ミル? カイル? 俺を巡っての戦いはやめてくれぇ!
帰ると、一人の少女? が立っていた。
「おい、カイル」
低い声で緊迫した雰囲気を作り出す。頭がボサボサなのは起きたてなのだろうか。
「どういうことだ。私はお前にもう相棒は組むなと忠告したはずだが?」
「ミル。もうお前の指示を受ける気は無い。お前はもう俺の師ではない。邪魔をするな」
「違うな。破門にしたのだ。破門にしただけで私の権限はお前の権限をはるかに超える」
何を言っているかよくわからん。カイルの口調が変わっている。どうやら師弟関係だったようだが……破門にされたようだな。
「ほう。今度はこいつか。なかなか骨がありそうだ。守護の魔法が得意と見える。だが他種族に力を借りるという行為を嫌っている。まぁなかなかだな。プライドはそこそこ高い。しかもそれに見合うほどの実力はある。お前には勿体無い者だな」
「相変わらずだな。だがこいつは俺のもんだ。決してお前のものではない」
「そうか。それもそうだな。では奪うとしよう」
二人は急に構えをとる。カイルは本当に魔術師のような構えだ。発動しやすいようにすべての四肢を魔力で満たしている。だが……なんだろうか。ミルと呼ばれているやつは全身に魔力を行き届け、前世のカンフーの達人的な構えをとっている。肉体派?
「いいな? 馬鹿元弟子よ」
「いいだろう。お前には俺を倒せない。サボリ魔がこの俺に勝てるわけがなかろうが!」
そして二人の戦いは始まった。
「スラント・クインカー! 俺に力を与えよ!」
一瞬で魔法陣が形成され、魔物が召喚される。鳥のようだ。魔物の能力でも貸してもらったのだろうか。
「うおぉぉぉぉ!」
「ふっ。それしきで私を攻略したと見たか。甘いな。お前に見せていた力はほんの一部だ」
ケイルが千本の針をゆっくりと飛ばしながら、また詠唱をするにもかかわらず、ミルは平然とその針の行方を見守っている。
「千本か……。私にそれしきで勝てると思っているのか。確かに私の逃げ道は少ない。数を多くしたおかげで攻撃を確実に当てることができると踏んだか。しかもその間に詠唱とは……なかなか賢くなったようだな」
「偉ぶんじゃねぇ! お前は俺の仇だぁー!」
ついに詠唱を終えたカイルが魔法を発動する。
「…………エラウルスト! …………ブロッセント!」
魔力をたっぷりと纏って攻撃力が跳ね上がっている槍を具現化する。それをコピー魔法で100本にまで増加した。……これで決める気だな。コピー魔法でコストは減っているとはいえ、そんな槍を100本も出すのはかなりの魔力を必要としよう。
「私がこれでやられるかぁー!」
いきなりキレて魔法の詠唱すらせずに一瞬で消えて通り抜けたのかよと言わんばかりにカイルの前に立つ。
「なっ、なんでだよ……」
流れに乗ってミルはケイルを殴る。殴ると言っても顔が変形するくらいの威力の拳だ。
「さっ、これでお前はあいつと相棒は組めないな」
「ああ、もちろんだ。あいつには少し失望している。だがお前には怒りを覚えたな」
「なんだ。お前を助けてやったのだぞ」
「いいや。……俺はこれからボッチだぞ? わかるかこの気持ち。俺は楽しく仕事しテェんだよ。誰が悲しくてボッチしてランなきゃダメなんだよ!」
「……そうか。それもそうだな。では私が組んでやろう」
「はぁ?」
「なんだ? ボッチは免れるだろう?」
……ま、まぁいいか。
「わかった」
「そうか。それならいいだろう。ミルト・メディクラス!」
その瞬間、俺の体から光が飛び出し霧散する。
「なんだあれは……一体」
「君の体にへばりついていた契約だな。まぁ契約といってもそこまで強いものじゃなかったが。なんか「交渉成立だね」とか言われただろ。あれは契約をする最後の呪文さ」
それがあいつの手口か。こえぇな。
「まぁサンキュー。助かったぜ」
「それは良かったな。どうだ? 私とも契約するか?」
「嫌に決まってんだろ!」
さっきまでへばりついてたやつだってんのに
「私がする契約は仲間との援助目的の契約だぞ。言うなれば人間同士の補助魔法だ。案ずることはない」
「だからって…………」
やりたくねぇしな。俺は「考えとく」と言って断る。一応名前は聞いておいたので後で調べてみよう。
俺は寝ることにした。どうやら社員は全員に手続きが済むと寮を用意してくれるらしく、今日から住むことができるはずだった。肉も食えて住むこともできる。給料に見合う仕事しなきゃな。ありがたすぎるぜ。
「あー、今日からのフロスだ。よろしく頼む」
