剣道部は坊主が多い
「はーい注目!」
モッチー先輩の掛け声で道着に身を包んだ部員だちは、各々が話の聞きやすい位置に移動した。
「今年の新歓の演し物が決まりました!ずばり!殺陣です!」
朝から何を言い出すんだ。皆目が点。斯く言う私も目が点。モッチー先輩と目が合って尚更目が点。あっ、これ絶対に面倒な事になるパターンだ。
「さて、皆さん。分かっているでしょうが、新年生歓迎会での目標は一つ。はい、柏木くん?」
「サッカー部に勝つことです」
指名された先輩は、ピンっと真っ直ぐ上に手を挙げてバ……ごほん、答えた。サッカー部に勝つことって何だ。いや、去年から分かってはいたけど。
「そうだけど違います。サッカー部に勝つこととは即ち!チャランポランに勝つこと!皆ー!リア充を見返すぞー!!!」
……意味分からん。チャランポラン=サッカー部という方程式が分からない。それにリア充とは。
昨年度の3年生の先輩方は賑やかな人達が多かったから、何に対しても大騒ぎしてたから、こういう流れになるのは容易に想像出来た。だが、今年の3年生は真面目だし、2年生は落ち着いているから去年の様には―――――
「うおぉぉおおおおおお!」
「やってやるぜ!」
なってしまった。寧ろ去年より気合い入ってる。何故。3年生のみならず2年生まで。しかも女子までノリノリ。アリス先輩が一番煩い。
「というわけで、今年は昨年までとは一味違う。殺陣をやりましょう!殺陣っていうのはアレだよ。アレ。何だっけ?アレ」
今凄い目が合ってるのは何故?逸らしてもガン見されているのは何故なのか。…………嫌な予感しかしない。
まぁこれだけ先輩から視線を受けていれば、勿論周りも気付く。私は行きたくないのに、皆に差し出される様にして前に出された。私は行きたくないのに。
「選手交代!桜田慧さんです!」
モッチー先輩め。私に押し付けやがった。
「……殺陣というのは、時代劇とかに出てくる戦闘シーンって言ったら分かりますか?」
「ああああー」
なんとなく皆が思い至った様なので話を先に進める。
「善い者役と悪役に別れて、動きを決めて演技をする感じです」
「そこで今日は配役を決めて、指導を慧に頼もうと思う」
聞いてない!説明を求める視線を隣の先輩に送っても、全くの無反応。……変に神経図太いの忘れてた。それどころかパチパチパチと拍手まで上がって、反論も異論も認めないという空気感。何だこの妙な一体感は。
「じゃあ呼ばれた人は前来てー。荒川、飯田、辻、佐々木の中から善い者役を二人決めよっか」
「アリスちゃん先輩質問良いですか」
「何だね平川君。言いたまえ」
やけに芝居掛かった口調で許可するアリス先輩に、空気を読んで何故か起立をした。そして何故か敬礼。
「その役はどういう基準なのでありますか軍曹!」
「それはねぇ。ズバリ顔だよ、平川二等兵」
二人は軍関係者なのか。というか、役決めの基準が顔って。そう言ったアリス先輩もアリス先輩だけど、それに納得した皆も皆だ。
「じゃあ次、悪役ね。柏木ィー!お前行っとけ」
「何でっスか!」
「いいからやれよ」
直ぐに食ってかかった柏木先輩だが、ブーイングを受けて瞬殺された。三年生総攻撃強し。中でも綾先輩の睨みが効いたらしい。
「あとは……じゃあ坊主全員な!」
アリス先輩がポンッと手を打って宣言した。そしたら女子部員はどうするんだろうか。
「雑!選び方雑だよ!」
「有栖川ズリぃよ!女子も悪役やれよー!」
案の定と言うべきか、やはり男子からの反対の声が上がる。最終的には「坊主差別反対」なんていうコールをする程には。
坊主の差別はしていない。だって目付きが悪いのは事実だから。そして女の子達が怯えているのも事実だから。なんなら厳つい代表、宇佐美先輩は落とし物を届けただけなのに、泣かれてしまったというのも事実だ。
なんでも、その女子生徒は落とし物をした事に気付かなかったらしく、そのまま廊下を歩いて行ってしまったそうだ。目の前で目撃した先輩は当然落とし物を拾う。声を掛けたが聴こえていない。焦った先輩は追い掛けた。何故なら女子生徒が落としたのは定期券だったからだ。帰るのに困るだろうとダッシュ。だが、それがいけなかったらしい。筋骨隆々のガタイのいい男が、走ってくれば恐怖も湧くだろう。勿論怖いのだから逃げる。更に焦った宇佐美先輩は加速。謎の攻防戦が始まったという訳だ。最後には女子生徒も涙目になっていた。
さて、何故私が事の顛末を知っているのかというと、件の女子生徒が私に助けを求めて泣きついてきたからである。走って来た宇佐美先輩を見て大体経緯を理解した。ああ、これは先輩の親切が空回ったのだな、と。その後は無事に誤解も解け一件落着した。
