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SCREAM~社会的経済的弱者の叫び~  作者: さっちゃん
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第18回 はるちゃん 経済的自立できない人は劣っているのか?

 私は大学院博士課程を能力不足と精神障害(躁うつ病+アルコール依存症)のため退学した。それから4年ほど先輩の家にほぼタダで居候させてもらい、その先輩との関係が悪くなり現在は実家に戻り半ニート状態である。働こうにもバイトでも長続きしない。いわば、他人の金で生きている身である。他人の金で生きることはどういうことなのか以下で考察してみたい。


 生活保護受給者や引きこもり、ニートなどは「穀潰し」と呼ばれ立場が弱い。経済的自立ができないことが悪いことだとされ、経済的自立ができない人に対するスティグマ(負の烙印)が強すぎる。生活保護受給者などは保護費が支給され生存は保障されるものの、

「他人の税金で飯を食っている」

と後ろ指を指されて社会的に承認を得られにくい。ニートや引きこもりも

「親のスネをかじっている」と言われ人間以下の存在として扱われる。経済的自立ができず社会的承認が得られないことは苦しさを生み、自殺に至ってしまう場合もある。


 人間は生き延びるためにあらゆる手を使うのだが、生活保護受給者や引きこもりなどは他人の金を生き延びる手段にしているのである。他人の金で生きることはなぜ悪いと考えられるのか?それは道徳的に大勢がそうだと思っているからである。論理的には説明することはできず、「よい」「悪い」という道徳の問題に行き着いてしまう。道徳はそれ以上さかのぼることができない最終根拠=公理である。道徳には根拠がないと言われるが、どんな命題でも最終的な根拠はない。道徳は無根拠で可変なものである。無根拠ゆえに、常に「何が正しいか」が言い争われ、戦争にもつながる。


 ある生き方に「よい」「悪い」という価値観が差し挟まれるのはなぜなのか?人は「よい人生」をおくりたいと願い、「よい生き方」とは何かを考える。私たちは「よい生き方」が何であるかを示すと同時に、「よい生き方」でない「悪い生き方」が何であるかを提示する。人間は生きることに意味付けをせずにはいられない。そして、人生をよいものにしたいと願う。近代以降のリベラリズムにおいて想念される「よい生き方」とは「自己決定を自由におこない結果に対して自己責任を負う」というものである。個人は何にも妨げられることなく、その能力を発揮して欲望を達成することができると考える。そこには、能力主義によって個人として独立することが善だとされ、それが「よい生き方」となる。


「よい」「悪い」という二分法による「思い込み」は言ってみれば宗教である。ある事柄を絶対に正しいと信じたり、二分法によって一方がもう一方よりも無条件に価値があるという思いこみから解放されることは容易ではない

(島田裕巳『私の宗教入門』ちくま文庫、p.259)。

社会学者の橋爪大三郎は宗教とは信じることが核心であり、「ある事柄を真実と前提してふるまうこと」としている。


二分法を打ち崩す方法は、脱構築という哲学上の考えである。あらゆる存在や現象に二項対立を打ち立てて「思い込み」や「決めつけ」によって優劣をつけることが脱構築の考えによって批判された。


 経済的自立ができないのは市場のゲームで負けただけである。勉強・スポーツ・芸術とお互いの技能や能力を競い合うゲームは色々あるが、市場のゲームも色んなゲームのうちのたかだか一つである。その一つのゲームで負けただけで「人としても劣っている」と見られる。経済的自立ができないと人として尊重されないのは、市場のゲームでの勝敗の結果がその人の人格に対する評価にまで結びついていることにある。

「経済的自立できていないから人としてダメ」という経済的成功と社会的承認とを無条件で結びつける「思い込み」や「決めつけ」から脱却するべきだろう。


「経済的自立ができる人は偉い/経済的自立ができない人は劣っている」という経済的成功と人格を結びつける二分法的な価値観が解体されるべきなのだ。

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