受付のお姉さんに鍵をもらって部屋へ行く。さてと。どんなのかな。期待しすぎるのもダメだがどうしてもしてしてしまう。だって会場があれだったからな。
バタン! と勢いよく開けて静かにドアを閉める。開けた瞬間うるせえよという声が飛び交ってきたからな。
「おぉ!」
と声に出してしまうほどの綺麗な部屋だ。床は鏡のように磨かれており、部屋全体に黒ずんだとこは一切ない。しかも窓は存在しないような透け具合がもう素晴らしい。ありがたすぎるぜ。
「どうだ? この部屋は。気に入っただろう」
「なっ! 勝手に入るんじゃねぇ!」
せっかくの俺の部屋なのによ。
「いいじゃないか。私とお前は相棒。よってお前の部屋は私のものだ」
「なんですかそのジャイ⚫️ンの法則」
ミルは無視して綺麗にカバーまでかけてあるソファーに座る。
「まぁまぁ、落ち着け。それよりなんだ。私とも一回勝負しようではないか?」
「なんでですか?」
やりたいけど
「私はある程度どれほどの強さかを見極めることができる。だがな、実戦での強さというものは計り知れないものだ。そこでだ。お前に私の相棒となれるほどの強さを持っているのかということを図りたい。なに、私には勝てなくて当然だぞ。手を抜いたら承知しないが」
……自意識過剰じゃねぇか? 確かにさっきのバトルは圧勝していた。だが俺はまだカイルの腕は知らなかった。もしかしたら針がティッシュのような柔らかさで、槍が質の悪い魔力を纏っていたかもしれない。だから俺はーーーーとにかく勝負したい。
「いいぜ。やろう。まだお前を俺は相棒とは認めてねぇからな」
「決まったな。それでは早速やるとしようか」
またもやミルはあの独特な構えを見せる。……ここでするつもりか?
「やめろよ。ここは俺の新しい部屋だぞ」
「大丈夫だ。それともなにか? 私を信頼できぬか?」
「初日にあったばかりの奴を信用しろっていう方がおかしいだろ」
「それもそうだな。まぁ案ずるな。もしもまだ心配なら私が手本を見せてやろう」
そう言ってミルが手の上に魔球を出す。かなりの密度だ。それも質の高い魔力。そのせいで純粋な闇色が中で渦巻いている。
「たあぁぁぁ!」
野球の投手のように投げた。身体能力が高いのかめちゃくちゃ速い。豪速球とも呼べるな。
あまり心配はしていなかったが予想は一転した。
「なっーーーー何やってんだよてメェ!」
「お、おお、少しばかり強めすぎたようだな」
うろたえている場合じゃないだろ。壁にはぽっくりと魔球の分だけ空いている。
「ま、いいではないか。私はこの壁を治すことができる。それにあのような魔球でも壁にはこれだけの穴しか出来ていない。一件落着」
「じゃないよな」
「…………くどくない?」
「くどくない」
まぁ治ったには治ったので良しとして了承した。
「ではやるか」
「いつでもいいぜ」
「ほう、先の試合を見ておっただろう? なぜそちらから仕掛けてこない」
「俺がそんな奴に見えるか?」
「見えないな」
ミルは少しばかり口元を緩ますと、キュッと閉じ、全身に魔力を込め始めた。
そして俺もまた魔力を集中させ、どんなことが起きてもすぐに魔法を発動して対処できるようにしておく。
「行くぞ?」
そう言ってミルは襲いかかってきた。
ーーーー見えない。辛うじて方向転換したときにさらっと見えるかどうかくらいだ。直線的に突っ込んでくるときはマジで見えん。
「なんだ。お前もその程度か。私の買いかぶりだったようだな」
ニコッと、 見えないがそう笑っているのが感じられる。
「まっ、なんとか満足していただけるよう頑張りますよっと」
まだ攻撃を仕掛けてこないのはこちらにカウンターを発動させているのがわかっているからだろう。
カウンターは運によって変わる魔法だ。当たりどころがよければ無傷で相手に致命傷を負わせられる。逆に致命傷になることもありうる。
急所を作る面積は技量によるが俺はその急所が極端に少なくできる。わずか拳一つくらいだろうか。
まぁこれをしている間は他の魔法が使えないのでいつまでもしているわけにはいかない。
「フィジカル・リフレクター!……………………………………………………………………………………」
「むっ! 長いな!」
長いが勘弁してもらおう。なんなら仕掛けてきてくれても構わない。急所はがっちりとガードしてあるからな。ちなみにいうと顎である。たまに脇と交換したりしてわからないようにしているが。
ーー5分くらい経っただろうか。そろそろ呪文の詠唱も終局を迎える。……戦いは全く進んでいないが。
「まだか?」