宇佐美先輩は見た目は怖いかもしれないが、中身は全然そんな事ない。親切で優しい先輩だ。それに剣道部の常識人グループの一人でもある。高確率でチョコレートをくれるし、剣道の反省ノートを見せてくれたこともある。因みに先輩の字は可愛いらしい丸文字だった。しかも3年の先輩達は宇佐美先輩の事を『ウサちゃん』等と呼んでいる。そう、先輩は寂しがり屋のウサギなのだ。
話は逸れたが、つまり何を言いたいのかというと、うちの剣道部の人相はあまり良くないという事だ。現に、「坊主差別反対」コールをしている2、3年生は目つきが悪い。
「五月蝿いなぁー。何も悪役は坊主だけとは言ってないでしょうが!」
アリス先輩のイラついた声が『坊主差別反対派』の暴徒達に響き渡った。
「坊主じゃないけど柏木も入ってるでしょ。望月も入れてあげるから。顔は良くないのに何故かモテる倉田も入れるし。女子からは私が入りますー。裏ボスに慧も追加。ほら、文句あんの?」
「無いでーす」
アリス先輩の強引且つ無茶苦茶な提案に、『坊主差別反対派』は大賛成の声を上げる。
「ちょっと!俺だけ酷くない!?」
「どこがー?事実じゃん」
「顔が良くないとか余計なんだよ!」
「あーはいはい。失礼しました」
全く悪びれない態度に怒るのを諦めたらしい。アリス先輩相手にムキになったら負けだ。
「あと出ない人は裏方とか進行をやってもらいたいんだけど、他に出たい人いる?まぁ悪役に限るんだけども。気が変わって出たくなっても、今日中に言ってくれればOKだから」
特に出演の申し出も無かったので、この会議はお開きとなった。大分時間を食ってしまったので、今日の朝練は素振りだけで終了した。
「じゃあ早速今日の放課後から殺陣の練習始めるからな」
そうして始まった殺陣の練習に、私は大忙しだった。
流れの構成を決め、動きと配置を考えていく。大体の動きが決まったと思ったら、急にアリス先輩が「お姫様誘拐しよう!」なんて言い出すから、真面目に青筋が浮いた。
急遽抜擢された綾先輩もさぞ迷惑だっただろう。演出側も勿論同様。この人にはもう少し周りの迷惑を考えて欲しい。
他にもトラブルはあった。誰が姫を誘拐するか、というより綾先輩を誘拐するかで揉めた。結局誘拐したい七人全員という形で落ち着いたが、そうすると悪役の小物感が凄い。楽勝に倒せそう。
殺陣の立ち回りの時は、木刀か竹刀かでも意見が二分した。だがモッチー先輩の「怪我するから」という正論を前に、木刀が良かった部員は呆気なく敗れ竹刀に決定。因みに私はぶっちゃけどっちでもいい。
まぁそんなこんなで動きもまとまって、それなりに見栄えも良くなった。
そして新入生歓迎会を迎える朝、柏木先輩と宮原先輩がまぁやってくれた。
因みに宮原先輩は一見まともそうに見えるのだが、バケツを回して遊ぶような人なのだ。それでも柏木先輩よりかはマシかと思うが、侮ることなかれ。同レベルである。
「これカッコ良くね!?」
二人揃って持ってきた辺り、事前に打ち合わせしていたな。
柏木先輩と宮原先輩の二人が持ってきたのは、光る西洋風の剣。名をライトセイバーと言うらしい。
はしゃいで部員に見せびらかす様は、正に小学生そのもの。
「見てろよ慧」
「はあ」
生返事をすると、カチッと軽い音がして濁った色の白が、柏木先輩のは赤、宮原先輩のは青へと対象的な色合いで光出した。
「行くぞ!」
「おうよ!」
二人の掛け声で始まった打ち合い。鋭い太刀筋を追う赤と青の閃光。ぶつかり合い美しい光が走る。双方一旦距離を置く。
「どうだ慧!」
「……格好良い!!」
「そうだろう、そうだろう」
満足気に宮原先輩が頷くと、ポイッと簡単にいまだに光を付けたままのそれを放ってきた。
……どうしろと?
目を瞬かせていると、二人の先輩は私に向かって深く頷いた。ちょっとよく分からないが、一応頷き返す。
両手で持って構え、上段から一気に振り下ろしてみる。
「…………格好良いっスね」
宮原先輩が悔しそうにそう漏らしたのは何故なのか。
「ってことで、有栖川ー。俺らこれ使っていーい?」
「うん?柏木と宮原が使うの?柏木と慧が使うの?宮原と慧が使うの?」
「俺と柏木」
三通りの組み合わせに宮原先輩が答える。呆れ顔のアリス先輩だが、これは割と乗り気なのでは?
「オッケー。じゃあその光るスーパーな剣を持ってしても、慧には敗れると」
「うん。使えるなら、もはやそれでもいい」
果たしてそれはキリッとした顔で言うような事だろうか。やれやれとアリス先輩ではなく、モッチー先輩が首を振ったところで朝の部活終了の鐘が鳴った。
今日の一限目は新入生歓迎会の説明と準備、二限目から新入生歓迎会となっているので、朝練があった部活動生はユニフォームのまま一限に出るのを許されている。なので勿論私達も道着から着替えない。
「今日の新入生歓迎会の歓迎する側の主役は私達だ!」
「全校生徒と先生達を驚かせてやろうぜ!」
最後に部長達からの激励に、皆で大きく頷いた。