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ドデカミン派です

 

新しく担任になった先生の自己紹介が終わり、私達2年生は新入生を迎えるべく体育館へと向かった。剣道部に何人来るだろう。出来れば階級持ってる強い子が良い。


「ねぇ慧見て!あの子カッコ良くない!?」


明日香に肩を叩かれて視線を向ける。さっきまで面倒だとぼやいていたのに、この急激なテンションの上がりよう。正直付いていけない。まぁでも、明日香はそんなの気にしないから良いんだけど。格好良いだの悪いだの、イケメンだのイケメンじゃないだのはよく分からない。


「明日香、静かに。体育の森田がこっち見てる」


体育の森田。別名モリゴリ。筋肉モリモリのゴリラと”森”田を合わせてモリゴリだ。華がそう呼び始めて、いつの間にか全校生徒にまで広がった。


「でも確かにイケメンだな」

「慧でも思うの?」

「いや、周りがそう言ってるから」


2年の女子生徒だけでなく、1年女子も騒がしいのだからそうなのだろう。


そして、これはいよいよマズいぞ。このままでは放課後に森田の説教コースが確定してしまう。部活がある身としてはとても避けたい。何せ遅刻したら先輩が怖い。如何にして森田から逃げようか。


入学式は順調に進んでいき、新入生代表の挨拶と生徒会長の話も終わった。残すは校長の話と、新入生を一人づつ呼名するのみ。


「眠い」


死にそうに眠い。睡魔に殺されそうだ。しかし耐えるんだ慧!今ここで寝てしまったら、森田からの逃避は不可能になってしまう。


「手出して。咳してる振りして口の中に飴入れなよ」

「ありがと」


眠たそうにしているのに気付いたらしく、手にピンク色の可愛いらしい飴玉を明日香が手に乗せた。咳で口を覆う真似をして、持っている飴を口に入れる。


正式な場で飴を食べるなど言語道断の行いだが、要はバレなきゃ良いのだ。


私も明日香も良心が痛むとか、罪悪感があるとか言う程真面目な性格をしていない。あるのはバレやしないかというヒヤヒヤ感だけだ。


「校歌があるから最初っから入れとくのは無理だもんね」


能天気にこんな事を喋っているとは、どの教師も思うまい。


バレずに入学式は終わり、森田も何も言わなかったので無事に部活に参加することが出来た。





道場に着いて早々、男女関係無く剣道部全員が正座させられた。それに文句を言う者など誰一人いない。それどころか、皆姿勢を正して座っている。勿論私も。


「これで全員かな?」


何故ならば、我が剣道部部長二人が目の前で竹刀を持って立っているから。しかも仁王立ち。いや、別に暴力的でもないし、暴言を吐くような人達でもないし、怖いわけでもない。


だが何が嫌かって、ペナルティが嫌なのだ。決して意地の悪いものではないが、非常に面倒ではある。


そもそもこの二人は悪ノリが過ぎる。普段の部活に打ち込む姿は立派で格好良いし、正直尊敬も憧れもするのだが、面白そうだと思ったら何でもやってしまうのがこの二人だ。そこに男子の副部長も加わるのだから尚更大変になってしまう。特に今日みたいな日は。


