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マシナリープリンセス  作者: うかづゆすと
第一章 スカベンジャー
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第二話 交渉

 暗く無機質に囲まれた廊下、そこには生命のぬくもりは無く、ただ底知れぬ闇がどこまでも続いている。

 少女は一人走っていた。

 いつから走っていただろうか、喉は枯れ、足は重く、一歩一歩に苦痛を感じる。立ち止まってしまおうかと何度も考えたが、その度頭を過振る。

 背後から迫る気配は徐々に近づきつつある。追いつかれてはいけないと、前へ前へと重い足を運ぶ。

 

 少女は走った──枯れた喉から酸素を吸い込み、鼻から抜ける鉄の匂いに表情を歪めながら。

 少女は走った──忌まわしい枷から逃げるように。

 少女は走った──眼前の光を目指して。

 

 そして、辿り着いた光の先で

 

 少女は絶望した。




 ────────────




 クロスタウンより北西へ延びる街道を徒歩で半日の距離、そこに貿易都市「ネザリス」がある。

 街の中央には南北に河川が伸びており、河川を利用して船による物品の流通も盛んだ。街を東西に分断する河川こそが、まさにこの街を貿易都市たらしめている象徴ともいえるだろう。

 東西の両区画にはそれぞれ取り扱う商品に関するルールが設けられており、これはマーケットを管理するマルコム傘下の憲兵隊による厳密な審査の下、取り仕切られている。

 西区は主に衣類や食料等の生活必需品。対する東区は機械製品だ。

 機械製品といっても多種多様で、小さなネジ等の部品からプロペラ機まで幅広い機械が展示されている。

 ただし、精密な電子部品等を一から製造するノウハウはこの時代には無く、展示されている商品の出所は全て「遺跡」と呼ばれる旧文明跡地よりスカベンジャー達が掘り起こしたものだ。

 それを買い取り、その中から使えそうな機械を修理、稼働したものを商品として販売しているのである。

 何でも取り扱って良いわけではなく、扱う物品には制限が設けられ、殺傷能力を有すと判断された物については一般販売ならびに買い取りは禁止され、すべてマルコムらが買い取るルールとされている。

 

 ダンケンとの約束もあり、早朝バイクに跨がりクロスタウンを後にしたアッシュは一人ネザリスへ向かっていた。

 途中、バイクの故障に見舞われ、ネザリスに到着したのは太陽が頂点に達した頃だった。

「おー、久々に来たけど相変わらず賑わってるな」

 東区の展示された機械とそれに群がる人垣を見ながら、アッシュはダンケンと"もう一人"との密会現場へ向けて歩いていた。

「あら?アッシュ……?アッシュじゃない!どうしたのこんなところで」

 声を掛けられ振り向くと、そこには長い金髪をポニーテールにまとめ、ほどよく日に焼けた女性が立っていた。

「ケイト、お前こそ何でこんなところで……って、仕事か」

 ケイトと呼ばれた女性は嬉しそうな顔でアッシュのところまで歩み寄ってくる。

 遠くから見ると自信溢れる立ち振る舞いから大きく見えるが、実際背はアッシュより少し低い小柄なケイトはアッシュの目の前で立ち止まる。

「そりゃそうよ、何でもダンケンさんがどこからか仕入れた戦闘機のエンジン売りに行くっていうもんだから、まったく、あんな新品同然の代物どこから仕入れたんだか」

(どこからってそりゃ俺からだけどな)

