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紫陽花の咲く道

作者: ムーン

夏至が終わり、夏の暑さが本格的に湿り気を持つ頃。

俺は通学路の脇に咲いた紫陽花を眺めていた。


雨脚は次第に強くなり、視界が悪くなる。

だというのに俺は家に帰らず、ぼうっと立ち尽くしていた。

新品のレインコートに当たる水滴が楽しげな音を立てている。


時刻は午後四時半、まだ日が沈む時間ではない。

そう家路を急ぐ理由もなかった、雨以外には。


何も家に帰りたくない訳ではない、雨に濡れる紫陽花を愛でるような繊細な感覚は持ち合わせていない。

ただ理由もなく立ち止まっている、たまにそういった意味の無い行動をしたくなるのだ。



薄い青紫の紫陽花、葉に這うナメクジ。

紫陽花の下に死体を埋めると色が変わる、なんて都市伝説じみた話を思い出す。

少し気味が悪くなり、鳥肌が立った。


そんな時だ、視界の端に黄色が揺れたのは。

視界の真ん中に収めようと首を回す、が、見えるのはずっと続く道路だけ。

歪んだガードレールが溝に水をためていた。


黄色い……アレは、何だった? 見間違い?

あの色鮮やかな黄色は、人の大きさだった。

レインコートか何かだ、そう決めつけてまた紫陽花に目線を戻す。



また、視界の端で何かが揺れた。



……見間違い、ではない。

誰か、いや、何かいる。


今見えたのは黒っぽかった、黄色も確かに見えた、まだらと言えばいいのだろうか。

先程見えたものよりも色が鈍くなっていたような気がした。


ビニール傘を肩にかけ、少し歩く。

何かが見えた場所まで歩く。

当然のように、何もいない。


俺はまた紫陽花を眺めた。


紫陽花の鮮烈な赤が、真新しさを覚えさせる。

赤……? この道の紫陽花は、全て寒色系だったはず。



その違和感に気がつくと、不自然が目につくようになった。

赤いのは花弁や萼弁だけではない、葉まで赤い。

当然その色は本来のものではなく、何らかの塗料で染まっている。

塗料……イタズラか? いや、スプレーにしては粘っこい。


それに、何か、生臭いような……


その液体の正体がぼんやりと分かってきた、その途端。

車が走る音すら聞こえないほどに騒がしかった雨音が、消えた。



突然の異常に背後を確認せずに後ずさった。

どん、と何かに、いや、誰かに、ぶつかる。



柔らかく、生温い感触が背中に広がる。

不注意を謝る気にはなれなかった。

足元の水たまりが少しずつ赤く染まっていったからだ。


絵の具筆を洗う時のように、鮮やかな色が透明な水に広がっていく。


ゆっくりと首を回す、背後の人物を目に収める。


黄色いレインコート……ところどころ破れ、赤黒いシミが出来た、不気味な格好の……男?


顔を確認する間もなく、そのレインコートの男に首根っこを掴まれ車道に投げられた。

一瞬の浮遊感、すぐに訪れる背中への衝撃。


歪んだガードレールの向こう側で、レインコートの男が不気味な笑みを浮かべていた。


すぐに歩道に戻ろうと起き上がる、雨でぼやけたライトに轟くクラクション、甲高いブレーキ音を最後に、俺の意識は途切れた。





その後、俺は家に帰ることはなかった。

いや、体は帰ったのかもしれないが、俺が認識する俺自身はまだ紫陽花を眺めていた。


これからもずっと、雨が降るたびにここに立つのだろう。

紫陽花が咲いていても、いなくても。

人が通っても、通らなくても。

ずっと、ずっと、ここに立っているのだろう。


黄色いレインコートの男と共に。




ふと、思い出す。

この道は事故が多いから気をつけろと母に言われたことを。

雨の日は特に……一年前にも、事故があったことを。


その被害者は、ここで一年前に死んだのは、黄色いレインコートの男だったことを。

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