお、セリム母やヘマも含めて15人が馬車で王都を目指すことになる。
最後に拠点メンバーに加入したアヒムの彼女も乗せているのだ。
(別にわざわざ、こういうことしなくてよかったのに)
99階層まで到達した際に競りに出した、最後の競りの代金を受け取っていないおっさんである。
遠ざかる掲示を見ながらおっさんは思うのである。
掲示板にはおっさんが街の冒険者のために寄付した金額と、その理由が書かれているのだ。
ダンジョンコアが王家の魔道具によって動き始めるまで、これから5日以上は掛かる予定であるのだ。
その間3万人近い冒険者とその家族の生活が困らないように、冒険者ギルドに最後の魔石100個の競りの代金の用途を任せたのである。
その額白金貨2000枚である。
当然この行為におっさんら一行のだれも反対するものがいないのだ。
「とうとうウガルダンジョン都市ともお別れだな」
「そうですね、ずいぶんお世話になりました」
「ふ、ケイタは相変わらずだな」
街のためにかなり尽くしてきたおっさんが、お世話になったというのだ。
おっさんらしいと思うイリーナである。
ダンジョン広場を抜ける馬車である。
既にすごい歓声が聞こえるのだ。
おっさんの王都への出発を祝福する街の人達である。
大通りを埋め尽くす街の人達に手を振りながらおっさんは、ウガルダンジョン都市を後にしたのであった。
「結局、フェステル子爵に会わずに王都に行くことになりましたね」
「まあ、そうであるな。ダンジョンコアを早く納めねばならぬからな。フェステル子爵様には私の方から、王都に直接向かう旨手紙を送ってある。もちろん父上にもな」
「イリーナのお義父さんとは、まだ会えていませんね。一度挨拶したいですね」
「本当か!」
身を乗り出して喜ぶイリーナである。
王都に着いたら、王都には結婚式の前に来るよう手紙を送ろうと思うのであった。
「もちろんです。ぜひ話をするお時間をください」
「これから5日間か、結構退屈だよな」
セリムが会話に参加する
おっさんが乗る馬車は一番大きな馬車で、セリムやパメラも一緒に乗っているのだ。
「では召喚獣の可能性について道中考察しましょう。実は思ったのですが、セリムって狼に乗ったり飛竜に乗ったりしてますよね」
「そうだけど、それがどうかしたのか?」
「いや、飛竜って結構大きいから、背中に乗れば空を飛べるんじゃないのかって思ってたりしてます」
(移動は、歩きから馬車へ、そして空を飛ぶ。王道だな。セリム分かっているね、ちみは。おっさんは空が飛びたいのだ。そういえば、空を飛ぶ系のスキルはあったかな?それも調べてみるか)
「え?ちょっと聞いてみる。うん?まあ重さによる。重かったら飛ばすのに魔力消費するから、魔力よこせって言っているぞ」
どうやら召喚獣の中でも魔力接続の情報は伝わっているようだ。
(飛竜ってやっぱりあの重さを飛ばすのに翼だけではなかったんだな。ずいぶん図体でかいなと思ってたけど。ってことはセリムの魔力量によって飛距離が変わってくるのか。いや魔力接続のレベルが上がるとそれも変わる可能性もあるな。検証が必要だな)
【ブログネタメモ帳】
空への挑戦 ~旅は馬車から飛竜へ~
「本当ですか、セリムの魔力はいくらでも持っていってもいいので今度お願いしますと伝えてください」
「いやだよ!」
「なんだ、面白そうだな。私も飛竜に乗ってみたいぞ」
イリーナも食いついてくる。
イリーナはダンジョン攻略も楽しんでいたし、空も飛んでみたいようだ。
「そうですよね。新婚旅行先の獣王国には飛竜に乗っていきましょう」
「ぶっ」
聞き流していたパメラが噴き出すのである。
そして5日の道中が終わり王都にたどり着くのだ。
貴族専用の門から王都に入るのである。
ダンジョンコアは盗賊防止のため、光も漏れないよう覆い隠されているため、王都の民は気付かないようである。
街を抜け、貴族街に入り、そのまま王城に向かうのである。
ダンジョンコアを王城のダンジョン部門の役人に引き渡し、王城を後にするのだ。
おっさんが眺める中、つつがなく引き渡しは終わったのである。
おっさんらはウガル家の騎士団長や兵たちとここでお別れである。
「無事引き渡しが終わったな。フェステルの家にいくか?」
「そうですね。荷物の一部はフェステル子爵の家にあずかってもらって人数も多いので王都の宿にでも泊まりましょうか?さすがに15人もいると手狭でしょうし」
フェステル子爵の家は、現実世界の1軒屋程度の広さしかないのだ。
10人もいれば手狭なのだ。
フェステル子爵の家に立ち寄るおっさんら一行である。
馬車と荷馬車はウガル家の好意でそのまま借りたのである。
貴族街にあるフェステルの家に着くと、庭先に数人の人が立っている。
「お待ちしておりました。ヤマダ男爵様。ゼルメア侯爵様がお待ちです」
話を聞くと、なんでもゼルメア侯爵の使いとのことである。
折角長く滞在するなら、この先にある侯爵家の館に皆を宿泊させるとのことである。
長く滞在するおっさんの事情も、フェステルの家に寄った事情も把握していたゼルメア侯爵である。
「え?いいのですか?」
「もちろんです。ご案内させていただきます」
先導する使いのものの馬車について行くおっさんら一行であるのだ。
貴族街を馬車で20分ほど走ると、家が大きくなってくる。
どうやらここは伯爵以上の大貴族が住むエリアのようだ。
「ケイタは、ゼルメア大臣の知り合いなのか?」