「えー。3年生は知ってると思うけど、入学式の今日は一先ず稽古は置いといてやってもらいたい事がある。まぁ、2年生も始めてじゃないから大丈夫」


剣道部女子の有栖川 七美部長は勿体付けた言い方をしているが、大体予想がつく。


「大掃除をやってもらう!」


良く通る声で言ったのが望月 海斗部長。言わずもがな、剣道部男子の部長である。


ああ、やっぱりか。多分、皆そう思った。


「じゃあ、襷を配るから回していってー。その間に場所割りを言いまーす」


アリス(有栖川)先輩。てっきり発表するのは彼女なのかと思いきや、隣のモッチー(望月)先輩が割当てをする。


「お前はまたこっちか。今年もよろしくな」

「今年もって、今回だけにしてもらいたいです」


掃き掃除や埃落とし、部室の整理等を女子部員が担当する。なのに私だけ前年から男子部員と共に、窓拭き、床の雑巾掛けをやらされていた。


 理由を聞いたところ「体力、筋力、身長!あと、なんとなく!」と返答されたが、最後はわざわざ言った意味が分からん。


別に意地悪をされているわけではないし、頼りにされているのだから嬉しい。嬉しいが、力仕事は面倒だから嫌だ。


「ほら、水汲み行くぞー」


バケツを2個渡されて、項垂れると視界に入った揺れるバケツが1つ。バケツをユサユサと揺らしながら歩いていく先輩。キイキイと金属の擦れる音が耳障りだ。


私は2つ分の水を入れると、それを両手に立ち上がる。


「…………何してんですか」


毎度ながらこの人は…………。うおおおおおおおお!と叫びながら水の入ったバケツを、高速で回転させる子供染みた姿を誰が高校三年生と思うだろうか。


「遠心力!」


見れば分かる。そんな事をしたがるのは小学生だけだ。


「これ意外に楽しいな!な!なっ!」


いや、同意を求められても困るのだが。


「あっ、俺もやりたい。慧、1個ちょーだい」


無言で手渡す。うおおおおおおおお!と叫び、バケツを振り回す二人目の3年生。


「よっしゃ!これやりながら道場まで走ってこうぜ。負けたらジュース奢りな!」

「乗った!」


なんて迷惑な人達なんだ。恐ろしい程に異様な光景にも拘らず、誰一人として咎めようとはしなかった。そして私は二人の後を追う。


「何でお前まで参加してんだよ!」


そりゃ勿論、勝負事とあっては参戦しないわけにはいかない。


左手に持っていたバケツを右手に移して、前向きにバケツを回す。走り出したのだが、中々難しくスピードは歩いているのと変わらない。


思うように進めないのに、何故か先輩達との距離は縮まっていた。少し観察。自分の選択は正解だったようだ。


二人は私とは逆の時計回りでバケツを回しており、後ろに引っ張られてしまう。


「遅いと思ったら…………。何してんだお前等!」


遅いと様子を見に来たモッチー部長に怒られた。しかし、勝負は途中で止める訳にはいけない。結局優勝は私で、次が宮原先輩――――最初にバケツを回し始めた方――――でビリは柏木先輩。


「くそっ!やはり熟年者には負けるか!」

「ふはははは!この未熟者め!」

「私はドデカミンが良いです」

「お前、ドデカミンって。じゃあ俺はオロナミンC」

「私と大して変わらないじゃないですか」

「ドデカミンよりリッチだろ?」

「どの辺が?」

「ビンに入ってるところと、量の割りに高いとこ」


成る程と納得していると、後頭部に強烈なチョップを喰らった。痛みに押さえて振り向けば、舌打ちするモッチー先輩。Oh…………。さて、ご立腹のモッチー先輩に何から謝れば良いだろうか。


「まず、慧!」

「はい」


大声で名前を呼ばれて、何からどやされるかと身構える。


「宮原と柏木のミニコントにちゃんとツッコミをしなさい!」

「そこ…………?」


バケツのお咎めはないらしい。ツッコミをしろと言われたが、元来私はボケ担当だ。


「あっ、でも柏木を放置したのは良かった。ドデカミンのチョイスも良かった」


先輩からお褒めの言葉を頂いたぜ!


「宮原もオロナミンCが良かった。因みに俺もドデカミン派」

「ですよね!」


オロナミンCと同じ様な味なのに、ドデカミンの方が安価である。そして、ミニサイズの缶と500mLのペットボトルがある。両方とも蓋が着いているため、一回で飲みきる必要がない。開封の際に溢す危険性も、オロナミンCと比べれば断然低い。


「柏木はもうちょいギャグ磨け」

「うっス」


落ち込んでいる柏木先輩。財布の中身も落ち込んだ。


「んじゃ、掃除始めるから雑巾持って来い」


バケツを下駄箱に置いて掃除開始。私は今回床拭きだから、既に並んでいる部員達の空いてる場所に入れてもらう。


「よーい、スタート!」


の合図で一斉に走り出す。キュッキュッと板を蹴る音と、ダッダッと床を乱暴に踏む音が重なる雑巾掛け。途中で転けたり、進行方向が斜めって人にぶつかったりと、随分事故が多発している。丈夫が取り柄の剣道部。怪我する者はいない。


そうして何往復かして腿の前側の筋肉が痛くなってきた頃、一人の訪問者が顔を覗かせた。


いち早く察知したモッチー先輩が、調度良いからと休憩を言い渡し、何事かと聞きに行く。


「剣道部に何の御用でしょうか?」


愛想笑いを浮かべる先輩は、それはもう人当たりが良い。驚いた顔で私達を見ている。新学期早々に活動している部活も珍しいのに、やっていることが大掃除だ。驚きもするだろう。


「えっと、1年2組の浅井 雅也です。入部届けを出しに来たですけど…………」


鞄から慌てて取り出したの薄っぺらい紙。入学してその日に出しに来るなんて、剣道一筋なのだろう。


キョロキョロと視線を動かす新入生は、私と目が合うとパッと顔を輝かせて近寄ってきた。


「あの!桜田 慧さんですよね!」

「え…………。ああ、うん」


興奮した様子で尋ねられ、勢いに押されて頷く。


知り合いでもない人物に、何故自分の名前が割れているんだ。しかもフルネーム。情報漏洩なんて恐ろしい。


「うわー!握手してもらっていいですか!」


まるで芸能人の様な扱いを受けているが、私はただの一般人だし彼とは初対面だ。滅茶苦茶カオスなんだが。


「俺、貴女に憧れてこの高校入りました!」

「はあ………」


意味の解らない状況で、中途半端に返事する。


カオス状態を作ったこの1年をどうにかしてくれ。

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