部活
小学生の時から憧れ続けた人が今、自分と同じ空間にいる。遠くの観覧席から観てるだけだったのが、大会の会場ですれ違うようになって、高校生になってやっと同じ場所にいる。
嬉しいし、誇らしいし、これからの事を想像しただけで、顔がニヤける位楽しみで。でもやっぱり緊張もしてて、昨日は会えた嬉しさで、つい勢いであんな事を口走ってしまったから、変に思われていないか心配だ。下手したら嫌われたかもしれない。
第一印象が大事だっていうのに……。だから今日は失敗する訳にはいかない!むしろ汚名返上、名誉挽回をしなくては!
と、誓った上で自己紹介をする。先輩方も一人づつ挨拶をしてくれて、怖い人達だったらどうしようと思ってたけど、皆親切そうな人ばかりで少しだけ肩の力が抜けた。
「新入生の子には折角来てもらって申し訳無いんだけど、まだ部活動参加は出来ないから、取り敢えず今日は見学で」
本当に申し訳なさそうに言った先輩は、女子剣道部の主将で、有栖川と言っていた気がする。
えっ!と漏れそうになったのを咄嗟に飲み込む。今日から桜田さんと稽古出来ると思っていただけに、ダメージはデカい。
「えーっと……浅川君、見学もちゃんと稽古の内だから!ねっ!」
その言葉にハッとした。見るのも稽古だ。しっかり見て吸い尽くす勢いで吸収しないと!
「はい!」
観覧席から見ていた桜田さんの試合姿を、今日はこんな間近でじっくり見れるんだ。しかも稽古姿だ。絶対に学べる事はある筈。
よしっ!少しでも多く学んでやる!
昨日慧に告白した雅也くんだっけ?高身長の彼のワクワクといった感情は、こっちまで伝わってくる程嬉しそうだ。
そりゃあそうだ。昨日の話が本当なら、慧のヤツに憧れてこの学校を受験したんだから、嬉しいに決まってる。
(にしても…………。)
あんなにファンですアピールをされたのに、慧の態度はいつもと全く変わらない。普通は少し位意識するだろう!ていうか、少し位ソワソワしてあげないと雅也くんが可哀想過ぎる!
俺達が自己紹介をした時と、慧がした時の違いといったらもう……凄いとしか言えない。それはそれはキラキラした目で慧を見てらっしゃった。その視線をガン無視する慧が無慈悲過ぎるが。
有栖川が新人組に見学の旨を伝えると、雅也くんはガーンと効果音が付いてきそうな程、見るからに落ち込んだ。
新入生歓迎会も終わっていない内から、部活動への参加は流石に認められない。予想はしてた思ったんだけどなー。ちょっとアホ入ってるよこの子。
まぁまぁといった具合いで、有栖川が再び声を掛けて雅也くんを宥める。それの何処に、刺さる所があったのか分からんが、パァーっと顔が輝きを取り戻していく。
(わかり易っ!)
慧を間近で見れるからだと思う。
ちょっと慧さん!気付いてあげて!!
だが、彼の憧れの人はそっぽを向いて、同級生と話していて全く眼中に無い。それどころか、ランニングに向けて士気を上げている。
そしてランニング。男子にも負けない、素晴らしい走りでゴールした慧は、色んな意味で流石だ。
またそれを、キラキラとした目で見つめる、浅川くんも浅川くんである。もう、不憫とか可哀想とかいう次元じゃないよ。最早滑稽ですらある。
いよいよ道着に着替えて防具を身に付ければ、さぁ顔は見えない。慧の反応とか表情を見てみたい気はしたけど、面をしたら流石に気が引き締まる。そんな不真面目な態度で稽古はしたくない。
集中し始めてからは時間が経つのは早く、気付けばすっかり日も暮れて部活終了の時刻だった。
「ありがとうございました!」
正座をして、しっかり頭を下げて挨拶する。これで今日の練習は終わりだ。
「お疲れ様」
まだ大人しく座ったままでいる一年生達に声を掛けるが、どうも中々動かない。
「どうした?もう立っていいよ?」
「いや……あの、脚が痺れてしまって…………」
そう告白した女子は、確かに眉間に皺を作っていた。
「ずっと正座してなくても、言ってくれれば脚崩して良かったのに」
これは可哀想な事をしたな。最初っからずっと正座は、流石に俺でも無理。というか、絶対やろうと思わない。先に言っとけば良かった
「ごめんね。言えば良かったね」
「いえ、すみません」
四人全員がずっと正座をしていたとは、皆凄い真面目なんだろうな。そういう子が入って来てくれるのは嬉しい。
ドタッと倒れる様にして、やっと脚を崩した四人の第一印象としては、仲良くやれそう。だ。
「改めて、これからよろしく」
「「「「よろしくお願いします!」」」」
いい返事でなにより。その後、新入生も含めて部員を帰らせる。
新入生の態度に気分が良かった俺は、残ってもらった有栖川に、そのままのハイテンションでいたら叩かれた。
女子が暴力振るうな。男は脆いんだから優しくして!
「巫山戯てないで新入生歓迎会の案を出せ」
「ごめんなさい。ガチトーン怖いから止めて」
何を隠そう!俺達剣道部だけ具体案が決まっていないのである!
「とりま挨拶して、試合ちょっと見せるとかでいいんじゃね?」
「つまんなっ」
「じゃあ他にあるか?」
「うーん……。殺陣とかやってみる?」
「何それ」
「時代劇とかである戦闘シーン的なやつ」
「レベル高過ぎたろ。日数無いから無理じゃない?」
「そこはほら、うちのエースを使えばいけるでしょ」
「慧?あいつやったことでもあんの?」
「なんかそんな事言ってた気がする」
「へー」
「まぁ短時間だし、所詮見せんの素人なんだからそれらしく見えれば良いのよ。格好が付けば大丈夫」
「んじゃ決まりだな」
うちの慧さんは、ホントに出来ることが幅広いな。
生徒会への提出は、有栖川がやっておいてくれると言うので、任せることにした。
さて、殺陣だっけ?しっかり調べておかないとな。
このことを言ったら、皆どんな顔をするだろう。今から既に明日が待ち遠しい。早く明日になーれ。