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SCREAM~社会的経済的弱者の叫び~  作者: さっちゃん
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第21回 繰原さん 自己肯定感と主体性、その先の人生



現在、私は26歳ですが、「自分の人生は自分の物だ」「自分の人生は自分で決める」と思えるようになったのは、ほんの1年前くらいです。それまでは、人生に常に「やらされている感」があり、自分の人生なのに、自分の意志を介入させることができませんでした。と言うより、”自分の意志”というのは一体どのようなものなのか、分からなくなっていました。


幼少の頃から周囲から苛められ続け、摂食障害やうつ病を患い、自己肯定感はとても低く、他人からの視線ばかり気にしていたので主体性も皆無でした。そんな状態だったので、”人生の舵取り”のような大きな視点で物を考えなければならないことが全く出来なかったのです。常に”今”を乗り切るので精一杯でした。

そんな中でも一応大学にまで進学したのですが、鬱が悪化して中退してしまいました。


無職になり、辛い日々が続きましたが、自分と向き合う時間を作るようになりました。自分の疾患のことや、認知の歪みを正す手助けをしてくれるような本を読みました。そして、病院を変え、運良く相性の良い医師の診察を受けられるようになり、医師と相談しながら思考や生活の改善を頑張って、今に至ります。そのおかげで、今はある程度の自己肯定感も戻ってきて、そして、人生で初めて自分を主体として生きることが出来ています。


そうなって気付きました。まず、自己肯定感や主体性は全ての基礎であること。よく、「貧すれば鈍する」と言いますが、それは心の貧困についても当てはまることだと思います。自己肯定感や主体性が無いと、狭い視野でしか物事を見れなくなります。全体を見渡して、1つ1つの出来事や知識の位置関係を整理したりできないのです。なので、もちろん理解力も下がってしまいます。

注意しておきたいのは、ここで言う「理解力」というのは、学校のテストで良い点数を取る為の理解力ではないということです。自己肯定感や主体性が無く、「理解力」が落ちていても、学校の勉強を理解することは出来ます。でも、その理解は”その場限り”なのです。知識をつけ、問題を解くことが出来ても、それを体系立てて考えてみたり、自分の人生に適応したりすることが困難なのです。


私は、現在に至るまで「理解力」に乏しい人生を歩んできました。26年も生きておきながら、何も積み上げてこれませんでした。とても悔しい思いをしています。ですが、今になってやっと、自分のしたいこと、 “自分の意志”がどのようなものか、分かってきました。

今からでも遅くはない、今からでも積み上げていこうと思います。


ですが、私の「したいこと」はお金にはなりません。



私も近い将来「食べる為の労働」をすることになるでしょう。もし、今から積み上げたものが職につながったとしても、それが人生において成し遂げたいこととなる確率はかなり低いのではないか、と私は思います。


では、私の努力とはなんだったのでしょうか。頑張って本を読み、治療に専念して、自己肯定感や主体性を獲得した。やっとここまでこれた。でも、結局その努力は「食べる為の労働」をする為の努力だったのでしょうか。そう思うと虚しくてたまりません。贅沢を言っていると言われるかもしれませんが、私にとって、それはとても虚しいことです。


でも、今もまだ少しだけ夢をみています。

努力すれば、豊かな人生を送れるかもしれない。生きがいのある人生を送れるかもしれない。自分が心踊ることに情熱を注ぎ続けながら生きられるかもしれない。


今の時点では可能性は限りなく低いです。でも、ほんの少しでも夢を見続けていられるうちは、腐らずにまっすぐ生きていこうと思います。

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