しびれを切らしてきたのだろう。頭に血が上っていそうだ。よくもまぁ高速移動を五分間も続けていられるもんだと感心までしてしまう。
「……………フィジカル・リフレクターーーーー!」
今度こそ完成だ。やっとかというようなため息をついている。
「ではいくぞ。……このセリフも何回か言ったな」
「ああ、俺は準備万端だぜ?」
ちなみに完成したのでカウンターは解除されてある。だがそんなものよりも強力な魔法を身につけているが。
「たぁぁぁぁ!」
右半身に風を感じる。どうやら高速で殴りにかかったようだな。
「ーーなっ!」
「こっちの番だろ?」
俺は方向転換した瞬間を狙って風魔法で加速し、封印魔法をかける。これが俺の最大の対人魔法だ。
「インペクト・ドラクト!」
簡易的だが一瞬でも止められれば問題はない。
「そんなもの! 私にきくかー!」
「どんな馬鹿力してんだよ…………」
封印魔法を完全にぶち壊しやがった。物理的なものとはいえ、魔術師に筋力はほとんどないし、力を1/5ほどに封印してあるはずなのに。
「これで終わりだな。なかなか良かったぞ」
終わりを告げ、ミルは俺の真正面からブン殴ろうとしている。詠唱を終わらせた瞬間の魔術師ほど隙のあるときはない。
俺は腹にアッパーを食らった。そして体が吹っ飛び、ソファーに着地する。
「わざわざ柔らかいクッションの上に落としてやったんだ。感謝してほしいな。まぁ聞こえていないだろうが……」
俺はやられたふりをして分体を生み出した。身代わりなのでこれも立派な防御魔法だ。これで魔力はもう残ってはいないが。
「…………くぅ!」
魔法が……剣のように尖る先を持つ魔法がミルを貫く。俺の勝ちだな。
そうふと笑みをこぼし、目を開けると、そこには魔法を折られて木っ端微塵にされている分体の姿があった。
「ふっふっふっふ。さすが私の見込んだ男だな。このような攻撃を私にできるとは……気に入ったぞ」
「そりゃど……」
言い終わるまでに魔力がなくなるまでミルは殴り、蹴り、頭突きを始めた。体に外傷はないが、服はもう四散している。
「こここうさんあこうさん!」
「…………降参? お前ほどの奴がそんなことを言うわけがないよな」
再び殴るというポーズをとる。
「本当に降参だ。もう無理だ」
魔力はすでに底を尽きている。これ以上やられたら俺の体が四散することになるだろう。
「そうか。まぁいいだろう。お前の力は大体わかった。相棒と見てやってもいいぞ」
上から目線ってのがあまり気に入らないが仕方がない。
「いいだろう。俺たちは相棒だな」
するとミルはくすっと笑って言った。
「随分と威勢がいいようだ。まだ戦闘はできたのではないのか? ーーまぁいい。早く届けを出してこい」
「俺が?」
「お前がだ。負けたのだろう。従いたまえ」
チッ しゃあねぇなあ。
俺は渋々とまた、社長室に足を運ぶ。
「失礼しまーすーーなっ⁉︎」
うっかり悲鳴をあげてしまう。さすがにこれはきつい。それを聞いた他の社員がすぐさま駆けつける。
「まさか、お前……」
俺の手には相棒申請書の封筒が一つ、そしてその俺の前には血がびっしりとついた机に横たわる社長。おそらく死んでいる。
この状況を見れば誰もが俺を疑うことだろう。第一発見者だからな。この世界では魔法が使えるから完全犯罪というものがたやすくできてしまう。そうなると確実に真っ先に疑われるのは俺というわけだ。
「貴様……」
一人の社員が俺に向かって剣を振るう。その手さばきは魔法を駆使した一発一発の威力をあげる技術が見られる。ヤバイ。今はまだ動揺しているようで荒いが落ち着いてしまうともう逃げようがない剣術となるだろう。
交わしながら他の社員を見る。
社長がなくなり、悲しむものが一名、喜ぶものが1名、悔しむものが多数、激怒しているものが半数というところだ。今はまだこいつが来ているからいいが、そのうちしびれを切らして他の奴に襲われたら終わりだ。
こいつはとっさに怒りに任せて襲いかかって来たからな。まだ弱い方と言えるだろう。
「こいつ…………逃げれると思っているのか! 奥義! リンセントブルム!」
一瞬、剣の暴行がやみ、そして次の一瞬で龍をかたち取った炎を纏う剣が振り上げられる。
その龍の目は確実に俺を見ていた。
「ロック・オン! 行け! ガルオン!」
その言葉が合図となって俺を食おうというように炎は襲ってくる。先ほどまでの剣と比べると倍近いスピードが出ていることだろう。
必死になって交わしても、また方向転換をしてこちらへと牙を剥く。
「くそッ 仕方がない、カウンター!」