 言っても仕方ない事なので多くを語ることは止め、アッシュは話題を切り替える。

「まあ儲かってるみたいで良かったじゃねえか、それよりもケイト、ダンナは今どこに?」

「ダンケンさん?あ、そういえばアッシュに伝言、『風見鶏亭で待つ』そうよ。ついさっき向かったばっかだから、丁度良いタイミングね」

「風見鶏亭か、了解、伝言ご苦労様」

「はいはい、でもなんでこんなところで?まあ聞いちゃいけない話なんだろうけどさ」

「察しがよくて助かるぜ、まあ上手くいったら飯でも奢るからそれで勘弁な」

「ほんと!?絶対だよ?約束したからね、あ、私そろそろ荷下ろししなきゃだから行くね」

「おう、それじゃあまたな」

「約束ー!忘れないでよー!」

 くるりと振り返り駆け足で去って行くケイトを見送ると、アッシュも目的の場所へ足を進めた。


 『風見鶏亭』の看板が掛けられている店の前まで辿り着いたアッシュは、軽く深呼吸し、昨日のダンケンから言われた言葉を思い出す。

「情報……か、気をつけなきゃな」

 店の中へ入る。昼飯時ということもあり店の中は人でごった返していたが、ダンケンという男は体格が体格なので人で溢れかえった中でもすぐ見つける事ができた。

「ようダンナ、待たせたかな?」

「アッシュ、いや、俺"たち"も今来たとこだ」

「はじめまして、あんたが"情報屋"かい?俺はアッシュってんだ、よろしく頼むよ」

「ああ、はじめまして、アッシュさん、ご挨拶が遅れました。わたくし情報屋のヴェノムと申します」

「それ、本名?」

「いえいえ、仕事の便宜上、本名を明かす訳にはいかないものでして……ご了承頂ければと」

 ヴェノム──自分を毒と称すその男は終始笑顔でアッシュに接した。

「じゃあ俺はやることやったから席外すぞ、あとのことは大丈夫だな?」

 ダンケンは立ち上がり、アッシュに問いかける。

「ああ、ありがとうダンナ、この恩はそのうち」

「もう十分貰ってるって!それよりアッシュ、お前もうちょっとケイトに構ってやれ、あいつもお前の事──おっと」

「ケイトがどうしたんだ?」

「いや、何でもねえ、まあ上手くいったら飯の一つでも奢ってやるこったな」

(それはさっき約束したって)

「あ、ああ」

「ふっ、じゃあな──」

 アッシュは去り際に見せたダンケンから注がれる生温かさのある視線に多少の気持ち悪さを感じたが、それよりも優先度の高い問題の解消が先だと、意識を切り替える。

「では、早速お仕事の話に移りましょうか」

 ヴェノムの一声に頷くアッシュ。

「欲しい情報がある」

「それを提供するのが我々情報屋です」

 アッシュの言葉にヴェノムは間髪入れず応える。

「クロスタウン北東にある巨大な遺跡について、そこの見取り図とできるだけの情報が欲しい」

「ほう……その遺跡の話をどこで──」

「それは言えない、で、どうなんだ?」

「ええ、ええ、ありますとも、しかしここは最近発見されたばかりで、それなりの報酬を要求する事になりますが……」

「報酬はこいつでどうだ」

 アッシュは持ってきたザックから分厚いファイルを差し出す。

「これは……」

「戦闘機の設計図と、それに付随する詳細な資料だ」

「なんと……」

 この時代、ここまで保存状態の良いモノは未だ発見されておらず、ましてやこの世で一番価値のある戦闘機の設計図と詳細資料ともなれば、ヴェノムも驚きを隠す事ができなかった。

「わかりました……その資料との取引で合意いたしましょう」

 こうしてアッシュとヴェノムの契約は成立し、品の受け渡しは後日ということになった。


 クロスタウンに戻ったアッシュは一人父の遺した書斎であるモノを見つめていた。

 それは手のひらサイズの長方形をした一枚のカードだった。

「ここに親父が最後に見た"白鳥"が眠ってるはずなんだ……」

 白鳥というのは、父が遺した活動記録の最終日に記載されていた名である。

 北東の巨大遺跡の第一発見者である父は単身その遺跡内部の探索と、いくつかの戦闘機に関する資料とこのカードを持ち帰ってきた。風見鶏亭でヴェノムとの交渉に出した資料はその"一部"である。

 そして父はその時の記録をこう記している。

『大量の戦闘機と弾薬があった。保存状態良好。この遺跡はまだ生きている。閉鎖区画の通行はこのカードが無ければ入れず。私はその奥で他とは違う戦闘機を見つけた。あれほど美しい戦闘機をこれまで見たことがない。たとえるなら"白鳥"だ、その名がふさわしい。次の探索で"白鳥"をサルベージする』

 次の日、父はダンケンとの共同作業の為別の遺跡へと向かい、そこで帰らぬ人となった。

 事故だったそうだ、サルベージした機械を固定するワイヤーが切れ、その下敷きになったそうだ。

「あっけないもんだよな……」

 その時まだ幼かったアッシュはダンケンが面倒を見てくれたおかげで特に不自由することは無かった。

 ダンケンもあの事故に責任を感じているらしく、今でもたまに家に顔を出すようになった。

「ケイトと出会ったのもその頃だったな」

 ケイトは正確にはクロスタウンの生まれではなく、内戦で壊滅したコロニーの生き残りだ。

 駆けつけたダンケンがケイトを保護し、自分の娘のように育てていた。歳も同じくらいだった為アッシュとはすぐ打ち解け、どこへ行く時も一緒。今でもアッシュの唯一本音を話せる友人だ。

 アッシュが父の仕事を次ぐと決心した日、それを聞いたケイトもアッシュと同じくこの道を進み始めた。ダンケンは最初は反対したが、"愛娘"の押しに負け、今では仕事の一部を任せている。

「あともう少しだ……まってろよ"白鳥"」

 書斎を後にし、明日の取引に備えてベッドへ潜り込むと、すぐ深い眠りについた。

遅くなりました……。こちらも再開していきます。

次回からは文章量多めでの投稿を目指します。

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