「そうですね。一度お茶を飲んだだけですけど、私の親はフェステル子爵です。その親がゼルメア侯爵です」
「なるほど」
最近、ケイタ殿からケイタに呼び方が変わったパメラである。
おっさんをケイタと呼ぶイリーナとセリムとパメラである。
「ゼルメア侯爵をご存じなのですか?大臣?」
「…いや、長く財務大臣をやっている曲者だからな。まあ名前だけだな。会ったことはない」
ジークフリート殿下の家庭教師だったから知っているパメラである。
1つの大きな館に入っていく先導する馬車である。
「どうやらついたようですね」
後ろをついて行くのである。
入口では侍女や従者達がおっさんら一行を出迎えるのである。
おっさんとイリーナ、イグニルカップル、アヒムカップルは2人部屋。
それ以外は1人1室が貸し与えられるようだ。
もちろん大きな荷物も別の部屋を与えられ、従者達が馬車から運んでいくようだ。
ロキも恐縮しているようだ。
厚遇を受けるおっさんら一行である。
館の執事から、夕食はゼルメア侯爵が戻ってきたときにしてほしいと言われたので快諾するおっさんである。
夕方過ぎまで、貸し与えられた部屋でタブレットをいじるおっさんである。
執事がやってきて、夕食の準備が整ったとのことである。
案内されるおっさんである。
どうやら15人全員夕食を共にするようだ。
30人でも座れるようなテーブル席の誕生日席の両側に座らされるおっさんとイリーナである。
全員客人として迎えられ、侍女もパン屋の娘も全員席に着くのだ。
「さすがに私は違うような気がします」
「まあ、お呼ばれしたので食事をしましょう」
ヘマをなだめて席に座らせる。
なお、おっさんとイリーナの次はセリムとセリムの母であった。
席順は決まっているのかなと思うおっさんであった。
誕生日席側に15人全員座らせた後に、ゼルメア侯爵の家族と思われる人たちも席に座りだす。
ゼルメア侯爵の跡取りの20代で役人の高官をしている嫡男がヘマより下座の席につく。
席についてしばらくするとゼルメア侯爵がやってくる。
「待たせたね」
ひょうひょうのキツネ顔の45歳くらいの男がやってくる。
ゼルメア侯爵である。
誕生日席に座るようだ。
おっさんとイリーナの隣である。
侍女達が食事を持ってくる。
夕食が始まるようだ。
「それにしても、ケイタ男爵はすごいね。本当に10人で1年以内にあのウガルダンジョンを攻略するなんて」
「仲間に助けられました」
謙遜するおっさん。
ダンジョンの日々について、会話が進んでいく。
ゼルメア侯爵の家族も興味津々に聞いている。
おっさんら一行も懐かしがりながら、おっさんの話を聞くのだ。
そんな中、ゼルメア侯爵が今後の話をしてくれるのだ。
「ケイタ男爵の結婚式は1カ月もないからね。実はフェステル子爵はもう街をでて、王都に向かっているよ。3日もすれば着くんじゃないかな」
おっさんの貴族の親であるフェステル子爵である。
結婚式前に合わないといけない貴族も多いのだ。
式のぎりぎりにつくのではなく、少し前から王都に滞在する予定なのだ。
「そうなんですね。じゃあダンジョン攻略の手紙を送りましたが、道中でまだ知らなさそうですね」
「そうなるね。だから王都についたら、館に呼ぶから改めて報告するといいよ」
食事も一通り済んだところで、お茶が出てくる。
おっさんは相変わらず、モリモリ食べて一息つくのだ。
「美味しかったかい?」
「はい、とても美味しかったです。ウガルダンジョン都市とは、また違う美味しさがありました」
「そうかよかった。実は、ちょっとお願いがあるんだ」
「え?なんでしょうか。私にできることでしたら」
ゼルメア侯爵のお願いと聞いて一行らも何だろうと反応をする。
「実は、ジークフリート殿下にお願いされていて、ダンジョンの奥でしか手に入らないものを欲しがっていてね。高価なものでなくてもいいから、珍しいもので何か殿下に渡せるものないかな?」
「そうですね。ちょっと武器になりますけどいいですか?」
「武器か。ジークフリート殿下なら剣がいいかもしれない。できれば、めずらしい剣がいいな」
武器は王家にもたくさんあるので、珍しいものがいいと思うゼルメア侯爵である。
「めずらしいかどうか分かりませんが、今持ってきましょうか?」
「うん、おねがい」
執事に連れられて、ダンジョンで手に入った武器等が運ばれた部屋から剣を持ってくる。
「これです」
まだ渡す前から、驚愕の表情でゼルメア侯爵の家族が剣をみるのだ。
あまりの驚愕ぶりで立ち上がってしまうゼルメア侯爵の嫡男である。
「こ、これってオリハルコンじゃないのかな?鞘も」
受け取ったゼルメア侯爵である。
両手で見て、少し刀身も鞘から出してみるゼルメア侯爵である。
思った以上のものだったようだ。
「そうです。実は武器防具以外ほとんど街で売ってしまったので、これくらいしか渡せるものがないんですが」
「と、とんでもないというか、いいのかな?さすがに宿泊代で釣り合わないけど」
「もちろん構わないですよ。王家には大変お世話になっていますので、ジークフリート殿下が喜んでいただけるなら」
これはおっさんが王家に国宝級の宝剣を献上したことになる。
しかし、ゼルメア侯爵経由で渡したのだ。
ゼルメア侯爵家にとっても大変な利益となるのだ。
おっさんの会話と国宝級ともいえる剣を見ながら、しっかり客人を滞在中もてなそうと思うゼルメア侯爵家であったのだ。