こいつをやると他のやつが襲って来そうだが仕方がない。
「チッ、引けガルオン」
「ーーなっ」
カウンターを知っているとは……俺のような完全防御で戦うやつじゃない限り使わないゆえ、知るものは少ないはずだが……魔力で読み取ったか。
一度カウンターを発動したので解除するのは惜しいが、
「やるしかねぇ! デミ・オラ!」
「しね! 殺し屋ー!」
再び猛攻を繰り出すとばかりに血の上った顔を見せて叫ぶ。
だがそうはならなかった。
「どうした!」
あの時のように冷たく張り詰めた声がする。そこには顔が青白くなったミルがいた。
「ミル…………」
「やめろ。そういうことはお前がすることじゃない」
こちらへ音を出しながらゆっくりと向かってくるミルに恐怖を覚える。まるでライオンに睨まれたウサギの気分だ。
「おい、これはお前がやったのか?」
「いや、違う」
軽蔑したかのような表情へと移り変わり、くるりと振り返った。
「おい、お前……確認したのか?」
「えっ」
「確認したのかと言っておるのだ。こいつがやったと確証はあったのか?」
「だ、だからってこいつが……」
まるでストレスと言う名の爆弾に引火したみたいだ。さっきまでと違い赤くなっている。
「おい、ふざけるなー‼︎」
甲高い声が響き渡り、その場にいたものが息を飲む。
「どうしてこいつと決めつけた、どうして私にすぐに知らせなかった! お前がすることはそれかぁ‼︎」
聴いたやつらはスタスタと去っていった。俺に歯向かってきたやつは……ご愁傷様だな。
あれから1時間ほど説教を食らって泣きながら部屋に戻った。
「どうして俺を信じてくれたんだ?」
仲間だろって言うような言葉を咄嗟に期待したことを後悔した。
「決まってるだろ」
涙が出そうになる。
「お前に親父は殺せないからだ」
「………………………」
しばらく硬直したが、その次に起こったことの方が驚いた。
「おい親父、生きてるか?」
死んだと思っていたやつが生きていたのだった。
コクっとうなづき少しだけ目を開ける。
「動くな、閉じてろ。今治してやる」
「………すま……ないな……」
少しだけ口に出す。
そして、ミルは社長の手を握り魔力を移し始めた。その魔力は緑色に光りながら、社員の身体にまとわりつく。優しい緑色だった。
「……悪いな、さっきの戦いで魔力を消耗してしまってな」
「別に……こんなときだからな」
美味そうに俺の作った握り飯を食う。
この世界には握り飯というものが存在しないので初めてだったのかもしれない。丸々一口で食べきった。
その日は一日中つきっきりで怪我を治療していた。
「おはよう」
なぜかズタズタと俺の部屋へ押し入ってくる。……鍵しめたはずなんだがな。
「ふっふっふ」
「なんだよ」
ニタニタ笑って俺にカードを見せつける。
「このカードという概念を忘れていたようだな」
「こっこいつ、不法侵入してんのかよ」
「案ずるな。お前の部屋だけだ」
いや、それもどうかとっといったが無視された。
持ってきてくれた紅茶を飲みながら聞いた。
「お前の親父、だったのか?」
「ああ、まぁ私の方が強いが」
それでも俺が絶対に勝てないという確信を持てるほどの実力者だろ。照れ隠しだな。
「いやいや、本当に私の方が強いからな」
「別に嘘言ってると思っているわけじゃないぜ」
「思っていただろう」
お返しに無視しておいた。
「まっ治って何よりだ。じゃなきゃ俺が殺されてたかもしれなかったからな」
「ああ、だが問題はある」
「誰が親父を殺そうとしたか、だな」
そうだとうなづき、話を進める。
それは捕まえるというよりもヤルためのものだった。
「私たちに依頼が来た。ーー社長の護衛だ。まぁ私が出したものだが。これには君の力で姿を隠し、ストーキングすることが前提となる。いいな? ではそこでだ。私は社長の半径50m以内に入ったもので悪意を持ったやつを全て殺そうと思う。ちなみに恨みを抱いているかどうかは私が図るから安心しろ。君にはやっている間の護衛を頼む。君ほどであれば余裕であろう。まぁその辺は社長の力だけでも大丈夫だが」
まぁこんなことを言っていた。要するに俺はストーキングの手伝いだけをしろということらしい。よくできるってわかったな。
そして護衛は始まった。
「……………………………………………………スケルトル・ブルーノ!」
俺の魔術ですっかり気配と姿を消す。
「…………長いな」
「仕方ないだろ。2人だぞ。人の身体を変質させるのは難しいんだからな!」
全く。
こんな魔法が使える方がすごいっつうの。




