フロスと災難
第一章 イノシシのようなアホさ加減
はぁはぁ、
ったく、魔法なんか消えちまえー‼
…………俺の名はソルト。戦っているナウの魔導士だ。
生まれた時から俺は、前世の記憶があった。魔法のない、化学製品であふれた時代に生きた俺の人生の記憶が。
もちろん、前世の記憶があったからと言って、生まれた瞬間喋れたとかいうことはない。周りからは何言ってんだこいつ、とかいう目で幼いころから見られただけだった。両親は比較的俺のことを信じてくれた。この世界は魔法ばかりで化学など必要なく、発展もしない。だから数少ない科学者に俺を会わせてくれたりもした。
だが、それだけでは気が済まなかったが…………。
おかしいことに俺は魔法がめちゃくちゃつかえた。それも中学校から大学までの魔法科のテストではほぼ満点というほどだ。理科に関してはこちらの世界の理科よりも俺の知識の方が上回っていたため勉強もせず、主席だ。むしろ教師に物理の何たるかを教えていたくらいだ。社会に関しては最悪だったがまあ良しとしよう。
ここまでを観たら俺が生まれつきの天才でうらやましいというやつも多いだろう。そこでだ。現実をみせてやろう。
「たっ、体長!」
目の前で俺の幼いころからの知り合いでよく遊んでもらった五歳年上の現隊長が倒れた。
ドサッと。
一瞬のことだったが俺には数分間のことにさえ思えた。
ここは戦場。賢くても一般市民である俺はこの国が弱小国で紛争さえ起きているために駆り出されたのだ。前世の世界と違うのは戦闘方法。武器を使うか魔法を使うかの話だ。当然ながら武器には適性があり、さらには百パーセント活用できていても人体の能力である以上、大した威力はない。
ところが魔法は違う。何人であろうと、魔法のうまさだけで勝敗が分かれる。むしろ強ければ一人でも構わないくらいだ。だが、俺の国の王様は頭が固いのだろう。いや、信じているのだろう。みんなが協力すれば勝てるなどという戯言を。
俺の隊長は勇敢で優しい人だった。新人でまだ年も若いのに駆り出されたのだ。俺に対しては先輩方の多大なる試練があった。みんながみんな望んでやってきたわけじゃない。むしろ望んでやってきたらドMだろ。
つまりだ。来たくもない戦場へきて不満で満たされない生活に飽き飽きしている先輩は新入りをどう扱うだろうか。戦闘に慣れているのだ。当然のように俺をいじめる。
そこで俺の隊長が出てくる。年上だろうと何だろうとつよい。その圧倒的な強さを誇るからこその威厳でいじめのようなものを鎮めてくれた。
楽しかった。隊長やみんなと笑っていられたときは楽しかった。
これも隊長がいたからこそだ。
「ひっくっ、ひっくっ」
俺は戦闘が一段落すると急に涙が出てきて気が付いたら泣いていた。それも隠さずにみんなの前でサンドバッグに八つ当たりしながら。
みんなは慰めてこない。それどころかうつむいて黙っている。俺には分かる。隊長の存在の重要さが。隊長の偉大さが。
そこで俺は決意した。
「先輩方………………ごめんなさい!」
先輩方は俺を静かに見た。みんなの目線が怖くて立ったままうつむき、地面を観ながら話した。
「俺はこの防衛隊…………いや、肉壁隊を抜けさせてもらいます!」
俺の言葉に誰もが怒り、またはからかいの表情を浮かべてくる。この雰囲気はかなりきついが俺は言い切った。
「今日までありがとうございました。俺は敵陣、グエムパートへ突っ込みます」
そういって俺は部屋を出た。誰もおってはこなかった。俺なんかその程度だってことだろう。考えると余計にむなしくなってくる。
「おおおおおおおおおおおおお!」
風魔法をフルで使って加速する。誰も俺を止められはしない。魔法に遠距離はほとんどないので敵陣は近い。こっちの陣から敵陣まで50mあるかないかくらいだ。
俺の目標はただ一人、体長を討った奴だけ。かたき討ちができるなら死んでも構わない!
俺はただただひたすらに突っ込み、魔法をかわしもせず、かたきに向かって突っ込んでいく。
「死いねえええええぇぇぇぇぇぇぇ!」
魔力が枯渇するほどに魔力を込めて魔法を発動させる。もう俺にも制御できなかった。
そこで俺の意識が途切れた。




